24 秘密の恋。
『あら、凄い、流石成り上がり男爵令嬢ですわね』
《コレからも応援してますわ、頑張って下さいましね》
「あ、はい」
学園へ復帰したものの、かなり以前とは状況が変わっておりまして。
絶妙な文言で励まされているのか揶揄なのか、嫌味なのか、兎に角声だけは掛けて頂いているのですが。
『ご機嫌よう、アニエス様』
クラルティさん。
男爵位以上でなければ先立っての挨拶はマナー違反なのですが、もしかして何か、連絡事項が。
「どうも、クラルティさん、何か」
『お礼を、言わせて頂こうかと。それと、勲功爵を賜ろうと思っておりまして、もし宜しければ、ご助力をお願いさせて頂こうかと』
取り立てへの懇願。
こうした事を許せば、果ては大きな問題に繋がってしまうので、下位から上位へ声を掛ける事すら厳禁なのですが。
「申し訳御座いませんが、正式な書簡を家に届けて頂ければ、両親が考えるかと」
《まぁ、なんて冷たい方なのかしら》
『だから、なのでしょう。行きましょうクラルティさん』
『はい、すみません、失礼致しました』
「あ、はい」
王太子殿下を横取りした、の次は冷たいから騎士爵から婚約破棄された、ですか。
風説の流布は未成年でも厳罰に処されるんですが、分かってらっしゃるのでしょうか。
それとも、私は既に、本当に婚約破棄されているのでしょうか。
アーチュウ様からは帰って来てらっしゃるにも関わらず、お手紙すら頂けていない状態でして。
もしかして本当に。
『アニエス様、教員の方からお呼びです』
シャルロット様。
「はい」
教育の方からの呼び出しとは一体。
数々の騒動に関わっているのは私ですし、幾ら誤解が無いと言えど、確かに何か言われてもおかしくは無いのですが。
最悪は。
もし、教員の方々にもご理解頂けない場合は、国を出ましょう。
意外と、人は何処ででも生きていけるそうですから。
『さ、どうぞ』
「あの、どうしてコチラへ?」
アーチュウ様が、学園に。
しかも、花束を持って。
《まぁ、あのお近衛の制服の方は、きっと婚約の申し込みですわね》
『そうね、だって白い薔薇の花束に黄色いミモザ、アナタ刺繍なさったのよね?』
『はい』
ミモザの花言葉は、感謝。
それと秘密の恋。
私は確かにアーチュウ様に刺繍入りのハンカチを受け取って頂けました。
相変わらず家では仕様人と主人のままですが、まだ、私は庶民。
アーチュウ様は騎士爵だからこそ、線引きがしっかりしてらっしゃる、真面目で紳士な方。
貴族位の編纂が有るとは聞いていますが、勲功爵は据え置きだそうですし。
お手伝い下さる方が何人も居て下さる。
私はもう既に、幾人もの方から告白を受けていますし、上位貴族の方に行儀作法を褒められた。
しかも遠征から帰ってらっしゃってからは、アーチュウ様はアニエス様と全く会ってらっしゃらない。
お義母様は、いつか私は必ず貴族に見初められる、だからしっかり行儀作法を学びなさいって。
妾でも何でも良かったけれど。
きっと真面目な方でらっしゃるから。
きっと。
『すみませんが、少し移動して頂けますか、ココに設置物を置くので』
『あ、はい』
あぁ、コチラを見て、笑って下さってる。
私、まだ結婚までには1年以上待って頂く必要が有るのに。
どうしよう。
《どうか、コレを受け取って欲しい》
ベルナルド様がいらっしゃる少し前、私はアニエス様と共に学園の別室へと向かいました。
『久し振りだねアニエス嬢』
「はい、お久し振りで御座いますシリル様」
『突然だけれど、妾になる気は無い?』
「あの、どの方の、でしょうか」
『じゃあ、僕の』
「ご遠慮させて頂きます」
『じゃあバスチアン』
「ご遠慮させて頂きます」
『ガーランド』
「ご遠慮させて頂きます」
『カミーユ』
「女性ですよ?」
『シャルドン』
「保留で」
『マルタン』
「無理かと、マルタンさんが」
『メナート』
「シャルロット様が居られるので無理です」
『あの、私とメナートは付き合ってすらおりませんが』
「もし振り向いても同じお気持ちでいて下さったら、少しは考えても良いのでは?」
正論としては、確かにそうなのですが。
『そう思えない事情が、有りますので』
「ですよね、失礼致しました」
『じゃあアーチュウの妾はどうかな?』
長い長い沈黙の後、アニエス様は。
「正妻の方の情報は、得られないのでしょうか」
『相手はクラルティ嬢だとしたら、どうかな』
その言葉を聞き、アニエス様は目から光を失い。
「シリル様には、好意と嫉妬と独占欲、それらの区別は可能でらっしゃいますでしょうか」
『難しいね、それに意味が無いと思っているから、区別しようとも思っていない。けれど、そこで悩んでいるのかな?』
