15 花束。
喜ぶべき事なのですが、残念と申しますか何と言うか。
クラルティさんもメナート様も、叱る機会が無いままに過ごしております。
クラルティさんが以前とは違い、男性を頼るだけの生き方を止めたのは勿論の事、メナート様の対応はとても紳士的で。
それは四令嬢に対しても。
《まぁ、シャルロット様を》
『はい、ですが私は社交も女性の扱いも不得手ですので、こうしてアニエス様に同行させて頂いているんです。婚約を申し込んでも断られ続けていまして、何が足りないのか、教えて頂けると助かります』
『それは、私達の為になるのかしらね?』
《それに、女騎士様と私達は違うのだし》
『そうね、私達から得られる事って、何かしらね?』
『こうしてシャルロットを大切に思って下さっている方々が居る、理解者が居るのだと伝える事が出来ますから、私とシャルロットにも、とても有意義かと』
私の居ない場でも、アーチュウ様はこのように言ってらっしゃるのでしょうか。
もう、関われるだけで嬉しい。
そうした空気を存分に醸し出し、シャルロット様の事を語るだけで幸せだといった表情で。
もしかすれば私も、こんな表情を?
『ふふふ、惚気られてしまったわね』
《甘美な味ですわね》
『そうね、真実の愛なら良いのだけれど』
《何処に惚れられたのかしら?》
『皆様と同じく、シャルロットの全てです。厳しさと優しさ、その裏の苦労も一緒に背負いたいと思っています』
《まぁ、素晴らしい文言ですこと》
『初対面の婚約者だとしても、そう言って頂けたら惚れてしまうかも知れないわね』
《良いわ、そう思ってらっしゃると言う事にしておいてあげるわね》
『そうね、ふふふふ』
凄いです、流石四令嬢と呼ばれる方々。
初見ですから決して鵜呑みにはせず、けれど会話を楽しんでらっしゃる。
私なら、つい褒めてしまいそうですが。
こうして流す事も大切なんですよね。
「成程」
《ふふふ、アナタにはアナタの良さが有るわアニエス》
『そうよ、私達を真似る事が全てでは無いのだから』
《様々な方から吸収なさるのが1番よ》
『そうそう、じゃあ失礼するわね』
『はい』
「はい、ありがとうございました」
すっかり見抜かれてしまいました。
一体、どうすればそう。
『アニエス嬢、少し休憩に参りましょう』
メナート様、この会話で疑問が出てしまったんですね。
今回のお茶会は寧ろメナート様の為、四令嬢への付き添いはシャルロット様への揺さぶり、だったそうで。
「はい、お疲れ様です、どうなさいました?」
シャルロット様には、こんな世界で生きて欲しくは無いかも知れない。
彼女には鍛錬と護衛、それからご自分と一緒に居る時間だけを過ごして欲しい、と。
『そう、思ってしまったのですが』
「ふふふ、過保護ですねメナート様は。あの程度は寧ろ褒め言葉ですよ、その信念を見事に貫き通して下さいねって事ですから」
『成程、難しいですね貴族同士の会話は』
「寧ろ向こうは令嬢、メナート様も令息でらっしゃいますから、まだまだ、単にお互いに警戒しての事かと」
『あぁ、私は未だにベルナルド家の者ですからね。すみません、偶に分からなくなってしまうんです、自身が大人なのか子供なのか、ついそう扱われるとそう反応してしまいますから』
「あぁ、分かります、私も子供の頃は良く混乱していました。ココは貴族の振る舞いをすべきなのか、庶民の様に振る舞えば良いのか、結局は姉や兄の真似をして何とか凌いでいただけですから」
『きっと、私もそうして真似ていただけなのでしょうね、そして機嫌を損ねない様に振る舞っていたに過ぎない。相変わらず子供のまま、だったんでしょう』
「そうは思えませんけどね、女性からだけ得られた事なら、アーチュウ様やマルタンさんと仲良く過ごす事は難しかったかと。同性同士は時に厳しくも有りますから、あまり異性に媚びる方は、男女に関わらず排除されがちですから」
『あ、すみません、大変な思いをしてらっしゃったんですよね』
「いえいえ、今となっては可愛らしいものばかりで、寧ろ今の方が遥かに」
今は擦り寄って来られる方を、如何に見極め、いなすか。
造花のポピーの件と、男爵家ながらも騎士爵に見初められる方法は何かと、そう探られるばかりで。
もう、学園で友人は作れないのでは。
『あの、デュドネ・ミシェーレの名に聞き覚えは』
「勿論です、学園で真っ先に声を掛けて頂きましたし」
バスチアン様の腹違いのご兄弟でらっしゃいますが。
学園をお辞めになったんですよね、騒動が起きましたし、早期に自主退学をなさって。
『今度、お会いしてみませんか?』
「あ、お元気でらっしゃるんですか?」
『はい、ですので励みになればと』
「もし、良ければですが、はい」
私は嫉妬は無いが。
ベルナルド様には嫉妬が。
『ベルナルド様』
《メナートなら、妬かないで済むと思ったんだがな》
相手がご家族でも、妬いてしまわれるらしく。
しかもジハール侯爵家のシャルドン様もいらっしゃる事で、嫉妬心が増幅されているらしく。
