31.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
レオたちによって人さらいから助け出されたアリスたち。しかし、その救出方法に問題があり、レオとパウラはダリアに連れていかれてしまった。その間、アリスたちは医務室で手当てを受けることになって……。
医務室は、別世界の保健室と違って薬草の強い匂いがした。
それもそのはず、部屋の壁を薬草箱が覆いつくしているからだ。おまけに、部屋の天井に張り巡らされている糸には薬草がひっかけられている。
もちろん、備品棚の中には消毒液の様なものたちも入っていたが、圧倒的に数は少なかった。
「——四人とも、大きな怪我はなさそうね」
診察してくれたのは、牡丹だった。研修医だと聞いていたが、現役の医者としか思えない風格だ。それに、もらったポプリがとても落ち着く香りがする。
「アリスちゃんだけ軽い打ち身があるけれど、数日もすれば良くなるでしょう。ところで、その香り気に入った?」
唐突に話が変わったことに驚きつつも、アリスは牡丹に頷いて見せた。
「甘くていい匂いがする」
「良かった。それね、イランイランのポプリなの。不安や緊張を和らげる効果があるのよ。桃ちゃんは、ネロリね。昔からこの香りが好きだった」
「うん。さすが牡姉、覚えててくれたんだ」
「可愛い従妹だからね」
ニコリと微笑んだ牡丹は、赤くなっているアリスの手首に薬草を染み込ませた布を巻いてくれた。包帯で固定されれば、治療は終わりだ。
「打ち身用の薬草よ。匂いが気になるかもしれないけれど、しばらく我慢してね」
「うん」
とはいえ、そんなことを言われれば匂いを嗅ぎたくなってしまう。
そっと手首に巻かれた包帯を鼻に近づけて、アリスは素早く手首を顔から遠ざけた。やはりというべきか、薬草独特の表現しがたい香りがする。
「……なんで嗅いだ」
「だってぇ」
俊宇に呆れられてしまったが、気になったのだから仕方ない。
アリスは唇を尖らせて、鼻の中に広がる空気を入れ替えようと再びポプリを鼻に当てた。
「ああ、そうだ。アリスちゃんに朗報よ」
牡丹は医務室の出入り口を指さした。
「外に、お客様」
「お客様?」
まだ、アリスに客と言えるような人が来るとは思えない。当然、首をかしげたが、笑顔の牡丹に「早く行っておいで」と言われてそっとドアを開いた。朗報、というくらいなのだから、アリスにとって会えて嬉しい相手ということだろう。
「あっ!」
「あら、久しぶり」
丁度、ドアを開けようとしていたらしいその人は、アリスが出迎えてくれたことにとても驚いていた。普段はどんなに頑張っても驚かないくせに、今は美しい瞳をまん丸にしている。
「元気にしてた? こっちの生活はどう? お友達は……」
「お母さん!」
思わず、アリスは突然現れたアンに勢いよく抱き着いてしまった。
しかし、さすがというべきか一切バランスを崩すことなく、一つもよろめかず、母のアンはアリスを抱き留めてくれた。
ポプリの香りも落ち着くけれど、やはり親に抱きしめてもらうに勝るものはないらしい。優しく髪に触れてくれたアンの香りを、肺一杯に吸い込んだ。
アンはアリスの髪にそっと唇を落としてから、医務室の中にいた牡丹たちに微笑みかけた。もちろん、アリスをくっつけたまま。
「こんにちは。うちの子たちがいつもお世話になって……、本当にありがとうね。特に牡丹、ラファの相手は大変でしょう」
「いえいえ、そんな」
微笑みながら、牡丹は立ち上がってアンにお辞儀した。牡丹だけでなく、皓然たちも。
アリスは全く知らないが、アンも色んな意味で有名な魔術師だ。それも、上級魔術師。
「彼の発想には、いつも驚かせてもらっています」
「そう言ってくれるなら良かった。さあ、アリー。そろそろ離れてちょうだい」
しぶしぶアンから離れたが、そのアンが頬に触れてくれてアリスは思わず笑顔になった。しかし、そのアンはアリスの頬に涙の痕があることに気付いて悲しそうな顔になった。
「何かあったの? こんなに目を腫らして……。お兄ちゃんはどうしたの?」
「どっちのお兄ちゃん?」
「レオよ。同じチームでしょう」
「あ、そっか。えっとね、レオお兄ちゃんはパウラと一緒にダリア先生に怒られてる」
「まあ! ダリア先生に!? あの子ったら、一体何を……」
そこで、皓然が代表して何が起こったのかアンに説明してくれた。
段々と鬼の形相に変わっていくアンを見て、ユーゴと桃子の二人は端っこの方で俊宇の陰に隠れてしまった。
「——以上、報告を終わります」
「……そう」
低いアンの声に、アリスは母を見上げることが出来なかった。これは、相当怒り狂っている時の声だ。こういう時は、無駄口と無駄な行動はせず、空気と化すに限る。
「アリス」
「は、はい」
ビクッとしたアリスだったが、アンはただアリスのことを軽く抱きしめた。
「また、あなたを抱きしめることが出来て私は幸せ者だわ。よく、帰ってきてくれた」
「お母さん……」
「みんなも、アリスのことを助けてくれてありがとう。心から感謝します」
しかし、アリスが抱きしめ返すと、アンは離れてしまった。
そして、一瞬のうちに、そこには鬼が立っていた。
「……ごめんなさいね。急用ができたからダリア先生の所へ行かなくちゃ」
「あ、はい……。えっと、ぼくご案内いたします……」
「いいえ、結構よ。それでは、またの機会に」
皓然の申し出を断り、怒り狂ったアンは静かに医務室を出て行った。
「——ポポフ先生、怒ったらめちゃくちゃ怖いんだな……」
「お父さんより怖いよ」
アンが出て行ったドアを見つめ、アリスはユーゴに事実を教えてやった。
「うちの中だと、お母さん、ラファお兄ちゃん、お父さん、レオお兄ちゃんの順で怖いよ」
「……ラファエル先輩が怖いの、何か納得」
ボソッと呟いた俊宇は、そっと袖で口元を隠した。
そんな俊宇は、ふと首を傾げた。
「……どうして、守り人のポポフ先生がここに?」
その質問は、空気に溶けて行った。というのも、ヒューたちが医務室にアリスたちを迎えに来てくれたからだ。
いつまでも医務室にいては邪魔になるので、談話室に移動したアリスたちは、犯人たちのその後ではなく、カミーユという噂の魔術師について聞かされた。
行方不明になっていたカミーユは、国の外に売られていた。
この世界に存在している人間の国は四つだけ。しかし、それ以外にも国以下の人間の生活拠点は存在している。自治区と呼ばれるそれらには、それぞれのリーダーがいて、その人が自治区を修め、アエラスのような国と交渉して商売をしているそうだ。
カミーユが売られたのは、アエラスからそう遠くない小さな自治区の長だった。そこでは一日中魔力を抜かれ続けていた。抜かれた魔力は、使い果たされた魔力石に。人の魔力を宿して、それを売り物としてアエラスに売っていた。皓然は、この世界で起こる誘拐事件のほとんどが、今回のような魔力目的で行われるのだと教えてくれた。
すでにカミーユは派遣されたラファエルによって保護され、こちらに向かっている途中なのだという。
お読みいただきありがとうございました!




