この恋は推すわけにも退くわけにもいかない
藤谷葵作の初百合作品です。以前何気なく書いたものが百合っぽいと言われたこともありますが、『百合を書こう』と思い、筆をとったのは、これが初めてです。
百合、推し、恋愛、どれも藤谷葵が苦手とするジャンルが作品に込められています。
おかしなところがありましたら、ご容赦下さい。
【1】
私の名前は春木八重。休み時間、学校の教室で、後ろの席に座っている親友の、神北千聖に話しかける。
「ねえねえ、今日も花畑さん、可愛いね〜」
「……はいはい」
いつものことなので、軽くあしらわれた。やれやれと言った感じで、提案してくる。
「八重、花畑さんのこと好きなら、早く告白したら?」
私はピンと硬直して、頬を赤くする。
「いや……それはちょっと……いきなりは……ね?」
「じゃあ、いつなの? 告白以前に仲良くすらなってないじゃない」
私は両手の人差し指をもじもじさせつつ呟く。
「……いや……仲良くはある……はず」
自信なさげに、過去のことを思い出す。
高校入試から帰る時、天気予報は外れて雨だった。
当然、天気予報を信じた私は、傘を持っているわけがない。
校舎の玄関で途方に暮れていると、花畑さんが、折りたたみ傘を差し出してくれた。
「駅まで一緒に帰りませんか?」
電車に揺られつつ、二人で話をする。今日の試験の出来具合は勿論のこと、話をしていたら、家の最寄駅も一緒であった。
中学校が違うだけで同じ市内。
花畑さんの可愛いさと優しさに、運命の出会いを感じた。
残念なことに、花畑さんとの接点は、ここだけである。
クラスは同じになったものの、いつも同じ中学校だった子達と一緒にいる。
そんな私の回想を遮るように、千聖は私の顔の前で手を振る。
「お〜い、妄想から帰ってこ〜い」
千聖の声で現実世界に戻された。……いい所だったのに。
私はプイッと不貞腐れる。そんな煮え切らない私にイライラしたのか、雑な提案をされる。
「だったら、八重の好きなアイドルの、夜弦セナの話題でもしてくれば? 八重は普段真面目すぎるから、そういうミーハーな所も見せた方がいいよ」
「……いや、ミーハーじゃないよ? セナ君は私の嫁よ?」
「そういう思考が、ミーハーでしょうが」
千聖は呆れ顔をして答える。そして、指差す。その方向は、花畑さんの方。何かと思い振り返る。
花畑さんが、一人きりになった。ひょっとして、話しかけるチャンス?
そう思い、親友を見つめると、右手の握り拳の親指を立てた。
私は頷き、席を立ち上がった。
つかつかと、花畑さんの席に行き、第一声。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
明るい笑顔を返してくれる。クラスメイトでありながら、この他人行儀の距離感がおかしいと感じたのか、少し笑いを堪え気味である。
恥ずかしさで、顔が熱く感じる。そんな私を気遣ってか、話題を振ってくれた。
「春木さんと話すのは、久しぶりな気がするね〜。入試以来だっけ?」
「う、うん」
覚えてくれていたことに、嬉しくて頷く。
私も何か話題を振らねばと、先程の親友の言葉を思い出す。
「花畑さんは、推しいる? 私は夜弦セナ君なんだ」
そう言った途端に、彼女の形相は鬼のようになった。
「は? セナ君はあたしの嫁よ‼︎ 断固同担拒否‼︎」
「は? セナ君は私の嫁よ‼︎ 同担拒否はこっちの台詞だよ‼︎」
ほんわかしていた空間が一転して、バチバチと火花の散る睨み合いとなった。
その時、次の授業を知らせるチャイムが鳴って、険悪状態のまま席に戻った。
【2】
席に戻ると、先生が来るまでの間、机に突っ伏す。
(終わった~!! まさか、花畑さんがセナ君の推しとは……)
後ろから、つんつんと、千聖に突っつかれる。何事かと思い、顔をあげると、目の前には先生が立っていた。
「春木にしてはめずらしいな? 俺の授業を聞く気はないのか? 廊下で立っていてくれてもいいぞ?」
いつの間にか授業が始まっていた。なんでもっと早く教えてくれなかった、千聖!
