19 苦悩。
《あぁ、君がガーランド君か、正義感の有る賢明な子だとの噂を聞いているよ。宜しく頼むよ、ルイだ》
『宜しくお願い致します、ルイ勲功爵』
僕とマリアンヌを繋げ、アニエス嬢とも繋げた張本人だからなのか、ガーランドと親しくされると不快で仕方が無い。
ひいては僕を手助けする為、ジハール侯爵がカサノヴァ家に仲介役を頼み、こうした結果になった。
今更、後悔は無い、信念を胸に僕はこれしか無いのだと思いながら実行していた。
けれど、だからこそ許せない。
もっと何か他に。
いや、これは僕の八つ当たりでしか無いのだろう。
こんなにも待つ事が苦痛だなんて思わなかった、答えを待つ事がこんなに苦痛だなんて。
ベルナルド騎士爵は寧ろ楽しそうにしてらっしゃった、なのに僕には耐え難い。
それはきっと、僕の罪悪感から、なのだろう。
《それで、どうしたのかな》
「先生が以前に仰っていた男女に興味が湧かない方についてです、彼は作家を目指してらっしゃいますので、大変ご興味が湧いたそうなんです」
《そう、成程》
アニエス嬢は優しく賢明、だからこそルイ・カサノヴァは彼女へと導いたのだろう。
その理屈は分かる、けれど、だからこそ僕は許せない。
彼女を大切に思うなら、僕に宛がうべきでは無かった。
もしかすれば、彼女が本気で僕の言葉を受け取ってしまっていたら。
『それは勿論ですが、僕自身がそうなのか、疑っているんです』
《成程、それは内的要因かな、外的要因かな》
『外的要因からです、喜べなかったんです、告白を受けても喜ぶ前に僕は悩んでしまった。ですが物語では当然の様に喜んで』
「あの、私、アーチュウ様から告白頂きましたけれど、最初は喜びませんでしたよ?」
『あ、そうなんですね』
「身分差もですし、先程の方にしてもそうです、面識が無いのでどうしても疑ってしまうんです。何か裏が無いか、作為が無いか、疑いが先行してしまいますから」
『ですが、もし、僕が好意を示したらどうでしょうか』
「違う意味で驚いて、喜ぶより」
《喜べると言う事は、既に好意が存在しているからこそ、願いと期待が込められているからこそ。それが叶ったも同然だからね、告白を受けた段階で喜べるんだよ、既に通じ合っているからね。けれど、好意が無いなら躊躇って当然だ。そして物語ではと君は言ったけれど、神話では神々からの愛に人は躊躇っているだろう?》
『あ、はい、確かにそうですね』
《だからと言って信頼や情愛が無いワケでは無い、躊躇いが勝って当たり前、それは君達は真面目で賢明な子だからだよ》
なら、何故彼女を僕なんかに。
「では、どう判断すべきなのでしょうか?」
《お相手にしっかり説明し、リスクも覚悟して貰い、お付き合いしてみるしか無いね。関わってこそ、真に情愛が芽生えるかどうかが分かる。幾ら周囲が納得せずとも、本人達が幸せだと思う場合も有る、混ざり合ってみて初めて分かる事なんだよ》
そう分かっていたな、賢明なら。
どうして。
『ありがとうございます、再度検討させて頂きます』
《幸せになれる様に祈っているよ、じゃあ暫く歓談していておくれ、僕は彼にも興味が有るんだ》
「あ、はい、行ってらっしゃいませ」
《では、行こうか》
『はい』
僕には、ルイ勲功爵が悪者に見える。
善人の皮を被った。
《君には、善人の皮を被った悪者にでも、あぁ、そう思っているんだね》
『兄の方が遥かに情が有ります、ですがアナタは』
《可愛い子には旅をさせろ、僕はあの子を信頼していたし、幾らでも補佐する方法は有った。そうか、君はやっと後悔してくれたんだね、自分の行いについて》
『自身が信頼していない、好まない者に見抜かれるのは、こんなにも不愉快なんですね』
《良いね、実に年相応の反応だ、君が彼に外的要因を与えた者だね》
『アナタに関係しますでしょうか』
《いや、ただ僕がアニエスを大切に思っている事だけは理解して欲しい、どんな王でも駒は大切に扱うからね》
僕は、彼を排除すべきなんだろうか。
彼は人を人と思わない、そんなモノに王族が頼るべきでは無い。
人心を掌握してこそ、政は正しく行われるのだから。
『アナタは』
