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托卵   作者: 伊藤禎二
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エリカも大好き。

「じゃあ、それカサブタだよね」

 夜八時すぎ。わたしはエリカの家にいた。居間には、おばさんとおじさんがいる。二人でソファーに並んで座って、仲良くドキュメンタリー映画を見ている。サブスクの動画配信サービス。

 エリカは上野家の一人っ子。宝だ。一般人とは大事にされているレベルが違う。大学までの送迎なんて当たり前だった。豪華な弁当に、何度よだれを垂らしそうになったか。娘を大事にしているから、友達のわたしも大事にしてくれる。そこにつけこんで、冷蔵庫の缶酎ハイをいただきキッチンで飲んでるわたしがいかに図々しいかも、指摘されなくても分かっている。

「なんで、ここにいるのよ」

 エリカがキムチをあてにビールを飲んでいる。テーブルを挟み、その向かい側でわたしも飲んでいる。

「ですよね」

 うざい友人だと認識されても仕方ない。

 テレビの方を見ると、おばさんと目が合った。

「いつでも、来てくれていいのよ」と、おばさん。

 おじさんは頑なにこっちを見ない。人見知りだからきっと居心地が悪いんだろう。それを気づかないふりをする。

「やっぱ、カサブタか」

 腕の内側を見せる。しっかりしたミミズ腫れ。こんな傷ができるなんて、わたし的には疑問なんだけど。血は出てない。

「本当に昨日なの?もしかしたらもっと前にすでにあって、今日気づいたのかもよ」

「そうかな」

 三日前からの記憶をたどっていく。金曜日は何をしたかも覚えていない。会社には行った。事件があれば覚えているはず。何もなかった。コピーしてお茶出しして、書類作って。話した記憶さえない。土曜は部屋の掃除をした。ドラマの録画をいっきに見て、そのまま寝た。夕食は冷凍食品とお菓子だった。外には出ていない。日曜日もバラエティー番組とドラマの残りを大量に見ていつの間にか寝ていた。気が付いて起き上り、慌てて居酒屋へ走った。

「なにも覚えていない。痛かった記憶もない」

「痛くなかったら、これ古傷でしょう」と、エリカ。

 そんなはずない。見た目にも傷は新しいものだ。古傷であるわけがない。でも、あの日エリカに爪でひっかかれたときも痛くなかったし。ところどころ記憶も抜けてて、正直あの日だったっていう自信もない。

「あの時はツバサに抱きつくのがメインだったから、集中してたっていうか」

「最低じゃん」

 エリカに軽く頭を叩かれた。そうだ。ツバサを狙っているのはわたしだけじゃない。

 おじさんの方を見たら、そっぽは向かれているけど耳はこっちを向いている気がする。話に合わせて鼻が膨らんでいる。

「ねえ、エリカの部屋に移動しない」

 エリカの両親の前で男の話はしたくない。

「あたしの部屋、汚いんだよ。入れたくない」

「気にしないから、お願い」

 両手の平を重ねて、お願いした。

「ミサキ、ツバサにエリカの部屋汚いんだよって言ってなかったっけ。それも、あたしの目の前で」

 あ。言った。

「もう言わないから」

「絶対言うね」

 そうだね、多分言う。

「でも、話があるんだ。汚いって言うと思うけど、お願い。部屋に行かせて」

「いやだ」

「ツバサは汚い部屋が好みかも」

「絶対ムリ。だめ」

「おねがい」

「ここでいいじゃん」

 ソファーを見た。おじさんと目が合った。すぐに目をそらされた。絶対こっちの話を聞いている。

「ムリムリ」

 エリカは少し考えて、となりにあるふすまを指さした。

「和室にしよう。物置化しているけど汚くはない」

「そうしよう」

 わたしは頷くと「これ持っていってもいい」って左手に持っている缶酎ハイを少し上に上げた。

「あのね、明日も朝早いの」と、エリカ。

 ごもっともだ。

「一時間で帰ってくれる」

「オッケーわたしも同じ」

 エリカはキムチと新しい缶ビールを片方ずつ手に持ってふすまを足の指で器用に開けた。ヤバイ。玄人のなせるワザだ。これ、ツバサにチクろう。

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