22 クラルティ・メルシェ。
シャルロット様が情報収集に来た、って。
何の事かと思えば、クラルティ嬢の事。
『勤勉で真面目だ、と』
「そっすね、ちょっと問題が有る家で育った割に、優しいっすよ」
ぶっちゃけ、ルージュ嬢よりマシかもって感じで、他の使用人からの評判も良いんすよね。
素直で静かで、それこそ貴族令嬢って感じですし。
『マリアンヌよりは』
「あー、いやアレは別物っすよ、肉と野菜。せめて海の魚と川の魚で比べ無いと、それこそアニエス嬢じゃないっすかね?」
『もし、そう比べた場合は』
「んー、今の所は甲乙付け難いっすね、まだ中身を良く知らないっすから。ほら、見てるのは使用人の仕事だけなんで、学園に通えば何か分かるんじゃないっすかね?」
『あぁ、そうだな』
「あ、ついでだし一緒にどうっすか、マリアンヌ嬢の店、そこでの評判も聞けるかもだし」
『あぁ、だな、助かる』
女版アーチュウ様、とか思ってたんすけど。
綺麗だし、今の笑顔ははちょっと可愛かったし、アリかも。
けどなぁ、騎士爵と庶民はな、流石に無理っしょ。
《あー、そんな事になってたんだ》
「知らなかったんすか?」
《いや貴族じゃね?って良く言われてたのは知ってたし、だからウチではもう無理だって、そこだけ》
「あー」
《大丈夫かなアニエス、泣いたり怒ったりとかあんまりしないし、我慢強過ぎるから》
『お土産に買って帰ろうかと』
《それでアニエスの、うん、凄いの用意するから待ってて》
「おうよー」
知らなかった、そんな修羅場ってたなんて。
コレ、私にきっと言わないんだろうな。
あんな事になんなかったら、少しは。
いや、そうなるときっと結局は関わらないままで、卒業しても関わってたかどうか怪しいし。
今からでも、言って貰える様にすれば良いだけだしね。
《あ、いらっしゃいませー》
つかミラ様の護衛さんのシャルロット様、侍女とかもやるんだ。
似合ってるし、やっぱり品が有る方が良いよなぁ、メイド服って。
今度クラルティちゃんの、無理か、ベルナルド様の家に行かないと見れな。
いや来て貰えば良いのかマルタンと、でも、それこそマルタンはどうなんだろ。
「え?俺?」
《そうそう、クラルティか私か、シャルロット様かアニエス》
「あー」
『それは流石に言い辛いのでは』
《いやアレ、あの方の立場なら、自分が爵位持ってたらって事》
「んー、クッソ難しいけど、単に俺があの方ならやっぱりアニエス様かなぁ。シャルロット様は仲間だし、他はやっぱ、爵位が無いと大変そうだよなって感じ」
《じゃあ全員庶民なら?》
「あー、んー、選ぶにはやっぱもうちょっと情報が欲しいなぁ」
《慎重ー、意外、アニエスかシャルロット様じゃない?》
「何で?」
《顔か性格か、あ、シャルロット様の性格が悪いとかじゃなくて。特徴、私は料理、アニエスは性格って感じで、確かにクラルティの事は分かんないか》
『取り敢えずは無難、でしょうかね』
「あー」
《うんうん、そうそう》
『アニエス様のフォローをしたかったのですが、もう少し様子見の必要が有りそうですね』
そして、何の成果も得られぬまま、アニエス様の学園生活が始まってしまいました。
ただ、やはりそこでもクラルティ嬢は無難に過ごし、それが却ってアニエス様の不安を煽る事に。
「勿体無いですね、本当に、貴族令嬢でしたら良かったのに」
お茶会は本来、自信を付ける場でも有る筈が。
アニエス様には、特にあの茶会は自信を補えるモノでは無かったらしく。
《アニエス様、今週にも辺境伯令嬢がコチラにお越しになり、学園でお茶会のお作法を教えるそうですので。そこでまた考えてみるのはどうでしょう?》
ルージュ嬢も私もそこで幾ばくかの光明が差すだろう、そう思っていたのですが。
《まぁ、どう見ても貴族の振る舞いだわ、素晴らしいわねクラルティ嬢》
『ありがとうございます』
《庶民でも素晴らしいお作法を身に着ける事で、より良いお仕事に就けるかも知れません、皆さんも頑張りましょうね》
確かに庶民ながらに素晴らしいお作法でしたわ、ですけれど私も。
いえ、元貴族ですものね、貴族令嬢として育てられたなら寧ろ当たり前ですわ。
そして、僅かな希望かと思われていた辺境伯令嬢は、クラルティさんに構うばかりで。
悔しいですけれど、ココで私が何か出来る事は無いか、散々探したのですがどうにも難しく。
ですので、年上の方、ガーランド様とご友人のマリアンヌさんにご相談させて頂く事に。
『幾ら同じ事をしたとしても、成り上がり男爵令嬢より、庶民の方が良く見えてしまいますからね。出来栄えと言うより、寧ろ良く頑張ったな、と評価が上乗せされてしまう。しかも元の情報が無いですから、どうしても評価は上がってしまうんですよ』
きっとクラルティ嬢は困難の中、それこそ酷く虐げられていた中で尚、懸命に貴族令嬢のような振る舞いを身に着けたのかも知れない。
