140.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
砲撃音と悲鳴、仲間たちを鼓舞する声。
そんな地獄のような場所に、ずっと響いている優しい歌声があった。
「——おやすみ、小さな子」
その瞬間、歌声が聞こえていた人たちはバタバタと倒れこみ、ずっと続いていた砲撃も、悲鳴も、鼓舞する声も、全てが消えた。
立っているのは、ただ一人。
波打つ金髪に、今はもう見えない青空のような瞳を持つ、すらりと背の高い女性。そんな彼女が抱いているのは、彼女にそっくりな容姿をした赤ん坊だった。女性の腕に抱かれ、すやすやと寝息を立てている。
だが、この二人は血だらけだった。赤ん坊はどう見ても生まれたてだったし、女性は身に着けている純白のワンピースが血だらけだ。おまけに、細い足を伝ってまだ血が流れ出ている。
「ユリア」
空から降ってきた声に反応し、女性はゆっくりと空を見上げて怪しく微笑んだ。
「あら、生きてたの?」
「それはこちらのセリフだ」
見事な赤い髪と瞳をした、金色の甲冑を身に着けた女性は目を細めた。
「ユリア。その赤子……、腹の子はどうした」
「この子が腹の子よ。今さっき生まれたばかりなの。ああ、心配しないで。魔術を使っているから、痛みなんて全く感じないの。へその緒もちゃんと処置したから、大丈夫。ここで産むことになるのは分かっていたから、あらかじめ勉強しておいてたの」
そこにもう一人やってきた。こちらは地面を歩いてきたのだが、転がっているものを避けることなく、まるでそこには何も存在していないかのように踏みながら、長い服の裾を引きずって、口元を羽扇で隠している。
「お主は荒業ばかり使いよる。自分をいたわる心はないのかえ?」
「そんなもの、どこかへ落としてきたわ」
そう答えてから、腕の中で眠る赤ん坊に「ねえ?」と声をかけた。
「ヘカトス。あなたはこうなってはダメよ」
「もう名をつけたのか」
「そうよ。かっこいい名前でしょ? 私の兄さんと同じ名前なのよ」
「お主の兄?なぜじゃ」
「この子の父親だから」
ユリアは二人に笑顔を見せた。
「かぐや、タタラ。そっちはもういいの?」
「当たり前じゃ」かぐやは羽扇を閉じた。「お主と違って、わらわは子を産む必要が無かったからのう。ちと実験しておった」
「実験? 道理で、魔力がいつもと違っているわけだわ。何をしていたの?」
「人魚じゃ。人魚の血肉を食うておった。人魚は千年も生きるからのう、その血肉を摂取すれば、わらわも千年生きれるやもしれぬ」
すると、ずっと宙に浮いていたもう一人が地面に降りてきて、かぐやをジッと見つめた。
「かぐや、そのような意地汚い真似は止せ。我々は、決められた時間の中で生を謳歌するものだ」
「その決められた時間をダメにされたのじゃ。取り返そうとして何が悪い」
タタラを睨みつけ、かぐやは再び扇で口元を隠した。
「タタラよ。お主はまだ若いからわからぬやもしれぬが、いずれわかる。そして、わらわの元を尋ねに来る」
「あーらら。困ったわね、タタラ。かぐやの予言はよく当たるのよ?」
「これは予言ではない。確信じゃ。我々生き物というのは、元から意地汚い種族じゃ」
その瞬間、空気が震えて悲鳴に近い音が上がり始めた。おまけに、あちこちを何かが飛び回っている。
「ほれ、言うたじゃろ。撤退するぞ」
「かぐや、これはなんだ?」
「魂じゃ。死にたくないから、ああやって新しい器を探しておる。ここは専門家に任せるのが一番じゃ」
「専門家なんているのか」
「いるわよ。かぐやの可愛い子供たち」
ユリアの言葉に驚きを隠せないタタラがジッとかぐやを見つめると、かぐやは心底居心地悪そうに顔をしかめた。
「なんじゃ、何を驚いておる。そこのユリアより、わらわの方が客を取っておるのじゃぞ」
「かぐや、子を可愛がれるのか?」
