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1話:理不尽の前触れ

お待たせしました。本編開始となります。

とは言っても本筋全然動いていません。ごめんなさい。

それでもお読み頂ければ幸いです。

 その日、ヴェティ・フォールンは理不尽がどういうものであるか、身を以て体験していた。

 ひたすら一生懸命に、暗い路地を走り抜ける。

 後頭部で束ねられた黒髪が尻尾のように振り乱れ、切れ長の赤眼が恐怖を孕んで震える。

 耳たぶで揺れる、雫を象った白と赤の飾りが月明かりを反射してまき散らしていた。

 前を走る二人の仲間を追うように、しかし何かから逃げるように、必死に脚を動かして地を蹴り続ける。

 己を襲った理不尽を、呪いながら。


 


 

 都市部で、借金を抱えた商人の父親との二人暮らしを営んでいたヴェティの生活は、危ういながらも最低限の水準を保っていた。

 飢え死ぬ程ではないが、満足に食べられたこともない。

 決して裕福と言える家庭ではないが、日々を生きる活力は尽きなかった。

 

 やがて十五になった時、自分の商売を営むようになった。

 商品は、手作りの装飾品。

 顔見知りの職人を訪ねて不要になった素材や廃品をかき集め、再利用して作ったもの。

 仲間たちと協力して道端に小さな露店を構え、その成果を販売する。


 商品は殆ど売れなかった。

 なにか売れるたびに仲間と手を叩いて喜び合っているような有様だった。

 

「故郷に家族がいてね、この藍色は娘の瞳にそっくりだ」

 

 あくる日の昼下がり、品物を見定めていた男がふとそんなことを呟いた。

 恰幅の良い体躯に、仕立ての良い服。おそらくは商人だろう。

 青い花を模した髪飾りを手に、感傷に浸っている。

 少し考えて、その理由に気付いた。

 自分の姿を、己の家族に重ねている。

 息子や娘と同年代の子供が作った装飾品。その事実は、特に彼らと離れて生きる出稼ぎ労働者や商人にとって特別に映る。

 ちゃんとした職人の手によるものではなく、多少低品質でも若い少女が真心こめて生み出した努力の結晶。

 品物本体より、そこに付随する要素に価値を見出しているのだ。


「これを買おう」

「ありがとうございます!」


 少し時間が経った後、男性はその髪飾りを購入した。

 なにか売れるのは久しぶりだった。内心に溢れる喜びを堪え、代金を受け取る。

 依然として状況は芳しくないが、今日は気分よく帰れるだろう。


「そういえば、君たちは孤児なのかい?」

「いえ、私は父が。彼女たちは母がいます」


 帰り際、男性が唐突に問いかけてくる。

 ここにいる三人は全員片親だ。

 もう片方の親は物心つくまえにいなくなっている。

 何故そんなことを聞いてくるのか疑問にも思ったが、嘘をつく理由もなく正直に返す。

 彼はその答えを受けて、そうか、と複雑な表情を浮かべる。


「親御さんは、毎日遅いのかい?」

「はい、遅くまで働いています」

 

 男性の問いかけは続いた。

 一人で家族を養うのは容易でない。この辺りに住む者は皆、深夜まで労働して日々の糧を得ている。

 そもそもヴェティが商いを始めたのも、父親の助けになりたいからだった。

 その事実を知ってもらいたいこともあり、はっきりとした口調で答えた。


「そうか。じゃこの店も遅くまでやっているのかな?」

 

 心配したような、憐れむような分からない複雑な表情で更に続ける男性。

 そのしつこさにわずかな怪しさを感じるものの、その感情はすぐ霧散してしまう。

 日が暮れても、しばらくはやっています、と。

 正直に伝えると、彼はそうか、と短く告げて踵を返し、早足で歩き去る。

 その背中が見えなくなったのを確認すると、やった!と両手を挙げて感情を発散させた。




「やっぱ今日はもうダメじゃね? ヴェティ、シャルトナ、そろそろ帰らなーい?」

「もう少し粘ろうよ、リーニャ。また酔った人がきまぐれで買ってくれるかも」

 

