153.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
ヘレナの手伝いもあり、魂が再びありのままの姿に戻ったアリス。回復報告も含め、家族や友達、チームメイトたちに会ったアリスは、そこで「自分が六歳児になっていた」ということを聞かされ……。
「——というわけで、アリスちゃんは精神状態が六歳のままで目が覚めた。パウラちゃんたちはそれを治しに行ったはずなのに、なぜかアリスちゃんからは感情が消えていて……。っていうわけ。ご理解いただけたかしら?」
笑顔の牡丹に、アリスは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
パウラたちはアゴーナスが近いということもあり、解散。アリスは、念のために医務室に来て、牡丹の診察を受けていた。
だから、ここには両親とガブリエル、ラファエル、イリス、そしてダリアしかいない。
いや、それで助かったのかもしれない。こんな恥ずかしい話、他のみんながいる前では恥ずかしすぎて、途中から牡丹の口を塞いでしまっていただろうから。
「私、とにかくユリアを封じ込めるのに夢中で……。ごめん、あんまり記憶がないや」
「ええ、小然たちから聞いてるわ。——よく、耐えたわね」
牡丹に頭を撫でられ、アリスはさっきまでの恥ずかしい気持ちを忘れて、彼女に笑って見せた。
正直、牡丹が言っていたことのほとんどを理解できていないが、褒められたことは嬉しかった。
「でも、念のために、いくつかお薬を出しておくわね。苦いかもしれないけれど、頑張って飲んでね。どれも、体の機能を助ける働きを持っているものだから」
「あ、ねえねえ。前みたいにポプリってもらえる?」
「もちろん。気に入ってくれたようで何よりだわ」
笑顔の牡丹がくれたポプリは、やはり落ち着く香りをしていて。
その香りを肺一杯に吸い込んで、アリスは大きく息を吐きだした。なんだかんだ言って、みんなと再会するまではとても緊張していたものだから、緊張の糸がどんどんほどけていくのを感じた。
医務室を後にしたアリスは、再び別世界に戻るために門のターミナルへやってきた。これからしばらくは、またみんなともお別れだ。
もう一度、家族に抱きしめてもらってからアリスはダリアと一緒に別世界の屋敷に戻ってきた。
こうして帰って来てみると、どれほどこの屋敷が静かなのかを実感する。王宮は、相変わらず人がたくさんいたし、賑やかだった。だから、余計に。
「疲れましたか?」
荷解きをしながらダリアがそう尋ねてきたから、アリスは迷うことなくうなずいた。
「そうでしょうね。今日はもう、休みなさい。その代わり、明日から授業を始めますよ。それから、戦闘訓練も」
「戦闘訓練?」
首を傾げたアリスに、ダリアもまた、迷うことなく頷いた。
「最近の魔術界は、どうもきな臭いのです。ユリア様と世界を救ったとされる、かぐやとタタラがヘレに投獄されて、社会は混乱状態にあります。それに伴って、犯罪件数も増加傾向にある。魔術以外の、自分の身を守る方法を身に着けていなければなりません。あなたがこれからも、王宮魔術師として活動していくのであれば」
ダリアのその言葉に、アリスは頷いた。
アリスの一番の武器は、魔術。正確に言えば、制御しきれないほどの魔力を持っていること。
だが、もしも一年生の時のアゴーナスでラファエルたちがされたように、魔力を封じられたら?
その時、アリスは一番の武器を失うことになる。もちろん、護身術など知らないアリスは、抵抗すらできずに、ただ殺されて終わるだけ。
それに、必ず仲間たちと一緒にいられるわけではない。
黙ったアリスに薬を渡したダリアは、テーブルの上にドサドサッと本を山のように積み上げた。
「……へ?」
「あなたの教科書と参考書です。簡単にでもいいから、目を通しておきなさい。いいですか、タイムリミットは、夏休みが終わるまでです。それまでの間に、あなたは二年生の学習過程を終了し、さらに三年生の前期までの知識を詰め込まなければなりません。ポイントのことは、気にしなくてもよいでしょう。かぐやを一人で逮捕したこと、ドラコの違法労働の件のこと。これらの功績をたたえられて、大量のポイントが付与されていたはずですから」
改めて聞くと、飛んでもない話だ。
夏休みが終わるまで、あと二か月半ほど。そんな短期間の間に、この山のような授業が終わるのだろうか。それも、きちんと理解した状態で。
明日からのことを考えて、アリスは思い切りため息をついてしまった。やはり、勉強は溜めるべきではないらしい。好きで溜めていたわけではないけれど。
二、三回ほど部屋と往復して、アリスはやっと、教科書たちを部屋に持ち帰ることができた。全部で、三十三冊。道理で机の上に三つの本で出来たタワーが建つわけだ。
ダリアに言われた通り、全ての教科書、参考書に簡単に目を通したアリスは、思わずベッドの上に倒れこんだ。ただ、教科書に目を通しただけ。それなのに、もう疲れてしまった。
だって、薬草学とか、魔力物理学とか、魔術理論とか、魔術に関する全く知らない教科が増えていたから。そんなことを言われたって、アリスには「はい、そうですか」としか言いようがない。だって、中身を全く知らないのだから。
「でも、フェリクスとローズは、これを全部やったわけだもんなぁ……」
ローズが前に「六年生までの授業は、もう受けている」と言っていたから、あの二人は短期間の間にアリスの倍は勉強したということになる。それが出来たのは、元々二人の頭が良かったからなのか、よほどダリアが教えるのが上手ということか……。
