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12 想い。

 手紙には、どうして私がシャルロット嬢に嫌悪されるに至ったか。

 それらについての後悔、懺悔が書き記されていた。


 そして神に祈ったとも。


 この低俗で価値の無さそうな魂を対価に、どうか忌まわしい記憶を失くして欲しい。

 もし叶ったなら、シャルロット嬢を大切にする、その神を家族総出で信仰すると。


 叶った私へ。

 そう書かれただけの封筒には、手紙が1枚だけ。


 私にはとても重い手紙となった。


 私から私へ、将来の私が先の私へ、後退した筈の私へと宛てられていた。

 強い願いと祈り、素直に生きられなかった私自身への後悔が詰まった手紙。


 コレは私の遺書。


 きっと、彼は神に願いが届かなかったなら、そこらの毒をあおっていた筈。

 願いを込め、死に至る毒だったとしても、きっと私は希望を胸に喜んで毒を飲んだだろう。


『どうして、私にコレを読ませたんだ、メナート』

『もう居ない過去の私からの遺書ですから、彼の気持ちも分かって欲しかったんです、そして私の気持ちも分かって欲しい。我儘ですみません、何分幼いものですから』


『疑いたくは無いが』

『この手紙の前後に、既にシリル様に相談していたそうです、どうにか記憶を消せないかと。その模索中に私が記憶を失ってしまって、シリル様もお疑いになったそうです、フリなのかどうか。ですので私がこの手紙を受け取ったのは、ほんの少し前です、どうしても何をしていたのか知りたくて教えて頂きました』


『そんなに、過去が懐かしいか』

『いえ、アナタの苦痛を知らずに好意だけを示すのが嫌だったんです。それに、どうして嫌悪されているのか知らなければ、私は伝えられないと思ったんです』


『伝えて、どうなる』

『好いて欲しいんです、ただ過去が過去ですし、私は信用を得られるだけの事は何もしていない。ですから見ていて欲しいんです、アナタが私を信用出来るかどうか、見守っていて欲しいんです』


『応えないかも知れないぞ』

『応えて頂けるまで、誠意を示し続けます、そして応えて頂いてもアナタだけを愛し続けます』


『その宣言に、既に私は裏切られた身なんだが』

『命を賭します、神に魂を捧げたんですから、きっと裏切れば死が訪れる筈です』


『全く分からない、何故』

『以前のメナートもアナタを好きだったのだと思います、ですが気付いた時には手遅れで、私も一目見て恋に落ちたワケでは無いですから。優しくて真面目で清らかで、そうした所が好きなんです、私とは真逆ですから』


『だからか』

『だけ、では無いです。誰にでも優しいワケでは無い、けれど一貫した理念が有る、信念が有り強いからこそ弱い者は惹かれる。ですけど庇護を得たいワケでは無いんです、一緒に楽しんだり苦しんだり、色んな事を一緒に経験したいんです』


『だとして、もし、お前に記憶が』

『神の恩恵を私は信じていますが、もしそうなったなら、私の命を対価にアナタの記憶を消して貰います。何も無かった様に、シリル様に全てを処分して頂くつもりです』


『分かっているのか、もし、そうした行為を行えば』

『考えてくれていたんですね、少しは、嬉しいな』


『いや今、もしも、万が一を考えてだな』

『私の事を考えて貰いたいんです、そう考えて貰えるだけでも良いかとも考えてみたんですが、もしアナタが悩む事が有れば一緒に解決したいんです』


『ベルナルド様とアニエス様に影響され過ぎだろう』

『そうかも知れません、確かに私も羨ましいと思いました、アナタに言い寄られたらどんなに幸せだろうって』


『私が言い寄る方なのか』

『好意が欲しいんです、示して欲しい』


『私以外ではダメか』

『試しにマリアンヌ嬢に協力して頂きましたが、嬉しくも何とも無かったですね、寧ろ申し訳無さが勝ちました』


『それはシリル様とも関わりが、こう、他の』

『アナタは私では無くても良いかも知れませんが、私はアナタが良いんです』


『お前が言うか』

『以前の私ならそう言われても仕方無いとは思いますが、今の私はアナタだけです』


『手近だからか』

『だったら以前の私が手を出していてもおかしくないのでは?』


『本当に記憶が無いのか?』

『前の私もこうでしたか?』


『あぁ、似た様なものだ』

『でも違いますよ、私は私、前のメナートは前の彼。どう証明すれば信じて頂けますか?』


『誰の入れ知恵だ』

『シリル様とカサノヴァ家の方です』


『はぁ、そんなに私はどうでも良いのか』

『いえ、寧ろ逆です、アナタには断る権利が有る。私の気持ちに応えなくてはいけないワケでも無い、もしアナタに損が有るとするなら、信用する負担だけかと』


『今の私には、君は前のメナートなんだ、幼い子供のメナート。それを相手には』

『だからです、時間も必要ですし、もしアナタが不安になれば私を見守る事を止めるだけで良い。ただ話し合いだけはさせて下さい、本当に誤解かも知れませんから』


『誤解、か。前のメナートに尋ねれば良かったな、どうしてそんなにも女を渡り歩いていたのか』

『それはカサノヴァ家の方が予測して下さいました、私は母親の代わりに愚かな女性に復讐していたのかも知れない、と。そして好意の名の下に庇護を得る事で、安心を得つつも復讐する。こんなにも軽薄で碌でも無い男に愛され、可哀想だ、と』


『なんて回りくどいんだお前は』

『今の私もそう思います、でも、私は過ちを犯す少し前の私から目が覚めました。だから良く分かるんです、他人にとっては居心地の良さそうな場所でも、私にとってはベルナルド家もアーチュウの隣も苦痛で仕方が無かった。だからこそ、良く分かるんです、私は離れる為に、アナタへの興味を無視して、大して好きでも無い相手と寝ようとしていた』


