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3 驚愕。

『それで君は、どう、アーチュウと婚約したんだろうか』


 あどけなく幼い印象のメナート様、凄い、不思議。


「あの、本当にアーチュウ様を馬車で轢こうとした事も覚えてらっしゃらないんですか?」


『え?』


『ふふふふふ、最高だねアニエス嬢は、うん』

「あ、初手ですみません、軽症だとお聞きしていたとは言えどすっかりご無事でらっしゃるので。つい、あ、疑ってるワケでは無いんですよ?ただ初めてなので、はい、すみません」


 物語の中でしか無い事かと。

 正直、興味が勝ってしまいますね。


『メナート、何が疑問なのかな』


「あ、何で私か、ですかね」

『すみません、そもそもアーチュウが女性に興味を抱く事から、想像が付かず。未だ、この人の冗談かと』

『本当だよ、後でアーチュウに尋ねてみると良いよ』


「そこです、どうしてアーチュウ様を先になさらな、反応を楽しみたいからですか?」

『うん、流石アニエス嬢だね、新規の友人とは思えない僕への理解力だね』


「理解してこそ、ですけど、少し今回の事で分かってしまいました。メナート様の反応は私でも新鮮味と面白さを感じでしまっていますから」


『一体、私はどんな大人だったんでしょうか』

「貴族らしい貴族の男性でらっしゃいましたよ、どんな事にも一切顔色を変える事無く冷静に対処してらっしゃいましたし、それこそアーチュウ様の事故後もお知り合いだとは思いませんでしから、お顔を思い出すのが少し難しかった程で」


『本当に私が、アーチュウを』

「あ、馬には当たらず馬車が少し当たった程度らしいんですが、私が見ていない隙にシリル様に脱臼させられたそうです」


『アナタは、本当に』

『ちゃんと予告はしたってば、偽装結婚についても』


 凄い、凄い驚いてらっしゃいますよ。


『そんな事を』

『仕方無いじゃないか、コレも世の為国の為だよ』

「あ、それについては私は何も知らされていませんでした」


『そこはごめんね、でも君なら理解してくれると思って』

「理解も何も全く考えないと言う手段を取らせて頂きましたけどね」

『それは、その口ぶりですと』


『うん、婚約中にね、少しでも触発されてくれたらって思ってたんだけど。全く考えないのが上手かったよアニエス嬢は』

「知らされていなかった時点で、どんな策でも私は知れる立場では無いので、私なりの防衛手段です」


『元はバスチアンの策、なんだけれどね』


 目の前には、今まで黙ってらっしゃったバスチアン様。

 バスチアン様の事をアーチュウ様に話すと、今でもとても微妙な反応をなさるんですよね、血が繋がっていなくても似ているって。


 あの策以外、特に似ている節は。

 寧ろメナート様ですよね、驚いた時の反応が同じです、アーチュウ様と。


『あの、今は』

『僕は既に廃嫡済みなんです、今は準男爵ですので、いつ庶民落ちしても分からない状態ですね』


 あぁ、それで私の話が先だったんですね。

 また驚いてらっしゃいますし。


『本当に、申し訳無いんですが』

『元は私の血が王族と繋がっていない事から始まりました』


「あの、分からなかったんですか?」

『勿論ですよ、まさかそんな事が有るワケが無い、有ってはならないと思っていましたし。それに、大人になると全く別人の様になる者も居ると聞きますし』

『そこは、少し安心しました、その時はバレてはいなかったんですね』


 あぁ、怖かったんですね。

 いつ、何処で誰にバレるか分からない。


 指摘された時の対応について、ずっと、何年も考え続けてらっしゃったんですよね。


「ぶしつけでは御座いますが、ご同情申し上げます。コレから私もその中に入って行くので、心中お察し申し上げます」




 どうしてアーチュウが彼女を良いと思ったのか、分かった気がした。


 痛そうに、苦痛と苦渋の表情を浮かべている。

 貴族なら本来は表に出すべきではないとされる、表情。


 その表情の豊かさ。

 下品では無く、抑え、控え目ながらも真意は良く伝わる。


『ありがとうございます、ですけど僕の場合は圧倒的に味方が居なかった、もっと周りを信頼すべきでした』

『本当だよ、けど君の立場なら敵味方の区別は凄く難しかっただろうし、親を慮っての事だったワケだし』


「えー、簡略的に申し上げますと、バスチアン様の策をシリル様が乗っ取ったと言う事です。大掃除の為に」

『そうそう、学園でも有った大掃除、君が切っ掛けで起きたんだよね。数十年ぶりに』


「へー、そうなんですね、凄い」

『あ、そこは記憶に有りませんので、すみません』

『シャルロットは覚えているよね?』

『はい、生徒の何割かが処罰されました』


「全く知らないのですが、やはり」

『うん、言い触らされたら困るからね、何もしなくても勝手に情報規制がなされた。当時も関わって無くても見過ごしただけで厳罰だったんだけれど、どうしても世代交代が起こるとね、甘くなってしまうらしい』


