100.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
アリスたちが王宮で「ユリアの器」と、エルンストの遺書について調べようと決めた時。メアリーは、発掘調査中の遺跡に一人でいた……。
例の遺跡では、メアリーをはじめとする学者たちがまだ調査を続けていた。
本当は、メアリーもこの遺跡の調査だけでなく、一人娘のリジーとの時間も作ろうと思っていた。亡くなった夫が好きだった花を買って、墓参りにだって行きたかった。
だが、あんな事件が起こってしまえば、帰るに帰れない。リジーに電話でこのことを話したが、「お仕事頑張ってね」なんて励まされてしまった。
リジーはまだ、たったの九歳だというのに。
心の中でリジーに謝ってから、メアリーは改めて調査に戻った。
メアリーは今、一人で祭壇がある部屋にいる。他の研究員たちは休憩中だ。
そんな休憩時間に何をしに来たのかというと、特に理由はないのだ。ただ、何となく足が向いただけ。リジーに「今日も帰れなさそうなの」と電話した、その帰りだった。
この遺跡にあった祭壇は、ユリアの器に魂を入れるための道具。それが本当かどうか明らかにするため、まずは祭壇を調査した。
結果、祭壇ではなく、一輪挿しの方から人の血液と思われるものが見つかった。正確には、血の成分。
問題は、これがどこの誰の血液なのか、ということだ。血液の痕は複数人分見つかっている。一番新しいものだと、約十年前くらいだろうか。
ヘレナたちのことが頭をかすったのは、言うまでもない。
もし、この血がヘレナのものだとしたら……。
ヘレナの血との照合には、ルイスが協力してくれた。今、見つかった血液とルイスの血液の照合中で、結果が出るまでもう少し。
もし、ルイスとの血縁関係が立証されたなら、それは……。
「メアリー」
その声に、メアリーはパッと顔をあげた。
もう一生、聞くことができないと思っていた声。懐かしくて、好きな声。
「リアム……? 嘘、どうして……」
夫のリアム・オルコット。メアリーの幼馴染で、小さな頃からずっと一緒だった。
だが、丁度リジーの妊娠中に脳腫瘍が原因でこの世を去った。彼の遺言通り、生まれた娘にはエリザベス……、「リジー」と名付けた。
そう。悲しい事実だが、リアムは確実に死んでいる。それは間違いなかった。
だが、目の前にいる男は、リアムは、確かにメアリーも良く知るリアムだった。クセっ毛の黒髪、強い光を宿した茶色の瞳、屈強で大きな体……。病気が見つかる前のリアムそのものだ。
……ということは、考えられることは一つ。
目の前にいるリアムは偽物。自分は幻覚を見ている。あるいは、見せられている。
幻覚の類は、霧状の魔術を相手に吸わせるだけでいい。それだけで、脳ミソを簡単に操ることができるから。
そして、その幻覚の突破方法は一つだけ。
見ている幻覚の対象を壊すこと。
つまり、今のメアリーであれば、リアムを倒すこと。
悪人だか魔物の仕業だか知らないが、舐めてもらっては困る。メアリーは、「これは幻覚である」と分かった瞬間から、目の前のリアムを撃ち抜くつもりでいるから。
確かに、リアムのことを愛していた。今だって、再婚していないのはリアムを忘れられないからだ。
今も愛しているからだ。
だからこそ、自分に偽物のリアムを見せた犯人のことが、憎たらしくて仕方なかった。
メアリーは黙ってライフルを魔法陣から取り出し、標準を幻覚に定めた。装填して、あとは引き金を引くだけ。
「——俺はお前が、羨ましかったよ」
その言葉に、思わずメアリーの動きが止まった。
「お前はどんどん先を行くよな。羨ましかった。俺は中級止まりで保安局に引き抜かれたけど、お前は上級になっちまうんだから。同じ一般市民の出なのに、なんでこんなに差が出ちまったんだろうな。なあ、俺がお前と一緒になったのはな——」
「メアリー、撃て!」
その言葉にハッとしったメアリーが引き金を引くと、銃弾を受けたリアムはその場に倒れこみ、さらさらと溶けるように消えていった。
幻影を解く魔術を自分にかけたメアリーは、サッと周りを見回した。周りには、誰もいない。
