57.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
無事に依頼をこなし、狼の正体が行方不明であったマルタン兄妹であったと突き止めたアリスたち。今夜は、その兄フェリクスと会う日なのだが……。
振替休日である翌日はみんな昼まで眠り、夕方になってから城を出た。依頼に関する外出ではあるが、それでも特例の外出許可らしかった。だが、今回はアリスたちだけだ。大勢が急にやって来ては、狼たちを驚かせてしまうかもしれないからだ。
昨日、狼たちと出会った森にある湖は一つだけ。
森に入って三十分ほど歩けば、直径五十メートルほどの湖が目の前に現れた。
その湖の向こう側に、銀色の狼が一匹立っていた。
アリスたちは緊張しながらも狼に近づいた。その間、狼は微動だにせず、目だけでアリスたちのことを追っていた。
「お前たち、名前は」
狼が喋ったことに驚きつつも、アリスたちはあと一メートルほどの距離で足を止め、順番に名乗った。
「俺は、フェリクス・マルタン」
狼はその場に座り、舌を出した。
「グレース・エニスとアンリ・マルタンの息子だ。レオとアリスは久し振りだな」
「久し振り」
レオは汗をかいた手を制服のズボンでぬぐった。
「それで、ローズは?」
「その前に、俺の質問に答えろ。お前たちは、俺らをどうするつもりでいる? 悪いが、王宮の人間のことは信用できない」
一部の人たちのせいで、急に捨てられそうになった、いや、捨てられたのだ。フェリクスが彼らを警戒していても無理はない。
それで、パウラがフェリクスの前に出た。
「国としては、君たちを引き取りたい。グレース先生とアンリ先生は、仕事中に行方不明になってしまった。国には、責任をもって君たちを育てる義務がある。王宮に戻って来てくれないか?」
「今更、国に仕えろって?」
「いいや、そうじゃない。フェリクス。ここからはオフレコでお願いしたいんだけど、ボクらと一緒に復讐してみないか?」
驚くアリスの前で、パウラは地面に膝をついてフェリクスと視線を合わせた。お互いに目をまっすぐに見つめ合って、逸らそうとしない。
「ボクのこと、知ってるだろ。ボクもそれなりに、偉そうにしているヤツらが嫌いだ。皓然たちもね。アリスなんて、ヘレナ先生を殺す道具にされそうになってる」
「それなのに、国に仕えているのか」
「ああ、そうだよ。変えたいことがあるなら、そこからは離れられない。ボクらは、上層部の言いなりになるつもりはないよ。でも、ただ指示を無視したってクビにされて終わりだ。だから、ヤツらを知らないといけない。ああいう組織は、内側から変えていかなきゃダメなんだよ。君たちを王宮から追い出した奴らには復讐、ヘレナ先生たちに何があったのかは自分たちで調べる。王宮には、外に出回ってない情報も山ほどある。これでどうだ?」
フェリクスはしばらくパウラを見つめてから、ふいと視線を外した。
「俺らを王宮から連れ出した奴らは捕まった」
「でも、執行猶予付きだった。奴らは保釈金を払って、美味しい蜜を吸いながら生きてるよ」
「……母さんたちを名指ししたのは、国だ」
「正確には、国の貴族たちだ。『侯爵家が中心になって』の枕詞が付くけどね。確か、君らを王宮から連れ出したのも侯爵家の連中だったな?」
「……」
フェリクスはのっそりと立ち上がると、「付いて来い」と合図して森の奥へと歩きだした。目印は、月明かりに照らされる、フェリクスの銀色の体だけだ。
「王宮に戻ってもいいが、条件がある」
「条件?」
パウラが首を傾げた時、どこからともなく遠吠えが聞こえてきた。狼の遠吠えだ。
ハッとしたレオが見上げた先には、まん丸の月。
「狼人間が、満月の夜に理性を失うのは知っているな? 俺は人間に近いから、魔力レベルが上昇するくらいで終わる。だが、妹は違う。我を忘れて暴れまわる。王宮に戻ったら、満月を迎えるたび、檻にぶち込まれるんだろう。だが、そんなことはさせたくない。だから、今のローズにお前たちが勝てたなら、大人しく王宮に戻る。勝てなければ、俺らはもう二度と人前に姿を現さない。これからも二人で生きていく」
