50.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
無事、依頼人のトンプソン夫人を守ることができたアリスたち。
しかし、アリスには一つ、納得のいっていないことがあって……。
「——あの人、絶対に直す気ないな」
「大変ですねぇ、パウリンヒェン?」
「ぶん殴るぞ、小然」
パウラと皓然が小競り合いをしている間、馬車から降りてきた依頼人のトンプソン夫人は、アリスの手を握って涙ぐみながら「ありがとうございました」と熱く感謝を述べていた。
「魔術師様の派遣依頼をして正解でした。本当に、ありがとうございました」
「えっと、どういたしまして」
依頼人のトンプソン夫人を守るため、本物のトンプソン夫人は近くの下宿にパウラと隠れ、アリスが変身魔術でトンプソン夫人に、レオはメイドに姿を変え、アダンは屋根裏部屋に潜み、皓然は犯人を捕まえるために庭の陰に潜んでいた。
本当に現れた強盗犯にアリスは本気で腰を抜かしてばかりだったが、レオからの情報を得てアダンはもう一人の犯人から武器を奪うことはできた。皓然は犯人を追ったが、馬にはさすがに敵わず。しかし、別件で近くにいた他の魔術師が捕まえてくれたらしい。皓然が自転車で追いついた時には、すでに犯人の男はその魔術師が捕まえた後だったのだという。
全員にお礼を述べたトンプソン夫人は、馬車に乗り込んだアリスたちに嬉しそうに微笑んだ。
「来てくれたのがあなたたちで、本当に良かった。お気をつけてお帰り下さいませね」
トンプソン夫人に見送られながら出発した馬車の中で、「嬉しいねぇ」とパウラが笑顔でこぼした。
「ああやって感謝されると、魔術師をやってて良かったと思うよ」
「だな。それにしてもアリス、名演技だったじゃんか!」
レオに頭を撫でられ、「やめてよ!」とアリスは頬を膨らませた。
「っていうか、あれは本当に死ぬかと思った!」
「それは知ってる。ガチでびびってたもんな。でも、俺が言ってるのはその前。ただの葡萄ジュースがワインにしか見えなかったぞ」
「あれも怖くて吐くかと思ったんだからね!?」
レオの手から逃れ、髪を直しながらアリスは唇を尖らせた。
だが、確かに悪い気はしなかった。本気で死ぬかと思ったし、怖かったけれど、感謝されて嬉しかった。それに、憎まれ口ばかり叩いているが、レオが必ず防御魔術で守ってくれると分かっているから、できたことだ。
しかし……。
「トンプソンさんの役、パウラでも良かったんじゃない?」
「何言ってるのさ、アリス。万が一そっちに強盗が現れた時、アリスは奴らから夫人を守れたの? 追いかけられた?」
ごもっともなアダンの言葉に、アリスはウッと言葉を詰まらせた。彼は時々、こうして痛い所を的確について来る。
「今回の配役が、やっぱりベストだったと思うなぁ。やっぱり、一番強い人が依頼人を守る位置にいないと」
「……そうだね」
そう言ったはいいが、どうしてもアリスにはパウラが一番強いとは思えないのだ。いや、彼女を信じていないわけではないのだが……。
王宮に戻ったアリスたちは、まずメアリーに依頼の完了を報告し、それぞれ百ポイントをもらった。それから、一日かかりの依頼だったので、アリスたちには一日の休暇が与えられた。
ぐっすり眠った次の日は公休日だったので、アリスはこっそりとパウラの後をつけた。
前からパウラのことは何かと気になっていた。家系特性のことも、家のことも教えてくれない。いや、話しに出ただけで嫌そうにするから聞けない、というのが正確だろう。それに、もっとパウラのことを知りたかった。でも、話しかけられず、こうして尾行のようになってしまっている。
だが、角を曲がったパウラの後を追おうとしたアリスは、手首を掴まれて勢いよく後ろに引っ張られた。
「尾行ですか? 良い趣味してるじゃないですか」
「皓然! いつから!?」
「いつから尾行に気付いていたのかって意味なら、今朝から。いつから君の後を追っていたのかって意味なら、今さっきです。たまたま見かけまして。で、どうしてパウラを尾行してるんですか?」
