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14 温度差。

「シャルロット」

『婚約者でも無いのに名で呼ばないでくれないか気持ち悪い、迷惑だ、弁えろ』


 何処かで僕はシャルロットに助けて貰える、救って貰える、そう未だに期待していたのかも知れない。

 完全に拒絶され、嫌悪されて初めて、期待していたのだと気付かされた。


「すまない」

『クラルティ嬢はどうだ、息災か』


「はい、少し食事の手間は掛かりますが、何とか」


 硬い物は噛む事が出来無い為、煮溶かすか磨り潰すか、細かく刻むか。

 僕は料理が出来無い為、彼女に食事を任せてはいるが。


 毎食毎食同じ、煮溶けた野菜のスープにパン、それとシャルロットから差し入れられているレバーペーストとリエット。

 シャルロットからの恩恵が無ければ、あまりに貧相過ぎて。


『クラルティ嬢、レバーペーストやリエットの味はどうだろうか』


 今ではもう私にすらも毛布を被り顔を見せず話さないクラルティが、腕を伸ばすと、私を指差した。


「あぁ、2人で美味しく頂いて」

『誰がお前に食べて良いと言った、アレはクラルティ嬢の為の食事だ。遠慮しなくて良いクラルティ嬢、譲らなくて良い、他の味付けが良ければ言ってくれて構わない』


『おいひい、れす』

『そうか、レバーペーストは妊娠したら量を制限されるが、リエットは変わらず食べて貰って構わない。他に何か必要な物が有れば、紙に書いてくれ』


『ほめんなひゃい、ひゃるろっとひゃま』

『良いんだ、どうせこの馬鹿が唆したのだろう』

「そんな!」


『大きい声で威嚇すればどうにかなるとでも思っているのか貴様は、静かにしろ、五月蝿いぞ蝿が。それとも私とやり合う気か、私は変わらず鍛錬を怠ってはいないぞ』


 彼女から初めて威圧された。

 前はあんなに、何が彼女を変えてしまったんだ。


「すまない、そんなつもりは」

『クラルティ嬢、もし離縁したくなったら言いなさい、婚姻はコイツの義務だったがアナタの義務では無い。腹に子が居ないとなれば離縁は可能だ、そして離縁してもアナタは安全に安心して暮らせる、良いね?』