《冗談だよ、殺気を収めてくれないか。君は本当に変わったね、人を人として扱わなかった君が、人に執着しなかった君が、本当に恋をしたんだね》
結局、僕は傷口を責められたく無かっただけ。
こうして自身の姿を鏡に映し、見せ付けられたく無かった。
だからこそ僕は、全てを見抜く彼を排除したかったのだろう。
『はい、申し訳御座いませんでした』
《いや、君はそうなる他に無かったんだ、そう生きるしか無かった。自分を責める必要は無い、君も前を向く努力をすれば、もしかすれば女性を愛せる様になるかも知れないよ》
『やはり、僕が彼を愛する事は間違いだと』
《だとしたら、君は諦める事が出来るのかな》
僕がルイ勲功爵と会い、あんな会話を交わしてしまったせいか、バスチアン様は僕を避ける様になってしまった。
こうなって初めて、僕は彼を嫌いでは無いのだと、改めて自覚する事が出来た。
だからこそ、もう少し話し合いたいんですが。
『バスチアン様』
『はい』
『お忙しいのは分かるんですが、そろそろ話し合いをさせて頂けませんか』
『すみません、無かった事に、忘れて頂く事は難しいでしょうか』
『どうして、何かを言われたんですか?』
『アナタが子を成す機会を奪う事になりかねない、そんな事を見過ごせる僕に、誰かを愛する資格は無いんです』
『ですがシリル様は』
『女性となる、ですよね、ですがそうした何かが有るとは調べても出て来ませんでしたし。モノの例え、だったのでしょう。それに僕は、女性となった僕は本当に僕なのでしょうか、そうして愛される事は本当に僕への愛なのでしょうか。僕が得たいのは、その愛なのか、貫く事が本当に正しい事なのか分からなくなってしまったんです』
どうしてなのか、拒絶されているにも関わらず、僕は彼からの好意を感じた。
彼は彼自身を言い訳にしているけれど、結局は僕の為を思っての事。
愛が有れば身を引く事も考えるべき、そうした僕の考えを体現している。
怖気づいたのでは無く、彼に僕への愛が有るからこそ、身を引こうとしている。
僕が理想とする愛を、彼なら。
『だとしても、話し合いをさせて下さい。僕も自身の事を理解しきれてはいないんです、話し合いの中で理解し合いましょう』
『待つ事が酷く耐え難いものだったんです、分かり合えるかも知れない、そう期待しながらも諦めるしか無いのかも知れない。それが報いだとしても、僕には堪らなく辛いんです、酷く耐え難い苦痛なんです』
『どうして、報いなどと』
『僕はアニエス嬢の気持ちもマリアンヌ嬢の気持ちも無視し、利用しました。そして君の友人はアニエス嬢、報いなら他の方法で受けます、ですからどうか』
『僕はアナタを理解しているつもりです、他の方法が最適だと思えなかったからこそ』
『いえ、たかが情愛だろうと高を括っていたんです、いつか消える傷だと。薄情で愚かな僕は軽視していたんです、情愛の苦しみを、気持ちを。そして今、嫌でも味わっている、どんな思いをさせていたのかを』
『それは、マリアンヌさんはそうかも知れませんが、アニエス令嬢は』
『それは彼女の賢さに救われただけ、もし少しでも愚かだったなら、傷付けていたかも知れないんです。利用し、責任を取ろうとも思わなかった、後の事は死ぬか利用されれば良いとしか思っていなかったんです』
愚かな女の様に泣ければ、彼はどんなに楽になれただろう。
あのバスチアン様が顔を歪めている、苦痛と悲しみに顔を歪め、今にも泣き出しそうな顔をしている。
素直に泣けたなら、バスチアン様はどんなに楽になれるんだろうか。
なら、僕が泣かせれば良い。
僕にだけなら泣いた顔を見せても良い、そう思える場を僕が整え、提供すれば良い。
『もし償う気が少しでも有るなら、もう少しだけ話をさせて下さい』
『はい』
あんなにも綿密に計略を建て実行したバスチアン様が、自信に満ち溢れた王太子だった彼が、こんなにも弱々しく返事をしている。
彼は僕に弱い。
僕こそが弱点。
この背徳感と興奮に満ちた感情は、何だろうか。
彼を泣かせたい。
彼の弱さを、もっと曝け出させたい。
この感情の名は、なんなのだろう。




