22 謝罪。
《で、何で遅くなったのか?ガーランド様》
『少しクレアと戯れていたら時間を忘れてしまいました、すみませんマリアンヌさん』
どうして、そう平然と恥ずかしい事を。
未だに僕は女性として慣れていませんし、こうした話題も、本来は不得手で。
《ふふふ、真っ赤、クレアさん》
『可愛いでしょう、凄く可愛いんです、2人きりだと特に』
『もう、どうしてそう、控えて下さいガーランド』
《まぁまぁ、惚気は周りの活力にもなるから気にしない気にしない。どうだった?ゴハン》
『あ、はい、美味しく頂きました』
『はい、ありがとうございますマリアンヌさん』
《良いの良いの、つか遅れてくれて丁度良かったよ、今日は少し混んでたから》
『すっかり客足が戻りましたね』
《本当、親の方が私より料理が適当だなんて思わなかったよ》
客足が離れたのはマリアンヌ嬢が結婚したとの噂と、お店を引き継いだご両親が手を抜いていた事に有るらしく、味が落ちた事から客足がかなり減っていたそうで。
それらを取り戻すには、評判が上がった速度の倍の時間を要したそうです。
失った信頼を取り戻すには、それだけ時間が掛かってしまうと言う事。
僕は、安易にも王族の評判まで落とそうとしてしまった。
あんな愚か者を放置したのだから、少しは苦労して欲しいと思っていたけれど。
僕は、親の情愛まで無碍にする所だった。
変わらず僕を愛し、心配して下さった、情愛に満ち溢れた王と王妃を。
『もしかしたら、意気消沈してらっしゃったのかも知れませんね、愛娘が去ってしまったと思っていたのですから』
《それさ、そう言われたけど、やっぱりそうなのかな。言い訳だと思ってたんだけど、そんなに寂しくなるのかな、だってさっさと嫁に行けって言われてたんだよ?》
『そう直ぐに嫁には行かないだろう、そうした親の期待も込めて、そう言ってらっしゃったのかも知れませんね』
いつでも、手放す用意は有った、けれど後に惜しくなってしまった。
僕も、そう言って頂けましたから。
『僕としては、やはり親は完璧では無いですし。仲直りを、改めてなさった方が良いかと、蟠りが変質しておかしな方向へ行くかも知れませんから』
《仲直りかぁ》
『どうぞ、僕らの観劇に来て下さい』
《えっ、だって、招待はしないって》
『招待はしませんよ、マリアンヌさんに支払う代金を僕が勝手に使って買っただけ。衣装と馬車をお貸ししますから、改めてお話し合いを、親子は親子なんですから』
《そう、だよね。私、親に謝って無かったから。うん、ありがとう》
『いえ、良い案を頂いた代金ですから』
《じゃあ、次はもっと豪勢な材料を仕入れて提供しちゃおうかな》
『美味しい事が大前提ですからね、意外と挑戦しないんですよ僕、毎食同じでも構わない人間なので』
《それ、作る方は楽だけど、作り甲斐が無いよね?》
『あ、私、ですか』
《あー、やっぱり作らないか》
『あの、はい、作った事が無くて』
《だよねぇ、上位の令嬢様なら作らないよねぇ、怪我とかするし》
『ガーランドは、食べたいですか?』
『はい、作っている所も見たいですね』
《意地悪だなぁ、手際が悪いの見られるの私だって嫌だもん》
『良い思い出になりますし、手際が悪い所すらも良く見えるんですよ』
《はいはい、大好きなのは分かりました。何か簡単なレシピ、教えましょうか?》
『はい、宜しくお願い致します』
《うん、任せて》
僕が傷付けたマリアンヌ嬢の傷口は、未だに少し開いたまま。
彼女は結婚の申し込みが数件有るにも関わらず、保留にしているらしい。
その事で各位は個人的に動いているそうですが、僕も、何か償いを。
『どうでしたか、マリアンヌさん』
《うん、最高だった、やっぱり神話だよね。貴族とか庶民とか関係無くなるし、愛と夢が有るし、スカッとした》
「そうねぇ、うん、アンタの言う通り」
『すみませんね、圧倒されて、凄い良かったとしか言えなくて』
『いえ、それだけで十分です。いつか、もっと気軽に観に来て頂ける様に努力しますので、期待していて下さい』
「そうね、私らも頑張らないとね」
『あぁ、そうだな』
《ありがとうガーランド様、また観に来れる様に頑張るから、そっちも頑張ってね》
「またアンタは生意気な事を、すみません令息様」
『いえいえ、僕は単なる貴族の息子、貴族と言えるのはこの先の事ですから』
『だとしてもですよ、何か有ったら叱ってやって下さると、助かります』
『意外と他の方にも認められてらっしゃいますから大丈夫ですよ、本当に』
「でもこの子、直ぐ調子に」
《はいはい、ごめんなさい、ごめんね、心配掛けて》
