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125.

〈注意事項〉


※15歳以上推奨作品です。暴力表現、荒い言葉遣い等を含みます。

※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。

「——久しぶり。また会えたね」


 何年前かは分からない。三年前なのかもしれないし、数十年、もしかしたら百年も前のことなのかもしれない。とにかく昔のある夏の日の夜に、浜辺で再会を喜ぶ二つの小さな影があった。


 片方は、人間の男の子。まだ幼い彼は、波打ち際にある大きな岩の上に腰かけて、凪いでいる海に、正確には海の中から顔を出しているもう一つの影に向かって話しかけている。


 そのもう一つの影は、青い髪とヒレを月明かりに反射させて、男の子の足元に肘をついて嬉しそうに男の子のことを見上げている。真珠のような瞳を細め、楽しそうな笑い声をあげている。


 そう、男の子と話しているのは人魚だった。


 第二百四十八期の人魚、サラ。それが、この人魚の正体だ。人間の血が流れる彼女は、他の人魚に比べてずっと長い時間海から顔を出していられるし、乾燥にも強い。だから、こうして毎年一回、この男の子と会うことが出来るのだ。


「久しぶり。また大きくなったのね。人間の成長って早いわ」


「サラは何も変わらないね。ずっとこのまんまだ」


 男の子は身を乗り出して、サラの青い髪に触れた。この時のサラの髪は今よりもずっと長かったから、男の子がサラの髪に触れると、青い毛先が少し持ち上げられて、水にぬれた髪はキラキラと輝く。


 男の子は、その様子がまるで星のようで、好きだった。


「ねえ、今日はいつまでいられるの?」


「時間になったらお母さんが呼びに来てくれるんだ。だから、それまでの間かな。ねえねえ、サラはやっぱり魔術師にならないの? そうしたら、もっと一緒にいられるのに」


「……残念だけれど」サラは男の子の頬に触れた。「私たち人魚は女王様の許可が下りないと地上に上がれないの。前にもお話したでしょ? 私たち人魚の肉を食べれば、寿命が延びる、なんてデマのせいで私の仲間たちがたくさん殺されちゃったって」


 それに、サラの魔術は人間のものと少し毛色が違う。


 人魚やエルフ、小人、巨人、狼人間、バンパイアなどの魔術界出身の人間以外の種族は、妖精と人間の丁度中間地点に属する存在なのだ。


 理由は簡単。人間がどんどん妖精から離れた存在になっていったからだ。自然と近しい存在である他種族と違い、人間は文明を発展させて生活を便利にさせていく代わりに、自然から遠ざかって行った。


 だから、人間にもあった特性は消え、属性も曖昧なものとなった。代わりに、彼ら人間はどんな属性の魔術でも使うことが出来るようになったが、それで力の差というものが出てきてしまったのも事実だ。


「そっか、残念だなぁ」


 男の子はシュンとして、自分の頬に添えられたサラの冷たい手に触れた。


『サラ、人間と会うのはいいけれど、くれぐれも恋をしてしまわないように気を付けなさいよ』


 母は毎年この時期になると、サラにそう口酸っぱく言い聞かせる。きっと、母はまだ姉のことを許せていないのだろう。


 そのことを知っているから、サラは「わかってるよ」と母に笑顔で答えてから、毎年この場所で男の子に会いに来る。最初は、母の言葉に内心「そんなこと、あるわけないじゃない」と思っていた。


 だって、その男の子はずっと小さいのだから。初めて出会ったのは、彼が三、四歳くらいの時なのだから。そんな小さい子を恋愛対象に見るわけがない。


 そう思っていたのに。


「会いたかったよ」


 毎年、会うたびに成長していく男の子にそう言われると、サラの心臓は高鳴った。相手は、まだ小さな子どもだというのに。


 それなのに、少しずつ変わっていく仕草を見るたびに、サラはどうしようもなく胸が締め付けられるような気がする。


 ずっと、隣にいてくれたらいいのに。


 ずっと一緒にいられたらいいのに。


 いっそのこと、彼と同じ人間だったらいいのに。


 人間の足が欲しい。そうすれば、この子とどこまでも歩いていくことが出来る。でも、母を一人残していくこともできない。そんなことをしたら、母は絶対に悲しんでしまうから、この青いヒレを消すなんてことは出来ない。


