64.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
セレナの前に現れたのは、かつて彼女をいじめていた張本人アメリ・フォン・ウェーバー。セレナはアメリに勝つことができるのか。
そして、俊宇とアダンの相手は……。
こちらでもまた、強いはずの貴族が追い詰められていた。
意思を持つかのように動く根たちが、ポニーテールの少女に襲い掛かる。だが、それらの攻撃はことごとく弾かれてしまっていた。
それも、鞭に。
ウェーバー伯爵領は森が多く、植物に関する術に長けた一族だ。『鉄花操樹』というこの特性は、花弁を鉄のように固くし、樹木を操ることができる。樹木であれば、一気に成長させることも、枯れ木にすることもできる。森を管理するのに欠かせない特性だ。
そんな、自然を操る事のできる特性が、動物を操る術に押されている。いや、無効化されている。こんなこと、アメリが知っている中で起こったことがない。
何より、その相手が平民であることが許せなかった。
それも、今までずっと下に見ていた相手に!
「生意気な!」
バラの花を取り出したアメリは、その花弁を握りつぶしてセレナに向かって息を吹き付けた。バラの花びらは鉄の板となってセレナに襲い掛かる。
だが、鉄の嵐が収まった後も、セレナはそこに立っていた。制服は破れ、血がにじんではいるが、瞳に鋭い光を宿したまま。
「なんで、私の術が効かないのよ……!」
「人の意見を聞かないから」
軽くパニックになっているアメリを、セレナは静かに見つめた。
ルイーズたちのチームは、一年生だけで構成されている。全ての中心はルイーズで、担当の先生でさえ男爵だからルイーズには逆らえない。だから、ルイーズたちの魔術はお粗末で、荒い。先生のアドバイスに耳を傾けることなんて、まずあり得ない。
だが、セレナは今のチームに移籍して、先輩たちやチーム担当のアドワから、丁寧に魔術の使い方を教わった。セレナの癖を見抜いたリーダーのヒューには、魔力の消費を最小限に抑える方法と、セレナの長所を教えてもらった。クレアには鞭での戦い方と防御方法、長所の活かし方を教わった。ユーゴと俊宇は、練習に付き合ってくれた。
それがあるのと無いのとでは、こんなにも差が出るらしい。
アメリに対しては様々な感情があるが、今のセレナの中で一番大きな感情は、彼女を憐れに思う気持ちだった。素直に人の意見を聞いていれば、今こうして絶望することもなかっただろうに、と。
くだらない見栄なんて捨てて、素直に人の意見に耳を傾けていれば良かったのだ。アメリが腕の良い魔術師の原石であることは、セレナにだって分かる。
セレナは深く深呼吸をしてから、アメリに向かって走り出した。とんでもない数の根っこと鉄の花弁が襲い掛かってくるが、それらは鞭と防御魔術、それから持ち前のフットワークの軽さで防いだ。
フットワークの軽さ。これが、ヒューたちに教えてもらうまでセレナ自身も知らなかった、自分の長所だ。どうやら、遊牧民として幼い頃から広大な大地を駆け回っていたのが、役に立っているらしい。
自分の操る根っこをまるで地面のように走って迫ってくるセレナに、アメリの顔が恐怖で引きつった。絶対に勝てると思っていた相手に、自分の技が通用しない。アメリが恐怖を覚えるのには、十分すぎた。
「わああぁ!」
さらに根っこと花弁の数が増えたが、セレナの足が止まることは無かった。どんなに傷を付けられようが、足を取られそうになろうが、走り続けた。
アメリとの距離は、あと三メートル。二メートル、一メートル……。
セレナの頬を根っこがかすり、血が吹き出す。それでもセレナはひるまずに腕を振るって、鞭をアメリの腕に巻き付けた。
「“投降しなさい、アメリ・フォン・ウェーバー!”」
その瞬間、根っこと花弁が全て止まった。次の瞬間には、全てがサラサラと形を失っていく。最後には、枯れ枝と、茎だけのバラが何本もアメリの左手の中に残った。
「投降、します」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、アメリはセレナの前から姿を消した。
肩で息をしながら、セレナはしばらくの間動けないでいた。まさか、あのアメリに勝てるだなんて、思ってもいなかったから。
『——『調教』!? ハッ、さすがは卑しい遊牧民族! 動物と戯れるのに適した、平民らしい特性ね。良かったじゃない、下僕』
