8 思い。
『まぁ、違うよね』
『ですよね、シャルロット嬢への気持ちとは違いますし』
『ん?聞き捨てならない言葉が出たかな?』
『傍に居たいのはシャルロット嬢の、え?ダメなんですか?』
『メナート、君は嫌悪されてたんだよ?』
『ですがシリル様、今は違いますよ?』
いつか彼に過去の事を伝えなくてはならない。
その時がこんなにも早く来るとは、そう思うと言う事は、やっぱり彼は昔からシャルロットに惹かれていたからこそ。
だからこそ、シャルロットに異常に無関心だった。
まさかね、好きだからこそ無意識に無自覚に無関心を装う、その見本がココに居たとは思わなかったよ。
『はぁ、うん、僕はまだまだだな。知ってはいても活用しなければ得られる利も薄くなる、その説を覆したかったんだけど、あーぁ、僕には王は無理かも』
『どうして私がシャルロット嬢の傍に居たいと思うと自信を無くすのか、全く意味が分からないんですが』
『君も僕も歪さは中々のものだからね、そこは言わずとも通じ合っていたんだけれど』
『誤魔化そうとしてらっしゃいますよね?』
『懐かしいなぁ、アーチュウは寡黙だったから、君がこうして先陣を切って良く突っ込んで言ってくれて。私に欠けた部品は何か、その道標や灯りになっていたものだよ』
『知らない方が良いと仰るなら、理由の全てを私に分かる様に仰って下さい、再度検討させて頂きます』
本当に懐かしい。
育ちを理由に無遠慮だと思われるかどうかのギリギリな振る舞いをして、そうしてアーチュウを守っていたのも、もしかして無自覚なんだろうか。
うん、人は実にややこしいね。
『しょうがない、君からの報告書を見せるよ』
==月=日。
彼女との交際は順調です、問題が片付いた後も一緒に居たいので、結婚も視野に入れ検討をお願いします母さん。
=月==日。
今回こそ、本当に惚れたので母さんに紹介出来る筈です、楽しみに待っていて下さい。
『コレは』
『うん、作戦名ハニートラップ、表面上は何の問題も無い女性と知り合って貰うだけ』
『だけ、ですか』
『相手を落とせとは指示したけど、好きになれ、とまでは指示はしていないよ』
『そんな事をする意味は』
『有るよ、悪人は時に慎重過ぎる位に慎重になるからね、そして聖人君主も同様に慎重となる。弱味を握るにしても探るにしても、その殆どは子供が弱点、しかも娘ともなれば過保護になるか厳しくなるか。子は親の鏡、だからね。アニエス嬢が言う通り、確かに君は国に貢献していたよ』
『公には出来無い事、ばかり』
『何でも公になれば良いと言うワケでは無いからね、何事を知るにしても段階が必要、幼子に親の大変さを解いても真の理解を得るには時間が掛かる。そして今の君の様に、時に表面的な善悪に左右され判断を誤る事も有る、知るには順序が必要なんだよ』
『表面的な善悪、ですか』
『粗く言うと君は手を出して捨てていた、それを酷い事だと思っているだろう、相手の女性が可哀想だと。でもね、相応の女性にだけ、僕は差し向けていた』
金と権力を使い妾を囲う者、愛娘の為に無理矢理にも婚約を結ばせる者、使用人に手を出す妻を御さない者。
もし、そうした者の子供が良い子であったなら、相応の処置を取らせていた。
けれど結局、子は親の鏡。
なる様にしかならない、容易い砦は容易く奪われる、愚かな門番に城は守れない。
その事を理解してからの私は、仕事として受け入れたらしい。
もし、彼女達がそのまま成長すれば、いつかは国に関わる事になる。
表は夫、その裏となるのは妻。
『裏口や通用門が脆ければ、裏から腐り落ちる』
