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托卵   作者: 桐谷 光
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付き合っています

 店に入ったけど、食欲なんてない。

 オヤジは普段は使わない座敷に案内してくれた。予約の札が机の上にのっている。マコトが電話したのだろう。

「今日は俺のおごりなんだ、つけといて」

 マコトはわたしとエリカを残して座敷を出て行ったが、すぐに戻ってお通しを運んできた。酢の物。そして、また出て行った。今、この空間はエリカと二人っきり。

 座敷はふすまで閉められていて、中は六畳くらい。折りたたみテーブルが中央にあって、座布団が八枚。奥に行ったエリカは壁に寄りかかってタブレットのメニューを見ている。

「で、手の調子はどう?包帯ないね」

 メニューを見ながら話しかけてきた。

「治った」と、わたし。

「へー」

 エリカの関心なさそうな声。

「全員、唐揚げ定食でいい?」

 マコトがふすまをあけて顔を出した。

「いいよ」と、エリカ。

「食欲ない。いらない」とわたしが言うと、「彼氏と二人っきりで食事するんじゃなかったの。さっきの話と整合性取れないよね」とエリカが強いめの早口でたたみかけてきた。

「そうだね」

 なんか疲れて反論する気力もない。どうでもいい。

 自分の家に二人っきりにされるって危機感がなくなって、ほっとしたのかもしれない。さっきよりは気が楽だ。

「メンバーが珍しいって思ったら付き合うって、どういうこと。誰が誰と」

 店主のオヤジがふすまをあけた。エリカの「しまった」って顔。

「わたしとマコトくん、お付き合いすることになりました。これからもよろしくお願いします」

「ええ、えええええ」

 オヤジの絶叫。

 なんかどうでもよくなった。エリカと縁が切れるなら、マコトと付き合った方が何十万倍もまし。

「やだな。冗談だよ、冗談。ねえ、ミサキ。ツバサ呼ぼう、ツバサ」と、エリカ。

「エリカ、ツバサは呼んでも来ないと思うよ」

 必死なのは、エリカだけ。ツバサに転がされているのはエリカだ。ツバサは嫌なことはしない。こんな色々いる面倒くさいメンバーの中にくるわけない。

 エリカはツバサと連絡を取る仕草はしなかった。やっぱり。

 立ち上がった。さっき吐いてもう空きっ腹だけど、気分が悪い。速攻でトイレに行った。むかむかする。ツバサとエリカが一緒にいることを想像したら気分が悪くなった。

 トイレではえずくだけで、吐いたりはしなかった。

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