「意味が、無いですか?」
『好きな食べ物や飲み物にそこまでの理由って有るのかな、結局は自分が好きかどうか、必要かどうか。好きか嫌いかどうでも良いか、その分類だけで十分じゃない?』
長い長い沈黙。
短いお付き合いではありますが、ココまで熟考してらっしゃる姿を見るのは初めてです。
「十分、ですか?」
『好きな者となら飴だって分け合いながら舐めるだろうけれど、僕は飴は1人で食べたいよ、それを強欲と言われてもどうでも良い。僕は僕だけのミラが良い、好きだからこそ、分け合うのは子供とだけ。それは独占欲と言うより当たり前だと思うし、本来の婚姻とはお互いにお互いだけ、それも当たり前だと思うけど君は違うのかな?』
「好きだから、独占したい?」
『勿論、でも全てじゃないよ、分け合って良い事も有る。でもミラは絶対に分け合いたくない、君は君の為だけに作って貰った料理を分ける事が、本当に良い事だと思う?』
「いえ」
『アーチュウは君の為に生まれて来たかも知れない、なら独占して当然じゃない?』
「私は、惚気られているのか説得されているのか、あ、もしかしてミラ様も居ます?」
《ふふふ、流石ねアニエス》
「出た、一石三鳥ですが」
『そうそう、良く覚えていたね』
「そりゃ覚えていますよ、これぞ高位貴族だ、とハッキリ焼き付いた事ですし」
シリル様の今回の一石三鳥はアニエス様を悩ませ説得する、惚気る、そしてミラ様を口説く。
私は事前にお伺いしておりましたが、見事ですアニエス様。
『それで、アーチュウの事はどう思っているのかな。今ならまだ間に合うよ、全て』
「私、シリル様がミラ様を好きな位にアーチュウ様を好きだとは思えないのですが」
シリル様が深い深い溜息を、珍しい。
もしかすれば初めてかも知れない。
『そうか、僕が幾ばくか問題の起因になっていたんだね、すまないアニエス嬢、気付けなくて』
シリル様が本当に申し訳無さそうにしてらっしゃる。
「あの」
《ふふふ、この人の好意や情愛は何年も掛けて濃縮されたモノ。私は今のアナタの気持ちだけでも十分だと思うのだけれど》
『うん、問題はアーチュウ、だけれどそこは置いといて、君の素直な気持ちをしっかりと確認させて欲しいんだ。今回の件の様な事は結婚したとしても続くだろう、その事も含めて、君に尋ねたいんだ』
「その、ミラ様のご意見をお伺いしても?」
《愛するのは意外と簡単だと思うの、バスチアン様の母君の様に、愛されずとも愛する事は出来る。だからねアニエス、誰よりも愛して下さる方と結婚する事が、私は1番だと思うの》
どうしてなのか、私の胸に響いた気が。
何故、どうして。
「もう少し、婚約を継続させて頂ければと、思いますが」
『良いのかい、君の大嫌いな匂いの白百合は贈るし綿の反物は贈るし、弱っているのを良い事に好き放題触りまくるし。隙あらば大人の言葉と態度で口説くし、童貞だし、愚直で真面目だけれど。だからこそ、真面目過ぎて、つまらなく感じてしまうかも知れないよ』
「シリル様としては、オススメしかねますか?」
『いや、何処に出しても恥ずかしくない男だと思う、けれど人には好みが有るからね』
「そこです、まだ私はアーチュウ様の匂いを確認していないので、様々な体調の時に確認させて頂こうかと」
《ふふふ、見てみたいわぁ、嗅がれるベルナルド》
『そうだね、見せてくれるなら継続を許すよ』
「もう、そうやってミラ様みたいな仰り方を、狡いですよそれ」
『そうだよ、僕は狡いけれどミラは大好きだよね』
《そうね、ふふふ》
「分かりました、嗅ぐ際の身の安全を確保して頂く必要も有りますし、呑みます」
『うん、じゃあ行こうか』
体調が良い時に嗅ぐには1番に好きな匂いの、ミモザと白い薔薇の花束。
《どうか、受け取って欲しい、アニエス》
「何処からミモザが好きだとお聞きになりました?」
《ミスメアリーを懐柔して、何とか1種類だけ聞き出す事に成功した》
「メアリーは顔が良い方に弱いですからね、何を賄賂になさったんですか?」
《君と一緒に行った菓子店の菓子の詰め合わせだ、君も食べたと聞いている》
「あ、アレ、アーチュウ様だったんですね。てっきり、シャルドン様からかと」
《あぁ、シャルドン令息が届けたのか》
「はい、一緒に美味しく頂きました」
《本当に嫉妬するんだが》
「それは、では私がルージュさんへと嫉妬して欲しいですか?」
《それは、少しして貰いたいかも知れないな》
「しましたよ多分、少し、他の方にですけど」
満面の笑みでらっしゃる。
そう微笑まれると。
好かれると、つい、好きになってしまうらしく。
『どうして』
本当に、どうしてなのか。
あら、今のお声は。
クラルティさん?
