第19幕 明日、君がいない
あれから1週間、社内の雰囲気は相変わらず重苦しい空気で充満している。
木原夫婦が残忍な方法で殺されたこと、殺したと思われる人物が社内にいるからだ。
誰も俺に声をかけようとしないし、目を合わせようともしない。
スカンクは時々「ケツがいてぇ。」と聞こえるような独り言を言う。
俺が突き飛ばしたことを根に持ってるようだ。
木原が死んだことで、蝿川さんが成績トップとなった。
尋問があった次の日に、蝿川さんから言われた言葉を思い出す。
「よくやりましたね。」
「邪魔なやつが消えてくれました。」
と邪悪な笑みを浮かべていたのだ。
俺は恐ろしかった。
自分が犯人扱いされてることよりも、表に出して人の死を喜ぶ蝿川さんが怖かった。
だが、全て上手くいくわけではない。
木原の既存のお客さんは、蝿川さんがほとんど受け持ち、残りは他の社員に分配された。
だが、ニュースで木原が残忍な方法で殺されたのを知ったのか、気味悪がってもう購入しない人がほとんどだ。
俺も何人か担当したが……。
木原を心配してくれる人は誰1人いない。
呪われる、縁起が悪いとまるで悪霊扱いだ。
悲しいことにこれが人間だ。
多少良好な関係を築いてたとしても、自分に何かあるのではないかと思えば切り捨てる。
皆、自分が可愛いのだ。
蝿川さんは契約を切られて毎回スカンクに怒られている。
席に戻る蝿川さんの顔は殺意に満ちていた。
上手くいくと思っていたのに、真逆な結果となってスカンクからは口撃される。
自分にとっては望んでいない結果となってしまったのだ。
俺はスカンクからの資料押し付けは無くなった。
独り言でちょっかいは出してくるが、次は自分が殺されるのではないかと思って、それ以上のことはされない。
今は19時ぐらいで帰宅している。
普段仕事ばかりしていたから、逆に退屈になった。
適当に映画を1、2本見て寝るという毎日だ。
久々に明日、君がいないという映画を見た。
内容はオーストラリアのある高校で、誰かが自殺をした。
時間は自殺が起こる前に遡り、生徒達の学校生活が映し出される。
親から期待されているが、周りを見下し妹を強姦してしまう兄。
親から見放されていて、兄の子供を身籠もってしまった妹。
ゲイ差別に悩み、マリファナに手を出してしまう男。
ゲイであることを隠すために、女性と交際した彼氏。
彼氏のことを愛しているが、疑心暗鬼に陥る彼女。
障害で上手く歩けない上に、失禁してしまういじめられっ子。
誰もが自殺をしてもおかしくない状況の中で、誰が自殺をしてしまったのかを見る映画だ。
日本でのキャッチコピーは『追いつめられても、SOSは届かない。』
まさにその通りだ。
よく電話やカウンセリングなどがあるが、それで何かが変わるのであれば誰も苦しみ続けたり、自殺する人はいないだろう。
一度傷ついてしまった心は治せない。
この映画では、相談に乗ってくれる優しい女の子がいる。
だが、ゲイであることや身籠ってること、障害があることをからかったり、言いふらす人がほとんどだ。
これは高校生の話だが、年齢なんて関係ない。
人間は自分より弱者だと感じたものを一方的に踏みつけたり、切り捨てるのだ。
俺はこの映画が好きだ。
フィクションだが、リアルに人間というものを再現している。
監督は当時19歳。
その若さで様々な人間模様を観れる映画を作るなんて、心底尊敬する。
映画を見ていると母から電話だ。
何があったんだろう?
「母さん。どうしたの?」
「友和………。そっちに学君がいたりしない?」
学?
あのとき飲んだ以降あってないが…。
「いや、来てないよ。」
「何かあった?」
「今日学君のお母さんが家に来て……。」
「帰ってこないんですって。」
「え……?」
「いつから帰ってないの?」
「大沢さんの葬式に行った後からみたいよ。」
「電話も電源が切れてて繋がらないみたいで……。」
そんな……。
たしかあのとき武が送っていった筈……。
そういえばあれから学と連絡を取っていない。
「あとで武にも連絡してみるよ…。」
武はLemonのアカウントを変えていたから、あの時交換したのだ。
「何かわかったら連絡頂戴ね…。」
「わかった……。また何かあったら連絡する。」
母さんとの通話が終わり、武に連絡した。
「武。ごめん急に。」
「どうした?何かあったのか?」
「学のこと知ってたりしないか?」
「いや、あれから会ってないけど……。」
「なんかあったのか?」
「俺らと飲んだ後から家に帰っていないらしい。」
「は?嘘だろ!」
「さっき母さんから連絡があったんだ。」
「学のお母さんが来て、帰ってこないって。」
「あの時武が家まで送ったんじゃないのか?」
「酔いも覚めてきたから大丈夫、1人で帰れるって途中で別れたんだ…。」
「後のことは俺もわからない……。」
「そうなのか……。」
「こんなことなら無理にでも送ってやるべきだった。」
「ともはあいつが行きそうなところに心あたりはないか?」
「わからない…。」
「俺が実家に帰ったときに、飲み行く程度だったから…。」
「そうか…。」
「なあ、ともは土日休みだろ?」
「そうだけど……。」
「俺なんとかして、16日の土曜日休めるか店長に聞いてみるからよ。」
「戻って学を探さないか?」
「そうだな。」
「何かわかるかもしれない。」
「おう。また連絡する。」
「またな。」
「ああ。またな。」
電話を切って、深くため息をつく。
学の身に何が起きたっていうんだ。
あれだけ熱心に、旅館を継ぐって言ってた学が消えるなんて。
最近あった事件を思い出す。
いや、学は無関係だ。
何かの偶然だろう。
自分に言い聞かせた。
母さんに、学のことと土曜日に実家へ帰ることをLemonで送った。
すぐに返信がきた。
『わかったわ。気をつけてきてね。』
『あまり気負いしないように…』
『母さんも協力できることあったら言ってね。』
『ありがとう』
俺はそう返信して横になった。
学のことが心配で寝れそうにない。
学は無事なんだろうか……。