幼馴染は図々しい
結局魔猪を6匹倒して、白狼と灰狼は気が済んだらしい。変人幼馴染といえば、半泣きで2匹を叱っている。もう何年繰り返しているか分からないこの不毛なやり取りを、いい加減辞める気はないのだろうかと思う。だが、そんなことを言えば切々と従魔への愛を語られるので、そんな面倒なことは言わない。
「もう〜怒ったけど、ママはふたりとも大好きよ」
すぐそんなことを言うので、賢い従魔は嬉しそうにユナに甘えて、また命令を無視するんだろう。
「ナーオ」
「はいはい、ルーナちゃんも大好きよ」
「アーウ」
ユナの肩がけ鞄からひょっこりと顔を出した黒猫は、撫でられてゴロゴロと喉を鳴らした。勿論ユナの従魔で、黒猫の姿が本当の姿ではない。ルーナは魔猪を積み上げた一山をちらりと見ると「アーオ」と鳴く。その瞬間魔猪は跡形もなく消えた。ルーナの収納魔法だ。
「ルーナちゃんはお利口ちゃんでしゅね〜!帰ったら特製おやつをあげようね〜」
「ワウ!」
「ワンワン!」
おやつに反応して狼達が騒ぎ出す。魔猪を倒してもユナの周りは常にうるさい。
「んーふたりにはどうしようかな〜」
「ワフッ?!」
「キャンキャン!」
「うそ〜!ちゃんとあげるよ〜」
なんとも楽しそうである。
「ユナもう帰ろう。今日はもういいだろ」
「うん、クリスもお腹空いたよね?帰ったらご飯にしよう〜忘れ物ないよね?」
「大丈夫」
「さあ、帰ろう〜!」
俺はセルリアンに跨り、ユナはフレイムに跨る。本来なら鞍が必要だが、そこはA級魔狼。落ちないように重力魔法と風魔法が随時展開されている。
馬程ではないが、それでも相当な大きさなので1人乗るくらいなら問題ない。子供の頃から乗っているから、慣れたものだ。
森を抜けて平原を抜けると、すぐに町の塀が見えてくる。
国境と接する、周りには森しかない極めて小さな町だ。
町のみんなが顔見知りで、出入りと言えば商人か酔狂な旅人。もしくは出入りの冒険者ぐらい。
「おーお帰りなさい坊ちゃん」
顔馴染みの門番のおじさんが声をかけてくれる。けど、
「坊ちゃんはないでしょう、坊ちゃんは」
「ボンボンだからしょうがないね〜」
ユナがすぐ横やりを入れてくる。時折りユナ語録を使ってくるけど、いつも意味が分からない。
「その訳の分からない言葉やめろ」
「きゃーあはは」
ユナは笑いながら肉屋がある通りへと向かう。魔猪の肉を売る為だ。
ここは辺境過ぎて冒険者ギルドがない。町で雇った冒険者に常駐しては貰うが、直接的な依頼は歩いて半日程の隣町まで行って出す。
俺達も冒険者になる為に隣町まで行ったのが昨日のことのようだ。
慣らした土の路に立ち並ぶ商店。奥には屋台もあり、このまま真っ直ぐに進めば、冒険者用のテント場に繋がる。
馴染みの肉屋の親父に魔猪を見せれば、近所の肉屋を呼びに行った。親父1人じゃ手が回らないし、みんな慣れたものだ。
明日の食堂も屋台も、肉祭りになること間違いないだろう。
「後でお肉半分取りに来るからね」
「おーう、任せとけ。ユナはこのまま坊ちゃんのお屋敷に行くのか?届けてやろうか?」
「うーん、また部屋に戻ってくるから大丈夫!ありがとう!」
「まったく…屋敷にそのまま住んでたら楽だろうに……」何やらでかい独り言を言う親父を無視して、今度は屋敷へと続く路を進む。小高い丘の上にある他よりやや大きい家が俺の家だ。町のみんなはお屋敷と呼ぶが、本当にそんなものではない。違いと言うなら、ちょっと造りがしっかりしたぐらいだ。
「お帰りなさいませ。坊ちゃま」
出迎えた家令のジェームスが挨拶をすれば、ユナがクスクスと笑い声を漏らす。
「ジム……坊ちゃまは」
「成人なさるまでは坊ちゃまは坊ちゃまです」
「……」
黙ってジムを睨んでいると、横からユナがひょっこり顔を出した。
「こんにちは!ジェームスさん!お邪魔します〜」
「これはこれはユナさん。今日も元気そうで何より」
「はい〜!今日も裏庭お借りしま〜す!さあみんな行くよ!」
「ワン!」
「ボフ!」
ユナは我が物顔で裏庭に向かう。
「あ!クリスはお風呂入ってよ!」
「はいはい」
午後の鍛錬の予定(仮)が消えたから、今日は夜の鍛錬に行くしか無さそうだ。
通りがけに裏庭を覗けば、ユナの鞄から出た黒猫が、気のないそぶりで瞬きをした。
※※※※※
「さーて、お待たせ〜。みんなさっぱりしようね〜!清潔魔法〜!」
ユナが唱えると、従魔の3匹が光に包まれる。光が収まると、心なしか3匹の毛ヅヤが良くなった。
「よーしみんな綺麗になったね〜!世界一の毛並みだね〜!あーうちの子可愛い〜!!」
「お前はもう少し恥じらいとか育たないのか……声がでかいんだよ」
「可愛いものを可愛いと言って何が悪い!ほら、クリスもおいでよ」
「……なあ、いつまでこれ続けるんだ……?」
「んー、クリスが成人するまでかなぁ〜」
「くそっ」
悪態ついてみても、体は自然とユナの前の椅子に向いてしまう。ユナは背後に立ち、取り出した櫛で丁寧に俺の髪を梳かす。物心ついた頃からのユナ曰く「お約束」なことらしい。
「はー、いつ触ってもクリスの髪は極上だよね〜!この張り!艶!枝毛のない滑らかさ!」
「恥ずかしいからやめろ」
「キューティクルがもうね」
「だからきゅーてぃくるって何なんだよ……」
「うふふ、この為に髪伸ばしてくれてるんだよね〜?クリス〜」
「断じて違う!」
見えない背後でユナがニヤニヤしているだろう雰囲気が伝わって、俺はそれ以上何も言えなかった。
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