3.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
「———————夏休みには、帰ってくるから」
一つも荷物を持たず、アリスはレオと並んで玄関に立ち、不安そうな顔をしている両親を見つめた。
あの夢のことは、誰にも言っていない。なんだか、言ってはいけないような気がした。
夜中に目を覚ましたアリスは、用意されていたサンドイッチを少しだけ食べて、もう一度眠って、目を覚ましたら魔術界へ行く日になっていた。
特段驚かなかった。目を覚ましたらあれから二日は経っていたし、皓然も魔術界へ先に戻っていると言われたから。むしろ、当初の予定より一日遅れていることに驚いたほどだ。
だが、あの夢のおかげで自分が何を求められているのかは分かった。それに……。
「行ってきます。……お父さん(、、、、)、お母さん(、、、、)」
アリスのその言葉に、アンは一瞬顔をしかめ、ルイスはハッと息をのんだ。だが、珍しくルイスが微笑んで、「いってらっしゃい」と見送ってくれた。
確かに、実の親子ではないのかもしれない。だが、二人がこれまで自分たちに注いでくれた愛情は、嘘じゃない。あの夢を見て、そう思えた。
「無理に、向こうの人たちの期待に応えようとしなくて良いんだからね」
アンはアリスをそっと抱きしめた。
「嫌なことがあったら、帰ってきてもいいのよ。絶対に、無理だけはしないでね」
「うん、分かった」
アンのことを抱きしめ返して、アリスとレオは両親に笑顔を見せ、魔術界へと旅立った。
旅立った、とは言っても、向かったのは家をぐるりと囲っている森の中だ。何でも、この森には世界をまたぐワープゲートのようなものがあるらしい。そこに別世界人が迷い込まないように、そのワープゲートを守るために、そして、別世界へやってきた魔術界出身の人たちを守るのが、守り人である両親の本当の仕事だった。
森の中に入って十分ほど経ったところで、急に周りの雰囲気が変わったのでアリスはハッとして顔をあげた。急に色々な生き物の気配を感じるようになった。だが、見回してみても何もいない。
「境界に入ったんだよ」レオも周りを見回した。「境界は、そうだなぁ。別世界と魔術界の中間地点みたいなものかな。二つの世界が混ざり合ってるような場所。妖精が住み着きやすくて、おかげで境界に迷い込んだ非魔術師によく見つかっちゃうんだ。別世界で妖精が有名な理由だな。おかげで、妖精たちに関しては、守り人も諦めてる所がある。よほど酷い時は対応するけどね」
へえ、と漏らしてから、アリスは再び歩き出して、兄の隣に並んだ。
「お兄ちゃんはいつからあっちに通ってたの?」
「七つ。王宮魔法使いになれる年なんだ。ちなみに、魔術師になれるのは十三歳になる年から。あっちは春学期制だから、お前含めて今年の四月から来年の三月までに十三になる人たちが、試験に受かれば魔術師になる。ちなみに、魔術師になるには王宮に上がらないとダメなんだ」
「それ、王宮が人で一杯にならないの?」
「ならないよ。ちゃんと功績を残せない人は強制退学させられるし、そもそもなれる人が少ないし。大体、入学直後は三十人くらいいるんだけど、だんだんふるいにかけられて少なくなっていく。俺の学年で二十四人だけど、兄ちゃんの学年だと十人もいない。八人とかそこらだったかなぁ」
再び「へえ」と声を漏らすアリスにチラッと視線を向けてから、レオは「まあ、何だ」と頬をかいた。
「そんな堅苦しい所じゃないから、そんなに緊張することないよ。俺も兄ちゃんもいるし、皓然は……、ああ見えて、優秀な魔術師だから頼りになる。あと、一応、女子もいるし。あ、でも、お前が思ってるような女子じゃないというか、何と言うか……」
アリスはクスッと小さく吹きだしてから、「ありがとう」と兄に笑って見せた。不器用なりに、彼が自分のことを励まそうとしてくれているのはとてもよく伝わった。
