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4話:狂気の末路

また長くなってごめんなさい、以外に書くことが思いつきません。

今回もお付き合いくだされば幸いです。

「ヴェティ! 生きてたの!」


 一部始終を見ていたであろうシャルトナが、驚いたように叫ぶ。

 しかしそれは友人の健在だけでなく、隣人があっさり人を殺めたことに対する驚愕の念も含んでいた。

 血まみれの刃を手に平然と佇む姿を目にすれば、これまでの印象が覆るのは無理もない。

 

「大丈夫だよ」


 しかし今は弁明するよりも先にやることがあった。

 短く、しかし優しく告げてもう一つの標的を探す。


「おいこの野郎! 何しやがった!」


 声の方向を振り向けば、男が剣を構えてがなり立てていた。

 見開かれ、血走った瞳、ぴくぴくと震える口元。隠す気のない強い殺気。

 顔が見えなくとも、覆面の裏でどのような表情をしているのか容易に想像がつく。

 まさに怒り心頭といった様子で、先ほどまでのような余裕は微塵も感じられなかった。


「殺した」

「ざっけんじゃ、ねええええ!!」


 若干の嘲りを込めて簡潔に答えると、男の憤怒は頂点に達した。

 感情のままに突撃し、力任せに刃を振り下ろしてくる。

 少し身を捻れば避けるのは難しくないが、その一撃は存外鋭かった。


「殺す! 死ね!」


 そのままの勢いで剣を振り回してくる。

 まるで駄々をこねる子供のようだが、そこに籠った怒気と殺意は凄まじいものだった。

 受け流すのは容易であっても、刃と刃がぶつかる度に腕に走る衝撃が男の必死さを伝えてくる。

 大の男と細身の少女。

 圧倒的な体格の差が、技術の壁を埋めつつあった。


「黙って殺されてりゃいいのによ!」


 怒りのまま繰り出される剣戟は、未だ鈍る様子がない。

 このままの状況が続くのは好ましいことではなかった。

 早急に決着をつけるべく、一歩前に出る。


「やる気かあ? このクズが!」

 

 どの口が、などと言い返す暇はない。

 追い払うように振るわれた刃を受け止め、姿勢を崩して見せた。


「終わりだ、とっとと死ね!」


 勝利を確信したのか、その口元が吊り上がった。

 そのまま全力を込め、剣を袈裟に薙いでくる。


「うおらあ!」

 

 しかし、それこそが目的。

 すんでのところで必殺の一撃を受け流すと、そのまま懐に踏み込む。

 その先にはがら空きになった胴体。

 渾身の攻撃を誘い、その隙を狙うという作戦は、成功したように思えた。

 その勢いのまま、心蔵目掛けて飛び込むように刃を突き出す。 


「この、くそったれ……!」


 殺った、と思ったのも一瞬。すぐ異変に気がついた。

 肉を貫いた気がまるでしない。

 敵を屠り、その生命に終わりをもたらす独特の感覚。

 一度経験すれば忘れられなくなるそれが、全く手元に伝わってこない。

 まさか、とその可能性に気付いた瞬間だった。


「調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 男の放った膝蹴りが、鳩尾を正確に捉えた。

 強烈な吐き気を伴う鈍い痛みが、細い体を駆け巡る。

 思うように苦痛に抗えないまま、後ろへ吹き飛ばされた。 

 

「げほ、おえっ」


 嘔吐きながらもなんとか身を起こし、立ち上がる。

 本来の肉体でないからか、感覚に対し実際の動作がついてこない。

 結果、あっさり急所を突かれてしまった。

 