「良いのよ、アンタは良い子だって思ってたからこそ、私らも」
『もう俺らの事は心配するな、ちゃんとやる、だからお前はちゃんと相手を選べ、良いな?』
《うん、ごめんねお父さん、お母さん》
「全く、良いんだよ、この子は、私らこそすまないね、ごめんよマリアンヌ」
『すまん、マリアンヌ』
僕は、こうした事が様々な場所で起きて欲しいと思っている。
和解、平穏、相互理解。
それらが叶う為には、知識と経験を必要とする。
何の理屈も分からない子供に、いきなり他人を許す事は難しい。
どうして他人のオモチャを奪うのか。
どうすれば、オモチャを奪われた事を許せるのか。
その方法、理屈を知らなければ許しようが無いのに、愚かな大人は許せと言うだけ。
『では、この馬車でそのままお帰り下さい、衣装は後でお返し頂ければ構いませんから』
《本当に良いの?》
『はい、こうした事もいずれは広める予定ですから、お試しですお試し』
「本当に、ありがとうございました」
『いずれ、恩返しをさせて頂ければと』
《ありがとうございました、ガーランド様》
『いえ、では』
子供にしてみれば、理不尽で不条理な世。
けれど大人にしてみれ、子供こそ理不尽で不条理な存在。
その間を如何に繋ぐか、僕には分からなかった。
だからこそ、僕は家族を持ちたいとは思えなかった。
ただ、鬱屈を溜めさせるだけになるなら、産み出すべきでは無い。
そう思っていたけれど。
僕には、間を繋げる者が現れた。
『どうでしたか、ガーランド』
『万事上手く行きましたよ、クレア』
『あぁ、良かった』
『後はマリアンヌさんの結婚だけですね』
『すみません』
『もう僕らは婚約者同士、直ぐにも夫婦になり、家族になるんです。一緒に問題を解決するのが当たり前、一緒にマリアンヌさんの事を解決しましょう、クレア』
『ありがとう、ガーランド』
元バスチアン様、現クレア・セシルこそが、僕と子供を繋ぐ要。
僕に家族を持とうと思わせてくれた、大事な人。
大切な人。
『どうして僕は、尽く先を越されるんだろうか?』
《シリル様って、意外と苦労人でらっしゃいますもの、寧ろこうなって当然かと》
僕より先に、バスチアンは結婚した。
ガーランドの劇団を更に盛り上げる為、と言う名目は有るけれど、要はガーランドが我慢出来無くなったから。
幼さを良い事に、バスチアンを孕ませてしまうかも知れない、と王太子の僕を平然と脅した。
アレにはもう、影の宰相をやらせる事を決めたから良いけれど。
王とは、こんなにも気苦労が多いとは、分かっていたけれども。
分かってしまう事が何よりも悔しい。
こうした苦労が有るからこそ、王達はバスチアンに癒しを求めた。
頑張り屋で素直で、真っ直ぐで真面目。
全く子供らしくなかった僕とは真反対の存在、バスチアン。
欲張りですよ、父上も母上も。
『はぁ、僕だってしたいのに』
《結構、ギリギリの事をなさってますわよね?》
『それとコレとは違うらしい、凄い自慢されて僕は可哀想だよね?』
《あら、誰に、自慢されてしまいましたの?》
『ふふふ、一筋縄ではいかないミラが大好きだよ、愛してる』
メナートにもガーランドにも自慢されて、僕は鬱屈がとても溜まっているけれど。
結婚したら、初夜に全てを爆発させる。
そしてミラはメナートとガーランドを叱り、アーチュウに激しく牽制するだろう。
うん、コレでアニエス嬢の身も暫く守れる筈。
そして今度はアーチュウがメナートに怒り、シャルロットもメナートを叱る。
だから僕は手を下さない。
コレはコレで良い流れだし、後から幾らでも追加出来るし。
こうした策略に気付いたミラが、もっと僕を愛してくれる筈なんだから。
《ふふふ、私も、愛しておりますわシリル様》
ガーランド様と元バスチアン様に続き、ミラ様とシリル様がご結婚なさいます。
明日、明朝。
「おめでとうございます、ミラ様」
《ありがとうアニエス、アナタのお陰よ》
「あの、私は何もしていないのですが」
《全ての者が、何かすれば良いと言う事でも無いのよね、意外と。存在するだけで、十分に役割を果たす物も有る、アナタは軸なの》
「軸、ですか」
《歯車が正しく動く為の軸、それは真っ直ぐで規則正しく、強くなくてはならない。私もシリル様も、バスチアン様がアナタを選んだ事を高く評価しているの、アナタは確かに王妃の素質が有るわ》
「残念ですが、素質だけではままならないかと。強い信念と、やる気が無ければ、王妃に相応しい者になるのは不可能かと」
《ふふふ、そうね》
「もう、何を試してらっしゃいます?」
