第16幕 〜運命〜最終楽章
結局、今日もあまり眠れなかった。
途中で沙和子が電車を乗り換えるまでにした会話が、「じゃあね」「またな」と最後のあいさつのみ。
それ以外何も話さなかった。
沙和子の言い方はキツいが、前々から俺を気にかけてくれたんだろう。
余計にダメな兄だと痛感させられる。
5歳も年下の妹に何心配かけてんだ…。
俺は自分の情けなさに笑いながらタバコに火をつけた。
今日からまた仕事か…。
毎日行ってる喫煙所に行くか迷う。
木原は恐らく、前のことを気にしないで俺に絡んでくるだろう…。
そんなくだらないことを考えながら、支度を済ませ会社に向かう。
もう7月の初旬、余計に暑くなってきた。
電車も混んでて余計に暑苦しい。
そんな中でも俺はそれどころじゃなかった。
木原、臭男、他の社員のニヤケ顔が頭に浮かぶ。
行きたくないなぁ…。
駅に着くとやはりタバコが吸いたくなって喫煙所に向かう。
タバコと木原のニヤケ顔を天秤にかけたらタバコが勝った。
ほんとは麻薬と変わらないんじゃないか?
この中毒性。
俺の意志の問題だが………。
タバコを吸って数分、木原は来なかった。
珍しい。
実は気まずくなったとか?
………いや、それは無いだろう。
だが、なんで今日は来なかったんだろう。
木原も割と吸うほうなのに。
俺が会社に行くとやけに静かだ。
普段は扉の前でも少しは話声が聞こえるんだが……。
ドアを開けてあいさつすると、スカンクが俺の胸倉を掴んで臭い口で叫んだ。
「正直に行ってくれ小田君!君がやったんだろ?」
「いや、やったって正直に言ってくれ!」
「今なら情状酌量の余地はあると思う!……多分……。」
なんだ?
何事なんだ?
他の社員は俺を恐怖の眼差しで見てる。
しかも部長までも…。
後ろから肩を叩かれた。
振り返ると俺は凍りついた。
小山だ…。
後ろには大鷲もいる。
「草尾さん。そう取り乱さんでも…。」
「小田さんびっくりしてるでしょ?」
「だがこいつで間違いない!」
「木原に元カノのことをバラされた腹いせに殺ったんだ!」
「奥さんごと………。」
は?
どういうことだ?
木原と奥さんがどうしたって?
「だからって部下を犯人扱いは良くないですよ。」
小山は後ろの大鷲を見ながら
「な、大鷲?」
「私なら嫌ですね。」
大鷲はあっさりと答える。
「とりあえず応接室をまた借ります。」
「まだ小田さんには何も聞いてないので。」
もう全員と話をしたのか…。
小山と大鷲、俺は応接室にむかう。
「私の出世が…。」
「トッププレイヤーの部下が………。」
「あんな……あんな出来損ないの役立ずに〜〜。」
臭男が後ろで何か言ってる。
俺のことそこまで思ってたのか…。
酷い言いようだ。
応接室に着いた。
「よっこらせ…と。」
「まあ座ってくださいよ。小田さん。」
「はい…。」
俺も座るが、座った心地がしない。
まるで空気椅子をさせられてるかのような緊張感だ。
「社内ではえらい嫌われようですな。」
「社員の方々は全員あなたが犯人だと…。」
「小山さん!またそんな……。」
後ろで立ってる大鷲が言ったが、小山が睨みをきかせて黙らせた。
「何があったんですか?」
「私は何も知らないし、やましいことはやってない!」
訳もわからず犯人って…。
意味がわからない。
「まあ落ち着いて話しましょうよ〜。」
「まあこれを見てください。」
大鷲は何か言いたげだったが、ぐっと堪えていた。
写真だ。
これは…木原だ。
髪型が変わっているが、木原だった。
カツラだろうか?
白髪?銀髪?のカツラにスーツを着てる。
普段とは違う感じのスーツだが……。
右手には指揮棒。
そして何より………。
空っぽになったお腹の中にレコードプレイヤーが……。
しかも左手の人差し指がプレイヤーの針のところで抑えられてる。
自分でセットしたかのように…。
「すごいでしょ〜。」
「でもそれだけじゃないんですよ。」
もう一枚の写真を見せられる。
これはもっと酷い。
俺は目を背けた。
木原の奥さんだろうか…?
