第15幕 観客となった役者
夕方頃、カバンを持って母さんと父さんのところまで声をかけようとしたが…。
そこには帰り支度を済ませたであろう沙和子がいた。
「友和!丁度よかった。」
「沙和子も帰るところだから、一緒に帰ったら?」
勘弁してくれ…。
この二日間どんだけ不仲だったか見てるだろう…。
「えー。別に私1人で帰れるし!」
それはこっちのセリフだ。
「いいじゃないの。帰りぐらい仲良くしていきなさい!」
「これは母さん命令よ!いい?」
また強引な…。
「は〜しょうがないなぁ。友和、いくよ…。」
折れるなよ馬鹿。
仕方がない。
「わかった。途中まで帰るか。」
俺は渋々沙和子と扉の方まで行く。
母と父は見送ってくれた。
「電車内で喧嘩しちゃダメよ!」
「わかってるよ!子供じゃないんだから。」
「またね。お母さん、お父さん。」
まったくその通りだ。
「またくるよ。母さん、父さん。」
「身体に気をつけて。」
2人で駅まで向かうが、お互い無言だ。
口元が寂しくなってきた。
タバコを取り出し、火をつけた。
沙和子はわざと咳込み
「ちょっとやめてよね!路上喫煙。」
「それにまた変な匂いのタバコ吸ってんの?」
「ほんとに趣味悪いよね!」
変な匂いって木原にも言われたな。
「別にいいだろ。」
「携帯灰皿も持ってるし、他に誰もいないんだから。」
「私がいるでしょ!」
「それにいい歳して路上喫煙なんて……。」
「みっともない。」
「わかったよ………その通りだ。」
まあ実際によくないことだからな。
タバコを携帯灰皿に捨てる。
「………。」
「そうやってなんでも受け入れてたんじゃないの?」
「は?」
「誰かに言われたからそれをほいほい鵜呑みにして、冷静に考えてみたら嘘だって気づいた。」
「でもその時には後の祭りだったんじゃない?」
「何が言いたい?」
「友和は路上喫煙したりとだらしないところあるけどさ、根が真面目過ぎて人を信用しすぎるところがあるんじゃないのって意味!」
「………」
真面目?
俺が?
「大沢さんと別れたとき、何があったかは知らないけど….……。」
「いい別れ方じゃなかったのは私にだってわかる!」
「………」
まさにその通りだ。
「私が東京で働くってなったとき、大沢さんにはショッピングとか付き合ってもらったり、色々東京のことを教えてもらったりしてお世話になったよ!」
「一応友和の友人でもあって元カノってこともあったからお葬式に行った!」
「でも…………。」
「でも?」
「やっぱりわかってないんだね!」
「まだ目が曇ってんじゃないの?」
「………」
「私と買い物行った時、服装も派手だし付けてたアクセサリーもバックや財布も!」
「ブランドもので高価なものだった…。」
「ヴィヴィアンやコーチとか有名なところばかり……。」
「………」
ああ…。
知ってたよ。
俺は聞いたんだ。
彼女はそれを…。
「私はなんとなく聞いたんだよ!」
「そんなもの買えるお金が友和に無いことは知ってた!」
「でも聞いたの!」
「それすごいですね!どうしたんですか?って。」
「………」
そう…。
彼女はこう言ったんだ。
「私が買ったんだよって!」
そうだ…。
そう言われたんだ…。
「おかしいと思わなかった?」
「本人は飲食店でバイトしてるって言ってたんだよ!」
「それであんなにブランド物を買えるわけがないじゃん!」
「友和じゃなかったら誰に出してもらってたと思う?」
「………」
葬式でのキャバ嬢達の言葉を思いだす。
男に貢がせた。
パパ活。
オッサン。
抱かれてた。
嫌なワードが続々と出てきた。
「私は同棲してて流石に気づくとは思ってたけどね!」
「何回も過ち繰り返してまた病んでるんでしょ!」
「いい加減学びなよ!」
「………」
そうだ。
これが初めてじゃない。
前も…。
前の前も…。
みんな俺の前から消えていった…。
「いつまでも黙ってないで、なんかいい返したら?」
「………」
「沙和子………。」
掠れそうな声で名前を呼んだ。
「何よ?」
「なんか言い返す言葉でも浮かんできた?」
「わかってるよ…………。」
「俺がダメな奴ぐらい。自分でも痛いぐらい分かってる…。」
「だったら…。」
「でも!……もういいんだ!俺はもう疲れた…。」
「あとの余生は1人で過ごすよ…。」
「お前はいい旦那さん見つけて、幸せになれ…。」
「それでいいの?」
「いいんだ。俺はなんもない中途半端な人間だ。」
「容姿がいいわけでもない、何かしらの能力に恵まれたわけでもない。」
「別にそんな人はいくらでもいると思うけど…。」
「そうだろうなぁ…。それでも必死に生きて幸せになった人はいるだろうなぁ…。」
「だったら友和も必死になればいいじゃん。」
「はははは…。さっきも言ったけど俺はもう疲れた。」
「そんな気力はもうないよ。」
俺の壊れた笑いは気持ちの悪いものだろう。
でもどうだっていいんだ。
「わかった…。もう何も言わない。」
流石の沙和子も折れたようだ。
それでいい。
沙和子は素敵な旦那さんと結婚して母さんと父さんに孫を見せて、2人は楽しく余生を過ごす。
学の旅館は大きくなって人気の旅館になり、武の曲は世界にも認められるようになる。
素晴らしいじゃないか!
俺は舞台から降りて観客としてみんなを見ていきたいと思う。
俺にスポットライトを向けられても、また悲劇しか演じられないから…。
だから俺みたいなやつよりみんなの幸せを願うことにしよう。
これが……。
俺の夢だ…………。