68.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
アゴーナス一回戦目は迷路。しかも、魔術を使っていいのは一人一回のみという制限付きだった。他のみんなが迷路の入り口に殺到する中、パウラが考えた作戦は「皓然から他の人たちを守る」という、変わった物で……。
遠くから聞こえてくる、肉食植物の声に驚きながら、アリスたちはそっと皓然に近づいた。
どうやら、彼は力を抑え込むのに苦労しているようだった。荒い息を繰り返す彼の瞳は、黒ではなく、赤く染まっていた。
パウラはアリスたちを止めると、自分だけもう一歩皓然に近づいた。
「皓然」
「だい、じょぶ……」
大きく深呼吸した皓然の瞳がいつもの黒に変わると、アリスたちの緊張の糸がやっと解れた。レオも、皓然に焦点を合わせていた麻酔銃を降ろした。
「すみません、久しぶりだったもので」
「暴れられたら、どうなることかと思ったよ」
シルフを精霊界に戻し、アダンはホッと胸をなでおろした。ちなみに、これは魔術を使っているわけではないので、魔術の使用制限に影響はないだろう、とのことだ。
「ありがとな、皓然」
「どういたしまして」
パウラに飴玉を渡され、皓然は思い切り顔をしかめてから、それを受け取った。魔力を回復してもらえるのは良いのだが、甘い物は苦手なのだ。パウラは甘い物が好きだから、飴やらチョコやらで魔力を回復させても、問題ないらしいけれど。
しぶしぶ飴玉を舐めながら、皓然はネクタイを緩めて仲間たちについて来るように合図した。家系特性を使う前に、ザッと周りの様子は確認した。今、この付近にいるのは自分たちだけだ。
直径五メートルはありそうなクレーターの隣を通って、アリスたちはやっと迷路に足を踏み込んだ。
アリス三人分はありそうな高さの石塀で、この迷路は出来ていた。他の魔術師たちが派手にドンパチしていたので、もうボロボロだけれど。
「それで、これからどうするの?」
「出るよ」
アリスに答えて、パウラは今来た道を戻った。迷路から出る瞬間なんて、小さくジャンプする余裕まであった。
「へ」
「いいから、ほら。チーム全員揃ってないと」
皓然とレオもパウラに続いたので、アリスとアダンも顔を見合わせてから、一緒に迷路の外に出た。
『クリア、おめでとうございます』
出た瞬間にダリアの抑揚のない声に祝福され、アリスたちは肩を震わせた。
『さすがですね。あなた方は十一着です。全員に、二百五十ポイントを差し上げます』
次の瞬間、アリスたちは視聴覚室に立っていたから、もう何が何だか分からない。
「パウラ。何がどうなっているのか、教えてもらえない……?」
「つまり、入口は出口だったんだよ」
パウラも飴玉を口に放り込み、椅子に座った。いつも持ち歩いている手帳にペンを走らせて、アリスたちに見せてくれた。
正方形で、各辺に一か所だけ線が途切れている場所がある。
「この四角の中が迷路、線が切れてる所が入口。ダリア先生は『ゴールを目指せ』ではなく、『迷路から脱出しろ』と言った。わざわざ迷路で迷わなくても、一度中に入って、出てしまえば『脱出』になる」
「え! じゃあ、入って行った人たちは、存在しないゴールを目指してるってこと!?」
「いいや。さっき言ったように、入口がゴールになる。迷いまくって他の入口から外に出たとしても、クリア。とりあえず、一回中に入って出れば良いんだよ」
「だから、さっき皓然が『性格悪い』って言ってたんだ」
アリスの視線を受け、皓然は頷いた。
確かに、これでは意地の悪い問題だ。パウラがいたから良かったものの、これがエキシビションだったなら、アリスたちは抜け出せないでいただろう。
「本当、意地悪問題よね」
「うん。……うん?」
アリスたちからの視線を受け、金髪の少女は人懐こい笑みを浮かべた。空のような青い瞳を持つ、可愛らしい女の子だ。長い髪をツイストハーフアップにし、緑の短いケープコート、高襟の赤い花が刺繍されたシャツ……。
「初めまして。私はオリヴィア・ガイア。よろしくね」
その瞬間、アリスたちは一斉に少女に向かって跪いた。
金髪に青い瞳。ガイアの姫君だろう。
だが、オリヴィアという姫君はアリスたちを立ちあがらせて、アリスに抱きついてきた。驚きのあまり、抱きつかれたアリスだけでなく、パウラたちまで体を固めている。
「姫様!」
そこに、一人の少年がやってきた。ヘーゼルブラウンの髪と瞳を持つ、背の高い少年だ。彼もガイアの魔術師の制服を着ているが、若い貴族将校のような出で立ちだ。彼はケープコートを右肩だけに羽織っていたから。
「あ、来ちゃった」
オリヴィアはアリスを後ろから抱きしめるようにして、少年と向きあった。