タイヤの下に逆さまの頭。
左右は手足で丸く円にしてた。
しかもバスドラムのフットペダルか…?
ビーター部分が足になっている……。
あと真ん中にカードとその上下に英語らしきものが見えたが……。
もう見られない。
俺は目を背けた。
「ちなみに胴体はタイヤの裏側にありました。」
「不要なパーツだったてことですなぁ。がははは。」
余計なことを言わんないでいい。
前も思ったけど、この刑事正気か?
これを笑いながら説明するなんて…。
大鷲なんて震えてるぞ。
「鋸好きですよねぇ。この犯人!」
「小田さんも鋸好きだったりします?」
このオヤジ……!
怒鳴って殴り飛ばしたいぐらいだったが、ダメだ。
冷静になれ…。
感情的になったら負けだ。
「す、好きなわけないですよ…。」
「日曜大工が趣味ってわけじゃないし…。」
昔、図工の時間で木を切ったぐらいだ。
「でしょうね〜。ベースが元々ご趣味だったんですよね?」
「大切な指を傷つけたら大変だ。」
ぐ……。
知ってるなら聞くなクソオヤジ。
俺を怒らせようとしてるのか?
だが、俺は事実何もやってない。
「あ〜。話が途中でしたね。」
「このレコードプレイヤーはずっと音楽を奏でてたみたいでね。」
「近隣住民の苦情で土曜日の朝に発見されたんですよ!」
「昨日の夜からずっとうるさいってね。」
土曜日の朝か…。
俺は東京から千葉に向かっていた。
家族が証明できる。
「ただ、死亡推定時刻は7月1日金曜日に木原さんが帰宅された19時頃!」
「あなたはその時残業もせずお帰りになったとか?」
「木原さんは普段から残業しないタイプで、いつも通りご帰宅されたみたいです。」
嫌な予感がする…。
「そして!」
「普段は夜遅くまで残業してるあなたは明日用事があると行って定時で帰った!」
「なぜですか〜?」
なんなんだ。
このねっちこい話し方は。
腹が立つ。
「それは葬式が…。」
「あ〜そうでしたね。」
「最近殺害された大沢さんのお葬式でしたっけ?」
「忘れてましたよ〜。」
わざとだろ。
食い気味で言いやがって…
「千葉にはいつ戻られたんですか?」
「土曜日の8時頃に家を出ました。」
「ふーん。」
「わざわざ定時17時に帰る必要があったんですかねー?」
「いつも通りに遅くまで残業しろとは言いませんが、少ーしぐらいはできたでしょ?」
「それにその隈!」
「あまり睡眠もしてないようですし?」
失礼な奴だな!
「こうゆう事情がなければ早く上がれないので……ここはそういうところです。」
「確かに寝付けは悪いですが、私だって早く帰ってゆっくりしたいこともあります。」
「ゆーっくりね…。」
「まあ余程の仕事好きじゃなければ、残業なんて本来誰もしたくないですよねー。」
「それで金曜日は帰られてゆーっくり過ごされてから、翌日に千葉に戻られたと?」
「は、はい。そうですが…。」
「家にいたことを証明できる人は?」
「いません。」
いるわけないだろ。
1人なんだから。
「はぁ〜。またアリバイ無しかー。」
今回は普通に言いやがった。
「ちなみにそのシップは?」
正直に言うべきか…。
言うしかないだろう……。
「金曜日、帰るときに木原と揉めてしまって……。」
「なんと!動機はあるんですね!」
ぐ……。
悔しいが俺には動機はある。
「まあ他の社員が殴られてるところを目撃して聞いてるんですけどね………がははは。」
こいつ知ってて…。
しかも見られてたのか。
「他に聞きたいことがあるんですが……。」
「木原さんのお腹にあったレコードプレイヤーで何が流れてたか知ってます?」
知るわけないだろ。
「わからないです。」
「木原が好きな曲が流れてたとか?」
「私は彼の音楽の趣味は知りません。」
本当のことだ。
音楽のことで話をしたのはあの3人と家族だけ。
「実は彼の曲の趣味とは異なってましてねー。」
「彼はクラブミュージックを好んでたようで、いくつかCDも見つかってます。」
きっと奥さんに内緒でクラブにも通ってだんだろうな。
「それとはまったく別!」
「この写真を見て何もわかりませんか?この髪型と服装。」
「どこかで見たことあると思いませんか?」
近づけないでくれ…。
ちょっとまてよ…。
確かに見覚えがある。
音楽の教科書や学校の音楽室に飾られてた…。
「ベートーヴェンに似てる……。」
そうベートーヴェンだ。
腹にレコードプレイヤーを入れられて殺されてる以外はベートーヴェンだ。
「ピンポーン!正解です!」
「クイズ選手権に出れるんじゃないですか?
