23 初夜。
『お邪魔致します』
『うん、すまないねクレア嬢』
『いえ』
付き添いにはシャルロット様、目の前には王太子シリル様。
僕の血の繋がらない兄。
『少し不安になってね、主に初夜について。どう?ガーランドとは』
まさか、兄にこうして聞かれるとは思わず。
羞恥と困惑で、僕は赤くなりながらも固まってしまい。
『あの、シリル様』
『あぁ、すまないねバスチアン、けれど気兼ねなく答えて欲しいんだ。どうか兄の助けになっておくれ?』
『シリル様は、加減について心配なさっていらっしゃるそうです』
『それに飽きられる事にも、だからどれだけ加減し、どれだけするかをね』
兄は、どうやら本当に困っているらしい。
あのシャルロット様まで、こう言ってらっしゃるのだし。
『徐々に、慣らされている事が、とても恥ずかしいのですが。一気に、あらゆる事をされていたら、きっと怖くなってしまっていたかと』
この女性の体は、学園に隠されていた秘宝により得たモノ。
王に歌って聞かせて頂いた子守唄が、伝承を伝えるモノだった。
僕には、王族の血は全く流れていないにも関わらず、神は学園の神殿にて秘宝を授けて下さった。
慈しむべき愛を持つ者に、祝福を、と。
赤き神の出現後、手に指輪が嵌っており。
僕は、女性になっていた。
『そんなに大変?』
『はい、我慢が難しい程に。ソチラとコチラではかなり違います、何もかも、全て』
『んー』
コレは、理解して頂くべき事だ。
ミラ様の為にも、アニエス嬢の為にも。
『コレでも最小限の表現に留めての事、両方を体験したからこそ言わせて頂きますが、比では有りません。だからこそ、女性は出産にも耐えられるのだろう、そう思う程の衝撃と言って差し支えないかと』
『出産の痛みを凌駕する?』
『いえ、寧ろ思い出せるからこそかと、あの衝撃の果てがココに有る。いずれ去る苦痛を凌ぐには、良き思い出こそ沿うべきかと』
『えっ、もう居るの?』
『あ、いえ、まだですが。そうなのでは、と。頬への口付け1つで、様々な事を、思い起こさせますので』
『もし、もしだよ、あまりにも期待外れだったとして』
『問題は丁寧さと気配りかと、それと、本当にこれ以上は無理だとの主張を聞いて頂けないとキレます』
『それはそれで見てみたいけれど』
『初手では不味いかと、嫌な思い出が凌駕してしまいますから、次を口説くのに時間が掛かるかと』
僕が本当に怒っても、彼は嬉しそうに謝罪したものだから、僕は更に怒ってしまった。
そうして次までに随分と間を置いてしまい、それが今度は僕の不安を増幅させた、そんな悪循環に陥り。
僕は、泣いてしまった。
この体は少し不便なんです、幾ばくか感情の抑えが効かず、本当にガーランドを困らせてしまった。
『分かった、もし君だったらどんな事を希望する?どんな事が嫌かな』
『一気に情欲をぶつけられなかった事は有り難いんですが、片鱗も見せて頂ければ助かります、それと本当に止めて欲しい時の合図が必要かと。こう、偶に思ってもいない事を口にしますので、合図をお決めになると宜しいかと』
『そう、ありがとう、バスチアン』
こうして両方を経験した事が、後にアニエス嬢やミラ様から、本当に感謝される事になるとは思わなかった。
理想とする償いや恩返しとは程遠い気もするけれど、コレで1つ、僕の肩の荷が降りた事は間違いない。
「素敵でしたね、ミラ様も、シリル様も」
《ちゃんと君に似合うドレスを仕立てよう、アニエス》
「アーチュウ様は、この制服でらっしゃるんですよね、私達のお式でも」
《あぁ、近衛の騎士爵はコレになるが》
「シャルロット様も?」
《いや、向こうは別だが》
「なら、私がアーチュウ様に合わせたいです、せめてドレス位は似合うと褒められたいので」
アニエスは、どうしてこんなに可愛らしい事が言えるんだろうか。
育ちの良い令嬢だけなら幾らでも居る、だがきっとこう言える者は限られる筈だ。
アニエスは、俺の為に産まれたに違い無い。
《嬉しいが、理想は叶えて欲しい》
「理想は似合う事です」
どうしてまだ俺達は、結婚出来ていないんだろうか。
《アニエス、もう帰ろう》
「いえダメですよ、今日だけでも立ち会う約束なんですから」
《侍女ではダメなのか》
『もし逆のお立場なら、メナート様に立ち会って欲しいですか?』
《いや、様々な意味で嫌だな》
「ですので実力行使で止められるシャルロット様と私が立ち会うんです、万が一には止めて貰える、そう思う事で安心頂けるなら安いものです」
《止めはしないのか》
「本当に最悪の場合に限りますが、シリル様はそんな事はなさらないかと、誰よりもミラ様の事を考えてらっしゃいますから」
《俺も君の事を考えている》
「では如何に加減出来るか方法等をご検討下さい、では」
本当に、アレが加減出来るんだろうか。
『シリル様、シャルロット様、お夜食の差し入れは如何でしょうか』
宵越しでは本当にミラ様を疲れさせてしまうだろう、だからこそ時報を兼ね、夜食の差し入れを申し出ろとシリル様から厳命されていたのですが。
『うん、はい、どうぞシャルロット』
『はい、失礼致します』
流石に最初の休憩後にアニエス様には下がって頂いたのですが、本当に、まだしてらっしゃったんですか。