そう告げたフェリクスの前に、小さな狼が現れた。体は小さいのに、どこか狂気じみたものを感じる。それは、琥珀色の瞳が血走っているからか、低いうなり声をあげているからか、半開きの口から唾液がポタポタと落ちているからか、分からない。
ただ、このままでは殺されると、本能的に感じ取ったのだけは事実だ。
「……勝利条件は?」
「どちらかがダウンすること。お前たちは全員がダウンしたらアウトだ」
フェリクスが皓然に説明した瞬間、ローズはアリスたちに襲い掛かってきた。
パウラの防御魔術によって弾かれたが、ローズは自分が怪我をしても関わらず襲い掛かってくる。それだけでも恐怖なのに、もっと恐怖なことがあった。
レオが、顔を青くしたまま動けないでいることだ。銃は手に持っているが、それをローズに向けられないでいるらしい。震える手が握る銃は、装填すらされていない。
それに、皓然がいつものように飛び出して行けない。それは、パウラからの指示でもあるからだ。
「念のため、ローズに噛まれないようにしろよ! むやみに近づくな!」
狼人間に噛まれたら、その人も狼人間になってしまう。どうやら、それは本当らしかった。
かといって、アダンが得意とする弓矢ではローズを傷つけてしまう。本当はレオに睡眠薬を打ち込んでもらいたいところだが、今のレオでは無理そうだ。
どうするべきなのだろう。
このまま防御に徹していれば、ローズは自滅してくれるだろう。しかし、アリスたちがそれまで持ちこたえられるのか、という問題もある。困ったことに、防御魔術は魔力の消費が大きい術だ。
「——皓然、アリスと一緒に防御魔術を展開してくれ。ボクがやる」
そう言ったパウラは眼鏡をはずして、ローズを真っ直ぐに見据えた。
パウラの指示に従い。皓然がアリスと一緒に防御魔術を展開してから、パウラは緑の瞳を輝かせ始めた。
前から綺麗な声だと思ってはいたが、その声が歌うと感動するほどの曲になるらしい。
パウラが歌っているのは、恐らく昨日、ルーカスが演奏していた曲だろう。メロディーが同じだ。まるで引き込まれるような、という言葉以外、当てはまる表現が見つけられない。
ただ、アリスは感動しながらローズが倒れこむのを見ていた。
ローズが起き上がらないのを確認して、パウラは眼鏡をかけた。しかし、その細い体は大きく揺れて、駆け付けた皓然の腕の中に倒れこんだ。
「無理し過ぎです。魔力不足になるの、分かっていたでしょう」
「……悪いけど、後は頼んだ」
皓然は肩をすくめると、アダンにパウラを預けた。
「魔力を分けてあげてください。このままじゃ、悪化します」
「了解、分かってるよ」
皓然はそっとローズに近づき、彼女が完全に眠っていることを確認すると振り向き、そこにいたもう一匹の狼を見つめた。
フェリクスは、静かにローズを見つめていた。それから、アダンに体を支えてもらっているパウラのことを。
「……さすがは、エルンスト・ツヴィングリの娘だ」
「ぼくらの勝ちで、いいですね?」
「ああ、構わないよ」
フェリクスはそっとローズに近づき、妹に寄り添うようにしてその場に座り込んだ。
「このままじゃ、俺らを王宮に連れて行けないだろ。拘束するのなら、ご自由に。暴れやしないよ」
「人間の姿になっていただけると、助かるのですが」
「すっ裸の男を連れて行くのか? このままでいい」
「分かりました」
皓然は頷き、狼用の拘束具を取り出した。兄妹には念のために、噛まれないように口輪を取り付けた。しかし、フェリクスが指示したので首輪も。
王宮ではなく、アエラス城に向かう馬車の中で、パウラは眠ってしまっていた。しかも、熱でも出ているのか頬を赤くして、うっすらと汗をかきながら。アリスはなぜか、そんなパウラの手を握っているように皓然から言われ、熱を帯びたパウラの手を握っている。
「——皓然、だったか?」
フェリクスは床に寝そべったまま、モゴモゴと口を動かした。口輪のせいで、うまく話せないようで、ゆっくりとした口調だ。
「城についたら、俺らのことは牢につないでおけ。ローズは満月の前後、気が狂ったように暴れまわる。明日くらいまで暴れていると思う」
「分かりました」
