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99.

 それにしても、何だか不穏なメモだ。そう思ったのはきっと、アリスだけではないはずだ。


「なんか最近、こういうの多いよね」


 その証拠に、アダンがそうこぼしたのだから。


「こういうのって?」


「過去の人が残した『災いが起こるぞ!』っていう予言だよ。災いの予言と、それの回避方法とか」


「回避方法が残っているなら、良くない?」


「良くないよ。その方法が『被害を最低限に抑える方法』なんだから。初めての依頼で会ったバンシーも、何かそれっぽいこと言ってたし」


「ああ……。何年後かにたくさんの人が亡くなるってやつ?」


「そうそれ! なんだか、今年に入ってから急に……」


 今年に入ってから急に。


 アダンのその言葉に、アリスはピクッと体を揺らした。


 もしかして、自分が魔術界に戻ってきたのが何か関係しているのでは……?


「アダン。変なこと言ってたらダメですよ」


「そうだぞ。それに、陛下がいらっしゃるだろ。『未来図』をご覧になったら、きっと陛下が最善手を打ってくださるよ。だから、アリスもそこまで怯えなくていいよ」


 皓然とパウラがそう言ってくれたから、アリスは笑顔で頷いた。


 そもそも、自分のせいで、だなんておかしな話だ。自分の過大評価も甚だしい。


 アダンも「そうだよね」と、いつも通りの笑顔に戻った。


 しかし、エルンストの遺書については何も発展せず、持ち帰ることになった。先生たちにも相談したいところだが、メモの文脈的に多くの人に知られるのは避けた方が良さそうだ。だから、このことは自分たちで何とかしよう、と決めた。


「そう言えば、パウラはもう実家から帰って来ちゃったの?」


 部屋への帰り道にアリスが尋ねると、パウラは当たり前のように頷いた。


「えー! お母さん、悲しんでなかった? 普段、全然会えないのに!」


「それは大丈夫。うちのママは何と言うか、こう……、変わってるというか。『生きているだけで充分』って人だから。それに、皓然も寂しかっただろうし?」


「そんなわけ」


 ない、とでもいうように皓然は手を軽く左右に振った。「暇だ」とは思ったけれど。


「姉さんたちが毎日のように来てましたから、騒がしいのなんの。アダンもいますしね」


「ぼくもだよ。皓然たちがいるから、寂しくなかったなぁ」


「というか、毎年のことですしね」


 多くの学生は長期休みになれば実家に帰省する。だが、帰省する家がない人は……。


 アリスは改めて、自分が恵まれていることを実感した。引っ越しくらいで、何をブルーになっていたのだろう、と。


「そう言えば、ローズたちは元気だった?」


「それはもう! あ、聞いてよ!」


 パウラはアリスの剣幕に若干引きながらも、「どうした?」と尋ねた。どうやら、会話のチョイスを間違えてしまったらしい。


「レオお兄ちゃんがね、すっごく分かりやすいの! ローズのこと、ロジーって呼んで、べた褒め! 『その服可愛いね』って! 私なんて、アリーって呼ばれたことすらない!」


「じゃあ聞くけど、レオに『アリー』って呼ばれて、『今日、すごくかわいいね』って褒められたいのか?」


「気持ち悪いから嫌だ」


「そういうこと。お兄ちゃんは大変だなぁ」


 早々に話を打ち切ったパウラは末っ子。


 苦笑いしている皓然も末っ子。


 お腹を抱えて大笑いしているアダンは一人っ子。


 どこか納得していない表情のアリスも末っ子。


 この中に、兄だとか姉だとかいう立場の人間は、一人もいなかった。


「でも、ぼくは逆に不思議でしたけどね」


 皓然はふと、アリスを見つめた。


「レオは君のこと、愛称で呼ばないんですもん。別世界がそうなのかな」


「そう言えば、こっちの人は愛称で呼ぶよね。パウリンヒェンとか、小然とか」


「上の兄姉が下の弟妹を呼ぶ時が、ほとんどですけどね」


「そうなの?」アリスは首を傾げた。「皓然って、色んな人から色んな愛称で呼ばれてるよ。桃子には『然兄』でしょ、藤原姉妹には『然くん』でしょ、舞は『皓然兄さん』でしょ」


