80.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。流血表現等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
アエラスのマヤ姫。彼女の言葉によれば、部屋の中には裏切り者がいて、『賢者の石』を狙っているのだというのだが……。
「——ここは、痛い? 押しているの、分かる?」
左足に大怪我を負って運ばれてきたフォティアの魔術師。その治療に当たる牡丹は、彼の左足の具合を見ていた。
薄く意識を保っている魔術師は、牡丹に小さくうなずいた。
「大丈夫、神経は無事よ。治療すればまた歩けるようになる。消毒して、止血するからね。痛いけど、我慢してて」
患部に水をかけられた魔術師のうめき声が洞窟に響き渡った。しかし、牡丹は聞こえていないフリをして、シオンが彼を抑えてくれているうちに消毒を済ませ、止血した。
日頃から救急セットを持ち歩くようにしていて、助かった。
この洞窟には、手練れの魔術師たちの他、牡丹のように医療知識がある魔術師、シオンのように薬草に詳しい魔術師、怪我人、自ら志願してここに残ったジャン王子とチームメイトの二人が残っている。ジャン王子たち以外はテキパキと働いて、次々と運ばれてくる魔術師や使い魔の治療に当たっていた。
ディスマス王子とオリヴィア姫の采配には、牡丹も感謝の念を覚えていた。ジャン王子のことではなく、仕事の格を担う魔術師を指名してくれていたことに。おかげで、指示が通りやすいし、それぞれが自分のすべきことを明確にすることが出来ている。
何より、サラがこの場に残ってくれているのが助かった。
サラだって生き物なので限度はあるが、水の精霊に近い存在である人魚の彼女は、牡丹たちに水を分けてくれている。水がなければ、消毒はおろか、生命活動にも支障をきたす。
それに、カエサルが呼びだした水の精霊ウンディーネたちは、サラの指示の元、探索班が持ち帰ってきた水の浄化作業をしてくれている。これで、サラ自身の負担も減る。
「森ベースのフィールドで、助かったよ」
山ほど薬草を持ち帰ってきてくれたディスマス王子は、そう言って水を頭にかけた。王子だというのに、彼はドロドロで、薬草を取る時に引っかけてしまったのか、手には幾つもの赤切れが出来ていた。
同じ一人っ子の王子だというのに、ディスマス王子とジャン王子は、全く正反対の人物のようだ。
「あちこちに薬草や食べられる草が生えてる。洗えば、使えると思う。サラ、お願いね」
「承知いたしました。お預かりいたします」
サラに薬草を預けてから、ディスマス王子はジャン王子の元へ向かった。マリベルに膝枕してもらい、ジャドにマッサージされているジャン王子の元へ。
「ジャン王子」
「あー、お疲れ様です。ディスマス王子」
むくりと起き上がったジャン王子は、寝ぐせのついた髪をかきながら、大きなあくびを漏らした。
「……いささか、緊張感が無さすぎるのでは?」
「説教するおつもりで?」
次の瞬間、ディスマス王子の首元で火花が散った。
ジャドのナイフと、シブシソの手鎧がぶつかり合い、時折ギリッと金属がすれる音が鳴る。
「こんな堂々と、暗殺ですか?」
「まさか。ちょっとしたお遊びじゃないですか」
ジャン王子が合図すると、ジャドはナイフを構えたまま彼の元へ戻った。
シブシソは剣を抜き、ディスマス王子を守ろうと前に出た。
「シブシソ、大丈夫だから」
「しかし」
「いいから、落ち着いて。戦うなと指示した王族がここで争ってたら、意味ないでしょ」
そう言われて、シブシソは渋々剣を鞘に納めた。しかし、いつでもジャドたちの攻撃から王子を守れるよう、警戒は緩めないままで。
「——説教するつもりはありませんよ」
ディスマス王子は、ジッとジャン王子を見つめた。
「ただ、このような非常事態下です。我々が動かずして、民が動くのでしょうか」
「動きますね。彼女たちは、我々を守らなければならない。だから、今も俺たちを助けようとしているのでしょう? 我々が最前線にいては、彼女たちは心配で仕方ないでしょうよ」
ディスマス王子は何も言わなかった。
前からわかってはいたのだが、この王子は自分の立場を理解していない。もしかすると、過保護な母親に守られて生きて来て、今の彼が正解なのだと教え込まれているのかもしれない。
ディスマス王子が黙って去って行ったので、ジャン王子は満足そうに、再びマリベルの膝に頭を乗せた。相手が黙ったということは、自分は言い争いに勝った証拠だ。母親からは、そう教えられてきた。「相手を黙らせれば、こちらのものよ」と。
ディスマス王子は軽く頭を振ってから、近くにいたシオンを呼んだ。