「あ、お母さんが呼んでる」


 男の子はハッとして顔をあげた。彼が目を向けた方向には、小さな丘があって、そこに小さな家が建っている。そのベランダでは、細い女性が小さな子どもを抱いてこちらに手を振っていた。


「もう行かなきゃ。———じゃあね、サラ。また来年」


 男の子はサラの手を離して、大きく手を振って走り去っていった。


 サラはその小さな姿が見えなくなるまで、ずっとその場に留まり続けた。


「また、来年」


 その小さなサラの声は、誰にも聞かれることなく潮風に消されてしまった。きっと、来年もまた会える。毎年そう約束しているのだから。


 男の子が無事に家にたどり着けたのを見届けてから、サラは海の中に戻った。毎年この日は人魚にとって、とても大事な日なのだ。だから、この日だけ人魚は国から出ることを許される。


「おかえり、サラ。今日は随分早かったのね」


 家に帰ったサラを、母はどこかホッとした表情で迎えた。母はサラと同じ青い髪とヒレを持っているが、サラとは違って肌は少し緑がかっている。海の中では青や緑の方が見つかりにくいからだ。


 ではサラはなぜ人間と同じ肌の色をしているのか。


 その理由は、サラの父親が人間であるからに他ならない。


「例の子はどうだった?」


「元気そうだったよ」サラはソファ代わりのイソギンチャクに顔をうずめた。「やっぱり、人間って少し会わないだけで随分と変わるんだね。去年よりも幼い仕草がなくなってた」


「そう」


 母はサラの頭を優しく抱きしめた。


「よく、帰ってきてくれたわ」


「当たり前じゃない。ママのことを一人で残すなんてできないわ」


 人間の父は天寿を全うしてだいぶ前に亡くなった。自分と同じ、人間のハーフである姉はサラよりもずっと人間の血が濃かったから、ヒレではなく人間の足を持っていた。だが、人間の男と恋に落ちて、急に家に帰って来なくなってしまった。


 サラは母の腕に顔をうずめてから、パッと顔をあげた。


「あのね、来年もまた会う約束なの。ねえ、ママ。人間ってとても面白いわね」


 母はそれを聞いて、困ったように笑っただけだった。


 だが、その来年。その男の子は来なかった。その次の年も、また次の年も。


 サラは約束の日になったら決まっていつもの場所に顔を出して、可能な限り男の子を待ったが、やはり男の子は姿を現さなかった。


 母は「もしかしたら、魔法使いになったのかもしれないわ」と悲しんでいる娘に行って聞かせた。


「魔法使い?」


「人間はね、私たちのように属性に当たらない特異な存在だから、きちんと魔術について学ばなければならないのよ。だから、魔法使いや魔術師として勉強するために王宮に上がるんですって。王宮は全寮制らしいから、来れないのかもね」


「……だとしても、ひどいわ」


 サラは目を潤ませた。だが、ここは海なので涙が出たところですべて海の水と一緒に流れて行ってしまうから、人間のように涙が頬を伝うことは無かった。


「『また来年』って、約束したのに」


 だが、サラはどうしても毎年あの約束の場所に行ってしまった。「どうせいない」とわかっていても、「もしかしたら」という淡い思いが心のどこかにあった。


 ある年のこと。


 サラがいつものように約束の場所に現れて、やはり男の子がいないことを確認して肩を落としていると、急に後ろから網でひっかけられた。


「ははっ! 本当に来たぞ!」


 それは、人間の男だった。


 逃れようとするサラが入った網を陸に引き上げて、男は嬉しそうに高笑いした。それも、複数犯のようで、サラの背筋にゾッとしたものが走った。


 ハンターだ。人魚の肉を食べれば寿命が延びる、と信じる者はやはり一定数いるから、そう言う人たちに高値で人魚を売るのだ。だから、人魚は女王の許可が無ければ陸に上がることが出来ないことになっている。


