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20 速度。

『一通りはこなせましたので、次はどう動けば宜しいのかご享受下さい、シリル様』


 僕の目の前に居る者は、どうやらバスチアンと思いを遂げたらしい。

 僕すら、まだだと言うのに。


『ガーランド、それは文字通りの意味で受け取って構わないんだろうか』

『はい、下準備に不慣れなので少し時間は掛かりましたが、僕もバスチアン様も問題無く行為を終えられました』


『はぁ、年下に先を越されて僕は、何だか不快かも知れない』

《そう意地悪を仰らないでシリル様、私との事は仕方の無い事、万が一にも妊娠しては段階も我慢も出来ぬ王族の恥晒しとなってしまいますもの。おめでとうガーランド令息》

『ありがとうございますミラ様』


『ミラ、僕とはしたくない?』

《他の男性の前でお答えしても宜しいんですの?》


『ダメだね』


《では、お話を進めて下さいシリル様、この後で答えを聞かせて差し上げますから》

『神頼みだよ、とある場所に曰くだけが残っている、しかも曰くは王族にのみ伝えられている物語の中に隠されている。バスチアンも知っている筈だ、2人で捜し出し祈る事、僕からの助言は以上だ。行こうミラ、ゆっくり詳しく答えを聞かせておくれ』


《もう、ごめんなさいねガーランド令息》

『いえ、ありがとうございました、失礼致します』

『うん、結果を楽しみにしているよ』


 物語が単なる物語だとは限らない。

 物語の顔をした実話や神話、もしかすれば、それは伝承かも知れない。


《今のお話は、私がお伺いする事は難しそうですわね》

『そうだね、けれど王族に連なれば。それより答えを聞かせておくれ、出来れば期待している事も、遠慮して欲しい事も何もかも』


《取り敢えず、私だけをお相手すると約束して頂きたいですわね》

『勿論、死しても尚、君だけだよミラ』


 他は要らない。

 それこそミラの居ない世も、要らない。




「確かにアレは偽りの情愛だったのだと、認めざるを得ませんね」


 真っ赤になってらっしゃるバスチアン様に、相変わらず冷静でらっしゃるガーランド様。

 ガーランド様がバスチアン様を弄ぶ、そんな事は無いとは思いますが、どうにも情愛に欠けている様にも見えてしまいます。


 もしかして私も、こう見えているのでしょうか。


『アニエス嬢、どうやらシャルロットにも刺さってしまったみたいなのだけれど』

「えっ?」


 メナート様の言葉に振り向くと、僅かに眉間に皺を寄せたお顔が、一瞬で冷静さを取り戻しましたが。


『失礼致しました、元婚約者の事を思い出してしまい』

『私、それは少し不快です、私の事だけで早く埋まって欲しいんですが。バスチアン様はどんな手練手管を使ったのですか?』

『その、僕は話し合いをしていた筈なんですが』

『僕の方から口説いたと言って差し支えないかと、距離を置かれ避けられ、それが不快だったものですから。先ずは話し合いをさせて頂き、果てはどこまで可能なのかを試させて頂きました、僕も情愛には疎いですから』


「もう、そこまで」

『はい、妊娠しない利点を活用させて頂きました』


 ルイ先生との話し合いから今日まで、1週間。

 凄い速度だと思うのですが、もしかして私達が、酷く遅いのでしょうか。


「あの、私の決断の遅さに苛立ちを覚えた事は」

『いえ、僕もコレは速度が早いと思いますし、アニエス令嬢が悩まれる事も理解していますし。多分、僕はせっかちなんだと思います、直ぐに出せる答えが有るなら知りたいですから』


「その、では、どういった部分をお好きに」


『泣き顔、ですかね』


 世には加虐性癖なるモノが存在するとは知ってはいたのですが、いらっしゃるんですね、実際。


『あの、ガーランド、その答えだけでは君の』

『あぁ、すみません、心置きなく泣いて頂きたいと思ったんです。そうした場の提供は僕がしたい、僕の前でだけ泣いて欲しい、そう思い試行錯誤していたらこうなりました』


 私の理解を些か超えますので、どうお答えすべきか悩んでいると。


『うん、私も分かります、シャルロットには私の前でだけ泣いて欲しいですしね』

『他の者の前で泣かれたら嫌だと思ったんです、そうして嫌な事を1つ1つ理解していくウチに、僕は好意に目覚めたんです』

「あぁ、そこは分かります、私も私以外に気安く接して頂きたくは無いですから」


 それにしても、こうして対話と体を重ねる事を同時に行えば、こんなにも早く分かり合えるのでしょうか。


 ですが、私達女性にはリスクが存在します。

 やはり私生児の肩身は狭いですからね、貴族でも庶民的でも。


『僕らの事は決してお2人には当て嵌まる事では無いですから、決して早まった真似はなさらないで下さいね、庶民の見本となる貴族が段階を踏むのは当然なんですから』


「やはり、秘される道をいかれるのですね」

『公にする利が無さ過ぎますし、未婚は未婚で使える道も有りますしね』


 少し悲しげな顔をなさったバスチアン様を、うっとりとした目で見つめるガーランド様。

 やはり、加虐性癖の持ち主でらっしゃるのでは。


 だとしても、お相手は尊敬なさっていた元王太子殿下でらっしゃいますし、後ろ盾にはシリル様が居る。

 無理はなさらないでしょう、多分。


「では、アーチュウ様にも」

『はい、コチラからお伝えする時期を考えていますので、暫くは皆さんのお心に留めていただければと思います。もしかすれば、何が有るかは分かりませんから』


 不安そうな顔はバスチアン様だけ、ガーランド様は相変わらずでらっしゃる。

 やはり、加虐性癖でらっしゃるのですね、ガーランド様は。




『ガーランド』

『未婚の事は冗談ですし、万が一の為の布石です。それに僕が他の相手にも靡く事を、望まれてはいないでしょうバスチアン様』


 離れるべきかも知れない。

 そんな決意は話し合いの中で削り取られ、あっと言う間に彼の手中に、私は収まってしまった。


 話し合いをしていた筈が、最後には。


『君が僕を誂う理由が無いと、信じてはいるんですが』

『僕も不思議なんです、本来なら人を喜ばせたくて脚本を書き、劇団を指揮しているんですが。アナタには泣いて頂きたいんです、僕の前でだけ泣いて欲しい、アナタだけを泣かせたいんです』


