27 すれ違い。
シリル様の側近であるメナートが、シャルロットの情報を教えてくれ、だなんて。
彼、本当に本気なのかしら。
『別に構わないけれど、もし傷付けたら切り捨てるよ?両方の意味で』
『でしたら、以前にお話した内容の遂行をお願い致します』
『そんなに好きになったんだ、シャルロットの事が』
『はい』
《私に、少し聞かせてくれないかしら、シャルロットは私の親友でも有るもの》
『僕は、今まで去られる事について何とも思ってはいなかったのです。正確に言うなら、使い慣れた皿が壊れた、そんな僅かな寂しさが有る程度。ですから手放したく無いとまでは思わなかったのです、また代替品が手に入る、また破棄する事になるだけだろう、と』
《確かに女騎士の数は少ないけれど、他にも居るわよね?》
『それこそ女性ともなれば幾らでも居る、その事も十分に分かっているつもりですし、古馴染みだからこその愛着も有るとは思いますが。明日、もし死なれてしまったら、私は凄く後悔します』
『でも、得てしまった後なら、後悔しないかも知れない。それか、そうなって初めて、逆に喜ぶかも知れないよ。彼女が死ねば誰にも穢されず、誰のモノにもならないんだから』
シリル様は私について、ありとあらゆる事を考え尽くして下さった。
もし愚か者に育ってしまったら、もし他を愛してしまったら、もし死んでしまったら。
監禁や軟禁は勿論、最悪の場合は殺す事も。
考える時間の多さは勿論、深さ、濃密さは親よりも濃いとすら思える程。
深く、長く、濃く私の事を考えて下さった。
それは依存であり、好意、情愛故。
それら全てを含み濃縮され、圧縮された思い、考え。
だからこそ、私はシリル様を信頼している。
私の事を誰よりも考え、愛しているだろう事への信頼は、決して揺らぐ事は無い。
私を誰よりも理解し、信頼して下さっているからこそ、私も信頼と愛を返す。
与えられる愛を幾ばくかの軽い力で軌道修正し、返すだけ。
作り出し放つ労力より、遥かに楽な行い。
だからこそ、私は命を賭して子を成す、同等のお力をそこでやっと返せる。
『僕が、殺してしまうかも知れない、と』
『思わないよ、だって生きていないと構って貰えないじゃないか。君は結構寂しがり屋だからね、僕と同じ様に。だからアーチュウの傍を離れられない、彼は与えられた思いを等分で返してくれる、過不足無しにね』
《ベルナルドが羨ましいですわね、シリル様に常にお返し出来ていたのですから》
『ミラは生きていてくれるだけで良いんだよ』
それだけで良いと言われるのも、確かに嬉しいのですけれど。
すっかり好きになってしまうと、もっと何かをお返ししたくなる。
《メナートは、シャルロットに何を与えられるのかしらね》
僕は、率先して何かを得ようとはしなかった。
与えられるだけの事をこなせば十分、ある意味では恵まれているからこそ、それだけで十分に評価をされていた。
自らが無欲だからこそ、だろう、そう思っていた。
けれど単に無気力であっただけ。
今の彼女の様に、クラルティ嬢のように。
『クラルティ嬢、アナタがどんな状態や状況になろうとも、誰もアナタを助けてはくれませんよ』
水分は摂るものの、食欲が無いからと食事を摂らない。
彼女の世話に関して一任されていたシャルロットからの要請で、僕は来ているに過ぎないと言うのに。
『違うんです、ごめんなさい、メナート様』
弱り、縋り、涙を浮かべる。
そうしろと教えてはいなくとも、子は親の背を、大人を真似ながら育つ。
『もし、愚かな男なら、それこそ貴族の男でも揺らぐかも知れませんが。こうした事を嫌悪する者も居るんですよ、誰にでも好意を示せる者なのか、と本当に好意を寄せる者にそう誤解されても構わないんですか?』
『すみません、でも、メナート様なら誤解は』
『どうして誰にでも良い顔をする者が嫌悪されるのか、改めて良く考えたんです。もしそれが水場だとしたら、誰にでも使用出来る水場なら、しかも有象無象が好き勝手に使える水場ならどうでしょう。しかも桶を使わず直接水に口を付け飲む者を見た、汚れた体を洗わずに飛び込む者が居たと噂された、唾を吐き入れたと自慢する者が居た。例え監視員が居たとしても、目を盗んだ隙に、一瞬で穢されてしまうかも知れない。そんな水場、アナタは使いたいですか?』
『そんな、私は誰にも』
『その水場の持ち主が嘘を言わない利点が有りますか?良く管理し手入れもしている、そう嘘を言う方が遥かに利点が有る、とは思いませんか?』
だが容易い者、誰もが使用出来る水場の利点も有るには有るんですよね。
気軽に利用が出来る、利用者が多いからこそコチラの要望に沿うだろう期待、もてなしの上手さへの期待。
熱く乾いた体に、冷えた水は特に美味しく感じられるでしょう。