《侍女に来て欲しいの、とても心細いわ?》
「私より遥かに慣れてらっしゃるのに何を仰いますか、世に言うマリッジブルーですか?」
《あのシリル様との初夜よ?もう、どうなってしまう事か》
「あぁ、それで時間稼ぎをしてらっしゃるのですね」
《それもだけれど、本当に侍女として来て頂戴?私、こう、赤子を上手く抱ける自信が無いのよ》
「まだ、いえ、確かに直ぐにでも妊娠してしまいそうだとは思いますが。まだ先の事では?」
《そんなの、アナタにも事情が有るのだし、あっと言う間かも知れないのよ?アナタを先に王宮へ入れておかないと、いざという時に邪魔をされては、私もシリル様もその者を殺してしまうかも知れないわ?》
「脅し方がシリル様に似てきましたね?」
《あら脅しだなんて、本気よアニエス》
本当にお似合いでらっしゃる、シリル様とミラ様。
確かにシリル様の運命の相手は、ミラ様かと。
ですけど、だからこそ私の助け等、不要な気もするのですが。
「他に、何を期待してらっしゃいます?」
《こう、いざとなったら助けて欲しいの、休む間も無く相手をさせられては。それは良いのだけれど、粗相を、したくないの》
「つまり、私に立ち会え、と」
《シャルロットと、お願い》
「あの、未だに不勉強でして、粗相とは」
《それはね……》
それはそれは、大変粗相でらっしゃるのですが。
もしかして私も、粗相をしてしまうのでは、と。
「あの、もしかして私も危惧せねばならないのでは」
《そこはウチの者を寄越すから、こう、交換はどうかしら?私、流石に、身内に知られる方が恥ずかしくて》
「いや私なら良いんですか?」
《だって、ほら、乳母に聞かれるのは流石に、嫌ではなくて?》
「確かに」
かと言って、ルージュさんやマリアンヌさん、クラルティさんは無理ですし。
それこそシャルロット様に至っては、申し訳無さ過ぎますし。
《ほら、この、いつも居る彼女が乳母なの、どうかしら?》
近しい身内より、確かに他人の方が気が楽ですね。
「分かりました」
《ありがとう》
不安なのは同じでらっしゃるのですね。
しかも粗相ともなれば、分かります、流石に見せろと言われても躊躇ってしまう醜態にしか思えませんから。
ですが、それこそが喜びに感じる方も居そうですが。
どうなのでしょう。
あぁ、直ぐにガーランド様にご相談させて頂きましょう、彼は既に先輩と言って差し支えないのですから。
『あぁ、はい、ですね』
「ですね、と言う事は」
『はい、僕は特に粗相すらも愛しいと思いますし、堪らなく喜びを感じます』
「私は、相談相手を間違えてしまったのでしょうか」
『いえ、僕の特殊性を理解した上で、一定数以上の方が喜ぶだろうと思っていますよ。自分だけしか見られない、そんな特別感を誰もが欲している、その事は分かって頂けるかと』
「まぁ、ですが」
『シャルロット様もお分かり頂けますよね?』
『はぃ』
あんな顔のメナートを、他の者にも知られている事が不愉快だ、と。
そう思ったからこそ、もう、私はメナートを好いてしまったのだと自覚した。
そしてメナートも、そんな顔を他に見せてくれるな、と。
『ですから、粗相と言うよりは特別さが重視されるのかと。ですので、ココは内々にシリル様にご相談なさるべきだと思うんです、想定はしてらっしゃっても完璧では無いのですから』
「お願いさせて頂いても?」
『はい、お2人が上手くいかなくてはバスチアン様が悲しまれますから、シャルロット様にご同行頂こうかと思うんですが』
『はい』
「すみませんが、宜しくお願い致します、では」
『はい、では』
こうして私は男爵となったガーランド様と共に、シリル様のお部屋へ。
『ん?どうしたの?』
『既に相当に粗相への不安が募ってらっしゃるそうで、アニエス令嬢に戸の向こうで待機をと懇願なさったそうです』
『そこまで加減しないと思われてるんだ』
『ですね』
『ベルナルド様の事も有るかと、あの方でも、かなりギリギリで踏み止まっている状態ですから』
『同席は構わないんだけど、どうすれば不安が過剰にならないだろうか』
『お約束頂けるだけで変わるかと、それに、いきなり全てを体験させてしまっては以降が物足りなさを感じさせてしまうかも知れないので。やはり、徐々に、が1番かと』
『どう?それで成功してる?』
『僕はそう思っていますが、別口でご確認頂ければと』
『様子見する?』
『是非お願い致します』
恥じらう姿は、かくも男性に受けが良いとは。
分かっていたが、私はこうしてメナートを喜ばせてしまっているのだろうか。
抑えたいんだが、どうにも。