「結果的に尾行になっただけ! パウラのことを知りたいけど、なんて話しかけたらいいか分からなくって……」
「うちのリーダー。甘いもの好き、部屋が汚い、ドライヤーもしない……」
「そうじゃなくて! 家系特性とか、むぐっ!」
「……黙ってついてきてください」
急に口を塞いできた皓然の鋭い瞳に見つめられ、アリスは驚きながらもうなずいた。
彼は談話室の秘密の話が出来る席に行きたかったようだが、生憎と満席だった。どうやら、秘密の話をするための席には限りがあるらしい。
「しょうがない。あっちにするかぁ……」
そう言って彼が来たのは、中庭。林を抜けた先にある大木が目的地だった。正確には、その大木に落ちた影の中。
周りに誰もいないことを確認した皓然は、影の中にそっと手を差し込んだ。彼の手は影の中に吸い込まれていく。まるで、クロエの特性のようだ。
「自然にできた境界です。変な場所には繋がっていませんから」
差し出された手を握り、アリスはドキドキしながら影の中に入った。
影に入った瞬間、まるで門をくぐった時のような不快感が一瞬だけ襲ってきた。しかし、目の前にある景色がそれを払しょくしてくれた。
美しい空間だった。木の中身をくり抜いたかのような場所で、温かな光に包まれている。だが、天井に穴は無く、金色の水たまりがあるだけ。そこからは泡が出て来ては弾けて空気に溶けていく。
それに、外見よりもずっと中は広い。チームメイト全員で寝転ぶことだってできるだろう。
アリスが目を輝かせながら見回していると、皓然は腕を組んで「それで?」と相変わらず鋭い視線をアリスに向けていた。
「どうして、パウラを尾行していたのかを聞きましょうか」
「えっと、家系特性とか、お家のこととか、パウラはすごく大変そうなんだなっていうのは知ってる。でも、何が大変なのかまでは分からないし……、それに、その……」
「アダンが言ってた、パウラがうちで一番強いっていうのも、よく分からない?」
「そ、その通りです……」
心情を読み取られたアリスは小さくなり、皓然はため息をついた。
「まあ、そんなことだろうと思いました。あの時の君は、納得できていなさそうでしたから」
「そういう訳じゃないけどさ……」
「でも、パウラがうちで一番強いって言うのは本当ですよ」
皓然までそう言い出すから、アリスは「どうして?」と彼を問い詰めた。
魔術実技をしていると、最前線に出るのはいつも皓然だ。レオとアダンは後方支援をしてくれる。アリスとパウラの二人は、魔術を使ってみんなをサポートするのが、最近見つけたチームの持ち味が一番活かせる陣形だ。だから、アリスは先方を任される皓然が一番強いのだと思っていたし、それ以外は考えられなかった。
そのことを言おうとしたのだが、皓然は手をあげてアリスの言葉を遮った。言いたいことは分かっている、ということらしい。
「パウラが言ってた通りだ。……みんなも知っている有名な範囲で、君の問いに答えます。パウラの家系特性についてです」
「家系特性」
「はい。パウラの……、ツヴィングリ家の家系特性は『楽団』。パウラはその『歌姫』です」
頭にいくつもの疑問符が浮かび、アリスは首を傾げた。家系特性の名称だけ言われても、まだ分からない。しかも、なんだか複雑そうだ。
それを見た皓然は、話しが長くなることを察したのだろう。地面に腰を下ろし、アリスにも座るよう促した。
「家系特性『楽団』には、三種類あるんですよ。『指揮者』、『伴奏者』、『歌姫』。この三種類が揃っている時、この特性は一番の効力を発揮します。でも、単体でもすごく強力な特性なんです。『歌姫』だと、歌った歌の歌詞が現実に起こります。子守唄を歌えば相手は寝るし、応援歌を歌えば仲間の士気が上がる、みたいな」
「……つまり?」
「パウラが攻撃的な歌を歌えば、それは相手を攻撃します。パウラの特性は武器にもなるし、防御にも使えるし、仲間のサポートもできるんです。オールラウンダーで便利な特性です。だから、パウラはうちで一番強いんです。音は振動だから、耳を塞いでいたって影響を受けますから。それに、一度受けたら分かりますが、抵抗なんて出来ません。ぼくらより魔力レベルの高いレオでさえ、パウラの『歌姫』には敵いませんでした。それから、パウラの家族についてですが」
