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魔王は末弟貴族、勇者は下っ端メイド  作者: 尾原有
序章:誰かのために
2/10

中編:ふたりの背信

序章は前後編のつもりでしたが、思った以上に長くなってしまった故分割します。

申し訳ございません。

「体が動いてくれない……」


 先程の衝撃を受け、ルストアもまた倒れ立ち上がれずにいる。

 彼女も死力を尽くした結果、傷ついた身体は脳の命令を遂行できなくなっていた。

 エニグマ同様、なんとか回りを見渡して情報の収集に努める。

 そんな満身創痍の魔王にも、近づくものがいた。

 

「頑張りましたな、姫様」

 

 温和な空気を纏う、髭を蓄えた老紳士はルストアが最も信頼する側近であった。

 お世辞にも豊かとは言い難い白髪に眼鏡をかけ、ぴしっと立っている。

 しかし感情の籠っていない声音と表情は、ルストアに疑念を植えつける。


「ザギム、一体どうしたの?」

「ノルン、なんでお前がここにいるんだ」


 勇者と魔王は驚きを隠せない。

 まるで決着の瞬間を待っていたかのように、互いに近しい者が現れたのだ。

 タイミング良く。同時に。

 そして争うこともなく互いに視線を交わしている。

 思考を巡らせ、その理由を探り出す。

 やがて一つの悪い可能性に辿り着くまで、そう時間はかからなかった。


 謀られた。


 そうとしか考えられない。少なくともこの空間で立っている二人には、戦うような姿勢や気概は感じられなかった。

 本来両者は相容れぬ存在。仲間を心配するより先に、敵を排除しようと試みるはず。

 それをすることもなく、あまつさえ示し合わせるような素振りまで見せた。


「まさか、裏切ったの!?」


 ルストアは怒りを隠そうともしなかった。

 信頼していた従者を見上げるその表情は、強い怒りだけでなく失望が見て取れる。


「裏切ったのではありません。姫様の理想通り、平和を成しに参りました」


 ザギムと呼ばれた老紳士は涼しい表情のまま告げる。

 しかしその目線はルストアではなく彼女の傍らに転がる杖に向けられていた。


「平和だと?」

「そうだよ兄さん。勇者と魔王、この世で最も強大な力を持つ者同士が相討ちとなる。お互い旗印がいなくなれば、皆戦おうという気持ちも無くなる」  


 そうすれば戦いは終わるのだと。

 勇者を見下ろす少女、ノルンはザギムとは異なり震える声で筋書きを語る。

 エニグマよりわずかに年下で、大きな瞳と栗色の毛が特徴的だ。

 ルストア程ではないが顔は整っており、美少女と呼んで差し支えないだろう。

 動けぬ彼を尻目に、ノルンはその得物を拾い上げる。


「そう上手く行くとは思えねえ。もし和平が成立しても、禍根は残るぞ!」

「そうなるとしても、このままよりよっぽどいいよ。皆、もう限界なんだよ?」


 兄の指摘に対して、ノルンは被せるように反論する。

 その目元は涙が溢れ、今にも決壊してしまいそうだった。

 そうはせまいと袖で涙を拭うと、はっきりと告げる。


「だからごめんね。そこの女もろとも、消えて」






 エニグマとルストアは、部屋の一角に残っていた石柱に背中合わせとなるよう縛り付けられる。

 激闘の中で、奇跡的に原型を留めていた石柱を巻き込むように、胴体には幾重にも鎖が巻かれた。

 次いで四肢も厳重に拘束され、身をよじるのがやっとの状態にされてしまう。


「ここまでしなくても、逃げられやしないわよ」

「万一ということもありますので。ご容赦を」


 憔悴したルストアは諦めの混じった愚痴を漏らすが、ザギムは平静を崩さない。

 一方、ノルンは今にも泣き出しそうな表情を必死に堪えていた。


「許してとは言えないけど、ごめんね。本当にごめんね」

「……」


 顔を伏せたままのエニグマは何も言わない。

 戦いで消耗した頭脳は、身内に裏切られたショックも合わさり半ば思考を放棄している。

 それに妹の涙を直視する勇気もなかった。

 刑の執行を待つ囚人のように、自らに下される裁きを静かに待つのみだ。


「それで、私たちをどうするつもりなの? 斬首か火炙りか串刺しか」

「殺すつもりはございません。ただしばらくの間、眠って頂きます」


 命を繋ぐのに最低限の治療を施され、魔王ルストアには若干の余裕が戻っていた。

 それでも、表情は暗いままで絶望と悲しみを隠しきれていない。

 唇を嚙み締めて悔しそうに俯く姿は、エニグマには見えていなかった。

 

「ザギムさん、準備……できた」

「ありがとうございます。こちらももうすぐ終わりますよ」


 いつの間にか石柱には、ノルンの持つ短刀によって幾何学的な模様が刻まれていた。

 そしてその周辺、動けない二人を囲むようにザギムは円形の模様と細かい文字を刻んでゆく。

 勇者と魔王を封印するための術式。

 少年と少女をこの世から追放するためのものだ。

 これから自分たちはどうなってしまうのか。

 それを考えてしまったルストアの体が微かに震える。

 

「姫様、怖がっておいでですか?」

「黙って! 姫様だなんて、呼ばないで!」


 老紳士の問いに、目を逸らして叫ぶ。

 いつの間にかその瞳は微かに潤んでいる。

 彼女もまた、信頼していた者に陥れられてしまった存在。

 魔王という肩書も、今は意味を成していない。ただ年相応の、哀れな少女の姿がそこにあった。


「兄さん。ごめんね」

「もう謝るな。やるって決めたんだろ」

「……うん」


 反対側ではただ謝ることしかできなかった妹を、兄が宥める。

 それが気遣いからなのか、鬱陶しいからなのかはわからない。

 それを聞くことなど当然できはしない。

 ただ根拠もなく、ノルンはそれが前者なのだと信じようとした。


「お待たせいたしました。準備できましたよ」


 やがて模様を書き終え、ザギムはノルンと二人の虜囚に告げる。

 その皺だらけの額には、大粒の汗が浮かんでいた。

 手ぬぐいを取り出して眼鏡を外すと、顔を覆って汗をを拭い去る。

 そして再び眼鏡をかけた時、今までのどこか優しそうな雰囲気は無くなっていた。

 レンズ越しに見える目は肝が据わったように鋭くなっており、どこか冷たさを感じさせる。


「準備が終わったのなら、さっさとして。私達を消して、平和とやらを実現しなさい」


 側近の変化を感じ取ったのか、ルストアはぶっきらぼうに言い放つ。

 それを受けてザギムの表情が一瞬陰る。

 しかしすぐに先程までと同様、鋭い目つきに戻った。


「仰せのままに、ルストア様。ノルンさん」

「……はい。じゃあね、兄さん」


 別れの言葉を告げた少女の右手には、少し前まで勇者が振るっていた神剣が握られていた。

 そして老紳士の手には魔杖。粗く削られた先端は、本来それを振るう存在である魔王へと向けられていた。

 やめろと止める暇もなく、神剣と魔杖は互いの主へ牙を剥く。

タイトル回収まではなる早で投稿したい思います。

多分次話で序章完結です。


本筋浮かせておいて恐縮ですが感想、ブックマークお待ちしております。

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