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26 事件。

 クラルティさんは学園を退園となり、シャルロット様のお屋敷へ。


 そのクラルティさんが暴漢に襲われた件も、実はご計画の一部だったそうで。

 そこにアーチュウ様を横槍として介入させ、見事に貴族の計画を邪魔する事が出来た。


 そう聞かされていた事も有り、この様な事態に陥ってしまったのかも知れない、そう弁明させて頂きたいのですが。

 私は弁明が出来るのでしょうか、今まさに、本気で誘拐されてしまっています。


『すみませんね、暴れないでくれれば何もしないんで』


 はい、事の発端は次の舞台への小物の貸し出しについて。

 いつも使っている業者から運搬の際に不備が有った、と。


 ですのでルージュさんと一緒に現場へ向かう為、馬車に乗り運搬先へ。


 親も信頼を寄せる業者で、古馴染みなのですが。

 何故、その信頼を裏切ってまで、この様な事を。


「死ぬ前に真実を知りたいのですが?」


『コイツは奥さんと子供を人質に、俺は好きな相手が、すみません。こうするしか無かったんです』

「結構、大掛かりな事に巻き込まれてしまったんですね、コチラこそすみません」


『いえ、寧ろ俺らに頼んでくれて良かったとすら思います、他のもっと粗暴な者に任せるぞと脅されて。だから抵抗しないで下さい、殺しはしないって聞いての事なんで』


 それは、実際はどうなのでしょうか。


 全身から汗を噴き出し、手は僅かに震え、明らかに焦ってらっしゃる。

 冷静さを欠き、確実に視野が狭くなっている筈、追い詰められると真実かどうか見分けるのは難しいでしょうし。


 あぁ、てっきり品物を破損させてしまった事で慌ててらっしゃったのかと。

 ダメですね、コレは私のミスです。


「あの、この子を何処かで解放して頂く事は」

『いえ、一緒にと言われてたんで、はい』


 私だけでは無く、ルージュさんも目的の1つ。


 となると、学園関係でしょうか。

 それかまさか地方の貴族や貴族令嬢がココまで来て、いえ、いえ一部の者は既に処分されていると聞きますし。


 やっぱりコレは、私のミスですね。


「ごめんなさいルージュさん」

《いえ、私よりもアニエス様が、落ち着いてらっしゃいますのね》


「私はこの方達を信じていますから、少なくとも絶対に私達を傷付ける事は無いですよ」


『すみません、お嬢さん』


 それと、コレでも実は落ち着いてはいません。

 だって、どうすれば良いのか全く分からないんですから。


 どうしましょう、隙を見て逃げ出せば最悪は5人以上の犠牲を出す事になるかも知れませんし。


 それに私、方向音痴なんです。

 ココが何処なのか、何処へ向かってらっしゃるのか、皆目見当も付きません。


 どうしましょう、ルージュさんを逃がすにしても土地勘が無いでしょうし。


 あぁ、毒ってこうした時にも使えるんですね、攪乱や計画破綻を狙う為に使用する。

 ウチは人の出入りが激しい家ですし、小さい妹も居り、しかもアーチュウ様が大反対されて私は毒を貰っていないのですが。


 仮死状態になれる薬、やはり受け取っておくべきだったかも知れません。


 あー、どうしましょう。

 貞操を害されそうになった場合の対象は、汚物を垂れ流しつつ獣の様な低い声を出し続けるとして。


 ルージュさんは、思い出して下さってるでしょうか、その対処法。


 誘拐された場合は大人しく指示に従い、出来るだけ情に訴えかける、なんですが。

 この方達も脅されての事、本星、黒幕が何を考えての事なのかが分からないと対応の仕方が。


 基本は、抵抗せず言う事を聞くのが1番なんですが。

 ルージュさん、クラルティさんの件では外されていたんですよね、荒ぶるお馬さんよりも荒ぶるのではとの事で。


 小さい体で威嚇する可愛い仔猫の様だ、とミラ様やシリル様は楽しんでらっしゃるそうですが。

 怒るのも疲れますからね、あまり怒らせない様にしたいのですが、大人しくしてくれるかどうか。


 最近ですとシャルロット様に護身術を習ってらっしゃいますし、頑張り過ぎてしまうかも。


「ルージュさん、もうお分かりになってらっしゃるとは思いますが、この方達が嘘を言うワケが無いので本当に抵抗しないで下さいね。誰にも怪我をして頂きたく無いんです、死ぬなんてもってのほか、皆さん誰かの大切な方なのですから」