《あら、ベルナルドの家の使用人じゃない、何か問題でも?》
『私、てっきり、アーチュウ様が婚約破棄を』
《クラルティ・メルシェ、俺はアニエスと婚約破棄した事もされた覚えも無いが》
「あ、良かった、てっきり何かの策略で婚約破棄証が提出されたのかと」
『君が持っているんだから無理だよ、全て君の一存で破棄出来る約束だからね』
『そんな、どうして』
《それは勿論、ベルナルドが》
『アニエス嬢を』
《愛してる》
「あの、公衆の面前で非常に恥ずかしいのですが」
《秘していたワケでは無いが、改めてココで俺の意思表明をすべきだと思ったんだ。アニエスが俺に縋っているワケじゃない、俺がアニエスに縋り請うているんだ、傍に居て欲しいと》
跪いたままのアーチュウ、恥ずかしがるアニエス嬢の後ろには、蒼白になり啞然とするクラルティ嬢。
《ふふふ、だそうよ、で?アナタは何故、愕然としてらっしゃるのかしら?》
『まさか、簡単に人に持ち上げられて浮かれる様な庶民を、騎士爵が娶るとでも思っていたのかな?無いね、僕の側近に限ってそれは絶対に無い、堅牢な地盤の上に立つ容易く落ちない城の様な令嬢しか、相手にさせないよ』
本当に、このお2人は性格が悪い。
だからこそ、僕の性格はそこまで悪くは無いとは思うんですが、シャルロット嬢は未だに僕の性格が悪いと思っている。
確かに素行も悪かった時期は有りましたが、今は改心した側、なんですけれどね。
『でも、ですが、ミモザのハンカチを』
『あぁ、証拠品として押収させただけだよ、婚約者が居ると知りながら不貞に誘うのは淫行罪。しかも王太子の側近に、となると不敬罪も加わるからね』
《そこの令嬢方!逃げても無駄ですわよ、既に証人も証拠も沢山御座いますの。お可哀想そうに、アナタ達のせいで、家は廃絶確定ですわね》
「アーチュウ様?」
《いや、この花は本当に違うんだ。感謝、気品、真実の愛。それに、頼られる人、死に勝る愛の意も込めている》
「あ、白いミモザも、でも少量ですね?」
《こう、あまり、頼られたいと大声で言うのは、流石に憚られる》
「でも、コレは言って下さらないと分からなかったでしょうし、今後も口に出して頂けないと分かりませんよ?」
《好きだ、愛してる》
「いえ、その事では無くて」
『どうして、何でですか、迎えに来てくれましたし、ハンカチだって』
《全て仕事だが》
《はぁ、学園に通う庶民へ危害を加える、そうした脅迫文が学園に届いていたからアナタを迎えに行かせた、だけよ?》
『自分の都合の良い様にしか考えない者に、貴族は無理だよ。行儀作法だけじゃない、それこそ礼儀作法が必要。淫行罪に不敬罪、風説の流布、中身も罰則も理解していてこそ。なんだけれど、そこにしゃがみ込んでいる令嬢達は知らなかったのかな。いや、知ってる筈だよね、コチラでは既にしっかりと授業を受けている事を教員と共に確認しているんだから』
《シリル様、やはり貴族の数を減らすべきですわね?》
『そうだね』
気を失ってしまいたいだろうけれど、人は意外と気を失えないものなんですよ。
我が腹違いの妹は相当に緊張の糸が張っていての事らしいけれど、僕は疑っていますよ、失神したフリは可能ですからね。
《アニエス》
「あ、はい」
《受け取って欲しいんだが》
「あの、流石にクラルティさんの目の前で受け取るのは」
そのクラルティ嬢は、しゃがみ込みはしないまでも、ハラハラと大きな粒の涙を流している。
確かに同情や憐憫を誘いますが。
『うん、そうやって泣くのも貴族としても騎士爵の妻としても相応しく無い、アニエス嬢はどんなに悲しくても辛くても、表では泣かない子だよ』
《そうなの、それこそ騎士爵の妻には相応しいと思うのだけれど、相当に目が濁ってらっしゃる方々ばかりで。本当に残念だわ》
アーチュウやミラ様にすら、アニエス嬢は涙を見せる事は滅多に無い。
我慢強く理解が有る方、だからこそアーチュウには相応しいんですが。
《君に相応しい男になる、だからどうか受け取って欲しい》
以前の婚約の申し込みの際には、アニエス嬢は困惑と躊躇いが殆どでらっしゃいましたが。
今回は、少し違う様ですね。
「はい、ありがとうございます」