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21 口付け。

『で、嫌悪は無かったから、婚約する。と』


『はぃ』

《おめでとうシャルロット、メナート》

『はい、ありがとうございますミラ様』


 最後まではしていないらしいけれど、もうシャルロットはメナートに気持ちを傾かせてしまっている。


 なら、僕も腹を括ろう。

 親友を殺す結果になるとしても、今は祝福しよう。


『分かった、認めるよ』

『ありがとうございますシリル様』

『ありがとうございます、シリル様、ミラ様』


 少しでも行為を行えば、シャルロットの嫌悪が復活してしまうかも知れない、メナートの記憶が戻ってしまうかも知れない。

 そのリスクを乗り越え、まだ先にもリスクが残る事を承知し、彼らは結ばれる事を選んだ。


 ならもう、この先の心配は過保護にしかならない。


『もし僕の期待を裏切ったら、その時はアーチュウの分まで苦しめてやるからねメナート、覚悟しておくれ』

『はい、宜しくお願い致します』


 彼は本当に変わった。

 変わる事を望んでいたワケでは無いにしろ、彼は自ら変わり、シャルロットの愛を勝ち取った。


 亡きメナートは、さぞ喜んでいるだろう。


 どうか、彼の分も祝福を。

 神よ、ロッサ・フラウよ、どうか彼らに幸福を。




「私達も、もう少し進むべきなのでしょうか」


 アニエスは、本当に積極的な事を不意に言うが。

 偶に疑いたくなってしまう、もし意図しているのなら、俺が心配する必要が無くなるからだ。


 いや、もしかすれば敢えてなのか、アニエス。


《少しでも進んでしまうと、歯止めが効かなくなるかも知れないが、良いのかアニエス》

「そこは歯止めを効かせて下さい、学園を無事に卒業したいですし、アーチュウ様の汚点を作りたくは無いんですから」


《ならアニエスがしっかり止めてくれ、俺には自信が無い》

「止めろと言って聞いて下さいます?」


《分からない》

「もー、ならどうにか進む方法を模索して下さい、私だってまだまだ不安なんですから」


 こうして怒った顔も、困った顔も実に可愛らしいアニエスが、俺を止める方法。


 いや、無理だな。

 俺を止めるには。


 そうか、それこそシャルロット嬢か。


《シャルロット嬢に戸の向こう側に居て貰おう、そしてどうしても俺が止まらなかったら、戸を叩く。アニエスが戸を背にして、どうだろうか》


「そこまで自信が無いのですね?」

《口付けは実に甘美で止められない、とアレが自慢していてな》


「シリル様、どうして煽る様な事を、後で叱っておかないと」


《それで、どうするアニエス》


「そこまで?」

《あぁ、これ以上我慢させられたらどうなるか、分からない》


「浮気をなさいます?」

《いや、だが結婚後にどうなるか。アニエスの腹がシャルロット嬢の様になるまで、加減を覚えられないかも知れない》


「もー、ミラ様まで」

《可愛い俺のアニエス、愛している》




 清く正しく美しく。

 コレは私達未成年を守る為、子供を守る為の言葉なのだと、改めて認識しました。


「深い口付けはもう、ダメです、私まで理性が消し飛んでしまうのでダメです」


 もう、また少し意地悪そうに微笑んでらっしゃる。

 私は真剣に困っているのに。


《すまないアニエス、だがアレの言う事は本当だったな》


 最早、甘美過ぎて毒です。

 用法用量を守り摂取しないと、何もかもを投げ出してしまいそうに。


 なのでダメです、未成年の使用禁止、過剰摂取禁止です。


「もう、毒です、しっかり取り締まりをすべきかです」

《あぁ、そうだな》


 頬に軽く唇が触れただけで、あの毒を思い出してしまう。


 恐ろしい限りです。

 コレにもし、媚薬が利いてしまったら、一体どうなる事か。


「恐ろしいですね媚薬は、コレが倍増してしまうそうですから」


《あまり頑ななら、使うつもりだった》

「問題発言ですからね?」


《俺もそう思う》


 今度は切ない顔をなさって。

 本当に私を好きで堪らない、道を外れる事も厭わない程に愛している、愛されている。


「もし裏切られたら、手を下してしまうかも知れません」

《そんなに俺を好いてくれているのか、アニエス》


「はい、好きです、愛してしまいました」


 私、ミラ様とシリル様を見ていたので、コレが本当に好意なのか不安だったのですが。

 少なくとも、裏切られたら殺してしまいたくなる程度にはなりましたし、とてもとても独占したくなりましたから。


 こう宣言させて頂いても良い筈。


《俺もだ、愛してるアニエス》


 あ、コレは身の危険が。

 シャルロット様、直ぐに来て下さいますでしょうか。




『アニエス様、入らせて頂きます』


 ベルナルド様を止める為、メナートと共に廊下で待機していたんだが。

 本当にノックされるとは、ベルナルド様もやはり男、愛故に抑えが効かなくなるとは。


 しかも、戸を開ける事すら御するとは。