アレだけ、抑える、とバスチアン様に仰っていたのに。
《あぁ、シャルロット》
『スープを差し入れさせて頂きました、それと水差しの交換も』
『うん、ありがとうシャルロット』
『他には何か、ご用は有りますでしょうか』
《いえ、大丈夫よ》
『だね』
『では、お疲れでしょうし、早々に失礼させて頂きます』
コレで抑えて頂けると良いんですが。
もし、また始まってしまう様で有れば、戸を殴る程度は許されるでしょう。
『シャルロット、どうだった?』
アニエス嬢と交代で、私が王太子夫妻の寝室の護衛となった。
コレは多分、シリル様の配慮でも有ると思う。
『最悪は、戸を殴る』
『加減出来る?蹴りの方が良いんじゃない?』
『蹴りの方が力の制御が難しい、アレは全力で奮うモノだからな』
『そっか、なら私が叩くよ』
このままだとシャルロットは本当に寝ずの番をしそうだし、流石にそれはミラ様も望んではいないだろうし。
『あぁ、メナートの腕力なら戸には傷が付かないしな』
『そうそう、さ、座って座って』
戸の目の前に有る長椅子に、先に座ったんだけれど。
意識してくれてるらしく、少し距離が有る。
『初夜だけでは無い国も有るそうだな』
『毎晩?凄い、夜の住人なんですね』
『眠いか?』
『いえ、私も睡眠時間が短い方なので大丈夫ですよ』
『そうなのか、なら暇だろう、私は良く眠るのだし』
『寝顔を眺めたりもするから大丈夫ですよ、それに偶に悪戯もしますし』
『メナート』
『起こさない程度ですよ、そう溜息交じりに言わないで下さい、嫌ですか?』
『暇なら』
『そうしてたいんです、一緒に居たいんですシャルロットと』
距離を詰めると逃げられてしまうんですが、それが自身を追い詰める事になるとは思わないんでしょうか。
じりじりと、近寄ると。
じりじりと後退る。
『メナート』
『今日は、どうして逃げるんですか?』
『職務中だ』
『なら、ミラ様に合図を、既にもう始まってしまってるかも知れませんよ』
少し悩むと、立ち上がり戸を何度か叩くシャルロット。
こうして真面目だからこそ、ミラ様とシリル様のお役に立っている。
『うん、大丈夫そうだ』
『だけなら、アニエス嬢を関わらせる必要は無かったのでは?』
『大方、触発したいのだろう』
『ミラ様まで、シリル様のようになっては困るのでは』
『ミラ様も賢い方だ、それにお優しい、加減は分かってらっしゃるだろう』
『それと、シャルロットも触発したかったのかも知れませんね』
あ、深い溜息を。
余計な事を言ってしまったかな。
『あの方も、心配症だからな』
『でしたら結婚しましょう、ね?』
『だが』
『大人と同等の良識と知識を持ち合わせている自負は有りますし、他の者に幼いと注意されてはいないのですが、私との子は望まないと言う事ですか?』
四令嬢の護衛を改めてお受けしましたが、問題は無かったと仰って頂きましたし。
行儀作法の練習場でも、問題無いと。
ならこれ以上、私は何をすれば。
『お前は、私には酷く幼く』
『アナタにだけですよ、それにシリル様もミラ様には幼い面を見せたりもしていますよ、それこそあのアーチュウですらも駄々を捏ねてますし』
『ベルナルド様が』
『早く結婚したいだなんて、子供の愚図りと同じでは無いですか、どうしようも無い事に愚図る。私は、他にどうすべきでしょう?』
好きな相手には甘えたい、我儘になってしまう。
男女の仲になると特に、そうなってしまうのは仕方が無いらしいんですが。
未だに、元婚約者と比べられてしまう。
あんな情の無い愚か者と比べられるなんて、正直凄く不愉快なんですが。
過去の私も私ですし、こうして狡い手を使うしか無いのも事実。
『お前は、子が欲しいのか?』
『暫くはアナタと2人きりが良いんですが、シャルロットが望まないなら断種します、滅多に死ぬ事は無いそうですから』
『嫌では無いんだな』
『もし、アナタの命が危うくなるなら要りません、アナタを失ってまで得たいとはどうしても思えませんし。子を育てる事の難しさを私なりに理解しているつもりです、ですから、私とは嫌だと思っても、本来なら当然ですから』
『私も、不安なんだ、愛するが故に歪んでしまった親子も居る。それでも、構わないだろうか』
『はい、アナタが欲しがるまで私は欲しがりません、産むのはアナタなんですから』
『ふしだらだと』
『どうして、あぁ、そんな事を言う者の方がふしだらなんですよきっと。だって、ミラ様だって怖がってらっしゃるんですから』
『だが、母性が足りない、と』
『本当に母性が足りない者はそんな事すら考えません、そろそろ休みましょうシャルロット、すっかり静かでらっしゃるんですし。私の方が眠りが浅い、何か有れば起こしますし戸も叩きますから、ね?』
今日は早朝から見回り、式典の守衛に初夜の付き添いまでしているんですから。
少しは眠らないと。
『あぁ、少し、休ませて貰う』
『はい、任せて下さいシャルロット、おやすみなさい』
酷く疲れさせてしまう事に対して、私はとても可哀想に思ってしまった。
出来るだけ、今後はもっと優しくしないと、シャルロットの寿命が縮むのは私の本望では無いのだから。