『ほめんなひゃいひゃるろっとひゃま、ほめんなひゃい』

『構わない、もう良いんだ、私はもうクラルティ嬢を許している、良いんだクラルティ嬢』


 前は、あんなに僕に優しくしてくれていたのに。


「シャル、ベルトロン嬢」

『あぁ、少しコレと話しても良いかな』

『ひゃい』


 僕に話とは、一体。

 もしかして今までの事は嫉妬からで。


「僕に」

『正直に答えてくれ、私への興味はさして無かったろう』


「いや、僕は君を愛していたんだ、けれど」


 凍り付いてしまいそうな程に冷たい視線、嫌悪、そして殺気。


 僕は、確かに愛してはいた。

 けれどそれよりも愛すべき存在、愛さずにはいられない存在に気付いただけで。


『そうか、やはり下衆は下衆、破棄してくれて寧ろ感謝しか無いな。では、失礼する』

「待ってくれ!薪が足りないんだ、それに毛布も」


『家族の居ない庶民の暮らしはそんなものだ、お前は兎も角クラルティ嬢を決して害すなよ、お前に子は産めないのだからな』


 元婚約者に少しは優しくするだろう、そんな期待は完全に崩れ去った。

 まだ、赤の他人の方が、よっぽど彼女に気に掛けて貰える。


 アレは婚約者だったからこそ優しかっただけ。

 男性嫌悪など嘘か誤魔化しかと思っていたが、本当だった、私は特別を投げ売って何て事を。


「違うんだシャルロット!」

『次に名で呼んだら殺すぞ』




 寝取ってしまった事、結婚してしまった事をとても後悔している。

 私は貴族の侍女の待遇しか知らなかった、庶民の侍女、使用人の大変さを知らなかった。


 貴族の婚約者を寝取ると、こんな事になるなんて知らなかった。


「結婚してやったのに、何なんだ君は」


『これは、ひゃるろっとひゃまが』

「食い意地だけは立派だが、所詮は庶民か、僕の方が重労働なのだから食事を分けたって良いじゃないか!」


 優しかったのは最初だけ。

 庶民の暮らしがこんなにも大変だなんて、私ですら知らなかった、だから貴族には耐え難いのも分かるけれど。


 コレは、私の為。

 シャルロット様の優しさ。


 シャルロット様を裏切り、私をも裏切ろうとしている人には渡せない。

 シャルロット様の優しさを、無駄にしたくない。


『ひょれはひゃるろっとひゃまの』

「はいはいはい、幾ら貴族だった僕でも聞き取りには限界が有るんだ、書いてくれるかなクラルティ」


 シャルロット様が来てから、すっかり荒れる様になってしまった。

 縋っている声が聞こえ、それから私を責め、私と離縁するからとも。


 離縁したいならする、私だってもう一緒に居たくない、こんな人。


 こんな人と結婚するより、あの家で耐えていれば良かった。

 仕事はキツくないし寒くない、それこそ食事だって好きな物が食べれた、喋れたのに。


 私はなんて贅沢な場所を捨ててしまったんだろう、コレが近親者の居ない庶民の当たり前、本来ならコレが当たり前だったのに私は。


『ん』

「言われなくても離縁する、か。本当に良いのかい?僕と離縁したら次の結婚は叶わないぞ、歯抜けが」


『ひょれはあなひゃの』

「本当に良いのか、僕は君に聞いたじゃないか、苦難が待っていると何度も確認した。だからこそ僕は何もかも捨てて君と一緒になったのに、やはり僕の貴族位が欲しかっただけなんだね、本当にガッカリだよクラルティ」


