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109.

〈注意事項〉


※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。

※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。


〈あらすじ〉

 アリスは共有管理地、アンサス村でニコの妹であるラウラ・ヤンセンと出会った。画家だという彼女は、急に絵のモデルをアリスにお願いしてきて……。

 アンは目の前の少女を冷たく見おろしていた。


 突然現れた、謎の姪っ子。好ましく思っていない女の子供。


 アンにとって、ルイスと結婚する唯一の欠点は、彼と結婚したらヘレナと親戚関係になってしまうことだった。


 正直、ヘレナのことは苦手……、いや、嫌いだ。


 子供の頃から、何もかもを、あの女はアンから奪い去っていく。


 アゴーナスでの優勝も、名声も、存在意義も。


 好きな人のことだって。


 いつだって、ヘレナはアンに絶望と、屈辱をプレゼントしてくれた。


 それでも、レオとアリスのことは愛せた。瞳の色は違っても、髪の色はルイスと一緒だったから。だから、夫との共通点があったから、本当の子供のように愛することができた。


 今だって。


 アリスがユリアにまた一歩近付いて、娘が自分の手が届かない場所に行ってしまいそうで、不安で、不安で、たまらなく不安だ。これは、まさしく愛情からくる不安だろう。


 だが、目の前にいる子は、ヘレナとカイルの特徴しか受け継いでいなかった。


 ヘレナと同じ空色の瞳。


 カイルと同じ漆黒の髪。


 自分たちとは似ても似つかない少女が、目の前に。


「ヘレナとカイルの子供だとわかった以上、お前もうちの子として育てる」


 イリスにそう語るルイスの声が、どこか遠くから聞こえてくるような気がした。


 昨日、ルイスと話し合ったではないか。イリスのことをどうするのか。言ってしまえば、イリスも引き取るのか否か、という話し合い。アンはそれに同意した。「仕方ないわよ」と。


 そう、イリスを引き取るのは、仕方のないことなのだ。


 仕方がない。


 だって、イリスには、他に親類がいない。引き取り手がない。


 何より、あのヘレナの元で育った得体の知れない子供を、他に託すわけにはいかない。それこそ、自分たちのような上級魔術師が()()しなければ。


 そう、イリスは監視対象だ。だから、「引き取るのは仕方がない」。


「正式に家族になるにはもう少し時間がかかるだろうが。俺が、お前の父親。ルイス・ランフォード。こっちが母親のアン・ポポフ」


「母親『役』?」


 表情一つ変えず、イリスはアンを見上げた。


「この人は、私のことを受け入れていないみたい。でも、改めてよろしくお願いします。イリス・ランフォードです」


「……可愛くない」


 思わず、その一言がこぼれ落ちた。


 ハッとしてルイスを見ると、彼は目を丸くしてアンを見つめていた。まさか、温厚な妻がそんなことを言うなど、思っていなかったのだろう。


「アン、お前……」


「あ……」


 震える手で、アンは自分の口元を覆った。


 どうして、あんなことを口に出してしまったのだろう!


 思わず、アンはその場から逃げ出した。


「おい! アン!」


「そっとしておいてあげた方がいいよ」


 やはり、イリスは無表情でルイスに言い放った。


「お姉ちゃんとのこともあるんだし、心の整理がついてないんだよ」


「……お前は、子どものクセにどこか達観しているようだな」


 腰を折り、ルイスはイリスの顔をジッと見つめた。イリスは、レオとアリスと違って、カイルによく似た顔つきをしていた。


「中身もカイル似か?」


「私は、パパを知らないから。だから、『うん』とは言えない」


「そうか。なら、アリスにだけ懐いている理由なら、お聞かせ願えるかな?」


 ピクッとイリスの肩が揺れたのを見て、思わずルイスの口角が上がった。


「ほかならぬ、お前自身のことだからな。さて、うちの次女は何ケーキが好きかな?」


「けーき?」


「ああ。美味しいぞ。お前の姉ちゃんも大好きなんだ。そこで、お前のママのこと、他の家族のこと、色々と教えてくれないか?」


 ***


 シンとした部屋に、鉛筆が線を描く乾いた音だけが響く。


 アリスは窓辺の椅子に座り、窓の外を眺めながらラウラの絵のモデルをしていた。


 ラウラに「姫様」と呼ばれた瞬間。アリスは自分に課せられている使命……、いや、この世界の人々に「どう思われているのか」を思い出した。


 その瞬間、アリスの顔から血の気がスッと引いたほどだった。しかし、ここでラウラを責める理由はないし、空気もおかしくなってしまったので、「私で良ければ、モデルやるよ?」と笑顔を見せてやったのだった。


