23 シャルドン・ジハール侯爵令息。
《大丈夫か、クラルティ嬢》
それは、アニエス嬢を巻き込み騒動を起こした僕から見ても、本当に運命を感じる様な場面だった。
『はい、ありがとうございます、ベルナルド様』
暴漢に襲われそうになっていたクラルティ嬢を、遠征帰りに寄り道をしたアーチュウ・ベルナルド騎士爵が助け出した場面。
もし劇なら、どんなにロマンスが溢れる演出なのだろう、と。
けれどコレは現実、実際に起きている事。
だからこそ、あの無表情だったクラルティ嬢の頬に赤みが差したのも当然の事、不安定な体制から腰を抱かれ2人の距離はとても近い。
そして彼女にとっての王子様が、2回も救ってくれたのだから、運命を感じ恋をしても仕方が無い。
コレはもう、運命の恋だ、と。
『ベルナルド様、後はコチラで』
《あぁ、頼んだシャルロット騎士爵》
『はい』
『あの、本当にありがとうございました』
彼女にはアーチュウ・ベルナルドが気恥ずかしさからか、返事もせずに馬へと向きなった様にも見えただろう。
そうして足早に、彼はその場を立ち去った。
『さ、参りましょう』
少女は憐憫と憂いを含みながらも、ただ彼の背に視線を送るしか無かった。
『行きましょう、バスチアン様』
『そうですね、行きましょうガーランド様』
僕もまた、同様に秘すべき思いを含み、彼の背を追うだけ。
叶わないだろう思いを向けるだけ。
『アーチュウ様、少し宜しいでしょうか』
貴族に目を付けられ、襲われそうになった無力な少女。
《あぁ、何だろうか、クラルティ》
『先日は、本当にありがとうございました』
完璧なお辞儀。
庶民でありながら貴族然として育てられた少女、親は本来なら勲功爵、騎士爵と同等の地位に存在する者の娘。
本来なら令嬢として育てられるべきだった、薄幸の少女。
《仕事だ、気にするな》
『それでも、本当にありがとうございました。何かご用は無いでしょうか』
《いや、他の者に指示を仰いでくれ》
『はい、畏まりました。では、失礼致します』
行儀作法は完璧と言って良いだろう。
噂通り、貴族令嬢だと思われても不思議は無い。
『金髪とまでは言えませんが小麦色の髪、そして同じくアーモンドアイ、豊満な体付き。種類は違いマリアンヌ嬢と同様、彼女も魅力的な女性ですね』
不遇であり、不条理にも虐げられた少女。
《状況や立場は、寧ろアニエスと同種》
『同情や憐憫を誘う真面目さに誠実さ、確かにそうですね』
メナートは、この靄の様な感情が恋になるとでも言うのだろうか。
《暫く、良く見ていてくれないか》
『はい』
お坊ちゃまがお迎えになった侍女、クラルティさん。
庶民でらっしゃると伺い、また、コチラも大変な苦労をさせられるのかと危惧していたのですが。
『後は何か御座いますでしょうか』
「いいえ、大丈夫よ、休憩してらっしゃい」
『はい、失礼致します』
はい、懸念は杞憂でしたね。
少し前にココにいらしたマリアンヌさんも庶民でらっしゃいましたが、大変気の強い方で。
ですが今回の方は既に行儀作法は完璧でらっしゃいますし、控え目な方で、真面目でらっしゃる。
「ふふふ、若い子に来て頂けて華やかになりましたね」
《あぁ》
お坊ちゃまは以前の方と違い、彼女を見守る時間が格段に増え。
時に溜息まで。
恋をし、思ってらっしゃるのですね。
「私は、情愛が有れば身分差など些末な事だと、いえ些末な事にさせます。どうぞご遠慮なさらず、念願を成就させて頂ければと」
《向こうに、その気が有ればな》
「大丈夫ですよ、お坊ちゃまはとても素敵な男性になられたのですから」
