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托卵   作者: 伊藤禎二
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職場にイケメン。

 四階に若い男がやってきた。めったにないことだ。

 若いといっても、わたしよりは年上。経理グループのカウンターに入ってきたが、総務のわたしが対応した。同じフロアーで一番下っ端。わたしの仕事だ。

 開発研究室から経費の上乗せ請求の用紙を取りに来た、と彼は言った。

 見慣れた白衣も、着る人によって印象が変わるのか。イケメンすぎる。それとも、自分が若い男に飢えてるだけなのだろうか。

「なんの研究をしているんですか」

 文具メーカーなのに、何をそんなに頑張っているのだろう。大きな声では言えないが、この会社に思い入れがあったわけではない。お祈りメールをたくさんもらった中で、わたしの存在意義を認めてくれた数少ない会社のひとつだった。当時のわたしにはありがたかった。

「ボールペンの開発です。なかなか思うようにできなくて。手にフィットして滑らかな書き味に、足そうと思っている機能がありまして。これ以上は企業秘密ってことで。もう少しで手ごたえを感じそうなんですけど、予算がどうしても足りなくて先に進めないんです」

「なるほど」

 わからないくせに返事だけはする。

「開発は楽しいですよ。ヒットしたらモチベーションも上がりますし」

 理系か。大学時代に研究に明け暮れた人たちを見てたけど、ブサイクな実験オタクだと思っていた。話の内容はつまらなそうだけど、顔はイケメンだし、高身長。馬ずらなのは気になるけど、十分合格点だ。

「この用紙に記入してください」

 バインダーに挟まれた用紙を差し出した。

「ここと、ここ。記入お願いします」

 ボールペンを渡して記入を促し、用紙を封筒に入れて手渡した。記入漏れはなし。へえ、榊原ユウジ、ね。覚えた。開発研究室、か。

 榊原がフロアーから出て行って、机に戻った。会社には若い男がいないって思ったけど、いないのはこのフロアーだけか。工場にも研究室にも営業にも。よく考えたらいるかも。あとは出会いか。

 出会っちゃったりして。今の人と。

 事務所の窓を覗いた。四階の事務所の窓から見える下の景色。研究室は別棟にあって、一旦外に出ていかなければならない。さっきの白衣を探した。出入り口から出てきた。待っていた白衣の女。二人で仲良く歩き始めた。女が抱きつく。男の方が、一瞬嫌がって周りを見渡す。上を見上げる。

 わたしはとっさに窓から離れた。ヤバ。そうっと窓を覗く。男は今度は嫌がる様子もなく、二人で仲良く手をつないで研究室の方へと歩いていくのが見える。

 おいおい。何いちゃついてるんだよ。なんだよ、それ。

「何やってるの、お茶入れて」

 壁に張り付きながら窓を覗くわたしをあきれ顔でリーダーが見ている。

「はい」

 慌てて給湯室に入った。急須にお茶の葉を入れる。

 こんな仕事、イヤだ。本当はこんな仕事をしたくて、児童学科を出たわけじゃない。早く結婚して永久就職したい。

 でも、ツバサは無理だ。給料は安いって言ってたし。特待生で学費が一部免除だったとしても、テキスト代に教科書代。教育実習にかかったお金もあるはずだ。それ以外にも生きていればお金はいる。借りていた奨学金は給付型ではなかった。利子がなくても総額は高い。わたしの分まで返してくれるわけもないし、共働きしなければならないだろう。お茶くみを卒業なんてできない。やっぱり、ツバサは無理だ。

 ツバサはエリカにあげよう。エリカなら、祝福できる。


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