私はぶんぶんと首を横に振り、先生に返事を返す。
「い、いえ、授業受けます!!」
先生は、再び授業の内容を口にしつつ、教壇に戻った。
今日の授業は終わり、放課後になった。いつも通り、千聖と一緒に帰る。
だが、いつもと違うことが一つだけある。
「千聖~、どうしよう。花畑さんに嫌われた」
千聖は私の頭を撫でつつ、答える。
「いや、今聞いた話だと、あんたたちの推しが問題なんでしょ? 推しのこと以外なら、また普通に話せるんじゃないかな? 花畑さん優しいし」
「そ……そうかな……?」
そんなところに、花畑さんが一人で下校している。
「お~い! 花畑さん! 一緒に帰ろうよ」
私は千聖のその発言に狼狽える。だが、花畑さんの反応は意外なものだった。
「うん、いいよ」
笑顔で即答してくれた。のだが……。
只今、電車の中。
千聖と花畑さんが会話をしつつある中に、私も入り込もうとすると、物凄い視線で射抜いてくる。
(ちょっと! 千聖! 気づけよ! 花畑さん、全然普通の会話もしてくれないじゃない! それどころか、睨まれているんだけど)
各自の家の最寄り駅に辿り着き、途中の道から花畑さんは別の道へと別れた。
手を振ってみたものの、どうも千聖にしか手を振り返していない角度に見える。
花畑さんの姿を見送った後、私は千聖に呟く。
「めっちゃ怒っているんだけど、どこが普通の話ならしてくれるって?」
「え? そう? 普通に楽しかったけど?」
「それはあんたからしたらでしょうが! 私には呪い殺さんばかりの視線を送っていたわ!」
「あはははは、どんまいどんまい。そのうち、怒りも収まるでしょう」
楽観視している千聖とも別れて、自宅に帰った。そして、二階の自分の部屋に向かう。
「ただいま~」
両親共働きで、一人っ子の私は、誰もいないと分かっていても、私を待つべき物、いや、待つべき人に対して、挨拶をした。
着替えを済ませると、小さなぬいぐるみを手に取って、今日の出来事を話す。
「セナ君……花畑さん、ちょっとひどくない? セナ君のこととは別の話題で話をしようとしたのに、全然私と話をしてくれなかったよ」
そんな中、葛藤する。花畑さんは嫌な感じの人なのだろうか?
いや、入試の時の彼女はそんな感じではないし、クラスメイトたちからも人気はある。
やはり、『同担拒否』が問題なのであろう。
(推しを取るか、恋を取るか……か)
だが、私は首を横に振る。
(いや、セナ君は私の嫁だし、花畑さんがセナ君から退いてくれればいいだけだ)
そんなことを思ったが、あの彼女の様子だと、とても退くとは思えなかった。
【3】
気分転換に、コンサートに行くことにした。前から予約を入れていたもの。前の方が取れたので、ラッキーと思いながら。
まあ、気分転換でなくてもコンサートは行くんだけどね。
そして、コンサート当日。
行列からやっと会場内に入り、自分の席を探す。そして、席を見つけると、隣には既に座っていた人がいた。
「隣、失礼します……」
「は、はい」
ちょっとしたマナーのつもりで声を掛けたら、なんと隣の席が花畑さんであった。花畑さんはバツが悪そうな顔をして、反対を向く。
私は、口を結んで自分の席に座る。色々な意味で緊張するコンサートとなった。
そして、コンサートが始まり、セナ君が登場した。
歓声が上がる中、私も負けじとペンライトを振りつつ、応援をする。
「「セナく~ん!!」」
隣の席の人とハモった。もちろん、花畑さんのことである。お互いに見合わせる。だが、セナ君が歌い始めたので、血みどろの戦争にはならなかった。
「「キャ~、セナ君!! もっとこっち来て!!」」
また顔を見合わせる。なぜ同じセリフが被るのだろう?
コンサートはファンを狂わせる。
最後の方には、私と花畑さんは興奮しつつ、両手を繋ぎ、セナ君に歓声をあげていた。
コンサートが終わり、謎の虚無感が生まれる。
(なんで私たち、同担拒否なのに、一緒に興奮していたんだろう? しかも、同じタイミングに同じセリフ……)
二人で無言で帰る。帰るべきは同じ方向なのだから、自然と一緒に帰ることになった。
【4】
翌日の放課後。千聖と一緒に帰りがてら、昨日の出来事を話した。
「そうなの? 仲良くなれそうじゃん!」
「いやいやいやいや、同担とかないわ」
「でも、仲良く手を繋いだんでしょ?」
「うっ!」
そう言われて、自分の両掌を見つめる。手を繋いだことを思い出し、頬が赤くなる。
推しに対する好きと、リアルで恋した相手に対する好きは違う。
私は推しのコンサートを見ていた時は、セナ君のことで頭がいっぱいだったが、今、思い出すのは花畑さんのことばかり。頭から湯気が出そうだ。
そんな私を見かねて、千聖は提案してきた。
「古典的だけど、ラブレターを渡してみたら?」
「……ホントに古典的だね。今時ラブレター?」
「でも、差出人を書かないで渡せば、八重のことを避けないんじゃない?」
「……」
私は考え込んだ。確かに順番が逆な気もするけど、自分の気持ちを伝えてからでないと、花畑さんはまともに取り合ってくれないだろう。
「ちょっと考えてみるね」
「うん」
千聖と別れた後、一度、家に荷物を置いて着替え、雑貨屋にレターセットを買いに行った。
そして、今更ながらに、文章に悩む。セナ君は男の子。男の子を推している花畑さんが、女の子、つまり私と付き合ってくれるのだろうか?