『ひょんなの、わひゃひひゃっへ』

「どうせ元から庶民じゃないか、なのに上手くやれるワケでも無い、本当に愛しているのに酷いね君は」


 愛しているから我慢しろ。


 きっと、母達もこうして騙されていたのだろう。

 だからこそ、シャルロット様達は良い家に私を置いて下さろうとしたのに、私は何て事を。


『もふ、りえんひまひゅ』

「そう脅すより僕に優しくしてくれないか、クラルティ」


 どうして、私は私達を苦しめた父に似た者に靡いてしまったのだろう。


 もう、離れよう。

 謝ろう、精一杯謝罪し、この人から先ずは離れよう。


 もう母達の様に、姉達の様にならない様に、生きよう。




「それで、侍女に戻してしまったんですか」

『確かに知らない事は罪ですが、知れない事は寧ろ罪では有りませんし』


「メナート様の事ですね」


『正直、試金石にするつもりです。ただ、メナートが本当に彼女を愛したなら、私は何処かホッとするだろうとの打算も有ります』


 シャルロット様はクラルティさんから手紙を頂き、元婚約者との離縁の手伝いをし、家に引き取り侍女として雇い入れました。


「ですが、既に1度」

『知らなかったからです、彼女は庶民の暮らしを本当に理解していなかった、彼女はそれなりに大切に育てられていたんです』


 シャルロット様が差し出した手紙には、後悔と懺悔が綴られていました。

 ココまで暮らしが厳しく、協力しなければやっていけない、なのにも関わらず彼は我を通そうとする。


 そして父親と似た者と一緒になってしまい、後悔している。

 母達や姉達の無念を背負い、こんな生活は出来無い、せめて懺悔が叶う生活をさせて欲しいと。


「やっと、分かって下さったんですね」

『であれば、誰かが手を差し伸べるべき。誰かがするだろう、皆がそう思って何もしないままでは世は良くなりません、なら自らが率先すべきかと』


「ですが」

『アレの執着は相当です、全てを捨て得た者にすら逃げられた、守るには私の手元が1番ですから』


「それでシャルロット様は宜しいのですか?」


『偽善、罪悪感からかも知れませんが、後悔する女性を背中から攻撃する事は出来ません。結局は女性はか弱い生き物なのです、力では男に勝てませんから』


「ですがシャルロット様なら勝てる」


『全ての女性が私の様になるべきだとは思いません、寧ろ女騎士など居ないで済む、そうした世が最も理想とされるべきですが。煽られ、激情に抗えない者が出てしまうのも事実、クラルティはアレを煽り過ぎて怪我をしてしまったんです。そんな事をする者では無かった筈なのですが、人は、追い詰められれば聖人君主すらも人を殺めてしまいまう』


 私も、きっと。

 アーチュウ様に浮気をされ、謗られたら手を上げる自信しか有りませんし。


 そうなんですね、様々な女性の苦悩を見てらっしゃった、だからこそ女性にお優しい。

 だからこそ、優しさに打たれクラルティさんが改心されたのかも知れません。


 なら。


「私に叱る役目をやらせて下さい」


『いや、アニエス様』

「キツく叱れる理由は既に存在しています、身の程を弁えずアーチュウ様に懸想しました。私に叱る練習の場を下さい、お願いします」


 喜んで叱る方は滅多にいらっしゃらない、それこそ幾らシャルロット様の使用人でも、寧ろ事情を知っていらっしゃいますから酷くお辛いかも知れない。

 なら、その役目を少しでも私が担う。


 シャルロット様の為、ミラ様の為、私の為に。


『練習、としておいて下さい』

「はい、勿論です、シャルロット様の侍女なのですから」




 シャルロットを陥れた女が、侍女に。

 ですから私は当然の様に監視役に名乗り出て、当然の様に受け入れて貰ったのですが。


 それらが、幾ばくかの罠の香りがしていたのも事実で。


 どうしてなのだろうと考えた時、以前の私の事情を思い出し、納得させられてしまいました。

 多分、シャルロットや周囲の者は、私がクラルティ嬢に手を出すか思いを寄せるかも知れないと考えたのでしょう。


 けれど、今の私は寧ろ弱い女性を嫌悪している。

 母は弱かったからこそ父に靡き、私を虐げていた。


 強いシャルロットやアーチュウは優しい、片や弱い母は、どちらが正しいのかは明白なんですが。

 以前の私は認めたく無かったのでしょうね、認めてしまえばベルナルド家から離れる事が間違いだと気付いてしまう、そう1つでも間違いに気付けば次々と間違いに気付いてしまう。


 寄る辺を間違えた以前の私は、今よりも弱く、愚かだったのでしょう。


 ですが、今の私は違う。

 そう言うのは簡単なのですが、皆さんが確かめたいのは私の考え、行動。


 良いでしょう。

 シャルロットに愛される為にも私は頑張ります、気の向かない相手にも優しくするのが大人ですし、シャルロットは子供より大人の男性の方が好きでしょうし。


『クラルティ嬢、何かお困りですか』




 コレは、試練なのでしょうか。

 メナート様が眩しい程の笑顔で、私に声を掛けて下さった。


 私が縋ろうとして失敗した方。


 記憶が無いそうですが。

 振る舞いを見るに、とてもそうは思えない。


 紳士的で、お優しい。

 私が失敗する前のメナート様のまま。


【いえ、何でも有りません、少し考え事をしていただけです】


 私は、喋るのがとても恥ずかしく、この家に戻して頂いてからは筆談をさせて頂いている。

 そして顔にはベールまで。


 配慮して頂けている、とても。


『分かりました、ですがご自分だけで解決出来ないと思ったら直ぐに相談して下さい、物事を長引かせる事はシャルロットに不利益を齎しますから』


 私は何度も頷いた。

 この家から捨てられたくないからでは無く、シャルロット様に償いと恩返しをさせて頂く為、こうして侍女として働かせて頂いている。


 元夫から守って頂いているけれど、いつか、私の命を賭しても恩と償いをさせて頂く。

 知恵も何も無いけれど、命だけは使えるのだから。

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