謙虚で控え目でらっしゃるからこそ、初めての恋でらっしゃるからこそ、今は少し迷ってらっしゃるのでしょうけれど。
大丈夫、お坊ちゃまは良い男になられらのですから。
『あの、メナート様、少し宜しいでしょうか』
『はい、なんでしょうクラルティさん』
『アーチュウ様に、コチラをお渡ししたいのですが』
頬を赤く染め、差し出したのは刺繍入りのハンカチ。
クラルティ嬢は、完全に恋をした。
アーチュウに。
『アーチュウ、クラルティ嬢ですが』
《あぁ、通して構わない》
『あの、お礼をお渡ししたくて』
《いや、当然の事をしたまでだ》
彼女が渡そうと用意したのは、刺繍入りのハンカチ。
黄色いミモザの刺繡。
『受け取っては頂けませんでしょうか』
《ミモザの花言葉を分かっているんだろうか》
『はい、勿論です』
『良かったですねアーチュウ、婚約者から何も貰えてはいないんですし、記念に1つは如何ですか』
《分かった、受け取っておく》
婚約者である筈のアニエス嬢から、アーチュウは未だに贈り物をされていない。
その意味も、この刺繍の意味も理解しているからこそ、アーチュウは受け取った。
使用人として妾を囲う者は多い、それは貴族でも庶民でも、そして時に正妻との結婚前でも。
そうして結局は正妻の座に座らせる者も居る。
ですが、アーチュウの場合ですと相手が庶民では非常に厳しい、けれどもクラルティ嬢は行儀作法は完璧と言っても差し支えない。
もし、何かが起きれば。
それこそマリアンヌ嬢の件の様に、何か計略が巡らされていたなら。
『メナート、どうなっている』
『何の事でしょう、シャルロット様』
『ベルナルド様がとある品物を受け取り、アニエス様と婚約破棄したとの噂が流れているぞ』
『あぁ、早いですね』
『どうなっていると聞いているんだ』
『そのままかと』
『貴様』
『アニエス嬢は最初から気乗りはしてらっしゃらなかった、それに周囲としても。ですが、お似合いだとする組み合わせなら、納得するのでしょう』
『見損なったぞメナート』
『最初からでは』
『あぁ、そうだな』
休み続けているアニエス様の為、少しばかり情報収集に来たと言うのに。
こんな事は、伝えられない。
《シャルロット様》
『あぁ、ルージュ嬢、何でも無い、すまない』
守りたかった。
学園で、今度こそ、守れる筈だと思っていたのに。
なんて私は不甲斐無いのだろう。
不甲斐無い。
騎士の爵位など、愚か者の前では、あまりに無力だ。
「良かったですわね、騎士爵様が婚約破棄なさったそうで」
《やっとですわね、アナタこそ相応しいですもの》
『そんな、私なんかとても』
「例え庶民でらっしゃっても、行儀作法もしっかりしてらっしゃいますし、十分に相応しいですわ」
《そうそう、功績を積んで、そうですわ、勲功爵を目指しましょう、お手伝いさせて頂くわ》
『宜しいのですか?』
「勿論ですわよ、優秀な者を取り立てるのも貴族の努めですもの」
《そうですわ、他の方も協力して下さいますから大丈夫、一緒に頑張りましょう》
『はい、宜しくお願い致します』
現状、シリル様が想定していた中でも、最悪の想定に沿ってしまっている。
僕はアニエス男爵令嬢の同志。
仲間としても、友人としても、とても悲しい。
彼女を知っているからこそ、この状況はとても辛い。
『ふふふ、クラルティさんが爵位を得て、騎士爵様とご結婚となれば。嘗てない程に大きな話題となるでしょうね』
《そして貴族も、庶民も、爵位を得る事や維持にもっと意欲的になる筈ですわよね》
「そうね、コレで貴族も庶民も、国も何もかもが安泰ですわね」
バカ令嬢達め、私の時で懲りなかったのかな。
『はー、マジでダッサ』
「本当、貴族でもバカが多いんだって、マジで分かったわ」