「姫様! 勝手にあちこち行かれては困ります!」
「だって、お姉様の癇癪にばかり付き合ってらんないんだもの。ディルもそうでしょ?」
「そっ、れは……。とにかく、私と衛兵を巻いて逃げるなんて! ご自分の立場を自覚されているのですか!?」
「ガイアのお世継ぎじゃじゃ馬姫」
「分かっているじゃありませんか!」
「『じゃじゃ馬』を否定してくれなかったから、言うこと聞いてやんない!」
「事実ですから」
「はあ……。私が窮屈なの嫌いって、知ってるでしょ?」
「それを言ったら私だってそうです。一緒に我慢しましょう」
——……私を挟んで、喧嘩しないで。
そうは思っても、口に出せないこの状況。諦めて、アリスは現状を把握することにした。
恐らく、アリスを捕まえているこの少女、オリヴィアはガイアのお世継ぎの姫で、ディルという少年は、その護衛騎士だろう。姫君の護衛をしているのだから、公爵家のお坊ちゃまだろうか。
元気いっぱいなオリヴィア姫は、ディルと衛兵を巻いて逃げ、何を思ってかアリスたちの元へやってきた。そして、ディルはやっとの思いでオリヴィアを見つけたが、お姫様が言うことを聞いてくれず、困っている。——そんなところだろう。
それにしても、ディルというこの少年は随分とズケズケ物を言う。年はあまり変わらないようだが、だからと言って主人に「じゃじゃ馬」だなんて言えるのだろうか……。
「——アリスがお話してくれるんだったら、戻ってあげてもいいわよ」
「へぁ!?」
驚きの提案にアリスは変な声を上げ、ディルは頭を抱えて数歩後ずさった。
パウラたちは、この状況が楽しくなってきたのか、少しワクワクしているらしい。
「姫様……!」
「あのね、この口うるさいのはディル・ソウザっていう、私の護衛騎士なの。一応、生まれた時から一緒の幼馴染」
「私の紹介など、しなくて良いのです!」
「しておかなきゃ。だって、レオたちと仲良しじゃない」
オリヴィアの言葉に驚き、レオを見ると兄はコクコクうなずいた。
前に、レオには強いお友達がたくさんいる、とアダンが言っていたが、ディルもその一人だったようだ。確かに、お世継ぎ姫の護衛騎士ならば強くて納得だ。
「お兄様のお友達とは、仲良くしておかないと。ね、アリス?」
「え、あ、そう、ですね?」
「ほらぁ! ほら、ディル。いつもの挨拶をして」
「しかし……!」
「ディル」
オリヴィアから笑顔の圧をかけられ、ディルは大きなため息をついた。
「ったく……。他国の魔術師の前なんだから、ちょっとは大人しくしとけよな」
第一ボタンを開け、ディルはアリスに右手を差し出した。
「ディル・ソウザ。ガイアの中級で、オリヴィアの護衛騎士。レオから君の話は聞いてたよ。よろしく」
「……あ、はい?」
「ああ、分かってる。態度が違いすぎるって言いたいんだろ? こっちが素の俺。一応、他国の魔術師の前だから、ちゃんとしとかないと」
「はあ……。アリス・ランフォードです。よろしく……」
アリスがディルの手を握ったのを見てから、皓然がニヤニヤしながらディルの顔を覗き込んだ。
「ところどころ、素が漏れてましたよ」
「俺は固いのが苦手なんだってば。それに、お前みたいに四六時中、敬語を話しているわけでもないしな。で? 随分と魔力を消費したみたいだな。お前らしくもない」
「うちのリーダー、人使いが荒いので」
「なんだ、うちと一緒だな」
肩をすくめながら、ディルは小さな箱を取り出した。中から出てきたのは、白くて細い棒。
アリスがジッと見つめる中、ディルはそれを迷うことなく口に咥えた。
「……ん?」
アリスの視線気付いたディルは、箱を懐にしまった。だが、何を思ったのか、その棒の先を両手で隠したのだ。この仕草は、アリスにも見覚えがある。
思わず目を見張るアリスにニヤリと笑ったディルは、パッと両手を開いた。
棒は、さっきと変わらない状態でディルに咥えられている。
「え、火をつけたんじゃ……!」
「十八になるまで、煙草は禁止だぞ」
ニヤニヤ笑いながら棒を口から出したディルだが、その持ち方は完全にそれだ。
「アリスにも、一本やろうか?」
「い、いい! いらないです!」
「まあまあ、そう言わずに。うまいぞー、これ」
「いらないってば! 私、煙草は嫌い!」
「だから、煙草は十八を過ぎないとダメだってば」
「だから、ディルはダメなことしてるんでしょ!」
「なーんも、悪いことしてねぇよ。これ、煙草じゃないもん」
随分と可愛らしいその言葉に、恐る恐るディルを見つめると、彼は楽しそうにあの箱から、新しい棒を取り出した。
「ほれ、食ってみ」
「く、食う?」