《はい》


 誘拐なさった方が、泣いてらっしゃる。

 こうして罪悪感を感じて頂けるだけで私は十分です、圧倒的な力の前には逆らう事はとても難しい、私もその事は最近特に良く理解しているつもりですから。


 本当に、アーチュウ様は大変でらっしゃるでしょうね。


 シリル様と身近だからこそ、事情を知る事が出来る筈でらっしゃるのに。

 信頼が有るからこそ、知らされぬままに動かされてしまう事も有る、マリアンヌさんが結婚相手だと知った時の顔が最高だったと。


 もう、本当に破天荒王太子の側近は。

 その妻を、私が出来るんでしょうか。


 こう、誘拐されてますし。

 やはり私は相応しく無いのでは。




《アニエス、無事か》

「あ、その方達は巻き込まれただけなんです、本当に」


《あぁ、だが》

「本当にお願いします、手荒な真似もされませんでしたし、お願いしますアーチュウ様」

『良いんですお嬢さん!お嬢さんを誘惑したのは事実なんです、俺達は、恩を仇で』


「良いんです、私も同じ様になれば同じ事をする筈です、ですから、ね?お願いしますアーチュウ様」

『良いんですお嬢さん、俺達は』

《分かった、だが縛らせては貰う、念の為だ》


『はい、お願いします』

「面会に行きますから、待っていて下さいね」


『ありがとうございます、お嬢さん』

《行くぞ、アニエスは医師へ》


「はぃ」


 俺は、助けに来た筈なんだが。


 どうしてだろうか。

 俺が悪人の気分なのは。


《経緯は知っているが、何故なんだ》


『俺は好いた相手を、アイツは妻と子供を』

《顔を見たのか、捕らえられている姿を見た時》


『いえ、ですけど麻袋で顔を、何か口に噛まされてたみたいで』

《服と性別は本物だが、アレは偽者だ》


『そんな』


 どうやら本気で騙されていたらしいが。


《髪も見なかったのか》


『はい、でも』

《お前の想い人はアレで合っているか》


『そ、服が』

《変な貴族に追われているから服を交換してくれないか、その服はやると言われ、渡したらしい。向こうも同様に、人助けをし損は無いからと、服を渡したそうだ》


『じゃあ』

《あぁ、仲間の妻子も無事だ》


『そんな、俺達は、何て事を』


 男は崩れ落ちんばかりに泣き出すと、大粒の涙を流し。

 そこへ割って入って来たのは。


「責めないでやって!私が、私が悪かったの、ごめんね、人助けは出来るし、コレ、アンタに見せたくて」

『すまない、もっと俺が、しっかり、すまん』


「良いの、私からもお嬢さんに謝るから、ね?一緒に謝ろう」

『いや、お前は悪く無い、俺が悪いんだ、早とちりで、全部』


「良いんだよ、私だと思って慌てて、そんだけ心配してくれたんだろ?」

『でも、すまん、本当に』


 どうして、俺は罪悪感を抱いているのだろうか。


 コレはシリル様も探知出来なかった、本当に突発的な事件。

 俺の親の領地の隣に住む令嬢が、ルージュを恨みつつも学園に下見に来ていた。


 そんな中でルージュを見付け、先ずは近くの商人に声を掛けた。

 実はあの使用人は自分の友人の貴族令嬢、不当に雇われているのかも知れない、と。


 既にルージュはジュブワ家の使用人として知られており、その商人はジュブワ家だから問題は無い筈だ、と。

 そこで令嬢はルージュが出入りする家を知り、お礼に品物を購入、そこで1つ相談をした。


 お忍びで街で遊びたいので、どう庶民の服を用意すれば良いのか、と。


 商人は冗談半分で、怪しい貴族に追われているから服を交換してくれ、そう言えば間違い無いと。

 その言葉を聞いた令嬢は、どうにかルージュに近付き復讐を出来無いかと考える中で、庶民が騎士に救われ恋をした話を耳にした。


 それがどうなってか組み合わさり、雇った親子を使いジュブワ家が使う業者の妻子に服を交換させ、上手く行った事で他の者にも服を交換させ。

 果ては自らの使用人を使い誘拐に見せかけ、アニエス達を誘拐させた。


 だが、その先はどうやら考えていなかったらしく、監禁するだけに留まっていた。


 業者が善意で残した痕跡によって、直ぐにアニエス達を見つけ出す事は出来ていたんだが。

 捕らえるに際し大物が裏に居ないかと調査していた為、直ぐに救出する事が叶わず、もしかすればアニエスに責められるかも知れないとは思ったが。