『そうそう、夫だけが賢い、妻だけが賢い程度で国政には関わって欲しく無い。愚か者は容易くも最も愚かな道を選ぶ、それしか無い、そう言い訳をしてね』
『私の事ですね』
『いや、君の場合は状況が状況だったからね、南国でしか育たない木が地下で育った。他とは違っても仕方が無い、君のせいじゃない、その鉢をそんな場所に置き続けた大人の責任だよ』
そして私は自分の家がどうなったのかを、詳細に知る事になった。
父親は仕事は出来るが家庭内となると非常に愚かで、学園でアニエス嬢を虐げていた令嬢の父親なのだ、と。
私は腹違いの妹と、アニエス嬢で繫がっていたらしい。
『面識は無くてね、勿論バスチアンの騒動の時に対面させたけど、案の定君に気付かなかったね。だから娘が学園で大失態を起こした後、改めて会わせたら、君が近衛だと知った途端に息子呼びをしていて滑稽だったよ』
けれど私は意に介さず、その場を立ち去ったらしい。
『処分を知っていても、ですか』
『うん』
犯罪奴隷と呼ばれる身分に落ち、今は河川の工事に従事しているらしい。
その他の家族は、妻は愚かな夫を諌められなかった、として離縁後に実家に戻され永久謹慎。
腹違いの妹は。
『王宮の侍女、ですか』
『うん』
『待遇が良過ぎるのでは』
『ふふふ、若い君って本当に初々しいね、親が犯罪奴隷なのに王宮の侍女だなんて、過酷が過ぎるってアニエス嬢に怒られた程だよ。事情を知れる者は知れる、そして好奇心に人は抗い難い、次は自分がヒソヒソされ監視される番。良い機会だし、少し様子を見に行こう』
意外にも、王宮にはそうした事情を持つ者が複数居た。
その殆どは良い待遇を受けられる側の侍女、けれど腹違いの妹は自らも愚行を続け、親の貴族位剥奪に関与した者。
《はぁ、注意する側の身になって下さい、何度目ですか全く。アナタは既に元貴族令嬢、丁寧な仕事だけで許される立場では無いんですから、時間内に仕上げて下さい》
何処か自分に似ている少女を庇う者は、誰も居らず。
エプロンの裾を掴み必死に涙を堪え、黙って頷くのみ。
『幸いにも刺繍はしっかり習っていたからね、この程度で済んでいるんだけれど、そんな事も分からない子は水仕事の多い場所に送られる。だから必死にしがみついてくれる、良い仕事をしてくれるんだよね』
運が良ければ貴族に見初められる事も有る、それこそ騎士と結婚した者も居るらしい。
だからこそ、彼女達は必死でココで捨てられ無い様にと努力をする、生きる為と言う理由の質が違い過ぎる。
『コレがもし』
『あぁ、他の腹違いも紹介してあげるよ』
それはバスチアン様の腹違いの弟、そしてアニエス嬢の同級生。
彼は待遇が良い方の侍従として扱われていた、しかも国庫を担う副大臣の補佐の侍従。
周囲に大人しか居ないからか、彼の表情は穏やかで、時に笑顔すら見せる事が有った。
『真逆ですね』
『彼は勇気を出しアニエス嬢に声を掛けた、そう母親に似て根が良い、ただ貴族令息となると話は変わる。彼には良き大人の男の見本が必要、そして大人には時に良い子供の見本が必要となる。アレが早世して直ぐ彼が当主の座を継げていれば、もっと丸く収まっていただろうね』
ある意味、シリル様の真逆に位置する存在として、大人から大切にされ重用すらされている。
彼は善で良心、人から優しさを引き出す存在。
私は、本当に彼の近衛だったんだろうか。
『私は』
『そりゃ僕も全てを君に打ち明けていたワケでは無いからね、年相応を理解し、君に適切だろう情報のみ開示していた。それらの情報を君が知るには、以前と同様に数年掛けて少しずつ、君が呑み込めるだろう大きさを提示するだけかな』
私とアーチュウと同じ年の彼が、既にあの時から。
