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魔王は末弟貴族、勇者は下っ端メイド  作者: 尾原有
序章:誰かのために
3/10

後編:みっつの声

ようやく序章完結となります。

冗長かもしれませんが、お付き合いくだされば幸いです。

「「が、あああああああああ!!!!」」


 腹部を貫かれ、拘束された二人の口から絶叫が漏れる。

 身体を捩って痛みを逃がそうとしても、縛られていては叶わない。

 それでも四肢に力を込め、必死にもがくのは肉体に刻まれた防衛本能が故である。


「本当にこれで大丈夫なんですよね?」

「はい、この二人ならそう簡単に落命しません。さ、離れてください」


 自らやったこととはいえ、ノルンは激痛に苦しむ二人の様子に不安を禁じ得ない。

 ザギムは無意識のうちに歩み寄ろうとする彼女を静止し、離れるよう促す。

 それを受けてほんの少しだけ躊躇ったものの、大人しく従って距離を取った。

 間もなく、貫かれた罪人より流れ出た鮮血が床に広がり始める。


「ぐっ、があっ」


 生まれて初めて感じる苦痛に、視界のあちこちで火花が上がる。

 もちろんそれは錯覚でしかないのだが、そんなことはどうでも良かった。

 喉の奥から声にならない悲鳴を響かせ、この地獄が終わることを切望する。

 やがて痛みに慣れて若干の平静を取り戻したエニグマは、自身と魔王を取り巻く異変に気付いた。


 床が、光っている。

 正確には刻まれた術円が、自分たちの血に反応して光を放っていた。

 血だまりが大きくなるにつれて、輝きはますます強くなっていく。

 模様の外縁に赤い体液が触れた時、そこから生じた光が床から天井へと伸びていった。十秒も経たぬうちに、まるでカーテンのように石柱の周辺を覆い隠してしまう。


「なん、だ、これ」

「暴れないでください。傷が広がってしまいます」


 状況を呑み込めず困惑するエニグマに対し、既に姿が見えないのにもかかわらずザギムはこちらの状態を把握したかのように声をかける。

 この場面で一切感情を表に出さない老人に苛立ちを覚えつつも、言い返す気力は残っていなかった。

 やがて光は強くなり、背後にある石柱までもが輝きだす。


「む、そろそろ危ないですな。 私たちは退散いたしましょう」

「わかり、ました」


 老紳士は少女の肩に手を置き、別れの時間が来たことを告げる。

 ノルンは俯き、か細い声で応えることしかできなかった。

 

「ねえザギム。 最後にひとつ、聞かせてほしいのだけれど」

「承ります」


 体の自由が効く二人が動けない二人に背を向けたその時、ルストアが口を開く。

 光のカーテンの先へ目線を移し、姿の見えない従者へ語りかける。

 しかしその視線は、確かにザギムの瞳を捉えていた。


「貴方、私が負けるって思っていたの?」

「……負けるお姿は想像できませんでしたが、勝つというのも正直考え難い。 ですから、どう転んでも良いようにいたしました」


 彼の答えは、ここに至るまでの背景を伺わせるものだった。

 確かに人間も魔族も、自分たちの最高戦力がここで勝てば勝利は揺るがないだろう。

 だが逆も然りである。

 もし彼あるいは彼女が敗北すれば、程なくして自分たちも同じ末路を辿る。

 その危険性は、両軍にある決断をさせるに十分だった。

 今まで彼らのために戦ってくれた者を捧げてでも、安定を得る。

 究極の賭けに興じることができるほど強い者は、そういないのだ。


 ルストアは側近の答えを受けて、そう、とただ一言呟く。

 自嘲するような微かな笑みが、諦めと後悔を滲ませていた。

 そしてそれきり、口を開くことはなかった。


 その言葉を聞いたエニグマも、お前はどうだったんだと聞こうとしたが口を噤む。

 だがそんな事を聞いても意味はないのだから。

 どうあがこうと結末は変わらない。勇者と魔王はここで終わり、人と魔は手を取り合って生きていく。

 それが仮初のものであったとしても。交わした握手の裏で、凶器を隠し持っていたとしても。

 その時代に、自分たちの居場所は存在しない。


「兄さん、私は……」

「おやめください。 彼はその言葉を望んではいませんよ」


 勝てると信じていた、と言おうとして傍らの老紳士に止められる。

 ここでそんな事を口にしたところでどうにもならない。

 わずかな贖罪にもならない安い言葉ならば、表に出さぬ方が良い。 

 年の功か、彼はそれをよく知っていた。


「では、おさらばです。 短い間ですが、お仕えできたことを誇りに思いますよ」

「兄さん、じゃあね。 ……ごめんね」


 老人が最後に残した言葉は、彼の偽らざる本心だった。

 胸に手を当て、腰を折り深く頭を下げる。向こうから見えるはずもなかったが、それでも敬意を示さずにはいられなかった。

 数秒の敬礼の後、止められてなお謝ることしかできなかった少女の背を優しく押し、今度こそ去っていった。

 二重の靴音が段々と小さくなっていくと、やがて静寂だけが残された。

 