家系特性のテストが行われた日、アメリに言われた言葉だ。家族をバカにされたようで、とても悔しくて、あの時はとにかく泣くのを我慢した。
その、バカにされた家系特性で、アメリに勝った。
「——っ、良し! 良しっ!」
今度こそ、涙を流せる。
マメだらけの、お世辞にも綺麗とは言えない手が握る、こちらも傷だらけの鞭。
傷だらけで汚いのに、それらが美しく見えて仕方なかった。
「やった、アメリに勝った……! 勝てたよ……!」
『当分の間、君の目標はアメリ・フォン・ウェーバーに勝つことだ』
初めて会った日、セレナはヒューにそう言われた。あのメンバーの中で、誰が一番憎いのかと問われ、アメリだと答えた時に。ルイーズは、そもそもセレナに興味がないのか、命令すらしてこなかった。されたことと言えば、ずっと無視されたくらいだ。
『きっと、彼女は君のトラウマになる。君の自尊心を傷つけたんだから。いいかい、君も、君の特性も、何も悪くないし、卑しいものでも全くない。自分の誇りを守るために、彼女に立ち向かうんだ。酷なことかもしれないが、出来るかい?』
セレナはその問いに、すぐ頷いたのだ。ヒューが言う通り、アメリに勝つことは自分の中でとても大きなことだと思ったから。
だから、授業中もアメリのことを観察して、戦い方のシミュレーションをして、みんなにフィードバックしてもらって、また戦略を立てて……。
だから、これはセレナだけの勝ちではない。チームメイト全員でとった勝ちだ。
今まで押し殺していたセレナの感情が、一気にあふれ出てきた瞬間だった。
***
顎を狙った俊宇の拳は、大きな手によって簡単に捕まってしまった。
千夜族の中で、最も体術を得意としているのが李家だ。幼少期からありとあらゆる武術、武器の使い方を教え込まれ、一日も休むことなく、勉強と睡眠以外は武術の稽古を行う。技が決まらなければ食事は出ないし、寝ることも許されない。この厳しい修行ともいえる伝統が、李家の根幹にある。
もちろん、俊宇も幼い頃からこの修行を積んできた。素手での試合なら、千夜族の中でもトップを争えると自負しているほどに。唯一、俊宇が先輩である皓然に教えられることでもあり、勝てることでもある。
そんな俊宇の拳を受け止めたのだから、このご令嬢は余程おかしいらしい。
「いいねぇ! いい拳だ!」
レティシアはそう言って笑うと、ためらうことなく俊宇の腹に重い一撃を食らわせた。
こんなに重い攻撃を食らったのは……、謁見式前、久しぶりに帰ってきた年の離れた兄に稽古をつけてもらった時以来だ。
「ゲホッ」
「俊宇!」
アダンが助けようと矢を放ったのだが、それらも大きな手に捕まり、へし折られてしまった。攻撃を食らったわけでもないのに、「ぐへぇ」とアダンの口から渋い声が漏れた。
流石というか、レティシアはとても強い。魔術はあまり得意では無さそうなのだが、だからと言って扱えないわけではない。攻撃魔術は一切通じなかった。それで、試しに物理攻撃を仕掛けた結果、こうだ。
何とかしてレティシアの手から逃れた俊宇は、距離をとって相手を睨みつけた。世界とは、本当に広いらしい。だって、自分より強い人が何人もいるんだから。「最強」なんて言葉は、一生使うことができないだろう。
「……助かった」
「君は攻撃食らっちゃったけどね。大丈夫、まだ行けそう?」
「……次食らったら、アウト」
ここは素直に答えた。そうでなければ、アダンも後方支援しにくいだろう。
だが、魔術もダメ、体術もダメ、飛び道具もダメ。
これは、「詰んだ」というヤツではないだろうか。
「絶望しているわけじゃないよね?」
そう言って笑ってきたアダンに、俊宇も薄く笑って見せた。
「……当然」
さて、どうやってこのご令嬢を倒そうか。
魔術でゴリ押せば、まだ何とかなるかもしれない。しかし、それでは次の戦いに影響が出てしまう。アゴーナスは、いかにして魔力と体力を温存しながら戦うか、が鍵となる。
では、どうするのか。
「……うまい具合に魔術を混ぜて、……戦う」
「だね。なら、強力な助っ人を呼んであげるよ!」
そう言って上にあげたアダンの手を、美しい手が握った。透明なその手の持ち主は、空気の中から現れてアダンに微笑みかける。
魔術界の人々は、この人を精霊と呼ぶ。四元素それぞれに属する精霊が存在していて、その姿は必ず美しい女性。魔物同様、体は魔力で出来ているが、こちらは魔術師たちが使う、自然が生み出した魔力であって、黒魔術ではない。
エルフは家系特性を持たないが、その代わりに精霊や妖精を呼びだし、意思疎通を図ることができる。今回、アダンが呼びだしたのはシルフという風の精霊だ。