しかも綺麗な器に綺麗だろう水が注がれ、提供した者の信頼は確かで、自身は酷く乾いている。
自身を癒し救ってくれるだろう、そうした者が現れたなら、大概の者は飛び付く。
『でも私に利は、処女を失う利は』
『男も男を受け入れられるのをご存知ですよね、似た様な体をしているんですから、男も女も』
教育係でもあった妾、育ての親が最後まで証言を渋った理由は、ココに有ったんですよね。
行き過ぎた性教育、真の狙いがバレてしまう。
貴族の子さえ孕めば、庶民でも貴族との繋がりは作り出せる。
実際に自らが成功してはいますからね。
そして捨てられない様にと、言う通りにしていた。
親子揃って操られるのが好きらしく、実の娘も既に。
『でも、私は、そんな事は本当に』
『その暇が無かっただけでしょう、そう教育された者がミモザのハンカチを贈った、誰がアナタを純粋無垢だと。あぁ、信じるでしょうね、アナタからの信頼を得る為に信じたフリをする。そうして信頼させ、次もまた利用する。そんなに利用されたいならどうぞお好きになさって下さい、ですがもう本当に次は無いですよ。妊娠しようが病気になろうが国は一切手助けをしません、その証を体に刻むだけ、ですから』
最も重い罰、犯罪奴隷、そう呼ばれる最下層の者は印を全身の主要な箇所に刻まれる。
額、両手両足、下腹部へ。
一ヶ所では焼いて終わりですからね。
『そんな、私はそんなつもりは』
『なら憐憫を誘う様な行為は慎んで下さい、全く反省が無いとして処分が重くなり早まるだけですから、では』
知らない、分からなかったからこそ、自分は大して悪くは無いだろう。
嫌ですね、実に不快で堪らない。
まるで少し前の自分を見ている様で、本当に抱く事すら無理に思える。
けれど、本当にそうなのかどうか。
シャルロットに信じて貰えないのは勿論、自分自身でも信じられるかどうか。
『抱けば済むだろうに、私からもそう提言してやろうか』
嘲り、嘲笑。
仕方無い、僕からそう提言して実行となった案件も有りますからね。
『アナタへの好意を自覚した時点で差し控えるべきだ、とも判断したので無理ですね』
『遠慮は要らないぞ、本能には逆らえない事は良く理解しているからな』
『僕は、コレでも変わった方なんですけどね』
『そう言われ裏切られた者を幾人も見ているが。まぁ、良い、もしまた愚図る様なら次も頼む、じゃあな』
『そんなに僕ではダメですか』
『当たり前だろ、自らの事を良く理解しているなら相応の者を口説け、お前に言い寄られている事実だけで既に吐き気を催す』
『もし本当に生まれ変わったなら、相手をしてくれますか』
『記憶が一切無く清廉潔白で居られたらな』
確固たる経験から滲み出る嫌悪。
明確に理解させられた、僕では無理なのだと言う、事実。
「何となく拒絶したくなる気持ちは大変良く分かるのですが、どうしてシャルロット様はメナート様がダメなのでしょう?」
困ったね、アニエス嬢には自分の事に集中して欲しいのだけれど。
優しい子だからね、うん。
『其々の事情が絶妙にも最高に相性が悪い状態、だね』
《そうね、其々に良さが有るのだけれど、その良さが反発してしまう。まさに水と油ね》
「成程、ですが水と油は石鹼になりますし、上手く混ざり合って頂ければ素晴らしい事になりそうなのですが」
『そうだね、少し手間が必要になるからね、だから準備はしているよ』
「幾ら慣れてらっしゃるとは言えど、お願い致しますね?」
《勿論よ、シャルロットは私の親友でもあるもの。それより、よ、今度から一緒に茶会に出るのよね?いい加減にドレス位は受け取りなさい?》
「そこは素直に受け取りたいのですが、こう、抑圧させてしまっていた事は既に十分に理解しておりますので。だからこそ」
《あぁ、手加減無しで贈られては困るものね、分かるわ》
『困らせてしまっていたのかな?』
《いえ、けれどベルナルドの事だもの、女性と言えば乳母か使用人の妻でしょう?加減しろと言える者が、ね》
『うん、一緒に選ばせよう、ミラの家に集まって、どうかな?』
「すみません、宜しくお願い致します」
貴族の悪い所は、相談しても成功した報告をしてやらない事、特に庶民用の店では尚更。
アニエス嬢はコチラの想定以上に負の学習ばかりをしてしまっている、それこそシャルロットの様に。
そのシャルロットに、あのメナートが本気になるのは想定外だった。
全てを捨てても良い、僕にどんなに利用されても良いと、執着が薄かったにせよ自らは常に守ってきたメナートが。
アーチュウに執着していたメナートが、彼を捨てる程に。
本気で。
僕ですら今回は成功するかも分からないけれど。
彼も僕の親友の1人では有るからね、協力するしか無いだろう。