「ああもう! 使いたくなかったのによお!」


 男の苛立ちは更に加速していた。

 まとった衣服の胸元、先ほど刺した、いや刺そうとした箇所に透明な液体が渦を巻いているのが見える。

 その液体はそのまま、衣服の中に染みこむように吸収されていった。


「水、か?」

「ああそうだよクソガキ! 残念だったなあ?」


 よく見れば服の輪郭が、波打つように揺れていた。

 そしてその裾から、一筋の雫が零れ落ちる。


「その服が魔道具、ってことか」

「正解正解! 察しいいじゃねえか!」


 正体を予測してみせれば、男はあっさり種を明かした。

 魔道具たる衣服に水を纏わせ、ある程度自在に操作しているようだ。水を収束させて壁を作り、刺突を凌いだのだろう。

 しかし彼の褒めるような文言とは裏腹に、その声に賞賛の感情は全く含まれていない。


「満足しただろ! さっさと死ねや!」


 むしろ更に怒りが増している。

 格下と思って侮っていた子供に相方を殺された挙句、自分の切り札まで使わされたのだ。

 彼のような人間にとって、見下していた相手に逆襲されることは耐え難い屈辱だろう。


「もう痕跡どうこうは関係ねえ! お前だけは間違いなくぶっ殺す!」


 もはやなりふり構わないとでも言わんばかりに、男が叫ぶ。

 充血しきった眼は焦点が合っていない。理性を失い、本能のままにむき出しの殺意をぶつけてくる。

 もはや獣に成り下がった彼にあるのは、溜まりに溜まった鬱憤だけだ。


「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ、消えろ!!」


 狂ったように呪詛を繰り返し、剣を構える。

 衣服を包んでいた水が剣に流れ込み刃に収束すると、男は乱暴に剣を振り抜いた。

 その軌跡をなぞるようにして水の刃が形成され、高速で飛来する。


 咄嗟に横へ飛び、なんとか回避する。

 背後にあった建物の壁が、轟音を立てて崩れ落ちた。

 あんなものを食らえば即死は免れないだろう。冷汗が背中を伝い、流れていくのが感じられた。


「避けてんじゃねえよ、誰か来たらどうしてくれんだあ?」

 

 完全な自業自得にもかかわらず、男には反省する素振りは全くない。

 それどころか苛立ってしょうがないと言わんばかりに覆面を脱ぎ捨て、ぼさぼさの頭を搔きむしる。

  

「死んでくれって言ってんだよ、お前耳聞こえてんのかあ?」


 目の前の狂人に正常な思考能力は残っていなかったが、だからこそ恐ろしくもあった。

 現にそうだが、この手の輩は手段を選ばない。

 後先考えることなく、とにかく目的を果たそうとする。

 傍迷惑な考え方だが、相応に脅威たりえる。


「動かないだけでいいんだよ! 言う事聞けや!」


 横暴極まりない言葉を叫び散らし、再び得物を構える。

 先ほどの攻撃を、もう一度行うつもりなのだ。

 回避はできても、防御はできない。つまり、回避できない者に当たればどうなるか。

 そしてそれは、男の側も良く分かっていることだった。

 

「ひひひ……」


 気色の悪い笑い声が、不快な音となって鼓膜を揺らす。

 その視線は金髪の少女へ向けられていた。

 

「え、嘘でしょ?」


 標的になったことを認識し、リーニャは思わず後ずさる。

 しかしその背後には、既にこの世を去った女が遺した剣山があった。


「あ、ああ」

「お前の相手はそっちじゃねえだろ! やめろ!」


 逃げられないことを察した彼女の口は、意味ある言葉を紡げない。

 抵抗できない獲物を前に、男は醜悪な笑顔を浮かべる。

 友人を救うべく駆けだそうとしても、疲労の蓄積した脚では間に合いそうもない。

 苦し紛れの静止など聞き入れてくれるわけがない。

 嗤う男の衣服に残った流体が、その剣へ流れ込む。はずだった。


「なんだ?」


 魔力を帯びた水は武器へ伝わることはなかった。

 それどころか男の体を離れ、その眼前へと集まる。

 中空で形成された水球は、男の頭部ほどの大きさがあった。


「クソが! テメエも俺に逆らうのかよ!」


 自らの使役する道具に裏切られたと思い込んだのか、水球を斬ろうと剣を振り下ろす。

 しかし、液体を断つことはできない。

 斬られた仕返しと言わんばかりに、水球は槍へと姿を変える。


「まさか! やめろ!」 


 反逆の水槍は、そのまま主に襲い掛かった。

 その左胸、心臓を見事に刺し貫く。

 これまで狂気そのものに染まっていた男の表情が、一気に曇りだした。


「なんで、だよ……」


 鼓動の源を穿たれては、屈強な戦士とてひとたまりもない。

 身体を貫く槍が役目を終え、ただの水へと戻る。

 そのまま男はばったりと倒れ伏した。

 少し遅れて噴出した血が、路地に広がって骸の周囲を赤く染める。

 

 全ての生物に唯一与えられた命を失い、肉体は機能を停止する。

 脳も、筋肉も、臓器も、もう動くことはない。


「何が起こったんだ?」


 あまりに突然で、呆気ない男の幕切れ。

 思いがけない展開に、理解が追い付いていない。

 なぜ、誰がとその原因を探り出そうとする。

 三つ編みの少女、シャルトナか。

 それともついさっきまで命の危機に瀕していたリーニャか。

 いや、それはない。

 仮にそんなことができたのなら、そもそもこんなに追い詰められることはないはずだ。

 だとすれば、この三人以外の誰か。

 姿の見えない何者かの存在を確信し、辺りを見渡す。

 すると、路地の入口。暗がりから近づく影がうっすら見えた。


「誰だ!」

「敵じゃないよ。間に合って良かった」


 月光の下へ姿を表したのは、中性的な顔立ちをした少年だった。

お読み頂きありがとうございました。

タイトル回収がまた遠のきそうな流れになってしまいましたが、そこまでは頑張ります。


※ブックマーク、感想お待ちしております。

 冗談抜きで励みになっております。

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