気にもせずに、普通に百合漫画やライトノベルを読んでいたので、感覚がバグっていた。
悩んだ結果。自分の気持ちをそのまま伝えるしかないという結論に至り、感情のままに書き綴った。
【5】
さらに翌日。
いつもより、早く登校した。いつも一緒に登校している千聖には、『今日は一人で学校に行く』とだけ、ショートメールで伝えておいた。
教室に入り、花畑さんの席に、昨日書いたラブレターを忍ばせておいた。私は無言で祈る。
自分の席に着くと、やがて、ぱらぱらとクラスメイトが登校してきた。
教室内は、段々と賑やかになってきた。
花畑さんも登校してきて、それとなく視線を向けると、机の中に教科書などを入れていた。そこで彼女は私のラブレターに気づいたように、一瞬動きが止まった。その後すぐに何事もなかったかのように、いつも通りのルーティンをこなした。
「おっはよう!」
花畑さんに見惚れていたところに、急に声をかけられた。振り返ると、声の主は私の親友、千聖である。にやにやしつつ、尋ねてくる。
「なんて書いたの?」
「……秘密」
「じゃあ、何かあった時の為に助言ができるように、どこでどのタイミングで告白するの?」
私は顔全体を赤くしつつ答える。
「今日の放課後、人が掃けた後に、二人きりで話したいって……」
千聖はそれを聞いて、悩ましげに答える。
「ん~、それって、一旦八重も教室を出て帰るふりをするということ?」
「あ……」
それどうしよう? 一緒に残ったら、一発で私ってばれるよね。人が減っていく中で私だけが、そのままいるって変だよね?
千聖に言われて気づいたので、確認の為に、千聖にも意見を聞く。
「一旦、帰ったふりをした方がいいのかな?」
「う~ん? その方が良さそうな? 二人きりで話した方がいいんじゃない?」
「だよね……」
自分が計画していたことを少し変更して、帰った振りをしてから、教室へと戻ることにした。
【6】
放課後になり、みんなは授業からの解放感で、騒ぎながら段々と帰って行った。私もひとまず、帰る人たちに混ざる。
だが、ふと思う。みんなが帰ったのをどうやって確認すればいいのだろう?
そう思った私は、千聖に協力してもらい、校庭から会話をする振りをして、教室を見つめる。幸いなことに、花畑さんの席は窓際で、席についている姿が見える。
そこでまた自分のミスに気付いて、千聖に泣きつく。
「ね、ねえ、これじゃあ、花畑さんがいるのはわかるけど、他のクラスメイトがいるかどうか分からないよ! どうしたらいい?」
他人事の千聖は、目を太陽の日差しを遮りつつ、教室を見て呟く。
「あ、花畑さんが立った」
「え?」
私は慌てて駆け出す。きっと、花畑さんが最後となり、誰も来ないので、帰ろうとしているのであろう。
だが、玄関から教室の間までで、花畑さんの姿を見かけていない。たまたま立ち上がっただけで、まだ教室にいるのかもしれない。
私は呼吸を整えて、そっと教室を覗き込む。
教室内には、花畑さんが一人だけ椅子に座り、机に突っ伏している。それを見て疑問がわく。
(なんで、私の席にいるの?)
疑問は置いておくとして、目的をやり遂げるために、教室のドアを開けて中に入る。
ドアが開く音に、花畑さんが反応して、上体を起こした。
「あ……」
花畑さんの小さな声。私が来ることが意外だったみたいな反応。それもそうか。男の子がラブレターを出したのかと思ったことだろう。
「え、えっと花畑さん……」
私が言い淀んでいると、花畑さんは顔を真っ赤にしている。そして、小声で呟く。
「……もしかして、春木さん……?」
この質問が、ラブレターのことを指しているのは、彼女の表情で分かる。私は勇気を振り絞り、頷いた。
「……うん……花畑さんへの想いは、手紙に書いた通り……その……気持ち悪かったよね。ごめんね」
私は自虐した。想定していたことだから。だが、花畑さんは想定外のことを言い出した。
「……あたしも……初めて会った時から気になっていたの。同じクラスになったとき、もっと仲良くしたいって。でも、勇気が出せなくて」
「え?」
そう言うと、花畑さんは再び私の机に突っ伏す。
「何度も言わせないでよ!」
予想外の結果に、思考がついていかない。しばらくしてから、我に返る。
「え? じゃあ、付き合ってくれるってこと?」
「そうよ」
お互いの顔が赤い。窓から差し込む夕陽の赤さなのか、両想いに頬が火照っているのか分からないほどに。
「い……一緒に帰ろう」
「……うん」
彼女に手を差し出すと、彼女はその手を取った。
そして、校舎を出ていく。千聖は気を利かせて、先に帰ったようだ。
私と花畑さんは、セナ君のことで喧嘩をしながら帰って行く。
手はお互いに握りしめたままに……。
『この恋は推すわけにも退くわけにもいかない』は如何でしたか?
アイドルに対して、同担拒否ということで、推しすぎるわけにもいかない。かと言って退きたくない。これに恋愛を絡めてみました。リアルで好きな人と付き合いたし、引き下がりたくもない。
まあ恋の駆け引きの押したり引いたりですね。
※作者が自分で後書きを書いていて、なんかぐだぐだ。