「現状を報告して。食料、水、薬草、救急セットは足りてる? 時間がかかるようなら、寝床も確保しないといけないね」
「正直に申し上げますと、かなりひっ迫しております」
そう言って、シオンはチラリと背後に目をやった。
パッと見ただけでも、五十近い魔術師たちが薄い布の上に寝かされている。牡丹たちは、確かに救急セットを持っていた。しかし、それも永遠に使えるわけでもない。包帯とガーゼは一度しか使えないし、薬品にだって限りがある。
「見張り番を作るとしても、全員が横になるのは難しいかと。それに、床は固い地面ですので、休息がきちんと取れるわけでもございません。また、他の班からの連絡は、まだありません」
「……わかった。包帯は布があれば形にはなるよね。少ししか足しにならないけど、これを使って」
ディスマス王子は自分の制服のスカーフをほどくと、それをシオンに渡した。
「し、しかし、閣下……!」
「今はみんなの命が優先。こんな状況じゃ、綺麗な格好してても意味ないよ。使えるものは、全部使うよ。悪いけど、ぼくが君たちにできるのはこれくらいしか無いんだ」
「そのようなことございません!」シオンはスカーフを握り締めた。「閣下が、我々のことを考えてくださっている。それだけで、十分でございます。閣下にお仕え出来て、我々ネロの魔術師は幸せでございます」
「そう思ってくれてるなら、嬉しいよ。でも、その前にみんなでここを出るよ。あまり無理しないようにね、シオン。引き続き頼んだよ」
シオンの肩を叩いてから、ディスマス王子は次の確認に取り掛かった。
「ラファエル。どう、ここの地質調査は」
「残念ですが、魔力石は無いようです」
魔力石があれば、魔力不足が防げる。それに、生命エネルギーであるこの石があれば、怪我人の回復を手伝うこともできる。なので、ディスマス王子はラファエルとミーナに、魔力石が無いか探しておくよう、指示を出していたのだ。
「そんな、一から十まであるわけないか。分かった、ありがとう。次々と仕事をふっかけて悪いけど、次は寝床を作りたいんだ。何か、いいアイディアは無いかな」
「ありますが、その前に王子はお休みになられた方が良いかと」
ディスマス王子に断って、ラファエルは王子の手に触れた。
「軽い魔力不足になっておいでです。ずっと、隠されてましたね?」
「……上級見習いに、嘘は通じないんだね」
息をつくと、ディスマス王子はその場にそっと腰を下ろした。
「何で分かったの?」
「別世界にいた時の、私の弟妹と似た症状が見受けられましたので。私の両親は守り人で、別世界に住んでおります。別世界は魔力が薄く、この世界に生まれた我々では、慣れるまでの間は魔力不足に悩まされてしまうのです」
「ああ、本で読んだことがあるよ。それで、君の弟妹と似た症状って?」
「目まい、倦怠感です。戻られてから、足取りが少し覚束ないようでした。家系特性を使われたのではありませんか?」
「……二回くらいね」
探索中、魔物が一年生を狙って飛び出してきた時に一回。別の魔物との戦闘時にサポートでもう一回。
ネロ王家の家系特性『時計守』は、時を止めることができる。しかし、反動が大きな術だ。別世界でランフォード兄妹がしたような部分的なものとは違い、この術は否応なく全世界に影響を与える。
つまり、二回。この世界の時計は止まったのだ。
「申し訳ございません、閣下!」
ディスマス王子の傍らに、シブシソがひざまずいた。
「閣下をお守するお役目であるにも関わらず、私は閣下のお体の異変に気付くことが出来ず……!」
「いや、隠してたぼくが悪いから。シブシソは悪くないよ」
「しかし……! 閣下、せめて私の魔力をお受け取り下さい!」
「ダメだよ。ぼくのこと、守ってくれるんでしょ? 何かあった時に君が魔力不足だったら、どうやって戦うのさ。……君の魔力は、何かあった時のために残しておいて。大丈夫。これくらいなら、ちょっと寝れば治るから」
「閣下……!」
「あと、うるさいよ。ここは怪我人がいるんだから、静かにしないとダメでしょ」
慌てて口を閉じたシブシソに、ラファエルは懐から取り出した石を渡した。
「別世界に行く時に持って行ってる魔力石だ。あと少しだけど、魔力が残ってる。調べて、何の異常もないことが分かってから、王子にお渡ししてくれ」
「何を言ってるんだよ、ラファエル・ランフォード魔術師」
石をシブシソの手から取り、ディスマス王子はラファエルに笑いかけた。
「ぼくは一度だって、君たちを疑ったことはないよ。これでも、人を見る目には自信があるんだ。オリヴィアには敵わないけどね」
「——光栄です」
ラファエルも笑い返してから、ディスマス王子は魔力石を握って瞳を閉じた。