小田さん!」
ぐ………。
歯を食いしばる。
「そう!流れてたのは誰もが聴いたことがあるベートーヴェンの運命です!」
運命…。
確かに誰もが聴いたことある曲だ。
だが、木原がクラシックの曲を好んでるとは思えない。
「木原にクラシックの趣味があったんですか?」
「んー。実はこのレコードプレイヤーや指揮棒は盗難品で、近くに住んでた老人がコレクションとして飾られていたものを盗まれてたんですよ。」
「お金とついでに。」
盗難品か…。
お金もコレクションも奪われて、その老人も気の毒だ。
しかも殺人現場の道具に使われるなんて…。
「その時はお金と一緒にレトロで高価そうという理由で盗まれたんじゃないかと捜査はしてたんですが〜。」
「まさか盗難品が人の腹から出てくるなんて!」
「流石にご老人に事実を言うべきか迷ってます!がははは。」
笑い事じゃない。
「しかも!少し腸の一部がついてしまっていまして………。」
「受け取ってくれますかね?」
「がはははははは!」
受け取るわけないだろ
しかも大爆笑しやがった。
刑事にこんなのがいるなんて腐ってるな。
職種は違えど、同じ公務員の妹のことが不安になる。
「ショック死されても困りますからね、ぶぶ。」
「困ってます、ぶふ。」
笑いを堪えるな。
しかも、縁起でもない。
「んっんー。小山さん!」
「一度本題に戻りましょう。」
流石に耐えきれなくなったのか、大鷲が咳払いして小山に伝えた。
「わかってらぁ。咳払いなんかすんな!鬱陶しい。」
嫌な上司を持つと大変だな。
俺もその気持ちはわかると大鷲に同情した。
「お気になさらず、話を戻しましょ。」
お前のせいだ。
大鷲も若干不機嫌そうだ。
「なので木原さんにはクラシックの趣味なんて全然無かったわけですな。」
やっと話が戻った。
「何故ベートーヴェンに?」
純粋に疑問だ。
確かに有名な偉人であり、有名な曲ではあるが……。
なぜ?
「そりゃー私も知りたいですよ!」
「犯人ではないんでね。」
「小田さん。音楽をやられてましたが、クラシックは?」
「自分が演奏してたのはハードロック系等です。」
「クラシックとはあまり縁がないですね。」
「んーそれは困ったなぁ。」
何が困っただ。
俺を犯人にしたいのか?
「あとこれも……。」
再度奥さんの写真を見せられる。
こっちのほうが見たくない。
バラバラだからな。
「この中心のカード見覚えあります?」
これは…
「タロットカード?」
「ピンポーン!またまた大正解です!」
「小田さん!やはりクイズ番組に出られてみては?」
こんなクイズ番組があってたまるか!