 だが、一年に一回だけ、このサラが毎年楽しみにしていた日だけ、人魚は女王の許可関係なく陸に上がることが出来る。だから、この日に人魚を捕まえようとする悪い人間が世の中にはたくさんいるのだ。


 人魚の特性を使って逃げたいところだが、陸にあげられてしまっては敵わない。人魚は水属性の生き物なので、水に付随した特性しか扱えない。人魚は水から水へ移動することが出来るが、こうやって水から遠ざけられてしまってはまるで手が出せないのだ。


 つまり、このハンターたちは慣れている。


 サラを捕まえている網は魔術界のヤドリギを使って編まれていた。ヤドリギは宿主に寄生すると魔力と生気を吸う。そんなことをされてしまえば、特性を使う元気がなくなってしまうので、ハンターたちはヤドリギを常備している。これでサラを水槽の中に入れたとしても、特性で逃げられてしまうことは無くなるからだ。


 サラもヤドリギに魔力と生気を吸い取られて、どんどん力が抜けて行った。やがて暴れまわれるだけの元気がなくなると、ハンターたちは専用の水槽の中にサラを荒々しく突っ込んで鍵をかけた。だが、サラはもうどうでもよかった、


 ——人間なんて、ロクなやつがいないなぁ


 薄れゆく意識の中で、サラは内心そうぼやいていた。嘘はつくし、こうして目先の利益のことしか考えない。人間はなんて愚かなんだろう。


 そう思う傍ら、サラの頭にはあの男の子の顔が思い浮かんでいた。


「最後にもう一度、会いたかったなぁ」


 そうこぼしてから、サラは静かに目をつむった。


 どうせこれから殺されるんだ。もう、何もかもどうでもいい。ああ、でも母を一人にしてしまうのは、申し訳ない……。


 それから、どれくらい経ったのかは分からない。


 サラはふと目を覚ました。あの護送用の水槽ではなく、広いプールの中を漂っていた。それに、あの嫌なヤドリギからは解放されている。


「気が付いた?」


 声がした方に目を向けてみると、プールの外から自分を見つめている人間の女がいた。


 とはいっても、サラとあまり変わらない年頃の女の子だ。黒髪黒目で、大きな白虎を連れている。


「私は牡丹」


 女の子はサラに笑いかけた。


「安心して、あなたを売ろうとなんてしていないから。私はアエラスの中級魔術師よ。私の姉のチームが、あなたを助けたの」


「魔術師……」


 サラの頭に、あの子が浮かんだ。もしかしたら、ここにいるのかもしれない。そんな考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに「それはない」と思い直した。


 そんな奇跡が起こるわけがない。


「ああ、無理したらダメよ。ヤドリギの毒がまだ抜けきっていないから。あなたの体調が安定したら、姉さんたちに説明してもらうわね。でも、その前に。あなたに一つ知らせないといけないことがあるの」


 牡丹は申し訳なさそうにサラを見つめた。


「もう、日付は変わっているの。一週間前に月浴びの日は終わったわ。だから、来年まであなたにはここにいてもらわないといけないの」


「……そう」


 サラは一度目をつむって水槽の中を漂った。


『サラはやっぱり魔術師にならないの?』


 あの時は、まさか自分が人間の国に住むことになるなんて考えてもみなかった。それに、魔術師なんて柄じゃないし、自分は魔術を習う必要がない。


 でも、あの子も魔術師になっているのかもしれない。


 そう思うと、なんだか魔術師がいいモノのように思えてきた。


「——ねえ、来年までの間と言わず、私がここの魔術師になることってできる?」

お読みいただきありがとうございました!

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