「久しぶりだね。ぼくの援護をお願い」
シルフはアダンに笑顔で頷き、彼に後ろから抱き着いた。
アダンが矢を放つと、シルフがそれに合わせて息を吹き付ける。シルフの息が追い風となって、矢のスピードをさらに上げる。
先ほど同様、矢を握り潰そうとしていたレティシアも、そのスピードに驚いて思わず避けた。矢は壁にのめり込むようにして止まった。王宮に掛かっているのは、あくまでも攻撃魔術を跳ね返すものなので、矢はアダンの方にトンボ帰りしてこなかったのだ。
つまり、魔術でなければ術者に跳ね返ってくることは無い。
アダンは次々と矢を放ち、レティシアを廊下の奥へと誘い込んだ。
「……トゥータン、耳塞げ」
懐から取り出した大量の爆竹を手に、俊宇はニヤリと笑った。
魔術ではないのだから、これだって跳ね返ってこない。
これまたアダンが呼びだしたフレアに火をつけてもらい、俊宇は迷わずレティシアに向かって爆竹を投げつけた。
爆竹がはじける音と白い煙が充満する中、俊宇は煙幕弾も追加で床に投げつけた。これで、レティシアからはおろか、仲間のアダンにさえ俊宇の姿は見えないだろう。
これらの目的はそれぞれ一つ。
爆竹は、大きな音を出すため。こちらが動く音を消し、なおかつ相手の平衡感覚を奪うこともできる。
煙幕弾は、文字通り視界を遮るためだ。爆竹の煙と相まって、視界はとても悪い。自分の足元すら見えない状況だ。
それでも、俊宇は迷わずレティシアに忍び寄ることができる。最近になって初めて知ったのだが、どうやら別世界出身の千夜族は魔力にとても敏感らしいのだ。目隠しされていても、感じる魔力のおかげで誰がいるのか分かるくらいに。桃子も、こちらに来てから魔力に敏感になったと言っていた。
だから、分かる。
フラフラのレティシアが、すぐそこにいることが。防御魔術を張ったはいいが、爆竹の音までは対策できなかったようだ。
そっと彼女の背後から後頭部に向けて蹴りを放ったのだが、かわされてしまった。
「アンタなら、絶対にそう来ると思ってたよ!」
体当たりを食らい、俊宇は壁に強くたたきつけられた。受け身を取ったとはいえ、体中がビリビリとしびれている。
「小柄なアンタが私に勝つには、一撃必殺するしかないもんねぇ! そりゃあ、急所ばかり突いてくるわけだ!」
大きなレティシアの手に首を掴まれ、ひょいと体を持ち上げられた。息が出来なくて、頭が朦朧とする。逃れようとジタバタしてみるが、息が出来ないせいで力すら入って来なくなってきた。
煙が晴れて来て、勝利を確信したレティシアの笑みが見えた。遠くからは、アダンの焦る声も聞こえる。矢を放とうにも、こちらが見えないので撃てないでいるらしい。
これはこれで、好都合だ。
「……おい、エルフェ」
「あん?」
顔をあげた瞬間、レティシアは白目をむいて倒れこんだ。
せき込みながら、レティシアが消えるのを見届けた俊宇は、ホッと胸をなでおろした。
手荒な方法なのであまり使いたくなかったのだが、あの状況ならば致し方無い。
「俊宇! だいじょー……、ぶ、っぽいね! 良かった!」
シルフが煙を払ってくれたおかげで視界が良くなり、アダンは俊宇の元へ駆け寄ってきた。レティシアがいたら、彼は一体どうするつもりだったのだろう?
「すごいじゃん! 一人でレティシアに勝ったの?」
「……俺の特性、……チートだから」
「あ、そういうことね! さっすがー!」
肩を組んできたアダンのせいで、さっきの体当たりで痛めた体が悲鳴を上げた。だが、彼に悪意はないのだから、許してやった。
俊宇の家系特性は李家のものではなく、婿に入った父から受け継いだものだ。四種類の面があり、それぞれによって効果が違う。
さっき、俊宇はそれを使ってレティシアを戦闘不能にした。ルールに背いてはいないはずだが、彼女は今日、もう競技には出られないだろう。
「……トゥータン、助かった」
「どういたしまして。ぼく、援護上手でしょ?」
「……弓の腕前は認める」
「でしょ、でしょ!」
「……シルフとフレアも。……ありがとう」
懐からクッキーを取り出し、精霊と妖精に与えると、彼女たちは大喜びで帰って行った。
「ちょっとー! ぼくの友達なのに、あの二人ってば俊宇のこと『精霊界に連れて帰りたーい』とか言ってたんだけど!」
「……俺、誘拐されたくない」
「どっちかっていうと、お持ち帰りね」
「……断固拒否」
真っ青な顔で、俊宇は口どころか顔まで袖口で覆った。
お読みいただきありがとうございました!