 封印というものが具体的にどういうものなのかはわからない。

 どこかに閉じ込められるのか、眠るような感覚なのか、それとも苦痛に苛まれるのか。

 ぼんやりとした意識の中、ふとそんな事を考えてしまう。

 先程までの痛みは既に無い。

 慣れたのか、感覚が麻痺しているのか。

 エニグマは、惨めな結末に見合わぬ穏やかな思考を巡らせる。

 不安を感じないと言えば嘘になる。

 自身に待ち受ける未知を意識すれば、どうしても恐怖の念が顔を出す。

 しかし、考えたところで状況は変わらない。彼は石柱に身体を預けると、諦めたかのように目を閉じた。


「ねえ。 まだ、生きてる?」

 

 ふと、背後から声が響いた。

 可能な限り首を回し、声の主へ向ける。

 石柱に遮られて上手く見えないが、ルストアもまたこちらを向いているようだった。

 辛うじて見えた横顔は、無念を堪えながらもどこか満足そうな、不思議な顔つきだった。


「生きては、いる」

「なら良かった。 貴方、名前は?」

 

 聞かれてはっと気付いた。

 自分たちはこの期に及んで、互いの名前も知らずにいたのだ。

 今までは勇者、魔王という肩書がそのまま呼び名となっていた。周りの人間も、直接名前を呼ぶ者はごく少数だった。

 しかし、勇者という存在もじきに失われる。

 そうなる前に、本当の名前くらいは伝えても良いだろう。


「俺はエニグマ。 君はルストア、で合ってるか?」

「そう。 ルストア・ライゼガング。 覚えていてくれたのね」


 名乗ったのち、少し前の記憶を辿り相手の名を導き出す。

 それに対して彼女は、少しだけ嬉しそうに肯定した。


「貴方は、どうして勇者なんかになったの?」

「選ばれたから、と思っていたけど多分違う。 皆を守れるのが嬉しかったんだ」


 言ってすぐ、羞恥と後悔に襲われた。

 青くなっていた表情が、ほのかに赤くなる。

 身内にすら話したことのない本心を、あっさり口走ってしまった。

 今際の際にいるからだろうか。鈍った頭を働かせ、言い訳を捻りだそうと試みる。


「そう。 私と似ているのね」

「えっ?」

「誰かのために、って。 そういうことでしょ?」


 しかし帰ってきたのは予想外の返答だった。

 自分も同じだと、恥ずかしげもなくそう言ってのけたのだ。

 その発言は、勇者が抱いていた魔王という存在に対する印象を大きく揺るがす。


「意外だな。 魔王様というのは、もっと冷酷だと思っていた」

「その言葉、そっくり返すわ。 残忍で恐ろしいヤツだと、そう思ってた」


 どうやら互いに考えることは同じだったようだ。

 その事実が、両者の間に親近感をもたらす。

 先程まで死闘を演じていた不俱戴天の仇だとしても、対話によってその距離は確実に縮まっていた。


 その後、二人は様々な話をした。

 家族の構成。今の立場に至った経緯。そして、自分の本音。

 今まで誰にも話したことのない内容でさえ、簡単に口にしてしまう。

 どうせ消えるのだからという、諦めの心もあった。

 しかしその一方で、こいつになら話しても構わないという根拠のない信頼感が育まれていたこともまた、事実であった。

 しかし絶望の中で穏やかに流れた時間は、長くは続かない。

 

 彼らを覆っていた光が、突如としてその勢いを増す。

 目を開けていられないほどの眩い輝きが石柱ごと二人を包み、天井を突き破って空へ昇る。

 それに引っ張られ、地に繋がれていながらもふわりと浮き上がるような感触。

 まるで優しく魂を引き剥がされるような、不思議な心地だった。

 痛みや苦しみを感じることもなく、この世から消え去るのだと本能的に理解する。


「最後に話せたのが、貴方で良かった」

「そうか。 ありがとう」


 終わりを察し、魔王と勇者だった者同士が言葉を交わす。

 遺言を届けたかのように、光は一層強くなっていく。

 遠目からでも直視できないほど白く輝き、まさに封印の成されるその刹那。


『だれか、いませんか』


 どこかの時代の誰かの声が、彼らの脳裏に響いた。

次回から本編開幕です。

なるべく早く上げられるようにいたします。


感想、ブックマーク等お待ちしております。

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