貴族庶民に関わらず、評価の後ろ側に有るモノを想像がし易い。
さぞ大変だったのだとう、と。
そして実を知ったとしても、表に出せる生育環境だけでも、十分に同情を引ける。
可哀想だ素晴らしい努力家だ、果ては才能が有るのかも知れない、と。
片やアニエス令嬢は、成り上がりとは言えど男爵令嬢、ある意味では貴族の振る舞いが出来て当たり前。
そうした大前提、当たり前が違う中、明らかに理不尽さを押し付けられていたのはクラルティ嬢に見えてしまう。
実際にはどちらも理不尽さを押し付けられた側の筈が、未だにアニエス令嬢に非が有ったのでは、との評価は続いている。
なら、非が無い筈、有るワケが無いだろうクラルティ嬢に関わる方が容易い。
そして関わる利も違う、無難に関われるのは圧倒的にクラルティ嬢の方。
関わる事で、優しい者と評されるのはクラルティ嬢、貴族庶民の両者から人気者になるのは仕方が無いんですよ。
《えー、でもさ、嫌味を言ってる人も》
『あぁ、アレはクラルティ嬢をチヤホヤする令嬢令息への嫌味ですよ』
《あぁ、そうなんだ、失礼しました》
《ですけれど、私も気になりますわ、持ち上げ過ぎる気も》
『そうだね、そこは善意も悪意も混ざっていると思うから、もう少しだけ様子を見ていた方が良いと思う』
《分かりましたわ、ありがとうございます》
《ルージュも綺麗なのにね、行儀作法》
《ふふ、私もそう育てられましたもの》
《そっかー、後でちょっと教えて?》
《少しだけですわよ》
《やったー》
きっと彼ら彼女達がアニエス令嬢と関わらない1番の理由は、自分達の非を認めたく無い、でしょうね。
アニエス令嬢を見るより、健気で不憫な庶民に関わっている方が気分は良いでしょう、僕も不意に後悔の念に駆られますし。
大丈夫でしょうか。
一時的な事だ、と分かってくれていると良いんですが。
『私達が騎士爵様のお嫁さんを決められるとしたら、やっぱりクラルティさんよね』
《そうよね、やっぱり夢が有るのだし、行儀作法はしっかりしてらっしゃるし》
「可愛らしい方ですしね、ふふふ」
「聞いたか今の」
『あー、まぁどっちかを選ぶなら、俺もクラルティ嬢かな』
《でも庶民ですよ?》
「いやだって顔はクラルティ嬢じゃん」
《まぁ、好みは分かれるかも知れませんが》
『行儀作法は出来てるし、愛想も良いし、体も良いしな』
学園内の情報収集の為、厩務員として僕は配属されているんですけれど。
まさに、アニエス嬢にとっては地獄でしょう。
『あぁ、シャルロット様、まさに女も性格が悪いと分かる場所ですね』
『いっそ、全て殺した方が早いんじゃないだろうか』
『流石のアニエス嬢でも喜ばないと思いますよ』
『無責任に言いたい放題を、なんて奴らなんだ』
『まぁ、実際に本人が居ない場では、責任も何も無いですからね』
『冷血漢が』
『心を痛めてはいますよ、凄く、でも八つ当たりしても何かを変えられるワケでは有りませんから』
『ベルナルド様は』
『残念ですが諍いを止めに地方へ行かれています、上手くいけば来週には戻られるかと』
廃絶させられたくない、と貴族が籠城、領民と一触即発の状態になり。
権威を示す為にも、とアーチュウが遠征へ出たのは今週の始め。
無事に、何事も無く帰って来て頂けると良いのですが。
「ごめんねメアリー」
『良いんですよお嬢様、季節の変わり目ですと月経が強く出る事も有りますから、気になさらないで下さい』
お嬢様は週末を前にして、学園を休まれてしまわれました。
今まで、お休みなさった事は無いのですが。
ルージュさんにシャルロット様から聞く限り、再び学園内で噂の的になってしまわれたそうで。
しかも肝心のアーチュウ様は遠征でご不在、私が出来る事と言えば、腰をさするか愚痴を言って頂くか。
ですが、愚痴を言って下さらないのです。
先ずは自分なりに噛み砕き、それでもダメなら相談しなさい。
その言い付けを守り過ぎるのです、お嬢様は。
「ねぇ、メアリー」
『はい、何で御座いましょうかお嬢様』
「何か幸せなお話をして」
『では、竜とお姫様のお話はどうでしょうか』
「うん、お願い」
『昔々、東の国に7匹の竜が居りました……』
庶民にしてみれば立派な方でも、貴族令嬢には当たり前の事として評価がされない事も有る。
そして直ぐに表面で推し量れる事が先んじて評価されてしまう、貴族でも庶民でも。
私のお嬢様はとても良い子、なのですが。
良い子過ぎるのです。
耐えて耐えて我慢なさり、どうしようも無くなってやっと、言って下さる。
この小さなお体に、どれだけの不条理を溜めてらっしゃるのか。
お労しい。
早くベルナルド様に帰って来て頂きたいのですが、こうした事が続く様であれば、破棄も考えていただかなければなりませんね。