落ちていたカッターでケガしました
次の火曜日は出勤した。ズルだと思われるのはシャクだ。なんとか奇跡的にお茶を入れることに成功した。みんなに飲み物を配る前に、何重にも巻かれた包帯を外して、出勤したばかりの部長に患部を見せた。
「きゃあ」
部長はその場で女子高校生みたいな悲鳴を上げた。手を顔に当てて、目を隠している。メンタル弱すぎだろ。思わず心の声が出そうになったが、ひきつった笑顔でその場をやり過ごした。
腰を抜かしてその場に崩れ落ちた部長。傷はざっくりとキレていて、そこを縫っていた糸には血の塊がついていた。補強のせいかホッチキスみたいなものまでつけられていて、これが肉を圧迫して特に痛い。でも、自分ではこの見た目にはすでに慣れていたので、叫ぶほどではなかった。
「帰りなさい」
部長の声が震えていた。
患部にガーゼを巻き、包帯を器用にぐるぐる巻きにした。そのあと、たまった仕事を男の先輩に説明して、午後から有給となった。お茶くみは同じフロアーの総務の女の先輩にお願いした。めぐみ先輩。今度はその先輩が粘着質な声で下の名前を呼ばれるだけだ。
めぐみ先輩を見た。マコトにどことなく似ている。顔の質感が鳥。羽っぽいとか。説明しずらいけど。そんなこと、思ったこともなかった。ヤバイ。心が弱っているのか。
エリカはもう友達じゃない。ツバサは問題外。はあ、そうだよ。ムカつくけど、頼れるのはアイツしかいない。マコトだけ。くやしいけど。だから、そう見えてくるのだろうか。
会社を出て電車に乗った。自宅近くの最寄り駅に下りた。いつもの道を歩く。足が重い。マコトの実家の居酒屋。ランチもやっていると聞いたことがあった。腕時計の時間は三時前。のれんをくぐる。おじさんがカウンターの奥から顔を出した。お客も、従業員もいなかった。
「この間はすみませんでした。血で汚して」
謝った。包帯で巻かれた手を上に上げた。
申し訳ない気持ちで胸の中はいっぱいだ。血を拭く。想像しただけで脳震盪おこりそう。
「わざわざ、謝りに来てくれたの。いいのに。ありがとね。大丈夫?」
「大丈夫、です」
意識して、笑顔を作った。痛いなんて、言えないじゃないか。でも、なんか痛くなくなった気もする。慣れたのだろうか。
「カッターで切ったんだって?ごめんな」
息をのんだ。
「どうして」
「カウンターに落ちてたんだって。掃除したときは気付かなかったけど、誰かが落としたんだろう」
店主の目線がカウンター奥に移動した。
「カウンターに落ちてたものって、どんなカッターですか。見せてください。刃先とか、色とか大きさとか」
これだけのケガだ。アイツらも大きくて鋭利なものを用意して落としたに違いなかった。
「見ていないよ。エリカちゃんが見つけてくれて、カッター落ちてるから捨てときますねって、拾ってくれたんだ。そのまま処分もしてくれたんだよ。自分が捨てとくって。カバンに入れたから、見えなかった」