 男子組はというと、ドアの隙間からこちらをジッと観察しているらしい。視線は動かせないが、痛いほどの視線を受けるから分かる。


「——アリス様は……」


「アリスでいいよ」


「じゃ、じゃあ、アリス……」


 久しぶりに、部屋から鉛筆が走る音が消えた。


「アリスは、ラヴを変な子だと思わないのですか? これまで、ラヴは変な子だからと、誰もモデルになってくれませんでした」


「正直に言うと、すごく『変な子だな』って思ってる」


「ええっ!?」


 ラウラが大きな声をあげたから、アリスは思わず吹き出してしまった。


「ごめんって。でも、それがラウラの良い所なんじゃないかなぁ。それだけ、絵と向かい合えてるってことでしょ?」


「そう、なのでしょうか」


「そうなんじゃない? 私は……」


 一瞬だけ視線を下に落とし、アリスは声を潜めた。


「——そこまで夢中になれるものに、まだ出会えてないから」


 ダンスは好きだ。嫌なことは全部忘れられる。


 だが、それを人前で披露したら。そしたら、他人の評価に見合うものにしなければならないと思って、自分が思うダンスが出来なくなりそうで、怖い。


 アリスには、ラウラのような太い指針がない。


「だから、私はラウラが羨ましいかな」


「……ラヴは、アリスが羨ましいです」


 その一言に、思わずアリスは顔をあげてしまった。


 やはり、男子たちはドアの隙間からこちらを覗いていたらしい。


 だがそれよりも、ラウラが泣き出して沁みそうな顔をしていたから、アリスはそちらの方に気をとられてしまった。


「ラウラ……」


「アリスは、ラヴには無いものをたくさん持ってます。パパとママも、おじいちゃんも、お友達だって、たくさんいます。なにより、たくさんの人に必要とされてる。ラウラは、それがどうしようもなく、羨ましいのです」


 これまで、自分ばかりどうして、と思っていた。


 アリスはそっとラウラを抱きしめた。絵の具が付くとか、そう言ったことは全く気にならなかった。


「もう大丈夫だよ、ラウラ」


 ラウラの羨ましさの正体に気付いたアリスはそっと黒髪を撫でてやった。


 寂しかったのだ、ラウラは。目の前で母親が死んだのを見た時から、ずっと。


「私と、お友達になろう? あと、私のお友達も紹介するね」


 ラウラは小さくうなずき、アリスの背にそっと手を回した。


 その様子を見ていたレオは、部屋を覗き込むのをやめて大きなため息をついた。


「なんだよ。アリスが魔術師キラーだってのは、やっぱ嘘じゃねーかよ」


「そうかね?」


 なおも部屋の中を覗きながら、シオンは小声で返した。


「あれを見る限り、魔術師キラーと呼ばれても過言ではないと思うがね」


「いーや、過言だね。本当の魔術師キラーは母さんだ。アリスは、母さんの真似をしているだけ。慰め方が丸っきり母さんと一緒」


「なら、それはアリスとアン先生の間に、ちゃんと信頼関係が気づけているってことじゃないですか」


 皓然のその言葉に、レオは「そうかもね」としか答えられなかった。アンとアリスが喧嘩中だということを、知っているから。


 とはいえ、アリスとアンの喧嘩は時間が解決してくれるから、そこまで心配していない、というのがレオの本心だ。


 それよりも、問題はイリスの方だろう。


 アリスと違い、イリスはヘレナを母親として育ってきた。今更アンが母親になると言っても、本人からしたら叔母以外の何でもないはずだ。


 そうなれば、イリスは来年度から魔法使いとして王宮仕えさせて、アンと距離をとらせようと父はするかもしれない。


 だが、それが正解とも思えない。


 ニコが「緊急事態」というから来てみたが、こちらの方がよほど緊急事態ではないか。


 思わず頭を抱え込み、レオは大きなため息をついた。


「——で?」


 ドアをゆっくり閉めたニコは、笑顔を引っ込めて、緊張感すら漂う顔でレオと皓然の二人を見つめた。


()()()について、詳しく教えてもらいたいな」


 レオはそれに頷き、五人は隣の部屋へと移った。


「まあ、見てもらえればわかると思うけど、アリスから離れようとしないあのキツネザルが、使い魔のフィンレー。アリス自身、契約に何を差し出したのか分からないから、使い魔特性は謎。ただ、契約を結んだことでアリスの中で何かが起こったのは確かだ。まだ教えてもいない瞬間移動の術を成功させたんだから」