『アナタに情報を与えていたのは』
『王だよ、親子仲は悪くは無いからね。本来の手段が難しい場合、僕に会いに来てる、今でもね』
『でしたら』
『バスチアンの事は例外だよ、親にしてみたら悲し過ぎるから、だから僕にジハールから相談はされていた。害が無い限りは好きにさせ、彼が壊れない様に配慮して欲しい、と。予想外だったのはアニエス嬢だね、知り合いが関わっていると知って、本格的に作戦を乗っ取る事にした。彼女の育ちに関わる者は僕とも関わりが有る、そして君ともね、会ってみるかい?』
『居るんですね、私の事を知る他の者が』
『どうしてそんなにも過去に縛られたいのかな、折角の自由なのに、安定した道も示し照らしてる。このまま知ってしまったら、もしかすれば君は同じ道を歩む事になるかも知れない。忘れたがっていた事柄すらも思い出し、再び彼女に嫌悪されるかも知れないよ』
『だからこそ、私は失敗したくないんです、彼女が何を嫌悪していたのか』
『まぁ、君の貞操観念だよね、誰でも何でも良いのではしか僕も認識していなかった節は有るし。実際、君は人を好きになる天才だった。それに、下等な女ばかり相手にしていた男に好かれて嬉しく思える程、彼女は愚かでは無いからね』
『それなら、記憶を失った程度では』
『それはどうだろう、まだ、今は大丈夫なんだし。けどね、問題はその先、彼女も裏の仕事を知らなかったなら誤魔化せたかも知れないけど、既に知っているからね』
『何故、知る事になってしまったんでしょう』
『なってしまった、ね、君が教えたんだよ。教える必要は全く無かったのに、ね』
やはり、私は前も彼女を好きだった。
いつ自覚したのかは分からないけれど、私はシャルロット嬢が好きで、だからこそ避けていた。
今なら、まだ、とも私も思っていた。
けれど、彼女は既に知ってしまっている。
以前の私が、コレから先の私がした愚行を。
『なら、無理では』
『それはどうだろうね、僕らにとっては過去の事だけれど、君にしたら先の事。今からどう生きるか、それ次第だと思うけれど、その障害となるのは寧ろ記憶が戻る事』
『本当に、私は言われていたんですね、生まれ変われと』
『そうだね、以前の君に聞かされたよ、このままならシャルロットと一緒にはなれない。だから毒を飲むか頭を打つか、兎に角、記憶を失える方法を探して欲しいって。そうした時に本当に君が記憶を失ってしまって、最初は僕も疑ったよ、愛するあまりワザと怪我をしたのか、記憶を失ったフリをしてるだけじゃないのか。けれど君の願いと愛が神に届いたらしく、本当に君は記憶を失った』
『ですけど、僕がまた彼女を好きになるとは』
『君自身は分かっていたのかも知れないね、僕も少し前までは嫌な記憶も含んでいるからこそ、忘れる為の理由をシャルロットにしているだけじゃないのかと。けれど、君は誰の何の誘導も受けず再び彼女を好きになった、後はもう本当に先が読めない。君に託される筈だった手紙を渡すよ、はい、読むかどうかは君次第だ』
見知らぬ私が書いた、見知らぬ手紙。
幾分と字が綺麗になっているけれど、コレは私の字。
『思い出してしまうかも知れない手紙、なんですね』
『そうだね、君が怪我を負った時点で家探しをさせて見付けた物だ。許しておくれね、君を害するだろう者も居るには居るから』
『でしょうね、どうせ好きにならせて良い様に利用していたのでしょうから』
『まぁ、そうした事も書かれているから、好きにすると良いよ』
読むべきか、読まざるべきか。
もし、記憶が蘇ってしまったら、間違い無くシャルロット嬢から気を向けては貰えない。
けれど、なら、何度でも記憶を失えば。