ディルと棒を交互に見てから、アリスは思い切って棒を咥えてみた。
……なんだか、甘いような。それに、固い。
噛んでみると、やはり甘い。だが、中毒性のある味だ。甘すぎないから、何本でも食べられそうで……。
「チョコ……?」
「な、美味いだろ。うちの国の菓子なんだ」
「おいしい……」
「ディル、人の妹で遊ぶなよ……」
「ごめん、ごめん。反応がいいから、つい」
声をあげて笑ったディルも、チョコをかじりながらポケットに手を突っ込んだ。本当に、護衛騎士なのかと疑ってしまうほど、砕けた態度だ。
「おい、オリヴィア。そろそろアリスから離れてやれよ、困ってるだろ。——悪いな。うちの姫、気に入ったもんは抱きしめて放そうとしないんだ」
「そういうこと。ねえ、アリス。今度、うちのお城に遊びに来ない? あの、桃子って子たちも一緒に。ガイアのお城に招待するわ!」
「ええっ!?」
チョコレートを平らげ、アリスはオリヴィアに驚きの目を向けた。
「そんな、恐れ多い……!」
「なんで? 私が良いって言ってるのよ? ねえ、来てよ。来るでしょ?」
「オリヴィア」
ディルが少し強い口調で名前を呼ぶと、やっとオリヴィアはアリスから離れた。その代わり、小さな口をとがらせて。
「なによ。いつも、ディルばっかり……」
「だから、人の話を聞けって。急に誘ったら、アリスもビックリするだろ。強制もダメ」
「なんで? 本だと、これで仲良くなってた!」
「それは本だからだよ。もっと大事な言葉があるだろ」
「だって、だってさぁ……」
さっきまでの勢いはどこへやら。オリヴィアはディルの後ろへ周り、彼の腕を握ってチラチラとアリスに視線を送っている。
「……ディル、代わりに言って」
「ダメだ。これは、自分で言うんだろ」
「でも……」
もじもじしているオリヴィアが何をしたいのか、何を言いたいのか、何となく分かった。
アリスはちらりとレオに目をやるが、首を左右に振られてしまった。
「あの……」
ディルの後ろから、オリヴィアはジッとアリスを見つめていた。
「私と、お友達に、なってください……」
「わ、私で良ければ……」
そう答えてから、アリスもレオの後ろに隠れてしまった。桃子たちとは、どうやって仲良くなったのだったか。
こうして言葉にされたら、アリスも何だか恥ずかしくなってしまった。
アリスはレオの手によって、無情にも前に出されてしまったが、オリヴィアはディルの後ろで顔をパアッと輝かせていた。やはり、可愛らしい。
「ほんと? お友達になってくれる?」
「は、はい……。じゃなくて、うん」
うなずいてアリスが笑顔を見せると、オリヴィアはディルを力いっぱい抱きしめた。彼が痛がっていようがお構いなしに。
「ねえねえ、ぼくともお友達になってよ!」
急に出てきたアダンに驚いたが、オリヴィアは笑顔で何度もうなずいた。やはり、ディルを強く抱きしめたまま。
「ディル、ディル! 聞いた? 私、お友達出来たの!」
「分かったから、分かったから! 痛いから!」
ディルから手を離し、オリヴィアはアリスとアダンの二人と話し始めた。
オリヴィアのおかげで折れそうだった腹を撫でているディルに、パウラは「どこからだ?」と耳打ちした。
「何が?」
「すっとぼけんなよ。姫が君と衛兵を巻いたってのは、嘘だろ。君が気付かないわけがない。姫がお友達を欲しがっているのは知ってた。だから、初めてのお友達を作る機会を作った。違うか? 他国とはいえ、王宮の中でなら最低限の安全は保障されてるしな」
「お前の想像力は逞しいな」
「でも、その想像は正解だろ?」
ディルの懐から箱を取り出し、パウラも一本だけ失敬してディルに笑いかけた。
「……賞金代わりだからな」
「やったね」
ディルの手に箱を置いて、パウラはレオたちの元へと帰って行った。
「オリヴィア、そろそろ戻ろう」
制服を正しながらディルがそう声をかけると、オリヴィアは不満そうに頬を膨らませた。
「なんで」
「魔術師たちが帰ってきた。——これ以上ここに長居していては、他国の魔術師たちを驚かせてしまいます。それに、国民たちも。さあ、戻りましょう」
あまりの変わり身の早さにアリスは言葉を失ったが、オリヴィアはポケットからスマホを取り出した。
「……二人とも、連絡先教えてくれる?」
「もちろん」
三人は連絡先を交換し、アリスとアダンはディルとも連絡先を交換して、ガイアの二人は帰って行った。
「今度、リヴィと遊んでね。約束だからね」
オリヴィアはそう言って、アリスにチークキスを落としてから去って行った。
「——アリスは、魔術師キラーですね」
ポツリとこぼした皓然の言葉に、レオたちは黙ってうなずいた。
お読みいただきありがとうございました!