「年上の千夜族には『然ちゃん』とか呼ばれますよ。澄玲(すみれ)先輩とか」


「なのに皓然は『先輩』呼びなんだね」


「だって、先輩ですから」


 距離が近いんだか、遠いんだか。やっぱり千夜族は不思議だ。


 部屋に戻って少しすると、レオも戻ってきた。どうやら、彼も図書館に行っていたらしい。


 疲れ切った顔のレオは、アリスたちの前に一冊の本を出した。表紙はこけて、題名は読むことができない。おまけに、本には錠前がかけられていた。


「うちの図書館にある、一番古いユリア伝説の本。ユリアの器について書いてあった」


 レオが階級章を本にかざすと、ゴトンと重い音を立てて錠前が外れた。


 開かれたページは、黄ばんで所どころ破れていたが、何とか読むことができる。



『ユリア様の器とは、ユリア様の魂を入れる生きた肉体のことである。


 ユリア様は大戦の最中、未来に起こる最悪の事態から我々を守るため、


 魔術に優れたフォティア王家の血筋の方に、そのおまじないをかけられた。


 その代償として、フォティア王家に姫君はお生まれにならないようになった。


 姫君がお生まれになる。それはつまり、災いの前兆であるからである。


 その姫君は、我々を守るため、お生まれになった。


 姫君が生まれたならば、尊び、お育てせよ。


 ユリア様により一層近付けるよう、努力せよ。


 すぐ後継ぎをもうけるようにせよ。


 魔力は存分に発散できるよう、手配せよ。


 もし、姫君が悪に染まることがあれば、次の姫君がお生まれになる。


 姫君が複数人お生まれになったなら、用心せよ』



「——つまり?」


 こういうのに疎いアリスがレオを見上げると、兄は顔をしかめながら教えてくれた。


「ユリアの器になる条件は三つ。フォティア王家の姫君であること、子どもがいること、魔力を発現していること。それから……。もしかしたら、お前もヘレナおばさんみたいになるかもしれないって」


「うん。一つずつ考えようか」


 顎を撫でながら、パウラは本を覗き込んだ。


「まず、器になる条件から。アリス、隠し子とかいないよな?」


「い、いるわけないじゃん!」


 アリスが真っ赤な顔で答えると、パウラは大きくうなずいた。


「なら、この先も君は異性との関係を持たない方が良さそうだ。念のためにもね。他二つの条件は、もう揃っているから。つまり、今この条件全てに当てはまっているのは、ヘレナ先生だけだね」


「となると、問題は後半部分ですね」


 皓然は思い切り顔をしかめた。


「もし、君たちが遺跡で出会ったイリスという子がフォティア王家の血筋なら、アリスも闇落ちしちゃうかもしれないってことですかね? あり得ないとは思いますけど……」


「年齢的に、生まれたのは丁度、行方不明になった年あたりだと思うんだ」


 そう言って、レオはうなり声をあげて前髪をかき上げた。


「俺が知っている限り、妊娠してるとかは聞いたことないんだよな……。もしそうなら、他のメンバーも止めていただろうし」


「いや、そもそもイリスはヘレナ先生の子供なの?」


 アダンがもっともな意見を言った。


「青い瞳を持っていたなら、ユリア様の子孫であることに変わりはないだろうけど……。君らとママを繋ぎとめるとか言っていたなら、お母さんがユリア様の血筋って考えていいよね?」


「そうだな」パウラは大きくうなずく。「その線が一番あると思う。でも、可能性が一番高いのは、やっぱりフォティア王家だ」


「なんでさ」


「ジョセフ王は、女性癖が悪くてね。何人もの愛人がいるって噂だ。もっとディープな噂は、ジャン王子には何人もの兄弟がいた説。でも、パメラ王妃が母子ともども闇に葬ったんじゃないか……。外では言えないけどね」


「さすがパウラ。情報通だね」


 低く口笛を吹いてから、アダンはアリスの顔を覗き込んだ。ずっと、彼女が真っ青な顔で黙りこんでいるからだ。


「だいじょぶ?」


「……うん」


 何度か顔を挟むように頬を叩いてから、アリスはグッと顔をあげた。


「大丈夫」


「よっしゃ!」


「ありがとう、アダン」


 アリスはアダンに優しく微笑みかけた。なんだかんだで、彼にはいつも助けられているような気がする。


 その様子を見て嬉しそうに笑った皓然は、手を叩いた。


「それでは、ぼくらはエルンスト先生の遺書の謎と一緒に、イリスという女の子の謎も追うってことで」


「遺書?」


 レオが首をかしげているのを見て、アリスたちはやっと、レオがあの場にいなかったことを思いだした。

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