殺人現場の証拠探しクイズなんて…。
「私はこの手のことはなーんも知らなかったんで調べたんですが……。」
「運命の輪というらしいですよ。」
知ってる。
昔これを元にした事件のドラマを見たからな。
バラバラではなかったが…。
「位置が正しい向きと逆の向きだと意味が違うらしいです。」
あまり細かい内容はあまり知らないが、逆位置は大半がいい内容でなかった気がする…。
これは逆位置だ。
「まあ簡単に言うとチャンスを逃したり、タイミングではないという意味です。」
「奥さんは妊娠されてたそうですよ。」
「妊娠?」
「ええ。1か月ぐらいだったとか。」
「それでタロットカードでタイミングではないと表現されて殺されるなんて……。」
「皮肉ですな。」
妊婦をバラバラにするなんて……。
正気ではない。
「小田さんは占いとかに興味は?」
痛いところをつかれたな。
「はい…。」
「少し前に少々。」
「少し前?具体的にいつ頃ですか?」
う……。
これを言ったらまた疑われてしまう…。
しかも男が占いに興味があったなんて、学達にも言えなかったことだ。
だが、調べられたら履歴とかで出てくるだろう。
正直に話そう。
「1年前です…。」
そう…。
別れて数日後、無気力になってた俺は占ってもらい、良い方向に進めばと思っていた。
「1年前?」
「それはあなたが丁度、大沢さんと別れられた頃じゃないですか?」
「その時占いを信じて何かいい方向に進めばと?」
「その通りです。でも祈願してもらっても、おすすめの神社にお参りをしても状況は良くなく……。」
「すぐにやめました。」
「なるほど。」
仕方がなかった。
神でも霊能力者でもすがるしかなかったんだ…。
1人寂しい部屋で友人と呼べる人物は他県で、1人は音信不通だったから…。
でもダメだった。
逆に悪化していくばかり。
綾葉は神様はいるんだよ!って言ってたけど、それも嘘だ。
人間が勝手に作って崇めた幻影にすぎない。
神が人間を作ったんじゃない。
人間は猿から進化しただけ。
昔の人間がフィクション作品のように神をいくつも作っただけだ。
それを人間が都合よく解釈して崇めているんだ。
「で、神にも見捨てられて絶望したあなたは……。」
「俺は何もやってない!」
もう我慢の限界だ!
俺は立ち上がった。
「まあまあ。」
「別にあなたが犯人だ!なんて断定してないでしょう?」
「それに近い言葉を言おうとしてただろう!」
「言おうしたのであって、まだ言ってないが……。」
「最後にこれの意味、わかったりします?」
「先に言っときますが、これはコピーした物です。」
「レコードプレーヤーと一緒に木原さんのお腹の中にありました。」
小山から紙を1枚渡される
黒色の文字で書かれている。
〜運命 〜最終楽章
作曲家が運命の輪と出会う。
作曲家が占ってほしいと頼んだ。
占ってもらう代わりに自分の曲を演奏する。
運命の輪がルーレットのように回りながら喜んだ。
私が好きな曲だと。
作曲家は右手で指揮し、左手で演奏した。
右足は運命の輪を打楽器の代わりにしてリズムを取る。
一緒に演奏できた運命の輪はとても嬉しそうだ。
曲が終わったときには運命の輪は止まり、男の運命を指し示すだろう。
読み終えて
「意味がわかりません……。」
こんなの殺害現場に置いて何を考えているんだ…。
「わかりませんか〜。」
「それは残念ですな。」
何が残念なんだ。
「ここをよく見てください。」
拡大された奥さんの顔の写真を見せられる。
「なっ……!」
「ね?すごいでしよ?」
「矢印の形にして、皮をはがしてるんですよ。」
「しかも天井にはlive、真下にはdie and go to hellと血文字で書いてありました。」
「訳は生きると死んで地獄に落ちるって言う意味です。」
「物語でいうと作曲家は地獄に落ちたってことになりますな。」
なんて恐ろしい発想なんだ。
「あと木原さんの足元が水浸しになってたんですよ。」
「水?」
「そうなんですよ〜。」
「少し離れたところからバケツが倒れてまして、それには血でCocytusと書いてありました。」
「コーキュートス?」
「なんですかそれ?」
「またまた〜。実は知ってるんじゃないですか?」
頭にきすぎてもう言葉が出ない。
「イタリアの詩人、ダンテの神曲という作品で出てくる地獄の最下層、9番目に位置する川のことですよ。」
「そこでは裏切りや嘘をついたものが氷漬けにされるらしいです。」
「そうなんですか……。」
というとその物語でいったら、作曲家はコーキュートスに落ちたということになる。
「小田さん、詩集とかにも興味あったりします。」
興味深い話だと感じたが、今まで詩とかは好んで読んではいない。
「いえ。読んだことすらありません。」
「わかりました…。」
「まあここまでにしときますか。」
「会社の方々にもそろそろ迷惑でしょう。」
迷惑な存在はお前だがなっていう目で俺を見る。
「大鷲、行くぞ。」
「はい。」
2人は去っていったがこの後だ。
俺はどうすればいい?