寝返りを打ち、アリスは別のことについて考えることにした。
——昨日、皓然と何があったんだろう。
ついこの前……、とはいっても、もう一年は前になったらしいが、確かにアリスはフェリクスのことが好きだった。
だが、意識を取り戻してからは、全くフェリクスのことは考えていなくて。むしろ、アリスの頭の中は皓然のことばかりだった。
正直、彼のことが好きかどうか、よく分からない。
アリスにとっての皓然は、世話好きの先輩。やけにパウラと仲が良い、兄の友人。
そして、何かあればすぐに助けに来てくれる。
皓然には情けない姿ばかり見せている気がするアリスには、自分のどこに彼が惚れてくれたのか、全く分からないでいた。
でも、確かに彼はいつも優しくしてくれて……。デビューダンスだって一緒に踊ってくれたし、勉強が分からないと泣きつけば勉強を見てくれた。それに、誕生日も祝ってくれたし、秘密の場所まで教えてくれた。
それらは全部、仕事だからなのだと思っていた。ルイスにアリスの面倒を見るように頼まれたから、だから、良くしてくれているのだと。そうでなければ、レオの妹だから何かと気にかけてくれているのだと。
一体、いつから。どこから、彼の中でアリスと一緒にいることは、仕事ではなくなったのだろう。
そんなことを考えていたら、なんだか恥ずかしくなって来た。
アリスは髪を掴んで、うなり声をあげながら髪で顔を隠した。誰かに見られているわけでもないのに。
でも、この真っ赤になってしまった顔を、とにかく隠したかった。
フィンレーに「落ち着いて」とでもいうように頭を小さな手で撫でられ、アリスはのそっと起き上がった。
そうだ。こんな時こそ、勉強をして気を紛らわせれば良い。
早速、勉強机に向かったアリスだったが、適当に手に取った教科書が魔術界史のものだったので、一気に勉強をする気が失せてしまった。
それでも、気恥ずかしさを紛らわせるためにパラパラとページをめくっていたが、あるページでその手は止まってしまった。
教科書に、親が載っていたから。それも、ルイスとヘレナ。
この二人が一緒に載っているなんて、とアリスは思わず、食い入るように教科書を読んだ。
「『フォティア旧王宮放火事件』……?」
今ではヘレナの体がのっとってしまっている、フォティア旧王宮。そこでは昔、悲惨な事件が起こったのだという。
それが、『フォティア旧王宮放火事件』。この事件で、先代のフォティア国王——現国王の実弟とその妻が亡くなっている。
結果から言うと、ルイスとヘレナは、その二人の子供だった。
夏の夜。フォティア旧王宮で謎の火災が発生した。丁度、国王一家が住んでいた区画で。
火が消し止められた部屋からは、黒焦げになった遺体が二体発見された。歯形から、遺体の身元はシンバ国王と、ナタリー王妃であることが判明した。
しかし、二人の子供たち——ティチアーノ王子と、グロリア姫は見つからなかった。遺体すら。
だから、自動的にたった一人の王族であった、現在のフォティア国王、ジョセフ王子が王位を継ぐこととなった。ジョセフは金髪こそあれ、青い瞳も『百発百中』も受け継いでいなかったが、彼以外に王位を継ぐことができる人間はいなかった。
事態が急変したのは、その十二年後。フィリップ・ハーコートによる、黒魔術事件が起こった時だった。
黒魔術を解いた当時の上級魔術師たちの手によって、ティチアーノ王子とグロリア姫が発見された。
行方不明だった王子と姫は、それぞれルイス・ランフォードとヘレナ・ランフォードとして、アエラス王国の学生魔術師になって生きていた。
ヘレナは、カラーコンタクトを使って、ルイスと同じ緑色の瞳にして青い瞳を隠していた。それに、兄妹は髪をこげ茶色に染めていたから、二人のチームメイトたちも、保護者であるダリアですら、そのことを知らなかった。
フォティア国民たちは、この二人が国に帰ってくることを強く願った。ルイスは『百発百中』を、ヘレナは青い瞳を、それぞれ持っていたから。
しかし、二人はそれを断固拒否。貴族階級、王位継承権を持たず、フォティア王国にはもう二度と入国しないと宣言し、アエラス王国の上級魔術師となった。
それから、二人はそれぞれ結婚し、家庭を持った。順風満帆に思えたその生活だったが、例の依頼でヘレナは黒魔術に侵され——。
教科書を閉じ、アリスは牡丹にもらったポプリを鼻に押し付けた。
確かに、ルイスは「俺の両親は死んだよ」と言っていた。しかし、その死因は教えてもらえていなかったし、いつ死んだのかすら、知らなかった。
この文章を読む限り、祖父母は何者かの手によって、殺されている。
恐らく、ルイスとヘレナは、祖父母の手によって逃がされたのだろう。二人がどうしてアエラスにいたのか、そもそも、どうやって入国したのかは、分からない。
けれど、目の前で両親が死んでいく様を見て、二人は一体、何を思ったのだろう?
アリスだったなら、絶対にそんな事実、受け入れられないだろう。
肩に飛び乗ってきたフィンレーを撫でながら、アリスは大きく息を吐きだした。
とにもかくにも、これでランフォード家が平民階級なのか分かった。道理で、ユリアの子孫であるにもかかわらず貴族階級を持っていないはずだ。
「——知らないことばっかり」
でも、今はみんなを責める気は起こらなかった。むしろ、自分から真実を知ろうとしなかったからだと、今は思える。
怖かった。
素直に、そう言える。
しばらく目をつむっていたアリスだったが、教科書とポプリを片付けて立ち上がった。
これから、アリスがすべきことは——。
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