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托卵   作者: 桐谷 光
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ふたばなかの総合病院

 日曜日。それも、二十二時すぎていた。

 双葉中野市唯一の総合病院。

 正面入り口。自動ドアもその奥もうっすら明るいだけ。ダウンライトか。院内には誰もいない。建物の右サイドにまわる。非常口のドアに、赤字で時間外受付って文字。外は街灯も少なく、ほんとうにココだろうか。ドアノブにマコトが手をかける。開けて中に入った。中は眩しいくらい明るかった。目を細めた。

 目の前にまっすぐの長い廊下。

 当直室前の廊下向かって右壁にぴったりとつけられて並べられたソファー。そこには数人、順番待ちをしている人たちがいた。

 外からは人の気配なんか感じなかったのに。

 体調の悪そうな赤ちゃんを抱いた若いお母さん。赤ちゃんはぐったりして泣いてもいない。その隣のソファーにはバケツを抱えて嘔吐を繰り返している小学低学年らしい男の子と背中をさすっているお父さんらしき人。その横に疲れ切った顔のお母さんだろう人もいる。中年の大人も三人いる。

 わたしの前にマコト。その後ろをついていくように歩いた。

 警備員みたいな服装をしているスキンヘッドの男と事務職員らしき太った男の二名が、廊下のソファーが置いてある反対側、受付の奥にある小部屋の椅子に座っている。小部屋と廊下の間に大きな窓。その前廊下側にカウンター。壁を挟んで奥には長尺テーブルが窓側にあって、ノートパソコンやら紙やら乱雑にモノがのっている。

「電話をした、羽田ミサキです」

 マコトが受付にそう言って、カウンター上に置いてあるバインダーに挟まった紙に名前を書く。上位に書かれた名前の人は診察が終わったのか、上に線が引かれている。

「これに、書いて」

 太った事務員に渡されたこれも、バインダーにはさまれた紙。診察申込書。マコトがわたしの個人情報を書いていく。名前、生年月日。

「えっと、ここに受診歴ある?」と、マコト。

「ない」

 右手はタオルとラップでぐるぐる巻きにされ、手をあげることさえしんどい。手の平から切れているから、複雑な丸くいびつな形でタオルを巻かれ、その上からラップされ、奥からは血がにじんでまるでホラーだ。はみ出た血は手の肘あたりまで流れたのだろう、スジがつき乾いていた。その手を押さえていた左手にも血のアト。

 字なんて書けない状況なのは、誰が見てもわかる。

「なんで、わたしの誕生日知っているの」

「お前の誕生日クリスマスだろ。あのころのクラスメートならだれでも知ってるはずだって」

 マコトは書くのに集中しているのか、こっちに視線もむけない。

 そうかも。文化祭の準備をしているとき、クリスマスに誰と過ごすかで、話が盛り上がったことがある。わたしは誕生日がクリスマスだから友達に祝ってもらいにくかった。プレゼントだって、クリスマスと一緒にされ悲しかった。わたしの愚痴で、ちょっと場をしらけさせた気がする。でも、あの時マコトはいなかった。それともいたけど、存在が薄くて気づかなかっただけとか。

 だいたい学校のイベントは塾を言い訳にして参加してないはずだ。あれは言い訳だろうと思っていた。クラスになじんでいなかったから。

 こんなに話をしやすい人物とは。知らなかった。

「卒業アルバム見たでしょ。あれに載ってたよね」

「それ文集な。卒業文集。アルバムは写真しか載ってねえよ」

「そうだっけ」

「確認してみれば」

「なくした」

 そんなもの、とっくにない。

 しばらく沈黙があって、そのあとマコトが言う。

「住所は?」

 住所記入欄を指さしていた。住所を口頭で伝えた。マコトが記入する。助かった。

 空いてるスペースに座った。その前にマコトは立っている。病気の子どもに気づかっているのだろう。ぐったりとした赤ちゃんを抱いているお母さんがこっちを見ている。

 会話がうるさかったのだろうか。

「あっちにいってみようよ」

 わたしは立ち上がって、長い廊下の奥を歩いた。どうせ、すぐに診察されることはないだろう。マコトは黙ってついてきた。

 廊下の先を曲がると、通常の待合室だった。さっき外から見た場所だ。大量の椅子が並んでいる。誰も座っていない。ダウンライトの明るさだけ、ぼんやりと足元を照らす。明るさの差異が大きくて目がすぐに反応できない。頭もふらふらする。 

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