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初投稿です。
温かい目で見ていただけると嬉しいです…!
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
「それでは……」
「ええ」
張り詰めた緊張感の漂う、大きな会議室。
高い天井にはめ込まれたステンドグラスから光が差し込み、それが真っ白なこの部屋に差し込むのだが、誰も見ていなかった。いや、気にすることが出来なかった。
一番奥に座るのは、この国の王。金髪に青い瞳を持つ見目麗しい若王の頭には、オパールの瞳を持つ白鳥をかたどった白い王冠が乗っかっている。だが、今は議題内容のせいで美しい眉をひそめていた。
そんな国王から廊下へ続く扉に向かって、長いテーブルが置かれている。そのテーブルの左右には、老若男女、計十一名が席についていた。全員が似たような白と黒の制服を着て、国王同様、顔をしかめていた。中には、顔を覆う者や、頭を抱えている者まで。
彼らの悩みの種は、国王の向かい、テーブルの終わりの先で松葉杖片手に立っている男だ。ボサボサで艶を失った金色の髪、そして、エメラルドのような色をした瞳を持つ背の高い男。恐ろしいほど美しい顔立ちをした人物なのだが、その瞳に光は宿っていなかった。暗い顔で、だが真っ直ぐに、国王を見つめる彼は、再び会議室の空気を揺らした。
「遺言通り、あの二人は我々の子供として育てます。別世界で」
「あのですねぇ、ランフォード先生!」
席についているうちの一人、中年の女性が苛立った声をあげた。
「その、『別世界で』というのは、何とかなりませんの?陛下の予言では……」
「もちろん、予言のことは存じ上げておりますとも」
女性の言葉を遮り、男—————————ランフォードは堂々と答えた。
「しかし、ここであの二人を……、特にアリスは育てたくないんですよ。大きくなったら、あの子をヘレナの討伐に向かわせるつもりでしょう?」
その言葉に、その場にいたほとんどの者が顔をゆがませた。彼の言う通り、娘がある程度育つのを待ち、悪の元凶を滅ぼさせようとしていた。
ランフォードは、とにかくそれが気に入らないらしい。席についている者たちを射殺してしまいそうなほど冷たい光を、瞳に宿した。
「普段は親を敬えと教育し、こういう時だけ実母を殺せと、あなた方はおっしゃる」
「な、何を言うか!この無礼者め!」
国王の近くに座っていた初老の男が唾を飛ばした。
「分かっているのか、お前は!あの女は化け物だ!いつまでも野放しにしておくわけにはいかない、いつ我々を殺しに来るかもわからないのだぞ!陛下の予言に従い、娘たちはここで魔術師にすべきに決まっているだろう!我々、いや、この世界の命運はあの娘に掛かっているのだ!」
「大臣、落ち着いてください」
大臣と呼ばれた男は、制止をかけて来た若い男を思い切り睨みつけた。この若造ときたら、国王の側近だから、という理由だけでいつも大きな顔をしているのだ。ランフォードの親友というだけでも気に入らないのに、それも気に入らない。
「陛下の予言は、こうです。『英雄の子らを集めよ。彼らが黒き闇を払い、光を取り戻す。しかし、五つの血が集まることで、災いも起こるだろう』。五つの血、というのが我々の睨んだ通りなのだとすれば、むやみに近づけない方が良いのでしょう。ヘレナを鎮める前に、後半の災いが起こったら、ひとたまりもありません」
「では、どうするというのだ!」
「ですから、ランフォード先生がおっしゃる通りにすべきだと、私は思うのですよ。まずは、陛下の予言を解読するのが先決ではないのでしょうか?彼は別に、娘を連れて雲隠れする、と言っている訳ではないのですから。準備が整ってから、また呼び戻せば良いのですよ」
「しかし……!」
「私も、その意見に賛成ですね」
また大臣の言葉を遮ったのは、これまでずっと、この話し合いを静かに聞いていた女性だった。ふくよかな体型をした、中年の女性。だが、そのとび色の瞳はとても鋭かった。
「そもそも、『英雄の子ら』という言葉が不明瞭です。英雄というのは、どの英雄のことなのでしょう。『五つの血』というのは?ユリア様の子孫を表しているのならば、別に例の子でなくとも該当します。ここは、慎重に行きましょう。大丈夫、まだまだ時間はあります。我々がこうして悩む時間を、そこにいるランフォード先生が命がけで作ってくださったのですから。失敗は許されません。次も、こうして大人しく封印されてくれるとも限りません。確実な方法を取りましょう。大丈夫、もしもあの子が本当にこの世界を救ってくれるのであれば、また戻ってくるでしょう。運命とは、そういうものです」