『屁理屈を言うワケでは無いんですが』

『感動の涙は皆さんに流して欲しいんですが、アナタには違う涙を流して欲しい、僕の前でだけ』


 思っていた情愛と違う、と言うワケでは無いんですが。

 明らかに他とは違う情愛の向けられ方をしている。


 それが不満と言うより、寧ろ困惑が続き、躊躇っている状態。


 彼も、最初は躊躇っていた筈が。

 今はこんなにも積極的で。


『あの、馬車ですし』

『雪がチラついていますから帰路は暫く掛かりますし、寒いでしょうバスチアン様』


 僕は、もしかして恐るべき相手に惚れてしまったのかも知れない。

 後悔や罪悪感を塗り潰す程の情愛を捧げてくれる、僕が躊躇ってしまう程の愛情表現を齎してくれる彼を、どうして僕は愛してしまったのだろう。




『ガーランド令息』


 アニエス様とメナートと共に、冬季の休みに入る前、ガーランド令息とお会いした。

 その時には確かに仲睦まじい姿で、私は自身の決断の遅さに不安を抱いた程。


 それが、どうして。


『シャルロット様、アニエス令嬢、彼女はバスチアンですよ』


「えっ?」

『良い薬師に出会い髪を伸ばして頂いたんです、それに化粧も、どうですか?』


「それはもう、見違え過ぎてバスチアン様とは、ですけど確かにバスチアン様に似てらっしゃいますが」

『体も薬師に、相当に危険な薬なので詳しくは何も言えないんですが、彼女は本当にバスチアンですよ』


「ですが、あまりに女性らし過ぎて」

『メナートの事で私も考えた時期が有りましたが、証明が難しいかと、我々がバスチアン様かどうかを見極められる情報を持ってはいませんから』


「あぁ、確かに」

『僕のこの声でも、判断は難しい場合でしょうか』


「コレが声真似なら、相当の詐欺師になれますね」

『声を潰す事は出来ても、声色を変えるには限界が有りますし、それでは喉を潰す事になるそうなので。ふふふ、コレで信じて頂けないと、確かに自信に繋がりますね』

『バスチアン様には名を変え、看板女優として舞台に上って頂く事になったんです。そして女性として、僕と結婚して頂く事になりました』


「私は、私達はコレが嘘だとしても、騙されても仕方が無いですよね?」

『はい、ですね、バスチアン様の声をし顔も似てらっしゃる方を探し出した執念に、我々は勝てません』


『ふふふ、本当に信じて貰えませんが、コレはコレで確かに愉快ですね』

『それだけバスチアン様は本当に女性らしくなられましたからね、コレで新たな人生を歩みましょう、クレアとして』


『はい、宜しくお願いしますガーランド』


 舞台上なら疑う事も無い流れも、目の前で知り合いに演じられてしまうと。


 いや、確かに双方の情愛は方向が違うだけで、変わらない。

 しかもシリル様はバスチアン様に何か有れば、例えガーランド侯爵でも許さない筈だ。


 なら、目の前のどう見ても女性にしか見えない方が、バスチアン様。


 僅かに膨らんだ胸、細くくびれたウエストに、丸みを帯びた全身。

 そして豊かな長い髪は、バスチアン様と同じ色。


 私は、夢でも見ているんだろうか。


「その、薬師となると薬草か何かで、こうなられたとして、お体は大丈夫なのですか?」

『今はある程度は落ち着いていますので、大丈夫ですよ、ありがとうございますアニエス嬢』

『いえ、聞いて下さいアニエス令嬢。クレアは胸の痛みに吐き気、食欲不振に頭痛、それらを乗り越えこうした体を手に入れたんです。まるで妊婦の様に苦しみ、僕は改めて女性に畏怖の念を持ちました、そうした事を乗り越え子を産むのですから。敬服致します、女性に、母に』


 あの、少し意地の悪そうな男になりかけていたガーランド令息が、本当に元バスチアン様を労る目をしていらっしゃる。

 なら、彼女は本当に元バスチアン様、クレア嬢なのだろう。


 そう思い行動する以外、我々に選択肢は無いのだから。


『そっか、私は記憶を失うだけじゃなく、女性に』

『メナート』

『僕は既に下半身がスッキリしてしまっているからこそ、アナタには勧めませんよメナート様。コレは愛を確認した後に下した決断、それではシャルロット様には重過ぎて受け止めきれない筈。もう暫く対話を、決断は双方がリスクを理解した上で行うべき事、早計では嫌われてしまうかも知れませんよ?』


『対話してくれますか?シャルロット』


 もう、対話する事が本当に無いからこそ、私はメナートを避けていた。

 記憶が戻るかどうか、嫌悪せず居られるかどうかの確認が出来る手段が、もう僅かしか残っていない。


 だからこそ、避けていたんだが。

 もう、どうやら逃げられないらしい。


『分かった』


 もう、腹を括るしか無い。

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