「そんなことか。わらわに子を可愛がるなど無理じゃ。無理やり孕まされた子らを可愛がるなんて、考えたくもない。だから、子のいない家族へ養子に出しておる。魂を人形や面に込めて使役したり、魂を式神に喰わせたりすることができるそうじゃ」
「悪魔のようだな」
「悪魔の子は悪魔じゃ。千年後には魔族と呼ばれておるかもしれぬ」
「それは可哀そうよ」ユリアはかぐやに笑って見せた。「それじゃあ、かぐやの一族が呪われているみたいだわ。そうねぇ、……『千夜族』、なんてどう? かぐやの髪と瞳は夜空みたいだし、人魚の血肉を食べたから千年生きるのでしょう?」
「ふむ……、悪くない。千年後までそれが語り継がれているかは、甚だ疑問じゃがな」
「語り継がれているに決まってるわ。だって、かぐやの子孫なんだもの。満月を迎えるたびに魔力が強化されていく血が入っているのよ? 腕のいい魔術師を輩出する家として有名になるわ」
「ユリア、何度言ったらわかる。魂じゃ。満月を迎えるたび、魂に魔力が溜まっていくのじゃ。そして、血を通してこの魂は子らに少しずつ受け継がれていく。そういう、魂の術じゃ」
「何も違わないじゃない」
「違っておる。魂が削られたら、その分を魂で補わねばならん。だから、わらわの一族は魂との結びつきが強いのじゃ。子らが父親の術を受け継いでいるのに魂に何らかの影響を与えているのは、それのせいじゃ」
「あら、そう。じゃあ、私が何とかしてあげる。かぐやの孫、私が産んであげるわ」
「何を言うとるんじゃ、コイツは」
かぐやとタタラ。二人からの冷めた視線を受けながら、「だって、考えてみて?」とユリアは先頭を歩き始めた。
「私の『万能』の術があれば、魂を削るって部分を消せるかもしれないじゃない。そしたら、そんな魂を食べてるみたいな、悪魔みたいな部分はなくなるでしょ? あ、そうだ。かぐやの一番上の子、もう十四でしょ。私、まだ二人のお客様の子を産まないといけないから、その次に予約を入れておくわね。私の五人目の子供が、かぐやの孫。ね、面白いでしょ?」
「ユリア、そんな遊びで子を産むのはやめた方がいい。あとで面倒なことになるぞ」
「あとって、いつ? 私が死んだ後の話なら知らないわ。だって、私には関係ないことだもの。子孫たちが頭をひねってどうにかするわよ。まあ、でも。タタラに免じて、ちょっとだけ助けてあげようかな。本当にどうしようもなくなった時、私の魔術を持つ子が、私の魂を持った子と巡り合えるように。他に子供は今いないから、この子でいいか」
すやすやと眠っている子に、ユリアの手から放たれた白い光の粒が降り注いだ。赤ん坊はその光を口にすると、一度だけ大きく震えたが、その後は何事もなかったかのように眠り続けている。
「ヘカトス。あなたの家系は男の子ばかりになるでしょう。もしも、あなたの家系に女の子が生まれたら。それは、私の器になる子よ。大事に、大事に、育ててね。あなたのママを受け入れる、大事な器なんだから……」
***
執務室のドアをノックする音に起こされ、赤毛の女はふと目を覚ました。
随分と古い夢を見た。最近、かぐやがユリアの子孫に逮捕された、なんて報道を聞いたからだろうか。
「入れ」
「失礼いたします」
そう言って執務室へ入ってきたのは、小太りの男だった。大きく出っ張った腹のせいか、足が随分と短く見える。元々、小柄なのもあるかもしれない。
「タタラ様、ご報告が。この炭鉱に、魔術師が紛れ込んでおりました」
「ああ、それは分かっている。契約が作動したのを感じたからな。どこの魔術師だ」
「アエラス王国でございます。ただ、一つ……」
男からの報告を受け、タタラの瞳は大きく見開かれた。
——呪われたユリアめ。次は、自分ということか。
タタラはしばらく目をつむった後、男にその魔術師たちをここに連れてくるように指示した。
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