「シブシソ。王子に何か異変が起こったら、すぐ牡丹に言うんだぞ」
「承知しております、ランフォード魔術師。閣下は、我らネロ王国の魔術師たちの希望です。命に代えても、お守りいたします」
敬礼したシブシソに笑顔で敬礼を返してから、ラファエルは牡丹にそっと耳打ちした。今のディスマス王子の状況を伝えるために。
「——了解。注意しておく」
「頼んだ」
ラファエルはハンカチと、自分のシャツを破って牡丹に渡した。
「汚れてないから」
「助かるわ。ありがとう」
そう言ってラファエルからシャツを受け取った牡丹の制服も、ボロボロだった。スカートはビリビリで、リボンもない。シャツも袖がなくなって、ノースリーブのようになっていた。
他の魔術師たちも、牡丹と同じような格好だった。それに、怪我をしているが、まだ動ける人たちは、薬草をすりつぶそうと、他の人たちと協力し合っている。
そんな中で、のんびりとくつろぐジャン王子は、よく目立っていた。
戻ってきたオリヴィア姫たち救助班も、同じことを思ったのだろう。フォティアの魔術師たちはジャン王子にお辞儀をしていたが、他の魔術師たちは顔をしかめ、軽く会釈をしただけだった。
救助班は、新たに十三名の魔術師たちを連れて帰ってきた。大きな怪我はなく、彼女たちもここで他の魔術師たちの治療や、薬草などを探してくる任についた。
一通りの指示を出し終わったオリヴィアは、ルーカスを呼んでついて来るように指示した。
オリヴィア、ディル、ルーカスの三人は洞窟の外に出た。周りに誰もいないことを確認すると、オリヴィアは盗み聞き防止の術をかけた。
「ルーカス。あなたにお願いがあるの」
「……そのために、私を近くに置いて監視していらしたのですね」
二人の前に姿を現したルーカスは、鋭い瞳を向けた。
「何が目的ですか」
「決まってるでしょ、脱出よ。そのためには、上級と見習いの魔力を解放しないと。あなたなら、出来るでしょう? 魔力とシステムを紐付けしたのは、あなた。そうよね、アエラスが誇る、天才ホワイトハッカーさん?」
「何のことだか」
「しらばっくれても無駄よ。あなた、私が名前を呼ぶまでずっと、タブレットを触っていたわね。私に救助班に入るように言われて、すごく苛立ってた。あなたの作業の邪魔をしたからでしょ? だから、行動を共にしてみたの。あなたが良い人か、悪い人か、見極めるために」
「そうでしたか。しかし、私がハッカーだというのは、いささか話がぶっ飛んでいると思いますが」
「桜花に聞いた。あなた、いつも同時にいくつものパソコンをいじっているそうじゃない。現場に出ないあなたを国が黙認しているのは、それなりの理由があるから。だから、私なりに色々とこじつけてみたの。どうやら、当たっていたようね」
「さあ、どうでしょう」
「どっちでもいいわ、あなたが焦っているのは本当だから。私の目は、誤魔化せないわよ」
瞳に不思議な色を灯すオリヴィアを見て、ルーカスは唇を噛んだ。
ガイア王家の家系特性、『状況把握』。術の作動中に対象者を見ると、その人の状態が全て数値と言葉になって把握することができる。ガイア女王は、心拍数や魔力レベルまで見抜くことができるらしい。
オリヴィアは、この瞳を使ってルーカスの状態を見ていたのだ。話をしながら、ルーカスがどのような反応を示すのか。焦るのか、驚くのか、はたまたポカンとするのか。
「——ガイアのオリヴィア姫様は、私にアエラス王国の魔力管理システムをハッキングしろと仰るのですね」
「ええ、そうよ。話が早くて助かるわ。責任は、すべて私が負います」
「……いいえ、必要ありません。責任は全て、私が負います」
きっぱり断ったルーカスの脳裏に、アエラス国王の顔が浮かんでいた。
『君の力を使いたいという人が現れたら、力を貸してあげなさい。良い人か悪い人か、君は見極められるはずだよ。それから、国のことなど考えなくていい。君が思う正義を貫きなさい。大丈夫。責任は、私が負う』
瞳と同じ色のアメジストがついた階級章を、ルーカスはそっと握り締めた。
「——陛下、お許しください」
あんな失態を犯した自分に、居場所を与え続けてくれているアエラス国王の顔に、国王が一番嫌う泥を塗るくらいなら。
「今は、人命が優先。オリヴィア姫、ソウザ魔術師。これから起こることは、このルーカスが勝手にしたことです。あなた方は、何も知らないし、気付いてもいない」
「あら、そんな気を使わなくても……」
「あなた方に私の存在がバレてしまっては、国の威信に関ります」
そう言われて、オリヴィアはそっと口を閉じた。
「分かった。くれぐれも、気を付けて」
ルーカスは、その言葉にうなずいた。
お読みいただきありがとうございました!