「それから、パウラ。噂は本当みたいだな。……捨て身の覚悟で妹を鎮めてくれたことに、感謝する。伝えておいてくれ」
皓然は、それには返事をしなかった。
今のパウラは、魔力不足の状態だ。生命エネルギーの魔力を大量に失うことで、体にその負担がかかる。免疫も下がり、熱を出して寝込んでしまうことがほとんどだ。微熱で終わることがほとんどだが、魔力の消費量が大きすぎると何週間と目を覚まさないこともあるし、最悪の場合は死に至る。
パウラは、そこまで魔力を体にため込める体質ではない。
自分自身とアーベルの分、それから、一日一戦程度の魔力を保持するので、パウラは精一杯。魔力消費の大きい家系特性を使うと、毎回こうして魔力不足になる。だから、パウラは普段、滅多に家系特性も、使い魔特性も使わない。
今回、パウラはまさに捨て身の覚悟で家系特性を使った。それを分かっていて止めなかった皓然は、その選択を選んで本当に良かったのかと、頭を悩ませていた。
城についてすぐ、皓然は衛兵たちにマルタン兄妹を牢に繋ぐように指示し、パウラのことはひょいと抱き上げて医務室に連れて行った。
「……悪いな、皓然」
「どういたしまして」
次の日。
パウラはまだ医務室にいたが、皓然たちは朝からダリアに呼び出されていた。もちろん、マルタン兄妹のことで。
報告書を見つめながら、改めて報告を聞いたダリアは、大きく息を吐きだして眼鏡をずらし、軽く目頭を押さえた。
「まず、パウラ・ツヴィングリは念のため、明日まで医務室に入院です。あの子の魔力不足ほど、油断を許さない状況はありませんから。それから、マルタン兄妹のことについてです」
レオはその言葉に肩を震わせたが、ダリアは構わず話を続けた。
「パウラ・ツヴィングリの術が解けた瞬間から、ローズ・マルタンはずっと暴れまわっています。フェリクス・マルタンもそれなりに負荷がかかるのか、深く眠っているようです。話をするため、恐らく自分を無理やり抑え込んでいたのでしょう。とんでもない忍耐力ですね。しばらくの間、あの兄妹には牢にいてもらいましょう。最低でも、ローズ・マルタンが大人しくなるまでは。衛兵たちにも、怪我をされて欲しくありませんから」
「ダリア先生、お聞きしたいのですが」
皓然は、真っ直ぐにダリアを見つめた。
「マルタン兄妹は、これからどうなるのでしょう」
「王宮で保護します。まずは病気がないかの健診からですね」
「その後は?」
「二人に、何をしたいのか聞きますよ。ですが、あの二人にも魔術師以外の道はほぼ無いでしょうね。グレースとアンリの子供たちですから。二人とも魔術を扱えるのであれば、否応なしに編入試験を受けてもらうことになります」
「そうですか……」
「残念ながら、今でも陛下の予言の解読は出来ていませんからね。少なくとも、あの兄妹が『英雄の子ら』である限り、保守派の貴族たちも追い出すことはできないでしょう」
その言葉に安心するやら、不安になるやら。だが、今のアリスたちに出来ることはないので、そのまま部屋に戻った。
その日の晩。
マルタン兄妹が繋がれている牢に、一人の魔術師がやってきた。衛兵たちを下がらせた彼は、フードを取って狼たちに自分の顔を見せた。
とは言っても、兄の方は眠っているから、妹の方にだけ。
唸り声をあげていた狼は、魔術師の顔を見て唸るのをやめた。琥珀色の瞳で、ジッと金髪の魔術師を見つめていた。
「久しぶり、ロジー」
鉄格子に近づき、魔術師は狼の鼻先に触れた。随分と汚れている毛はゴワゴワして、なんだか湿っていた。
それでも、その手は狼を撫で続けた。
「会いに行くの、遅くなってごめんな。辛い時、側にいなくてごめんな……」
「……」
「約束破って、ごめん」
まだ、ヘレナたちがいた時に交わした約束。ルイスたちが封印したのはヘレナとカイルの記憶だけだったから、レオはこの約束を片時も忘れたことが無かった。
「ごめん、ごめんな……。ごめんなさい……」
狼に触れていた手は力なく床に落ち、しばらく牢にすすり泣く声が響いていた。
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