「救われた事は大変、有り難いのですが、王都はこんなにも治安が悪いのでしょうか?」


 国と警備隊、それこそ俺の仕事をアニエスに疑われる事になるとは思わなかった。




『ふふふふふ』

「もー、シリル様、私が愚かなのは十分承知しておりますので」

《違うのよアニエス、ベルナルドの事よ》


『そうそう、ふふっ、自分が悪者の様で凄く後味が悪いって、まるで苦虫とニガヨモギを同時に噛んだ様な顔で言っていたから』

《しかも、もしかしたらアナタに責められるか縋られるかと私達が言っていたから、そのどちらかだと。けれど国や警備体制を心配されたって、落胆していて、ふふふ》

「あ、それはすみません、責めるつもりは無かったのですが」


『あの流れだからね、そう俄かに誤解されかねない状況で、仕方無いんだけど。もう、本当に、その時のアーチュウの顔が、もう』


 アーチュウとは違い、本当に性格が悪いんですよ、この方は。

 大笑いし過ぎて酸欠になってらっしゃる。


 分かりますよ、娯楽や人との接触が殆ど無い中での僅かな楽しみを、アーチュウに見出した。


 ですが、そこまで笑いますか。

 本当に死んでしまいますよシリル様。


《ほら、もう、ふふふ、落ち着いてシリル》

『ふぐっ、ひひっ』


「アーチュウ様は、娯楽も提供してらっしゃるんですね?」

《あぁ、寂しいヤツなんだ》


『そう、だね、ふふっ』

《はいはい、ごめんなさいねアニエス、もうこうなると暫くは無理だから、またお願いね》

「あ、はい、では、失礼致しますね」

《失礼します》


『うん、ふふっ』


 僕は寧ろ、こんな奇異な方の傍に長く居たせいで。


 いや、元から捻じれていたのは理解しています、流石に無理が有り過ぎる言い訳でしたね。

 どうシャルロットに関わろう、どう言い訳をしよう。


『アニエス様、何か問題でも』

「あ、いえ、シリル様がアーチュウ様に秘孔を突かれ笑い死にしそうになってしまいましたので、今日は、はい」


『あぁベルナルド様の事が何よりお好きですからね、シリル殿下は』

「コレは、ずっとなんですか?」


『私が知る限りでは。害の無い不味い物を訓練だと称し食べさせられていた事を、素直に信じ続けていた時から、だとお伺いしております』

『うん、そうですね。アーチュウに辛いかと尋ね、辛いけれど近衛になる為ですから、と言われ堪え切れずに飲み物を噴き出してからが始まりですね』

「歴史が有るんですねぇ」


《そうしみじみと言われる事では無いと思うんだが》

「あ、貴族でも有るんだな、と。私も嫌いな野菜を美人になれると言われて泣きながら食べてましたので、はい、姉の仕業です」

『ふふ、そんな事が有ったんですねアニエス様にも』


「皆さん無いですか?」

『私も有りますよ、しっかり歯を磨かないと最も好ましくない者に嫁がされる風習が有る、と。伯母でした、母方の』


「それは恐ろしい」

『痛い事は可哀想なのでと、その配慮がそうなってしまったそうです、謝られてしまいました』


「あ、それで女騎士になった、と」

『全く違う理由なんですが、ですね』


 シャルロットの男嫌いの原点は、そこなのでは。


「メナート様は?」

『安全日が存在する、ですかね』


 あぁ、コレは少し失敗してしまったかも知れません、コレではシャルロットに嫌悪を。

 しないんですね、意外です。


『アニエス様、そんな日は存在しませんからね』

「はい、勿論です、しないのが1番ですから」


 あぁ、何故アーチュウが不機嫌になるんですか。


《コレで余計に距離を置かれたら怒るぞ》

『すみません、失言でした』

『いや、良い事を言ってくれたぞ、反面教師には最適だ。コイツが特別に低俗なだけですからご安心下さい、ベルナルド様は男色家なのでは、と囁かれる程に清廉潔白なお方ですから』


 やはり、歯磨きの件で男嫌いになったのでは。


 いえ、ココはしっかり情報収集しておきましょう。

 僕の為、シャルロットの為に。


『ですね、では、お気を付けて、僕はもう少しココで仕事が有るので』


 あぁ、嫌悪の表情。

 こうして悪印象が積み重ねられていたんですね、僕が仕事だと言う度に汚らわしい、と。


「ありがとうございました、お気を付けて」

『はい、では』

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