わたしはリユースされるかも?
メニュー表を顔の前に大きく広げたまま、二人の方へと視線を移す。テーブルの下で、恋人つなぎ。しっかり絡まった手。マコトが以前「手をつないだら恋人」って言っていたのをバカにしていた。だけど、やっぱり親密じゃなきゃ、こんなに手を絡めてつながない。
そうだよね、付き合っていたんだよね。わかっていたけど、違うかもって気持ちも少しはあった。親せきとか兄弟とか。なんで、そう思った。バカだった、わたしは。ここまで見ちゃうと、清々しささえ感じてきたよ。おめでとう、勝手に幸せになってね。
しかし、それにしても。
ここから、どうやって出る?立ち上がって「久しぶり」って、ツバサに言うの?ムリムリムリ。絶対に無理。このまま、何事もなかったように、笑顔振りまくとか、ありえない。アイツは介助義務を怠った人間だよ。いや、鬼だ。大体、なんで二人はこんなところにいるんだよ。ツバサは仕事が始まるのは遅い。エリカはツバサに呼び出されたとしか思えない。休んだのか。エリカ、ツバサに振り回されすぎだろ。
確かにツバサはイケてる。頭もいいしスタイルもいい。少し前までは性格も良いと思っていた。完ぺきな男子だと思っていたけど、ほんとうは違うんだ。
この喫茶店は回転ずしみたいにテーブルとテーブルの間が仕切られている。ソファーみたいな箱型椅子に四角いテーブル。斜め先に二人の姿がある。
二人はテーブルを挟んで座っていた。お互いテーブルの前に手を出して、両手を握りしめている。はいはい。勝手にして。
自分のテーブルの上にのっていたトレーを、向かい側にゆっくり押して移動させた。小さなバックをテーブルの裏を経由して、軽く投げた。反対側の椅子にうまく乗った。ヨシ。メニューをいつまでも広げて顔を隠すのはさすがに不自然。でも、頼るしかない。メニューで顔を隠しながら不自然に向かい側の椅子に移動した。
二人はこっちに気づく気配もない。自分たちの世界に入り込んでいるみたいだった。右手はまだ、包帯を巻いたまま。でも、バレている様子はなかった。今まで、視線の先に二人がいる位置関係だったけど、上手く背中側に二人がいる位置関係に移動できた。
「何にする?」と、エリカ。
「モーニングB」
「じゃあ、わたしも」と、エリカ。
ウエイトレスが厨房へ歩いていく足音が聞こえる。体が全部耳になったみたい。バレないように顔を窓に向けたまま、でも目には何も映っていない。集中して右肩の後ろの声をきいている。
通路挟んで横のテーブルにいたおじいさんが新聞紙を席に置いて、レジに進んでいくのが見えた。立ち上がって、素早く新聞を掴むと、すぐにすわった。窓寄りから通路側に移動して新聞を顔の前に広げた。
これで多分バレない。
蜂蜜のいい匂いがした。モーニングBはフレンチトーストだった。さっきのメニューに載っていた。ちょっと高めだった。くそっ。
水を飲んだ。
「ミサキと結婚して、子どもを作ってよ」
聞こえてきたエリカの言葉。飲んだ水を吹き出しそうになった。振り返りそうになって、ぐっとこらえた。ヤバイヤバイ。大きく深呼吸した。前を向こうとして、水着の若い女と目が合った。誰アンタ。なにこれ、スポーツ新聞じゃない。いまごろ気づいた。
「そんな顔しないで。子どもが作れないんだから仕方ないじゃない」
「アイツは嫌だ」
「ミサキはいいよ、健康で丈夫。元気な子供が産めるはず。それが一番大事なんだよ」
「俺はあいつと、そんな関係になりたくない」
「仕方ないじゃない。このままじゃ、わたしたちの赤ちゃんは生まれないのよ」
「だからー」
「子宮を借りるだけだよ。我慢して。子どもを産んでもらいましょうよ。生まれるのはわたしたちの子どもなんだから」
ウソでしょ。何これ。
周りの年寄りたちの話し声の中で二人の声は小さかった。でも、聞こえた。しっかりと。
「ツバサがミサキに謝罪の電話してくれないと、困るのよ。ミサキは警戒してる。でも、ツバサのこと好きだから何とかなると思うよ、頑張ってよ」
話は続いていた。でも、頭が追い付かない。思考が停止していた。
エリカは子供を産めない体なのか?それで、結婚させて最終的にわたしから子供を奪い取るつもりなのか?
「誰が産んでも、同じよ。わたしたちの子どもであることには変わりがない。赤ちゃんは養母の子宮を破って養分をたべて出てくる。ああ、楽しみだね」
「上手くいくとはおもえないけど」と、ツバサ。
「まあ、子宮を食べないで普通に生まれるパターンもあるしね。その時は2人目を産んでもらいましょうよ。こういうの、なんて言うんだっけ。リユース。子宮のリユースだね」
リユースってなに。わたしはペットボトルなの?
人間の顔をしているけど、あいつら化け物なんだ。そうか。小鬼は人間の子宮を食い破って出てくるのか。わたしは赤ん坊の餌なのだ。