その言葉が、すぐ行われた多数決に影響を及ぼした。
結果を見た国王はしばらく瞳を閉じたのち、立ち上がって宣言した。
「これから述べることに反対することを禁じる。ルイス・ランフォード上級魔術師、夫人であるアン・ポポフ上級魔術師を第二百六十三番地区の守り人として任命する。この会議終了後、速やかに任地へ赴くように」
「承知いたしました、陛下」
ランフォードはぎこちなく国王に頭を下げた。
会議が終わると、ランフォードはゆっくりと会議室から出た。別に、新しい任地へ行くのを渋っているわけではない。ただ、これ以上の速度を出すことができないだけだ。
「ルイス」
自分の名前を呼ぶ声に、そのゆっくりとした足取りは止まった。
彼—————————ルイス・ランフォードを呼び止めたのは、国王の側近だった。栗色の髪をオールバックにしている彼は、心配そうにルイスをつま先から頭のてっぺんまで、血のにじんだ包帯と絆創膏だらけで、松場杖を突く彼を、まじまじと見つめた。
「話には聞いていたんだが、酷いありさまだな。怪我だらけじゃないか」
「まあ。—————————な、お前も来なくて正解だったろ。危うく、お前も片足をダメにされるところだったぞ」
「おい、見送った側の立場にもなってくれ」男は顔をしかめた。「お前がどうしても一人で行くっていうから、アンと一緒に君を見送ったんだ。確かに、君らは生きて帰って来たよ。でもさ、こんな怪我だらけで、しかも君が—————————『アエラス国王の翼』とまで言われたルイス・ランフォードが右足に呪いをかけられるなんて、誰が想像できる?」
「……それだけ、今のアイツは危険ってことだろ」
ルイスは杖を突きながら再び歩き出し、男もそれに続いた。まだ、ルイスに言いたいことは山ほどあるのだ。
「それとだな……」
「エスコ、説教はもう止してくれ」
「嫌だね」男、エスコは首を横に振った。「幼馴染として、君の親友として、色々と教えたいこともあるし、釘を刺してやりたいことがいっぱいあるんだ。まず、別世界っていうのは不便だ。魔術の効きが悪いし、空気も淀んでる。知ってるか?やつら、会計するのにコインだの紙幣だの使っているらしい。それから—————————」
「エスコ」
ルイスに思い切り睨まれ、エスコはやっと口を閉じた。
しかし、それでもまだルイスについて歩いて行く。
「……なあ、本当にあの子を別世界に連れて行くのか?」
「ああ」
「難しいと思うよ。あの子は、とんでもない力を持ってる。絶対だ。そういう星の元に生まれたとしか思えない。そんな子が別世界に行って、本当に大丈夫なのか?聞くところによると、やつらは私たちのことをファンタジーだと思っているらしいじゃないか。五百年くらい前だって、悪魔と繋がってるだの言って大騒ぎになったって歴史で習っただろ」
「分かってる。だから、連れて行くんだよ。魔力が薄い別世界なら、あの子は偉大な魔術師になんてならずに済むかもしれない」
その言葉に、思わずエスコはポカンと口を開けて歩みを止めてしまった。
だって、目の前をひょこひょこ歩いているこの親友は、この世界の人々の切なる願いを壊そうとしているのだ。
「な、ちょ……!ルイス!お前、自分がしようとしてることの意味、分かってるのか!?」
「分かってるから、大きな声を出すな」
「分かってないだろ!なあ!あの子がいなくちゃ、ヘレナは誰が倒すんだよ!」
「うるさいな!」
振り向いたルイスは、今にも泣き出してしまいそうだった。肩で息をして、瞳を潤ませて、何とか涙がこぼれ落ちないように瞼に力を入れている。こんな彼を見るのは、子どもの時以来だ。
最後に見たのは————————彼の親代わりだった老夫婦が、謎の死を遂げた時だ。
「分かってるよ、俺だって!でも、こうするしかないんだ……。あの子に、母親を殺させるようなことをさせたくないんだ、絶対に。母親を殺すためだけに育てられるなんて、そんなの許されるわけがない……」
「確かにそうだけど、でも……」
「これ以上、俺らの都合で振り回したくないんだ。お願いだから、そっとしておいてくれ」
その言葉を残し、ルイスはまたひょこひょこと歩いて行った。
彼の後姿を見つめながら、エスコはそこから動けなくなってしまった。
エスコが付いて来なくなったことにも気付かず、ルイスはこれまでの倍の時間をかけて大きなこの王宮の一室、自分たち家族が住んでいる家にたどり着いた。国王からの辞令は、あの決定が下された直後には妻の元にも届いていたようで、部屋の中はがらんとしていた。あるのは大きなトランクケースが一つ、それから、彼の家族だけだった。