 今日の集まりは、ただラウラに友達を作るためだけではない。


 レオたち仲良し五人は、独自にユリア伝説を追い、ヘレナが魔王となってしまった謎を解こうとしている。今日は、レオたちがヘレナと接触したので、その報告会も兼ねている。


「瞬間移動の術を成功させるなんて、魔術師としてかなり優秀だな」


 ディルは前髪をかき上げた。


「あのジャン王子やレオだって、習得したのは二年生になってから。俺ら何て、物体の瞬間移動すらままならないのに」


「まあ、アリスは上級魔術師を両親に持っていますから。その中でも、かなり特異な血筋ですが……」


 皓然は顔をしかめ、クロエと一瞬だけ目を合わせた。


「レオとアリス以外、あの時は意識が無かったので詳しいことは分かりませんが……。でも、これは確実に言えます。アリスはユリア様に、また一歩近付いた」


 その言葉に、部屋はシンとした重い空気に包まれた。この五人は、何とかしてアリスをヘレナ殺しの道具にせず、かつアリスをユリアの器にしないことを目標としている。それが、他でもないアリス自身の希望だと分かっているからだ。


 だから、こうして五人で独自に調査を進めているのだが……。所詮は二年生と三年生の集まり。現状報告と新しく分かったことの情報共有以外、今の所出来ていることはない。


「現状、言える問題としてもう一つ」


 シオンはスッと手をあげた。


「アリスが事の重大性に気付いていないこと。というか、実感がわいていないこと、と言った方が正しいのかもね。アリスはすでに、ルイス先生とヘレナ先生を凌ぐほどの魔力レベルで、しかもキツネザルが使い魔。ヘレナ先生とはまた別のルートに突入しているとみて、間違いないのではないかね」


「別のルートってなにさ」


 首をかしげたニコを、シオンは真っ直ぐに見つめた。


「ユリア様の器になるまでのルート。分かっているのは、器になるための条件。もしかすると、その条件のそろえ方が、ヘレナ先生とアリスとで違っている」


「なぁるほど?」


 ニコは勢いよく背もたれに体を預けた。


「つまり、『ヘレナ先生とココが違うから大丈夫!』とは言えないってわけだ? 例えば、ヘレナ先生は階級をあげることでユリア様の器になるコマを一つ進めたけど、アリスは使い魔を得てコマを一つ進めた、みたいな。ヘレナ先生に、使い魔はいないからね」


「そういうこと。アリスはもしかしたら、上級にならなくてもユリア様の器になれるのかもしれない。あくまでも、仮定の話だがね」


「限りなく現実に近い、だけどな」


 レオは自分の手のひらを見つめた。


 アリスのことを守りたいのに、それが出来ない。何とむずがゆいことか。


 目の前に謎を解くための鍵が落ちているのに、届かない。そんな悔しさともどかしさがある。


 皓然はそんなレオを見つめてから、視線を手元に落とした。レオが抱えるもどかしさなら、皓然にもよく分かるから。


「レオ。やっぱり、このことをアリスに伝えましょう。本人を抜きに、勝手に動いて良いとも思えません」


「いいや、言わない。言ったところで、アイツの負担になるだけだ。言うにしても、もう少し、こっちに慣れてもらわないと。じゃなきゃ、土地勘のない土地で迷子になられる」


「それは……」


 しょっちゅう、アリスは秘密の境界へやって来ていることを知っている皓然は、それ以上、何も言わなかった。


 レオの言う通り、アリスはどこか一人になれる場所を求めて飛び出して行って、迷子になってしまいそうだから。


「なら、ツヴィングリはいいだろ」


 久しぶりに、ディルが声をあげた。


「アイツほど頼りになる魔術師も、そういない。それに、アリスのメンタルケアもしてくれそうだしな」


「パウラは心療内科医じゃないですけどね」


 とはいえ、チームメイトを一番理解し、扱いがうまいことは皓然も認める。


「では、パウラにだけ、この集まりのことを話すって言うことで良いですか?」


「異論なーし」


 ニコの返事に、他の面々もうなずいた。


「結局、今日も報告会と仮説を立てるだけで終わったな」


 自傷気味なディルに、「何言ってんだよ」とレオは薄く笑って見せた。


「これのおかげで、俺と皓然はアリスの現状を整理出来てるんだ。それに、俺ら以外の視点からの意見も貰えるしね。いつも助かってるよ」


「今の所、これでしか役に立てていないがね」


 シオンは肩をすくめた。


「ネロでも、もう少しユリア様について調べてみるよ。全く、国によって文献に書いてあることが違っているんだから、困ったもんだ」


「だから、こうして四カ国の魔術師同士で仲良くなれてよかったじゃん」


 シオンと肩を組み、ニコは明るい笑顔を見せた。


「俺も、また新しいことが分かったら君らと共有するよ」


「ありがとうございます。助かります」


「こっちだって、今日はアリスに助けられたよ。あんなに楽しそうなラウラ、久しぶりに見れたよ」


 そう言って、ニコは皓然に笑って見せた。

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