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托卵   作者: 伊藤禎二
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エリカにあげる

 ツバサは三十分ほど遅れてきた。

 エリカは何杯目かのビールを飲んでいた。わたしは、ビールは一杯だけって決めていたから、乾杯した後はコーラを飲んでいた。また、ツバサに抱きつくのもイヤだし、タクシーで強制退場もイヤだ。パンツもかわいいものをはいてきたけど、誰にも見せるつもりはない。

 ツバサはビールを頼んで、わたしとエリカは今飲んでるグラスで乾杯した。ピザをかじって、唐揚げをほおばってから立ち上がった。

「トイレ行ってくる」

 二人は座ったまま教育論を語っている。その横を通った。

 プライベートで語るほど、わたしは子どもに興味がないのかもしれない。現場を経験していないからだろうか。子どもは好きだ。お母さんにはなりたい。でも、それだけだ。

 この間、エリカは幼児教諭と母親とはココロザシが違うって言った。でも、それってどういう事だろう。親だって、子どものことを愛している。自分の意見がしっかりと言える、社会に貢献できる子に育ってほしいって思っているはずだ。ただ、勉強も、運動も、あれもこれもって欲張りになるのは仕方がない。自分の子どもには幸せになってほしいし、生きていくための武器もたくさん持たせようとしているのは自然なことだ。エリカにはそれが曲がって見えるのかもしれないけど。

 立ったまま、ツバサの頭頂部を見た。カミソリがついてたりして。そんなわけないか。でも、この間の傷はゼッタイあの時ついた。自分の手の平を見た。うっすらと跡はついているけど、傷は治っている。

 あれがカサブタだったなら、ツバサの頭の傷もなくなっているのかもしれない。痕跡は髪の毛の中。見えない。

 だいたい髪の毛が長すぎるのだ。地肌は見えない。上にある照明器具を見た。そして、視線を戻してツバサの頭を見た。ライトが反射している気配もない。頭についているのは刃物じゃないのか。カッターとか。こんなこと考えている時点で頭がおかしい。でも、わたしは確実にケガをした。頭に刃物が生えていると思った方がしっくりくるのだ。

トイレから戻ってきた。まだ、最近の子どもの傾向について話している。クソ面白くない。

 ツバサの隣に座った。肩に手を置く。頑張れ自分。色気を出せ。

「ねえ、今日ツバサの家に行ってもいい?部屋見せてよ」

 耳元でささやいた。今日はいてきたパンツはかわいい。明日は仕事だけど、予定を変更してやる。

「ムリ」とツバサ。

 即答。見込みなんて、ないじゃない。

「ねえ、一度も行かせてくれたことないじゃない。エリカも一緒に行こうよ」

 エリカを見る。

「あたしもパス。明日、朝早いし」

 そりゃあ、そうだよ。ツバサ以外は明日仕事だもん。

「いいでしょー」

 わたしの言葉なんて、二人ともムシ。じゃあなんで、飲み会なんて設定したんだよ。

 店員が串を運んできた。皿を受け取って、顔を見たらマコトだった。

「今日いるの?」

「バイト欠員出たから」

 マコトか。マコトはイケメンじゃないし、身長も低い。雰囲気も暗い。目が大きくて、ギョロっとして、頭も大きい。まさかの六頭身。まん丸な目はフクロウみたいで、眼鏡をかけていて、オタク顔。

 ない、ない。ゼッタイない。

 高校生のとき同じクラスだったけど、目立たなかった。頭良かったけど、それだけ。塾優先で、あんなに盛り上がった文化祭の手伝いもしなかった。存在感もなくて運動音痴。体育祭に参加していたかも覚えていない。

 マコトはいなくなっていた。厨房に戻ったか。相変らず、空気だ。存在感は全くない。

 となりを見た。二人で楽しそうに話している。お互いの頭が密着しそうなほどに。教育論、そんなに楽しいか。

「わたし帰る」

 タッチパネルで、会計を割った。でも、ツバサが来たのは遅かった。二人はまだ飲むだろうし、最後だから今までの分だけ払っちゃうか。

「はい、これ」

 厨房から来たマコトにお金を渡した。マコトが待って、と言ってレジに行く。それを見たエリカが急に慌てだした。

「ちょっとなによ。ツバサ、来たばかりじゃない。もう少し話そうよ」

 何言ってんの?きて、一時間は過ぎた。そんなに楽しかったんだ、よかったね。これから二人で仲良くしたら。わたしなら大丈夫だから。

 シラフって大事だ。彼とは話題も合わないし、顔だけ好みなのもおかしいよね。もう、こんな飲み会なんてイヤだ。いいことなんて何もない。

「帰る」

「まだツバサに抱きついてないよ。愚痴も聞いてないし。ほれほれ」

 笑いながら、エリカが肘で二の腕をついてきた。はあ?なにそれ。

「仕事の愚痴も部長の説教の話もまだ聞いてないぞ。ほら、名前を呼び捨てにされるんだよな」

 ツバサの言葉。バカにしてるの?ふざけるな。

 ツバサは相変わらずかっこよかった。ずるいよ。そうか、その笑顔にだまされていたんだ。なんか、自分がみじめになる。泣きたい。

「エリカ。抱きつくために、わたしがここに来たと思っているの?」

 わたしはツバサの襟元を引っ張った。ツバサは座った位置からスライドして、床に転げ落ちた。身長は百八十くらいか。百五十のわたしからすると、こうしないと頭頂部は見えない。見せてって言えばよかったんだろうけど、ムカついてし、もうエリカのモノでいいし、好かれようとも思っていなかった。

 なんであんたのためだけに、日曜飲み会なんだよ。何が優しいんだよ。自分中心じゃないかよ。今わかった。優しいのは口調だけ。性格は優しくない。くれてやる。こんな男。

 倒れ込んだツバサの頭に触った。当たった。突起。何これ。右手で頭をまさぐると、ツバサに突き飛ばされた。その場にしりもちをついた。パンツが見えたなんて、思う余裕なんかなかった。

 一瞬、時がとまった。

 鋭利な何かが手に触れた。あった。刃物。いや、刃物らしいもの。カサブタ?そんなわけない。

 あつい、あつい、あつい。

 痛いのか。痛いんだ。まって、痛い。痛い、手が。

 手を見た。手がぱっくりと切れている。血が出ている。真っ赤。床に流れている。ウソでしょ。

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