 あの男性以降、何人か客は来たものの購入に至ることはなかった。

 そのまま夜を迎えたところで、隣の少女たちが口を開く。

 波がかった金髪が目を引くリーニャと、栗色の髪を三つ編みにしているシャルトナ。

 二人は、共に商いをする商売仲間だ。


「まだやってもいいけど…… 今日は冷えるし、終わろっか」

 

 シャルトナが主張する通りまだ続けるべきなのだろうが、元々見込みがあるわけではない。

 吹き付ける夜風の冷たさもあり、少し早めに閉店することとした。

 三人で協力し、日よけに使っていた天幕を運んで裏路地に向かう。

 入り組んだ道の奥にあるここは人目につくことが殆どなく、何かをこっそり置くには絶好の場所だった。


「ん? 誰かいます?」

 

 奥側にいたシャルトナが、異変を察知する。

 路地の最奥、月明かりの届かぬ漆黒の中に、蠢く影があった。

 目を凝らせば黒で塗りつぶされた空間に、更に黒い輪郭が見える。

 不審に思った三人は、それを引きずるように引っ張りだした。


「おーもい! これ中身なーに入ってんだか」

「ヴェティ、なんか怪しくないかな?」

 

 影の正体は、長い麻袋だった。

 その長さは、ここにいる少女ひとりくらいであればすっぽり入れてしまうくらいの大きさだ。

 口の部分が、縄で厳重に留められている。

 ぐにぐにと押してみると、所々柔らかくて弾力のある不思議な感触が返ってくる。

 一見、謎にも思えるこの感触には覚えがある。


「これ、人が入ってない!?」

「うーわ、早く出してあげよ!」

「待ってて! 今助ける!」


 リーニャもシャルトナも、至った結論は同じだった。

 どういった事情があるかは不明だが、見捨てておく理由もない。

 中にいる『誰か』のために行動を開始する。


「ダメ、縄解けないよ!」

「なら、ちょっと待ってて!」


 隠した天幕の中から、売れなかった硝子細工を取り出し、振りかぶって地面に叩きつける。


「ヴェティ、一体どうしたの?」

「これを使うの!」


 砕け散った硝子のうち、大きめに残った破片をひっつかんで戻る。

 中身を傷つけないように注意しつつ、破片を突き立てて袋を裂いていく。

 生まれて始めて経験する異常事態に、全身から汗が噴き出していた。


「頑張って、あと少し!」

「よーっし、もうすぐ出せそう!」

 

 震えそうになる手をもう片方の手で押さえつけ、慎重に引いていく。

 やがて袋全体に一本の筋が入った瞬間、リーニャとシャルトナが両側から引き裂いた。


 そこから出てきたのは一人の少女だった。

 布で目隠しをされ、猿轡を噛まされている。

 目線を下に移せば、気を付けの姿勢を強要するような形できつく縛られていた。


「うわっ! 大丈夫ですか!」

「この人、どーしてこんな所に?」

「あれ? これって……」


 異様な光景が視界を埋めつくす中で、あるものに目を奪われる。

 彼女の髪につけられた、青い花を模した髪飾りには、見覚えがあった。

 月の光を受けて煌めくそれは、昼間に売れたもので間違いない。

 疑問が思考を埋めつくし、頭が真っ白になる。

 少し時間を置いて、ある人物が脳裏に浮かぶ。


「何を、しているのかな?」


 その瞬間声をかけてきたのは、まさしくヴェティが想像した人物だった。 

調子こいて無駄なところに凝ってしまいました。

次回以降はヴェティの結末と、エニグマの新たなはじまりを描いていきます。

多分長くなってしまいますが、なんとか頑張って書きます。


※ブックマークや感想を貰えると泣いて喜びます。

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