「大袈裟に言っているだけだろう、そこは庶民と同じ感覚なのだと思います。何処か他人事で、私もアーチュウ様が任務の際や帰り道で死ぬかも知れないと、そう考える事自体を先送りにしていましたから」

『死なせないよ、それに戦争は暫く無いんだし、そもそも近衛が死ぬ事になれば僕も君も死ぬ可能性が高い。そうならない様にするのが王侯貴族の勤め、危なくなったら一緒に死のうね』


「その場合は、せめて子は逃がしたいのですが?」

『あぁ、そうだね、ならウチの子と逃避行して貰おうか』


「でしたら護衛はシャルロット様のお子様とルージュさんですかね、その年になっていればかなり成長なさってるでしょうし、シャルロット様のお相手を探さないと」

『コレは?』


「シャルロット様にも選ぶ権利が有りますし、もし嘘でらっしゃるなら私が手を下さなければいけないなと思うので、無いですね」

『無いんだ』


「それなりにクラルティさんに対する下世話な評価も耳にしておりますので、その年頃の方よりは、せめて中身が同年代でらっしゃる方がシャルロット様の幸せに繋がるのでは、と」


 彼女は、以前の私の仕事について知っているのだろうか。


『馬の扱いは相変わらず上手いよ?』

「シャルロット様は暴れない血統のお馬さんです、それこそルージュさんを相手にするならまだしも」

『あ、ルージュがココに?』


「はい、庶民になり侍女として働いて頂いております」


『どうして、そんな事に』

『そこにも事件が有るんだけど、今日はもう休んだ方が良いかもね、知恵熱を出されては可哀想だし』

「あ、失礼しました、今は良い子でクラルティさんのお世話をしてくれていますよ」


『クラルティ?』


 とうとう、私の知らない名前が本格的に出て来て。

 自分でも知恵熱が出るかも知れない、と思ってしまった。


 驚きが過ぎる。


 それに、何処かで、思い出したく無い気も僅かに湧いている。

 自分が書いたらしきメモに走り書きで、生まれ変われるなら何でもする、と書いて有った。


 それを私が書いたのだから、きっと、海よりも深い事情が有る筈。


 ただ、その理由が分からない。

 何故、どうして私は順風満帆だったのにも関わらず、生まれ変わりたいと思ったのか。


 分からない。




『もし、アレで演技なら彼には役者になって貰おうと思うんだけど、どう思う?シャルロット』


『寂しい、そう思えれば良いのかも知れませんが、寧ろ清々しさすら有るので。それはそれで良いのでは』


『あぁ、成程、二律背反か。嫌々女を抱いていたなら彼に同情する事になる、でも喜んで抱いていたとなれば嫌悪すべき対象となる、だから君は喜んで抱いていたと思うしか無いワケだ。間違っても同情しては彼に弱味を見せる事になる、付け入る隙を与えてしまう、だからこその君の防衛方法なんだね』


 シリル様の恐ろしい所は、本人の自覚の無い無意識の思考すらも読み取り、暴いてしまう所。

 例え生粋の貴族令嬢ですらも太刀打ちは出来ない、透視に近い何か。


『教えて頂き感謝致します』

『でも考えはしないだろうから、考える材料を与えるね。もし、万が一にも彼を慈しみそうになったとする、けれど記憶は無くても体は覚えてる。女性の扱いも、ね』


『正直、おぞましいですね』

『言うと思った、経験まで消えないとやっぱりダメか』


『そうですね、抱かれる度に他の者の痕跡を思い出させられるのは、非常に苦痛だそうですから』


『嘗ての親友に会ったんだってね』

『生かしておいて下さったんですよね、私の為に』


『うん、いつかしっかり振り向くにも準備が必要だと思ってね、どうだった?』


『知っていても、信じていても人は裏切る、その良い例。悪しき見本かと』

『でも君は事実を知った、ちゃんと目を向けた、もう殺処分で良いよね』


『私に面倒を見る気は無いので、ご随意に』

『そこまで踏ん切りが付いたんだ』


『信じる利が無い事は勿論ですが、何をしても、もう、何も変わる事は有りませんので』

『救ってあげれば良い人ぶれるよ、自尊心も満たせるし、贖罪した気にもなれる』


『例え私の防衛方法だったとしても、私には彼を受け入れる利が有りませんし、有ったとしても技量が無いので無理かと』

『その技量とは、どんなモノなんだろうか』


『愛せる技量、ですかね』


 どんな事にも目を瞑り、全てを肯定し、その者だけなのだと盲目的に信じる。


 私には、そうする、そう思う利が全く無い。

 と言うか、そもそも私には婚約者が居る。


 その相手と比べれば比べる程、メナートが汚物に見えていた。

 いや、寧ろ動き這い回る汚物。


『そう、それを聞いて安心したよ、流石のメナートでも同情から愛へと変わって欲しいなんて思わないだろうし。婚約者にはいつも苦労を掛けるね、労っておいて』

『いえ、では失礼致します』


『うん、またね』


 私の婚約者は清廉潔白、誠実で真面目だとの評判も高い。

 そして何より、父が選んで下さった方。


 大丈夫、私の婚約者は綺麗だ。

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