「もう、手続きは済んでるわ」
妻のアンは、熱にうなされている小さな女の子をあやしながら、ルイスを見つめた。
「それから……」
アンが視線で示したのは、四つになったばかりの男の子だ。ルイスと同じ金髪だが、空のような青い瞳をした男の子は、アンの服を握りながらそっとルイスを見上げた。
「パパ、これからどこいくの?いつ、おうちにかえる?」
「……」
「……レオも、契約通りに」
「そっか、ありがとう」
アンに礼を言ってから、ルイスはレオという男の子の頭を不器用に撫でた。
「お引越しだ。……パパとママのお仕事で、遠くへ行かないといけなくなった」
「おにいちゃんも?」
レオの視線の先にいるのは、暗い顔をした少年だ。赤茶色の髪に緑色の瞳。顔つきはレオと似ている彼は、寂しそうに笑った。
「兄ちゃんはこっちに残るよ。もう、魔法使いだから」
「やだ!おにいちゃんといっしょがいい!」
レオは少年の足にしがみついたが、その少年に足から離されてしまった。
「元々、兄ちゃんはお家にいなかったでしょ?大丈夫、すぐにまた会えるよ」
「ほんと?」
「本当」
それを聞いてやっと、レオは少年から離れた。
「ありがとう、ラファエル」
「うん……」
ルイスがラファエルと呼んだ少年は、名残惜しそうに両親を見上げた。
「気を付けてね」
「あぁ、ラファ」アンは床に膝をつき、ラファエル抱きしめた。「ごめんね、置いて行く形になって。忘れないでね、あなたのことも大好きよ。私たちの大事なラファエル」
「うん……」
涙ぐみながらアンと抱擁を交わしたラファエルは、ルイスにも同じことをしてもらうと、トランクケースを手に持った。
「持って行くの、手伝うよ」
「ありがとう」
まだ八つのラファエルは、涙を服の袖でぬぐって家族の一番前を歩き始めた。
「ママ。アリー、おっきした?」
アンと手をつなぐレオは無邪気にそう尋ねるが、そのアンは困ったように笑うだけだった。
「まだよ」
三メートルはありそうな大きな白い門。オパールの瞳を持つ白鳥が彫刻された門の前に、女性と男性が一人ずつ立っていた。
女性は、さっきルイスも出席していた会議で、ルイスの意見を尊重してくれた、ふくよかな体つきの、中年女性。
もう一人は、真っ白な甲冑に身を包んだ、初老の男性。白髪の混じる赤茶色の髪をオールバックにして、背筋はピンと伸びている。
「お父様、ダリア先生」アンは目を丸くした。「どうしてこちらに?まだ、お仕事中の時間では……」
「一人娘が遠い地に赴任するので、陛下に特別な許可を賜った」
初老の男性はそう言って、アンを優しく抱きしめた。アンは、幼い子供を抱いているから。
「慣れない土地で苦労するだろうが、どうか、元気で。たまには顔を見せに帰って来なさい。ルイスくんに嫌気がさした時とかね」
「あら、その理由で帰ってくることはないわね」
さっきまで暗い顔をしていたアンは、父の言葉に小さく笑った。
「でも、うん。ちゃんと顔を見せに帰って来ます。子供たちも」
その隣で、ルイスは中年の女性、ダリアと向かい合っていた。
「来て正解でした。あなたなら、挨拶も無しに行ってしまうでしょうから」
「……申し訳ございません」
「ええ、本当に。あなたとヘレナは、昔から手のかかる子です。大人になっても」
ダリアはそっとルイスの頬に触れた。傷があるから、なでることはしなかったが、代わりにルイスの目をジッと見つめた。
ルイスとヘレナの兄妹が親を亡くしてから、ダリアが親代わりになって面倒を見てきた。子のいないダリアにとって、この兄妹は我が子のような存在で、生きがいだ。
「————————————こちらのことなら、心配しないで。私とポポフ公爵で、反対派を抑えます。ラファエルのことも、任せて。ルイス。アンと子供たちを、頼みましたよ」
「はい」
二人は、これ以上話をすることはなかった。
そして、ついに別れの時が来た。アンはレオと繋いでいた手を外し、代わりにラファエルからトランクケースを受け取った。
もう一度、家族は別れの挨拶をして、ラファエルたちを残して四人は光り輝く扉の先へと進んで行った。
その様子を、国王は水晶玉から見ていた。
「アリス・ランフォード……」
アンに抱かれていた、まだ二歳の女の子が、先ほどの会議で争点となっていた娘だった。
「陛下。やはり、引き留めますか?」
こちらに戻っていたエスコの言葉に、国王は「いや」と首を横に振った。
「今はただ、あの子たちの健やかな成長を願おう。ラファエル、レオ、アリスに、ユリア様のご加護があらんことを——————————」
お読みいただきありがとうございました!