『アーチュウ、私が居る事も忘れないで下さい』

『体当たりしアニエス様にまで怪我を負わせる前に、手を緩めて下さいベルナルド様』


 この説得により、やっと戸は軽くなったが。


「あの、一応はまだ大丈夫なのですが」

《シャルロット嬢だけだ》


『分かりました』


 どうして私だけなのか、アニエス様の顔を見て、理解してしまった。

 私も、こんな潤んだ表情をメナートに晒してしまっているのだろうか。


「すみません、本当に危なくなる前にノックをしたのですが」

《俺が見せられない状態になってしまったんだ、すまない》


『いえ、念の為にメナートに無事を伝えさせて下さい』

《あぁ、そうしてくれ》

「すみません、ありがとうございます」


『いや、良く分かりますので、はい』


 メナートも動けない状態になってしまうのだし、仕方が無い。

 分かります、制御する事はとても難しいですから。




『ふふふ、今日優しいのはアーチュウのお陰ですかね?』


『お前は、ベルナルド様が困っているのを良い事に大笑いするとは。流石だな同性は、いなし方を良く理解しているが、アレは流石に気の毒だ』

『ですがアレでアーチュウが収まって冷静になれたんですから、もっと私を褒めて下さい』


『偉い、良くやったメナート、ご褒美だ』


 褒められても素直に喜べなかった私は、私にしてみたら一夜にして変わってしまった。

 寝て起きた私は、大人になり、シャルロットを愛した。


 そして私は更に、変化してしまった。

 もう、頬への口付けだけでは満足が出来無い。


『一応、私は成人の筈ですが』

『体だけはな』


『ならアニエス嬢の中身は大人です、ならもう止める必要も無いのでは?』


『メナート、屁理屈を言うのは子供ぽいぞ』

『シャルロットも屁理屈を言いますよね、もしかしたら私の記憶が戻っていて偽っているだけかも知れないのに、こうして一緒に居るんですし』


『以前のお前とは何もかもが違い過ぎる、それにお前には分からないかも知れないが、お前は幼いままだメナート』


 私が拗ねると、途端にシャルロットは甘くなる。

 それが酷く心地良くて、記憶が戻る事を私も強く拒否している。


 だからなのか、記憶が戻る気配は全く無い。


『シャルロット、離れないで下さいね』

『あぁ、このままのメナートなら、私は離れる事は無い』


 こんなにも甘やかされる事は、何事にも代えがたい。

 私は、どんな事をしても手放さない、命を掛けても。


 例え記憶が戻ったとしても、今度は毒をあおるだけ。

 直ぐにも、死ぬとしても。


『好き、愛してるシャルロット』


 シャルロットと離れるだなんて、考えられない。


 だからどうか、一生記憶が戻らないで欲しい。

 愛される為なら、私は何だってする。




《君は、誰だ?》


 僕は、ベルナルド様とベルナルド様の運命の相手を自称する者を会わせれば、解決すると思ったんです。

 どんなに言葉を尽くしても、愛する人の素っ気ない態度に勝るものは無いですから。


《あの、私はアナタに助けて頂いた者で》

《そうか、幾人をも助ける仕事をしているんで、すまないが全く覚えていないんだが。君と俺は、どう関わったんだろうか》


 救う事が仕事のベルナルド様に、救って貰った程度で惚れるなんて、あまりに周りが見えて無さ過ぎる。

 その程度で惚れ、運命の相手等と言い出す者が無数に現れたとしたら、どう対抗するんだろうか。


 僕は、その事にとても興味が湧いてしまった。


『実は、私もなんです』

《えっ》

《すまないが、君にも覚えが無いんだが、どう言った経緯だろうか》


『はい、私の父が私と母に暴力を、他の貴族に助けを求めたのですが。内政には関われないと無碍にされ、もう、どうしようも無いと身投げしようとしていた所に』

《それは、私と同じ》

《あぁ、良く有る案件なんだが、すまない、本当に全く覚えが無い。事後処理は他の者に任せているんだ、何件も似た事が有るんだが。俺は、君達と何の関係が有るんだろうか》


『お助け頂き、好きに』

《ちょっと、アナタ何を》

《すまないが、俺には愛する婚約者が居る。それに仕事をこなした程度で愛するなら、次に窮地に陥った時に他の者に惚れると思うんだが、それについてはどう思うんだろうか》


《違います!私は、ベルナルド様だから》

《君は、俺の何を知っているんだ?》


《知らなくても分かります》

《何が分かると言うんだ》


《ベルナルド様はお優しいですし、清廉潔白で真面目で》

《俺は愛する者に優しくは無いぞ、しかも酷く卑しくもいやらしい醜態を晒すただの男だが、そんな男が良いなら幾らでも他を紹介してやるが、どうする》


《ですから、私はアナタが》

《俺は、俺の騎士としての仕事に対し正しい目で見れる相手を愛している、救った程度で俺に惚れる女を俺は全く好まない》

『その点に関して、僕からも質問させて下さい。救っただけで惚れる女に惚れる騎士を、アナタは本当に信用が出来るんですか?こうして幾人もに言い寄られ、かつ全てを受け入れる男を理想としているんですか?違いますよね?』


