3 デュドネ・ミシェーレ枢機卿令息。
弟の婚約者の元護衛、アーチュウ・ベルナルド騎士爵は、僕の友人でも有る。
昔はとても妬ましかった、彼女の傍に居られるのだから、と。
『それがまぁ、実に愉快な立場になってくれて、本当に胸がすくよ』
《それは良かったですね》
『誤解からこんなに面白い事になるだなんて、実に面白い子だね、少しは弟を見直すべきかも知れない』
《失礼ですが、同じモノを好きなだけで反吐が出る、早く何とかして頂けませんか》
『本当に失礼だね君は、不敬だぞ不敬』
《敬うべき方に対して使うのが不敬です、誤用は止めて頂きたい》
『一応、アレでも王族なんだけれどね』
妾の子であれ正妻の子であれ、優秀な者を王に。
その事を声高に言う者が現れ、直ぐに王と王妃は僕を病弱だとし、妾の子である弟を王太子に指名。
そしてミラを婚約者に宛てがった。
本来なら、最初から僕のモノだと言うのに、ミラを大事にもせず他の女に。
本人は優しさや寛容さを示す為だ、と。
しかも最初は単にミラをヤキモキさせたいだけだった筈が、本気に。
本当に、死ぬ程バカだ。
だからこそ、これだから妾の子は、と更にバカにされていると言うのに。
《ミラとは、どうですか》
『非常に複雑な三角関係の連続だったのだし、もう暫くは、ね』
《寧ろ今こそと会いに行かれるかと》
『破棄がまだだからね』
僕も、出来るなら早く会いたい。
肖像画では見ているけれど、実物はね、見ると弟を殺したくなってしまうし。
《可及的速やかに処理を、俺には手が出せませんから》
『彼女にもね、僕の長年の苦しみを少しは味わっておくれ、僕らは友人だろう?』
《以降のアニエスの状態によります》
『分かるよ、僕も歯痒かったからね』
僕を守る為、ミラを守る為とは言えど。
辛かった。
しかも、アーチュウに片想いをしていただなんて。
本当に、憎らしかった。
今でも、気付かなかったアーチュウの鈍感さに感謝していると同時に、今でも憎らしい。
けれど、アニエス嬢のお陰で幾ばくか気が晴れたのも事実。
彼女の面白発言に免じて、今日は許してやろう。
今日だけ、は。
《すまない、寄り添ってはやれなかった》
『そう真面目な所もね、つい許してしまう部分だよ』
憎み恨むべきは愚か者。
それは分かっている、けれど、慕情の辛さは身を裂き焼き焦がされる様な辛さなんだ。
少しは君にも味わって欲しい、本当にね。
「ベルナルド様の諫言が効きまして、今日はお声掛け頂いたんですよ、そんなに早く焦って出なくてもって。デュドネ・ミシェーレ令息から仰って頂けたんです」
《あぁ、確かミシェーレ卿の、教皇補佐のご令息ですか》
「ですがご好意だけ頂いて直ぐに出て来てしまったので、機会が有れば彼をお願いします、最初のお声掛けはさぞ度胸が要った筈ですから」
《俺にはあまり経験が無いせいか、狭量なので無理です。教会で神の慈愛だ何だと謳うなら、言われる前に介入すべきでした》
「でも子供ですよ?」
《俺なら行動してました、親が教皇補佐なら特に、教会のイメージを上げる為にも本来は行動すべきでした》
「では、私は?」
耐えて貰えるだろう事を前提に、王室もミラも俺も考え、動いていた。
いや、敢えて静観していた。
だが。
《すまなかった》
「いえ、全然平気です、殺される程の恨みも妬みも買ってない筈なので」
《生き死にで語らないで欲しいんだが》
「でも結局は生きるか死ぬか、目先の損得か後の大きな収入源か。大袈裟にしなかったのはそれが理由です、いつか取り引きする際に向こうの罪悪感を利用するつもりですから、今の損はトントンになりますし」
《だが、君は泣いていたじゃないか》
夏期休暇で実家に向かう馬車の中、君は。
「あ!あの時の、そうでしたそうでした、兜を付けてらしたから分かりませんで。失礼しました」
《いや》
「あ、あの時は本を読んで泣いてただけですよ、ご心配頂かなくても私は図太いので大丈夫ですから」
時に尋問をも行う俺が、彼女が嘘を言っているのか分からない。
確かにあの時の侍女は嘘を言っている気配は無かった、だが今の彼女もまた、嘘を言っている気配は無い。
これ程に、商家の娘は高度な躾けをなされているのだろうか。
《どんな本を読んでいたんだろうか》
「良く有る恋愛や情を描いた本ですけど、恥ずかしいので題名は伏せさせて下さい」