《本当、でも良い貴族も居るからね?》
『まぁ、アニエスはさ、凄い良い子だけど』
「それそれ、コレ結婚したら収まるかって言ったら、そうでも無くない?」
《まぁ、だね。結婚してもお茶会は有るだろうし、そうなったら同じ様な事が囁かれそうだよね、実は妾として誘われたって》
『「あー」』
《でももし本当に破棄になったら、まぁ、その方が良かったのかなと思っちゃうかも》
『まぁ、ウチら図太い方だけどさ、コレ流石にキツ過ぎだしね』
「うん、結婚しても辛いとか流石に無理。それにさ、幸せになって欲しいよね、誰にでも」
《ね、クラルティもアニエスも幸せになってくれるのがね、1番なんだけどさ》
あの堅物が余所見するとか無さそうだけど。
やっぱ、男だしね、男の人気はクラルティの方が有るし。
しかも大変な家に育ってるなら、図太そうだし、そこは確かに騎士爵の妻には最適かもだけど。さ
どうなんだろ、もう関わって無いから分かんないけど。
嫌だな、こんな思いをさせてたんだよね、私。
勝手に巻き込んで、勝手に傷付けて。
どうすれば償えるんだろ。
『あ、ベルナルド様』
《クラルティ・メルシェ、君を迎えに来た》
『あ、はい、ありがとうございます』
いや、マジでコレじゃあ名実共に庶民に乗り換えたって思われそうじゃん。
マジっすか、アーチュウ様。
マジなら俺、流石にこの仕事辞めます。
んでシャルロット様の家の侍従になるわ。
いや、良い子だとは思いますよ、クラルティ嬢。
素直だし愛想の使い方は庶民派だからウケが良いし、胸デカいし、男なら確かに惹かれるだろうけど。
でも、あんだけアニエス嬢を押してて乗り換えるとか。
いや、でも学園の令嬢から応援されてんのはクラルティ嬢なんだよなぁ。
だからこ時世を読まなきゃならない貴族としては、もしかしたらクラルティ嬢を娶らないといけないかも知れないって、メナート様が。
それは分かるけど、いや、コレは無いでしょう。
でも、それでもどうなんのか分かんないわ、マジで。
あの刺繍、ミモザの花言葉は確かに感謝っすけど。
裏の花言葉、秘密の恋ってのも有るんすよね。
だから気が無いなら絶対に受け取るな、ってアーチュウ様が、なのに。
やだな、アーチュウ様もただの男とか、それはマジで嫌だわ。
「クラルティさんの相手に、無意識に無自覚にアーチュウ様の事を排除していて、その事に後から気付いて。私のモノだ、何処かでそう思ってたいのかと。だから、もしかして、私はアーチュウ様の事を好きなのかも、と」
私はアーチュウ様のモノで、アーチュウ様は私のモノ。
それがもう、当たり前になっている事にも驚きました。
でもコレは単なる独占欲かも知れない。
嫉妬かも知れない、単なる執着なのかも知れない。
私はコレが、好き、と少し違う気がしています。
でも、なら好きって何か、となると。
私にはまだ、分からなくて。
《アニエスさん、僕は本当に結婚したいと思ってるよ?》
「ありがとうございますシャルドン様。もし、万が一が有れば、もしかしたらお願いさせて頂くかも知れませんが。今はまだ」
《どうしたら元気になってくれる?》
「時間薬、ですかね。こうして静かに過ごしたり、没頭したり、暫く誤魔化す必要が有るんです」
《手伝えないかな》
「いえ、既にお手伝い頂いていますから大丈夫ですよ、ありがとうございます。どうですか?お菓子」
《アニエスさんは好きですか?》
「はい、私の大好きなお菓子ですから」
《良かった、ふふふ》
シャルドン様の私へのお気持ちを、無碍には出来無いんです。
私も好意なるものを、良く分かってはおりませんから。