 この話し合いで分かって貰えないのなら、諦めるしかない。

 それはアーチュウは勿論、シリル様もルイ先生も仰っていた事。


 私は過去の私の対価を払うしかない。

 どんなに理不尽だとしても、過去の私も私なのだから。




『取り敢えずは、お前が本気なのは分かったが』


 彼は、私の知るメナートとは何処までも違う。

 彼は決して表情を崩さず、常に平然と酷な事すら答えていた。


 そのメナートが。


『良かった、すみません、全てを言ってもダメならダメだろうって』

『君は、その場合はどうするつもりだったんだ』


『聞いていませんし、全てお任せしているので、分かりません』

『本当だな』


『はい、ただ傍に居られない様になる、そうした予定です』


『もし私が断れば』

『いえ、無理に傍に居る事は、それは私と言うより以前のメナートが望まない筈だと。私はどんな形でも居たいんですが、成長した私を知る人達には、敵いませんから』


『愚か者と言えど、男に捨てられる様な』

『あの腹筋はとても素敵でした、以前の私に見せていたら、きっともっと早く好意に気付いていた筈です』


『だが、見るだけと』

『触りたいと思いましたよ、溝をなぞったらどんな感触がするんだろうと、でも流石に言えませんでした、嫌悪されていたのだと知っていますから』


『お前は、変態だったのか』

『そうなるとアニエス嬢も変態になってしまうかと』


『話したのか』

『少し、私の事も話しました、アナタの友人でも有りますから』


『何処まで言ったんだ』

『汚い仕事をしていた可能性が有る、と。ですが国を守って貰っていたのだと感謝されて、驚きと躊躇いが出ました、凄く、心苦しかったんです』


『今の君は、嫌でも』

『もし記憶が戻ってしまったら、今の私は消えて無くなってしまうんでしょうか。こんなに思い悩んだ事の全ても、私も、その方が良いですか?』


『本当に小狡いな君は』

『本当に無理なら正直に仰って下さい、無視され、私が居ない事にされるのは嫌なんです。関わりたい、考えて欲しいんです』


『だけ、か』

『それは、もっと言うと舐めてみたいです、腹筋の溝』


『それは本当に変態が過ぎると思うんだが、お前、本当に記憶が無いのか?』

『少し覚えていたら良いなとも思うんですが、マリアンヌ嬢達と話していて気付かされたんです。比べられたり、誰かの影が見えるのは、私も嫌だなと。だから良く考えて頂いて、それで結論を出して頂くべきだと思ったんです、傷付けたくは無いので』


 本当に純真無垢かと言えば、確かに経験が体に刻まれている可能性は大いに有る。

 馬を難なく乗りこなす様に、慣れた手付きで触られたなら、きっと私の嫌悪は復活するだろう。


 つまり、触らせれば良いのか。


『分かった、なら先ずは触ってみろ』


『えっ、でも、何処を』

『顔でも何でも良い、触りたい様に触ってみろ』


『じゃあ、顔を、失礼します』


 慣れた手付きかどうかより、メナートの手はすっかり温かくなり、汗が滲んでいる事が気になった。

 そして不思議な事に、嫌悪は湧かない。


 同じメナートであり、もしかすれば記憶が蘇ってしまうかも知れないと言うのに。


 それよりも私は、彼の記憶が蘇らないままで居て欲しいとさえ思ってしまっていた。

 もし彼が苦しまないのがこの道なら、私の気持ちはどうであれ、彼には幸せになって欲しいと。


 本気で死ねば良いとすら思っていた相手の幸せを、今は願っている。


 真っ赤になりながらも、私の顔を触り続ける彼に、幸せになって欲しい。

 あの憎むべきメナートに、幸せを得て欲しい、と。


『もし、コレが演技なら、私は騙されても悪くないだろうな』


 こんな軽口すら流したメナートが、途端に涙目になり。


『本当に、どうすれば』

『分かった分かった、泣くな泣くな』


『すみません、やっぱり、信じて欲しくて』


 カサノヴァ家のカミーユ子爵が言っていた通り、メナートの弱点は私らしい。


 だからこそ避け、隠し、弱点とさせなかった。

 無意識に、無自覚に、身を守る為の精一杯の防御方法。


 もし、あの時に誰かと寝ずに好意に気付いていたなら、以前のメナートは居なかった。

 そして、こうしてシリル様からの助言も、カサノヴァ家のルイ勲功爵からの手助けも無かっただろう。


 彼は他の子供と同様、弱点を曝け出す平凡な男になり、もしかすれば元婚約者と同様の道を歩んでいたかも知れない。


 しかも、今のメナートは生まれない。

 このメナートは、憎むべきメナートが居てこそ生まれた新しいメナート。


『例え記憶を取り戻したとしても、以前と同じメナートでは無い筈だ、ソレを愛せるとは言えないが、もうきっと嫌悪する事は無いだろう』


『それでも、私は愛して欲しいです』

『期待に沿えないかも知れないが、暫くは見守らせて貰う』


『アナタに思われたい』

『思っている、少なくとも未成年としてな』


 こんなにも素直になると、メナートは子供らしくなってしまうのか。

 また拗ねた顔をすると、この前の様にすっかり蹲ってしまった。


 すまなかった、メナート。

 お前を大人扱いし、好き勝手に嫌悪していた。


 私も子供だったんだ、どうか許して欲しい。

 お前が望まなくなってしまった大人にならぬ様、私も手手助けをするから、どうかもう2度と記憶を失わないで欲しい。

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