『申し訳無いのですが、どうしてその様に不安になられるのでしょうか』
《贈り物を、失敗している、2品目も失敗と言って良いだろう。しかもドレスまで失敗し掛けた》
『あぁ』
あのミラ様にお説教紛いの事を言われてらっしゃいましたからね、贈りたい気持ちと飾りたい気持ちを分け、似合うだろうと考える事だけに全力を傾けるべきだと。
アレは流石に私でも難しい、まるで子供用のドレス、飾りで埋め尽くそうとしてらっしゃいましたし。
《上手くやれるだろう者に横から奪われるかも知れない、アニエスが真面目だとしても、俺の不手際の連続に呆れるかも知れない》
『比べられる事が不安ですか』
《あぁ、かも知れないな》
今のメナートは、寧ろ私の元婚約者の事を気にし始めている。
いや、寧ろ気にしている事に最近気が付いたと言っても良いだろう、家の者に大人の男について聞き回っている。
何故、家を空けている私が知っているのか。
それは微笑みながらも使用人達が報告してくるからだ、それこそクラルティすらも。
『私に不安が無いのは、やはり好意が無いからでしょうか』
《信頼、だろうか。信頼している筈なんだが、自分に自信が無い、俺はな》
私は、もしメナートが私を好まなくなったとしても、それはそれで良いとすら思っている。
相手がアニエス様で無ければ、もう、誰でも。
『シャルロット』
『どうしたメナート』
《アニエスに何か有ったのか》
『いえ、ただ、シャルロットはやはりアーチュウの様な大人の男が良いんですか』
『どうしてそうなる』
『アニエス嬢と、こう、シャルロットに見合う男とは何かを話していて。それで、2人を見ると、そう見えたので』
《ふふふ、お前の自信の無い姿は初めて見るな》
『アーチュウ、ですから以前の私は虚栄だったんです、虚像で虚栄。シャルロットだけが光なんです、妬かせないで下さい』
《気が合うな、俺もお前に妬いていた》
『そうなんですか?何もしていない筈ですが』
『私は平気だがベルナルド様は妬いたらしい』
《あぁ、俺はシャルロット嬢と違い器が小さいんだ》
『私の器は、そう大きくは無い筈ですが』
《妬いて欲しいか、メナート》
『嫌ですね、直ぐに見捨てられてしまいそうですし、何だか愉快そうには思えませんから』
『そうか、そうなると、確かに妬いて欲しくなるかも知れないな』
『そうすれば、少しは好意を向けて頂けますか?』
『どうだろうな、妬いた事も妬かれた事も無いんでな、分からない』
《それより、アニエスはどうしたメナート》
『あ、シャルドン令息に追い出され、少しお任せしているんですが。もう戻りますね、考えておきます』
『あぁ、検討しておいてくれ』
嫉妬心とは、どの様なものなのだろうか。
「どうでしたか?」
『やはりアニエス嬢には妬いてらっしゃったんですが、妬いては頂けていませんでした』
「成程、ですが不快そうでは」
『無かったですが、妬いた事も妬かれた事も無い、と。何だかその事でモヤモヤしてしまいましたね、私はアーチュウにすら不安になっているのに』
あの元婚約者は、未だにシャルロットの家の周りをウロウロしている。
執着であれ好意であれ、そうした気持ちが有ったのなら、どうして他の者に心を寄せたのか。
少なくとも、以前の私ですら、一途だったと言うのに。
《僕はまだ分からないのですが、そうしたモヤモヤは良く分かります、僕もアニエス嬢に会えない間はずっとモヤモヤしていますから》
「すみませんシャルドン様、あまり悪意に晒されて頂きたく無かったものですから、お茶会を厳選させて頂きました」
《親の貴族位でしか守れる事は無いと思いますが、僕にも何か手助けをさせて下さいね?》
「はい、ありがとうございます」
『信頼とは別に、頼って頂きたいんですね』
《うん、はい、そうですね》
「頼らせて頂きたいのですが、何処まで誰を頼るべきか非常に判断が難しいんです、婚約者が居る状態で頼りお相手の機嫌を損ねるのは本意では有りませんから」
『兼ね合い、ですね』
「はい、私が仮にシャルドン様の婚約者になりながらも、メナート様ばかりを頼っては良い気はしないかと」
《でも、機嫌を損ねない程度に頼って欲しいです》
『シャルドン令息、もしも私がシャルロットに頼って貰えるとするなら、どんな事だと思いますか?』
《確かに、難しいですね》
「私としてはこうしてお話頂けるだけでも十分なのですが、もっと他に、シャルロット様のお役に立ちたいと言う事で宜しいでしょうか?」
『ですね』
《はい》
「成程、ではお2人は同志ですね」
《宜しくお願いしますね、メナートさん》
『はい、コチラこそ宜しくお願い致します、シャルドン令息』
こうして、私には以前の私を知らない友人が出来ましたが。
アーチュウのアニエス嬢には、やはり少しでも多くの友人が必要だと思いました、彼女に群がる女性には私も嫌気が差しそうになりましたし。
私にも多くの見本が必要ですから。