家系特性の情報開示だけだと思っていたアリスは、その言葉に背筋を伸ばした。
皓然がアリスの尾行を止めて、「みんなも知っている有名な範囲で」と前置きしたのは、パウラにもプライベートや、知られたくないことがあるからだ。そのことは、アリスも理解しているし、反省している。
それでも、自分だけ仲間たちを知らないように感じていたから、少しの情報でも得られるのなら、願ったり叶ったりだ。
皓然は緊張しているのか、音を立てて唾を飲み込んだ。
「パウラの家族はお母さんとお兄さんが二人です。お父さん、つまり、前代のツヴィングリ公爵は、パウラが生まれる前に亡くなっています。今のツヴィングリ家を取り仕切っているのが、一番上のお兄さん、ローガン・ツヴィングリ先輩。牡丹姉さんとラファ先輩のチームメイトで、上級魔術師見習い。今、うちの国で一番強い学生魔術師です」
「うん」
「……以上です」
何やらパウラの家族構成についてすごい剣幕で説明してくれたが、アリスにはどうしてそこまで力を入れるのかが、イマイチ分からなかった。まだこの世界について理解できていないからだろうか。
「なんて説明したらいいのかなぁ……。難しいなぁ……」
皓然は髪をわしゃわしゃとかき回したが、良い回答は浮かんでこなかったらしい。
「えっと、あと言えるのは、ツヴィングリ兄妹は仲が悪いってことです。特にローガン先輩とパウラの仲。パウラはまだ、真ん中のお兄さんと仲が良いんですけどね」
「ふんふん」
「あ、それで言い忘れていました。この前、レオがアゴーナスには毎年ゲリラ戦が入ってるって言ってたじゃないですか」
「うん」
「多分、ローガン先輩はうちのチームを狙ってきますよ。頑張って逃げましょうね!」
ニコリと微笑んだ皓然に、アリスは「ちょっと?!」と勢いよく食らいついた。
「そのローガンっていうパウラのお兄さん、うちの国で一番強い学生魔術師なんだよね!?」
「そうですよ。牡丹姉さんたちも強いですからね」
「なのに、私たちを狙ってくるの!?」
「ローガン先輩は、パウラたちを潰そうとしています。魔術師を辞めさせようとしているんですよ。アゴーナスで結果を残していないうちに潰せば、ぼくらはその分のポイントが取れない。つまり、雲の上の存在だった強制退学が、一気に目の前に落っこちてくるんですよ」
「はあ!?」
どうアリスに危機感を持たせようかと思っていたが、最初から彼女にとってのリスクを出せばよかったらしい。皓然は頭のメモにそれを書き残した。
アリスは確かに、魔術師になろうと思ってこの世界に来たわけではないだろう。だが、今のアリスには友達がこの王宮にいるから、少しは「魔術師」を続けようと思ってくれているらしいことは、感じていた。
「でも、パウラだったら、そのローガン先輩にも勝てるんじゃないの?」
「無理ですね。魔術師としての次元が違いすぎる。ぼくらが束になっても、一人も倒せないでしょうね」
「そんなぁ! それじゃあ、どうすればいいの!?」
「簡単です。依頼をコツコツと受けること。どんな依頼でも、片っ端から受けて、受けて、受けまくる。そして、生き残るために知恵をつける。ぼくらはそうやって、今まで魔術師をしてきたんです。だからアリス、リーダーの尾行なんてしている暇はないですよ」
言葉を詰まらせたものの、アリスは頷いた。これまでのような渋々ではなく、自分の意思で。
やっと自分が伝えたかったことを伝えられたので、皓然もこれで少しは肩の荷が下りたというものだ。
「連れてきた身で言うのもあれですけど、この場所のことは誰にも言わないでくださいね。ぼくのお気に入りの、秘密の場所なので」
「うん、分かった」
素直にうなずいたアリスは、セレナの元へと向かった。依頼の関係で出席できなかった、授業のノートを見せてもらうために。
お読みいただきありがとうございました!




