2話:絶望の道
この回で視点の区切りをつけるつもりでしたが、また長くなってしまったので分割します。
構成ヘッタクソで本当に申し訳ございません。
まさに冗長そのものな気もしますが、読んで頂ければ嬉しいです。
「はあっ、はあっ、はあっ!」
耳元に、荒い息遣いが響く。
前を行く二人を見失わないよう、とにかく必死だった。
既に両脚は悲鳴を上げ、喉は乾ききっている。
それでも、走るのをやめるわけにはいかない。
すぐ後ろには、二つの影。
目と口元以外を覆い隠す覆面をはじめとする、露出の殆どない装いは、夜の暗さもあって不気味さを一層際立たせていた。
「もー!あいつらしつこい!」
「このままじゃまずいかも! ヴェティ、大丈夫?」
数歩先を行くリーニャとシャルトナも、疲労困憊といった様子だ。
額から流れる汗を拭う余裕もなく、一心不乱に腕を振り駆け続ける。
その表情には疲労から来る辛さだけでなく、状況を未だ呑み込めてない故の困惑が見て取れた。
昼間来たあの男に見つかった後、まず逃げる事を考えた。
しかし幅の広い体躯は狭い道を占有しており、すり抜けるのは容易でない。
かと行って後ろに道は無い。袋小路になって終わりだ。
手に持っていたガラス片を投げつけて隙を作ろうかと考えていると、シャルトナが突然彼に向かって走り出した。
その勢いのまま突っ込み、体当たりを仕掛ける。
少女たちの中でも一際華奢な体つきをしている彼女だが、男は衝撃を受け止めきれず、尻もちをついた。
「逃げるよ! 早く!」
降り向いて叫んだその横顔が、月明りに照らされてやけに頼もしく映る。
しかし、小さな体躯に秘められた思いがけない力に驚く暇はない。
横に立つリーニャと顔を見合わせ頷き合うと、彼女の後を追って走り出した。
「ガキらしく逃げ足は早いね。 面倒だよ」
「全くだ。 しかも狭いところを選んでいるしよ」
背後の追手が、忌々しそうに吐き捨てる。
服装もあって気が付かなかったが、どうやら男女二人組のようだ。
とても運動が得意には見えなかったあの男に代わり、こちらを追跡している。
用心棒か部下かは不明だが、少なくとも彼よりは身軽だ。
「こっち! もうすぐだよ!」
シャルトナの先導に従い、裏道を駆け抜けていく。
目指すは歓楽街方向。
この時間でも人通りは多く明るいため、そこまで辿り着ければ助けを求めることもできる。
「おい、このまま歓楽街に逃げられると面倒だぞ」
「分かってるよ。あんたはこのまま追いな」
既に狙いは見抜かれているようだった。
女の言葉から不穏な予感がしたが、かといって他に行く場所も思いつかない。
走ることに集中するべく、雑念を振り切る。
「もうすぐ! この先だよ!」
「よーやくじゃん! 頑張れヴェティ!」
いくつ目かも分からない角を曲がった路地の奥、その先に輝く明かりが視界に入る。
昼も夜も関係なく辺りを照らすその様子は、目的地に違いなかった。
絶望の中に光が差し、三人の表情に希望が戻る。
「はあ、はあ…… あれ?」
ふと後ろを振り向いた時、異変に気付いた。
二人いたはずの追跡者が、一人になっていた。
追い付けずに離脱したのかとも思ったが、そんなはずはない。
迫ってくる男の顔は見えずとも、疲れているわけでないのは分かる。
それに体力ではヴェティたちが圧倒的に不利なはずだ。追いつかれはしなくとも、振り切れる道理はない。
ならばどうして、そう考えた瞬間だった。
「嘘っ! なにこれ!」
「どーしたのさ! ってなにこれ、針!?」
先頭を走るシャルトナが足を止め、すぐ後ろについていたリーニャもつられて停止する。 これから通るはずの道には、異様な光景が広がっていた。
地面が鋭く隆起し、無数の針を形作っている。
針一つ一つは少女たちの足首くらいまであり、このまま駆け抜けることは不可能だった。
「何よこれ! 前はこんなのなかったのに!」
「そりゃそうさ、アタシが今作ったんだから」
追い付いてきた男の側に、覆面の女が降り立つ。
その手袋には複数の紋様と文字が糸で縫われており、淡い光を放っている。
「やっぱ魔法使ってたか。跡が残るから面倒だってのに」
「大丈夫さ。 別に残っててもバレやしないよ」
-魔法。
この世界を満たす『法則』と契約し、一時的にそれを捻じ曲げる許可を得る。
火種がなくとも炎を生み出し、水源もいらず水流をもたらす。
遥か千年前は限られた種族しか行使できなかったが、現在はあらゆる人間がその奇跡を行使できるようになっていた。
この女はそれを用いて、とても通れないように地形を変えてしまったのだ。
「そん、な、ここまで来たのに」
「噓でしょ、あと一歩で!」
唯一と言って良い光明を潰され、少女たちの胸中が絶望で塗りつぶされる。
シャルトナは顔を覆い、リーニャは膝から力が抜けてへたり込んでしまった。
ヴェティも茨道の向こうに見える輝きを見つめたまま、立ちつくすしかなかった。
見えていながら辿り着けないという事実が、悔しさを更に加速させる。
「魔導具を持ってたのね。気づけなかった……!」
「一応切り札だからね、取っておいたのさ」
魔法の素質たる魔力は殆どの人間に備わっているが、単に念じれば使えるわけではない。
通常は彼女が持っているような魔導具、つまりは媒介が必要なのである。
手袋を嵌めた手をふらふらと振り、女は勝ち誇る。
黄ばんだ歯を見せてにたりと笑うその様は、顔が見えずとも下劣な印象を与えてくる。
「うああああ!!」
突如、ヴェティの背後からシャルトナが飛び出した。
自暴自棄になったのか、少し前にやったように女に対してぶつかっていく。
だがしかし、体勢を崩すことは叶わず少し後ずさりさせるだけに終わってしまう。
女はふっと鼻を鳴らすと、逆にシャルトナを蹴り飛ばした。
「うあっ!」
「驚いた。いい根性してるねえ」
ヴェティの下まで転がった彼女を見下ろし、女は軽く言い放つ。
言葉の内容とは裏腹に、その声音は余裕そのものだった。
しかしその視線は鋭く、冷たい殺気を滲ませて蹲るシャルトナを射貫いている。
「それじゃ、お楽しみと行こうかね」
「ようやくだ。苦しむ姿を見せてくれよ?」
二人の声が、喜びと狂気を混じえた気色悪いものに変わった。
待ってましたと言わんばかりに懐から短刀を取り出すと、わざとゆっくり近づいてくる。
相手が怯え怖がる姿が見たいという、醜悪な欲望を隠そうともせず。
毎回懺悔ばかりで恥ずかしい限りです。
せめてタイトル回収までは頑張って投稿します。
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