「入学の前に、そのチームメイトの女の人と会うことになるんでしょ?お兄ちゃんも皓然もいるわけだし、全く知らない人たちだけじゃないもん」
レオは少し驚いているようだったが、すぐに微笑みを浮かべて「そうだな」と返した。
「—————————っと。ほら、あれが門番の家」
レオが指さした先にあったのは、今にも崩れ落ちてしまいそうな、あばら家だった。
アリスは無言で兄のことを見つめた。もちろん、「趣味の悪い冗談を言うのはやめてくれる?」という疑いの視線を。
「……お前、少しは兄を信じろよ」
「そうだね、今はお兄ちゃんしか信じる人がいないもんね」
レオは不服そうに頬を膨らませたが、迷わずあばら家に向かって歩いて行くので、アリスも顔をひきつらせながらではあるが、黙ってその後ろをついて行った。
近づいてみても、やはりあばら家はあばら家だった。窓は埃が溜まっているせいで白くなっているし、屋根の下には大きなクモが巣を作り上げて獲物がかかるのをジッと待っている。おまけに、レオが引くドアはギギギ……と今にも壊れそうな音を立てる癖に、一切動かない。
「なんだ?今日はいつにも増して建付けが悪いな」
レオはボソッとこぼしてから、片手で開けるのを諦めて両手で強引にドアを開いた。おかげでバキャッという不吉な音がしたが、兄妹は顔を見合わせて「何も聞いていないことにしよう」と頷き合った。
あばら家の中は、豪華なお屋敷になっていた。
まず、あの小さな小屋の中とは思えないほど、広い。まるで映画に出て来そうな豪華絢爛な広間が顔を出し、装飾品も、床も、鏡のようにピカピカに掃除されている。
「お城みたい……!」
「初めておこしになる方はみな、そういうのですよ」
しゃがれた声が聞こえてアリスが周りを見回すと、柱の中からこちらに微笑んでいる白髪の老人と目が合った。老人は車いすに腰かけ、膝上で昼寝をする猫の背をゆっくりとなでている。
プロジェクションマッピングか、とアリスは思ったのだが、その老人はタイヤを回すでもなく、何のアクションもなしにこちらに近づいてきて、柱の中から飛び出した。驚くアリスに優しく笑いかけてから、その隣のレオに「お久しぶりですな」と親し気に声をかけた。
「黄魔術師から話は聞いております。ついに末のお嬢様も、王宮にお仕えされるそうで」
「うん。上からの命令なんだ。門番、アエラス王宮行きのチケット二人分を頼むよ。あと、領収書。全世界魔術師育成委員会宛てで、但し書きは『チケット代』」
「かしこまりました」
老人が猫の背を指でなぞると、猫の背はファスナーが開くようにさけ、中から金色のチケットが二枚と、白い紙が一枚、老人の手によって取り出された。おまけに、レオは代金であろう女性の横顔が描かれた銅貨を二枚、猫の中にいれた。
老人がさっきとは逆方向に指でなぞると、猫の背から穴が消えていた。
「ほら、お前の分」
レオは老人から受け取った金色のチケットの内一枚をアリスに手渡した。
「ありがと、門番」
「ご利用ありがとうございました。あなた方の魔力が、世界を守りますように」
にこやかに手を振る老人を背に、兄妹は再び歩き出した。
「お兄ちゃん、さっきのおじいさんが門番?」
「うん。この二百六十三番門を管理している門番、三千二十一号だよ」
「『号』?ロボットなの?」
「うーん……。まあ、そんな感じ。あの門番は半分ロボットで、半分人間かな」
レオの煮え切らない回答を聞いているうち、再び周りの雰囲気が変わった。いつの間にか周りからあの豪華な広間も、廊下も消えていて、たくさんの扉が浮いている真っ白な空間に二人は立っていた。
扉はどれも大きくて、材質も飾りも様々だ。木でできた質素なものもあるし、サファイアのような青い鉱石でつくられた豪華なものもある。
「えーっと、アエラス王宮行き……、あった!」
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