《それは》


『それと、アナタにそこまで魅力が有ると、本気で思っているんですか?騎士爵に見合う女だ、他の救われた女より勝っている、ベルナルド様が似た様な経緯で惚れた他の女には惚れないだろう根拠は何ですか?』


《それは、それは彼が、私の、運命の相手で》

《理想を俺に押し付けるな、俺は君らに惚れる様な男では無い、実に不愉快だ》

『だそうですが、どうなんでしょうか?アナタに惚れてしまったら他にも惚れると思わないんですか?その魅力は何処に有るんですか?』


《俺の愛する者は他の者の前では絶対に泣かない、間違っても君に惚れる事すら、絶対に有り得ない。騎士爵に居る以上、絶対に、だ》


『申し訳御座いませんでした、ベルナルド様。アナタ様を知ろうともせず、窮地を救って頂いた事に盲目になり、理想と希望を押し付けてしまいました。大変、失礼致しました、どうかお幸せに』


《申し訳、御座いませんでした》


 1人の令嬢は件の令嬢。

 そしてもう1人、とても綺麗にカーテシーを披露した者は、元バスチアン様。


 今はクレア・セシルと名乗る、僕の大好きな方。


 本来なら、最小限の手間暇で解決したかったのですが。

 未熟者の僕としては、コレが限界でした、ベルナルド様にお時間を頂かなくとも解決したかったのですが。


 無念でなりません。


『申し訳御座いませんでしたベルナルド様』

《あぁ、いや、ジハール令息。もう良いか、時間が惜しい》


『はい』

《すまないが失礼する。そこの女、2度と俺に関わるな》


 アニエス令嬢と敢えて待ち合わせをして頂いたんですよね、そして苛立ちを増幅させ、無碍に扱って頂く事にした。

 丁寧で紳士的な対応は良い事なんですが、良い面ばかりでは無い。


 亡きメナート様の役目を引き継ぎ、僕は友人の為にも露払いをしている。

 ですが、故メナート様の様に、スマートにはいかないのが現状でして。


『で、質問にお答え頂けますか?どう考えても分からないんです、救っただけで惚れる女に惚れる騎士を、アナタは本当に信用が出来るのか。こうして幾人もに言い寄られるだろう騎士が、どうして救った程度の女に惚れると思えるのか。アナタにどんな魅力が有るのか、騎士爵に見合う女だと思える様な部分、他の救われた女より勝っている部分は何処なのか。騎士がアナタと似た様な経緯で惚れた他の女に惚れるかどうか、もし仮にアナタに惚れ他の女には惚れない、等と思える根拠は何か。教えて下さい』


『あの、ジハール様、項目が多過ぎるかと』

『あ、失礼しました、コチラをお渡ししますのでお答え下さい。でなければベルナルド様は即座に詐欺で訴えるそうです、勘違いにしても度が過ぎる、詳細を語れと。どうぞ、文章で回答して下さい、でなければアナタは本当に困る事になります。では、失礼致しますね、行きましょうクレア嬢』


『はい、失礼致します』


 不思議だ、アニエス令嬢に惚れ不器用にも立ち回ったサミュエル様の気持ちの方が、まだ分かります。

 殆どの方は恋に憶病で、行動1つ取っても慎重になる。


 傷付き、拒絶される事を恐れる。


 けれど、僕にしてみたらその程度だからこそ、受け入れて貰えないのではと。

 僕は熱意に絆された部分も有りますが、それ以上に気付きを得た。


 関わる利が有る、そう思わせる事も恋の駆け引きの1つだと思うんですが。

 不器用さを理由に何も策を講じない者を、どうして貴族が相手にする、等と思えるのか。


 まだ、マリアンヌさんの方が。


『あ、食べに行く約束でしたね、行きましょうかクレア』

『はい』


『どうでしたか?ベルナルド様に拒絶された事は、ショックでしたか?』

『いえ、まだ僕は未熟ですので、目の前の令嬢の気持ちを慮る程度にしか至りませんでした』


『愚か者が真実を知り傷付く事に、傷付かないで下さい。膿み出しです、アナタが行った事と同じ、正しい処置なのですから』


 アニエス令嬢を知れば知る程、マリアンヌさんを知れば知る程、元バスチアン様としては傷付いてしまう。


 そうした事を避けるだけなら簡単ですが。

 心の蟠りを放置しては、いつか変質してしまう。


 今のメナート様が良い見本です、いや、本来であれば悪しき見本なのですが。

 彼は未だに叱られる事に快楽を得てらっしゃる、関心を向けられていると思える行為が、叱られている事。


 負の学習を打ち消すには、それを塗り替える程の愛が必要となる。

 それは言葉、行動、時間を必要とする。


 クレアの罪悪感もそう、変質させない為にも、より強い力で上書きが必要となる。


『あの、ガーランド』

『お腹が空いて無いんでしたら少し運動しましょうか、クレア』


 他者を、物語を理解する為の愛をクレアは教えてくれた。

 僕は失いたくない、クレアも、何もかも。

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