この文言で、完璧に嘘か本当なのかを分からなくさせた。
高位貴族でも、コレを完璧にこなせる者は僅か。
《君の事を知りたい》
「私は嘘つきです」
言葉の内容とは裏腹に、子供の様な笑顔。
あぁ、そう言えば彼女はまだ子供、後1年と半年は待たなくてはならない。
《その笑顔が誰にも見られなかった事は、幸いかも知れない》
「私の愛想は高いですから、そんなに安売りはしませんよ」
知りたい、暴きたい。
一体、本当は何を思い目を赤くさせていたのか。
《それで、私に相談なんて》
《気が合うと思ってらっしゃったかと、密かにご友人になれれば、お互いが支えにはなりませんか》
私の元恋敵と友人にならないか、だなんて。
真っ直ぐで、情に疎いアーチュウの言いそうな事だわね、本当に。
《仮にも恋敵よ?》
《王太子殿下をまったく好いてもいらっしゃらなかったかと》
《そこは、分かるのね》
《アナタから好意の様な何かは感じ取ってはいましたが、誤解、錯覚です》
《気付いていたのね》
《妹の様な存在であり警護対象、それ以上にはなり得ません》
《ならもっと早く》
《それらしき言葉も何も無かった以上、何も無いとするのが1番かと、仮にもアナタ様は王太子殿下の婚約者ですから》
分かっていて、敢えて無視していた、無視出来る事だったのよね。
例え彼女が現われなくとも、無理だった。
《なら、仲良くなんかしてあげないわ、本当に恋敵だったんですもの》
《良心が痛みませんか》
《ちっとも痛まないわ》
《ミラ様、嘘を言う際のクセをお教えしましょうか》
《アナタね、駆け引きに使うのは卑怯よ、と言うか私の為にもさっさと教えるべきじゃない?》
《些細な事ですからご心配無く》
《もー、分かったわよ、本の題名を聞き出せば良いのね》
《はい》
《けれど、私に本当の事を云うとも限らないわ》
《確かに、彼女は政治の複雑さを理解しています》
そして王室と私、上位貴族を信じているからこそ、耐えてくれているのだもの。
《なら、演劇部から声を掛けさせましょう》
《ありがとうございます》
正直、確かにアニエスにはとても興味が有るのよね。
単なる商家の娘にしては、随分と賢いんですもの。
「今日は部活の方からお声掛け掛けが有ったのですが、何か手を回されましたか?」
《アニエス嬢が王太子殿下の婚約者となる、その噂は誤解だ、そう改めて説明しただけです》
「あのカミナリの様な気迫で?」
《いや、俺の顔を見ただけで引き攣っていたので、使う事は無かったです》
「私は単なる男爵令嬢、私なんかの為に恨みを買わないで下さい、騎士様の代えは少ないんですから」
《君の賢さも十分に代えの効かないものですよ》
何でこんなに評価が高いのか分からない。
もしかして、今の貴族って相当に腐ってらっしゃる?
その事が学園によって浮き彫りとなり、何かしらが動いていて、嫌な面ばかりを見てらっしゃるから。
とか?
「昔の事は大して存じませんが、そんなに今の貴族は愚かですか?」
《君の良さは賢さだけじゃない、笑顔も可愛い》
「アバタもエクボだそうですが、もう少し周りを見て」
《君に声を掛けなかった時点で嫌味を言う者と同等だ、見る価値も無い》
「損得を考えれば仕方が無い事です、私でも、いえ確かに真偽は確認しますが、それだって限界が有るでしょうし」
《良心に沿い行動しなかった時点で、俺も同罪だ》
「贖罪と好意を誤認なされてません?」
《触れて抱きたいと思う》
即答。
「もう少し、加減して頂けませんか?」
《すまない、善処する》
「1年と半年、我慢出来ます?」
《善処する》
一体、何がそんなに。
「あ、もしかしてミラ様ばかり見てらっしゃったせいで、美醜の感覚が狂ってしまっているのでは?」
《それは、それは確かにそうかも知れないが》
「真逆と言っても過言では無いですからね、ミラ様は金糸の様な美しい金髪に空の様に青い瞳、片や私は土か木の幹か枯れ葉。確かに落ち着く色合いでしょうけど、そうですよね、常に目に入るモノが違うんですし」
《賢く、優しい》
「お客様は飯のタネですから、では、また明日」
《あぁ》
私が優しいワケが無いんですよ。
だって、絶対にお金にならない人とは関わる気も無いんですから。
「どうしたら解けるんでしょうね、誤解」