あの、「撃て!」と叫んだのもまた、リアムの声だった。
だが、今はそのことを考えている暇はない。メアリーはライフルを手に持ったまま、壁伝いに移動しながら犯人を捜しまわった。だが、犯人と思わしきものは見つからない。そもそも、一番明るいこの祭壇の間の外は魔法石の壁しかないはずだ。
「——犯人は、この部屋?」
花瓶から見つかった血の跡。それを考慮して考えると、恐らく人一人は死ぬだろう量だった。普通なら、恐怖で逃げ出そうとするはず。
ということは、この部屋はやってきた人に幻影を見せていたのではないだろうか。幻影を見せて、恐怖心をあおることなく、そのまま……。
恐ろしい仮説に、メアリーは我ながら体を少し震わせた。アリスたちを案内した時はこんなことが起こらなかった。ということは、幻影を見させる条件の様なものがあるのかもしれない。
それはそれで、高度なテクニックが必要な魔術だ。
祭壇の間を出て、ライフルを消したメアリーはやっと息をつくことができた。
あの偽物のリアムが言おうとしていたのは、自分が考えていた最悪のケースだ。つまり、自分はリアムに愛されていなかったのではないか、というものだ。
だが、メアリーはリアムのことが好きだったから。だから、一縷の望みをかけて「手の届く範囲にメアリーを置いておきたくて、結婚した」という想像を、何度かしたことがある。
そんなこと、絶対にありえないのに。
「リアムなら、迷うことなく『撃て』って言うはずだもの」
もしかしたら、あの時聞こえた『撃て』という言葉は、メアリーの記憶の中でリアムが言ってくれたのかもしれない。
「——ウォルシュ先生!」
研究員の女性が、真っ青な顔で駆け寄ってきた。
「あのっ、ランフォード先生との、血液検査の結果なんですけど……!」
「落ち着いて。……それで、どうだった?」
研究員は大きく息を吸いこみ、息を整えてから、最悪のケースを口にした。
「ルイス・ランフォード先生の血液と、遺伝子情報が一致しました! ご兄妹である可能性が高いです! 国に、ヘレナ先生の血液情報との鑑定を依頼しますか?」
「……お願い」
「はい! 急ぎ手配します!」
一番新しい血痕は、ヘレナのものでほぼ確実。
ということは、ヘレナはユリアの器になる儀式に使われたのかもしれない。
そうだとしたら、今いるあのヘレナは一体? 世界を守るとされているユリアが、何百人も虐殺し、一国の王宮を分捕るだろうか?
魔物を従え、「魔王」などと呼ばれるような行為を、するだろうか?
では、あのイリスという少女は一体?
疑問が次々と湧いてくるメアリーだったが、一番気になったのはアリスのことだった。
学生時代、ユリアの器について調べたことがある。確か、複数人のフォティア王国の姫君がいる場合、器にならなかった姫は悪に染まるのでは無かっただろか?
ただの伝説であって欲しいが、こんな遺跡が見つかってしまえば信用せざるを得なくなる。もし、アリスがヘレナの手に渡りでもしたら、こちらに勝ち目などないだろう。
まだ荒削りの魔術しか使えないアリスだが、とんでもない魔力の持ち主であることは分かっている。もし、彼女が魔力を自由自在に操れる日が来たなら、それは、誰も彼女に逆らえない日が来たということ。そう言っても過言ではないはずだ。
だから、メアリーは上から「アリスには簡単な魔術師か教えないように」と指示が出されている。最悪のケースを考えて、あらかじめアリスの武器を減らしておきたいからだ。名目上は、「アリスが暴走した時、我々が抑えられなくては危険だろう」ということだった。
だが、アリスという最強の駒は手放したくない。そんなところだろう。確実に、今一番強い魔術師を有しているのはアエラスだ。
アリスのことを道具のように扱いたくはない。だが、リジーを守るために国の言うことを聞いておかなければならない。
メアリーの中には、ずっとその葛藤が住んでいる。
「まあ、何も起こらなければいいんだけど」
何も問題が起こらなければ、メアリーは家族と生徒を天秤にかける必要がなくなるのだから。
お読みいただきありがとうございました!




