調子に乗ってサンタの名をかたり過ぎた話
幼児の頃、暗くされた台所(食堂を兼ねる)で、ローソクに火が灯されたクリスマスケーキを家族(クリスチャンではない)で囲み、なんてロマンチックで素敵なんだろう、と興奮したものの、その後、どうしたらよいか誰も分からず、皆で戸惑ったことがあった。
戦中生まれ地方育ちの両親なりに、子供達に人並みの経験をさせてあげたいと思っての企画だったろうが、子供でも少し気まずさを感じる空気だった。今どきのイベントでたとえれば、ハロウィンということで仮装してノリノリで集まってみたが、その後、何をしたらよいかわからず、微妙な空気になった状況である。結論としては、特段何もしなくて構わない、ということになるが、そうと知らないと、気まずくなるものである。
そのうち、親父が、
「ローソクに火が付いとるうちに、クリスマスに関係する歌でも歌うんじゃないか?」
とか言い出した。状況を打破すべく、歌える者で「きよしこの夜」を歌い、火を消し、ケーキを食べた。
こんなエピソードを創造してしまう両親は、当然に、寝た子供の枕元にクリスマスプレゼントを置いておく、という遊び心に溢れたプレゼントの仕方は知らなかった(と思う)。従って、物心がついた頃から、プレゼントは親に買ってもらうものという認識であり、サンタの存在を信じたことはなかった。
その後、一部のご家庭では枕元にプレゼントを置く方法が行われていることを知った。いつしか、その方法を実践して、サンタはいるんだと、子供を騙すことをずっと楽しみにしていた。
そして、時は来た。
子供達が3歳のときのクリスマスイブだ。子供達が寝た後、枕元に新幹線の抱き枕を置いた。子供達は新幹線が大好きだった。
子供達が起きたのは、出勤後だったが、嫁が録画してくれた動画を見た。ケイスケは、枕元の物がサンタからのプレゼントであると理解して早々に包装紙を破き、新幹線を喜んだ。期待どおりの反応だ。ソウスケは、よく理解できなかったらしく、嫁がプレゼントの存在を教えても放置していた。ソウスケェ…。
待ちに待ったという感じで始めた枕元置きであったが、困ったことがあった。枕元置きをされた経験が無いから、いつ、どのようにやめてよいのか、分からないのである。
子供達が、まだサンタを信じているのか、懐疑的になりながらも、枕元置きを続けた。子供達からサンタの存在の真偽について聞かれたときは、いないと思ったときにいなくなるんだ、と哲学的な回答でごまかした。
小学生になり、子供達の友達が遊びに来る頻度が高くなった。嫁によれば、クリスマスプレゼントの話題になったときに、ケイスケがサンタを信じていることを感じ取った友人が、言葉を慎重に選んで話してくれていたとのこと。良い友人を持ったと思う一方で、ケイスケは後から恥ずかしがるんだろうなあ、と少し申し訳なく思った。
枕元置きの実行犯は、ほぼほぼ嫁であったことを付記しておく。




