前編:ひとつの戦い
小説ははじめてですが、頑張って書いていきます。
最初の二話はプロローグとなる予定です。
瓦礫まみれの空間を、二つの影が疾走する。
片方は輝く玉石が埋め込まれた長剣を構え、もう一つの影を追いかける。
もう片方は木製の杖を携え、宙を舞いながら相手から一定の距離を保ち続ける。
追われる影が杖を振るえば、その周囲には無数の火球が現れる。
追う影は迷うことなく火球の軍団に突撃し、剣を振るう。
対応しきれず一部にその体を焼かれながらも、程なくして突破を果たす。
火球の次は氷柱。その次は雷撃。
追われる側が仕掛け、追う側は対応し続ける。
そんな応酬を数十回にわたり繰り返していた。
「もう一度追いつければ、勝負を決められる!」
追う青年は勇者エニグマ。
神剣を片手に、その双眼が捕らえる目標に向かいひたすらに駆ける。
年齢にして十代後半だろうか。鋭い眼光を放つ藍い瞳を見開き、奥歯が砕けんほどに嚙み締められたその表情は、必死そのものだった。
身に着けていた銀の軽鎧はぼろぼろになっており、もはや役目を果たせぬ重しとなっている。
「しつこいわ、いい加減消えなさい!」
対して 、追われる少女は魔王ルストア。
白を基調としながらも一部血に染まったドレスに身を包む彼女は、エニグマと比べて同じか若干年上に見える。
肩まで広がり、淡く輝く金髪。見る者を吸い込むほどの純度を持つ翡翠の相貌。
平時であれば美女と呼ばれることは間違いないが、表情は相手と同様険しかった。
所々破れているものの、勇者と比べその衣装はまだ形を保っている。
疾駆するエニグマへ杖を振るい、術力を行使して己が力をぶつけ続けていた。
魔族と人間の永きに渡る戦いは、人間側に神剣を振るうことのできる勇者が現れたことで一変した。
滅亡寸前まで追い詰められた戦局は、一気に人間側へと傾く。
しかし魔族側もその頂点である魔王が崩御すると、勢いを取り戻しはじめた。
新しく即位した王は、直接的な戦闘力だけでなく類い稀なる指揮能力を有していたのだ。
こうして戦争は、互いに譲らぬ泥沼の様相を呈してゆく。
しかし、最早人にも魔にも、戦い続ける余力はほとんどなかった。
土地は荒れ、空は翳り、民は疲れ果てている。
一刻も早く戦争を終結させなければ、勝とうが負けようが滅びの末路を辿る。
そうならばと、一つの方法が考え出された。
人間の希望である勇者。魔族の絶対的支配者である魔王。
両者が直接相対し、雌雄を決する。
こうしてエニグマは、最前線に位置する魔族の砦に魔王ルストアが来たことを受けて奇襲をかける。
同様の結論に達していた彼女もこれに応じる形で相まみえることとなった。
己の双肩に同胞達の想いを背負って。
その裏に隠された策謀に、気付くこともなく。
(足が重い、無茶をしすぎたか)
エニグマの身体には、この戦いで負ったであろう大小様々な傷がついていた。
魔王の苛烈な攻撃を捌きつつも、受けた傷と疲労が蓄積して彼を蝕む。
やがて脚が鈍った瞬間、狙いすましたかのように魔王の生み出した石矢が殺到する。
剣を振るい必死に撃ち落としていくが、その全てに対応しきれるはずもない。
彼の剣戟をすり抜け、複数の矢が肉体に突き刺さる。
「があっ!」
鈍く走った痛みで顔が歪み、思わず膝を突く。
震える脚に喝を入れ、なんとか立ち上がるものの動くことができない。
額から脂汗を滴らせ、剣を支えにするその姿は限界が近い事を如実に物語っていた。
「うぐっ…… はあっ、はあっ」
しかしルストアとて決して余裕があるとは言えない。
勇者が足を止めたのを見て彼女も地に降りると、脇腹を押さえ態勢を崩す。
そこには一度だけエニグマに追いつかれた際につけられた深い傷があり、今なお鮮血を溢れ出させる。
流れ出た血が白いドレスを赤く装飾していくにつれ、反するように彼女の表情は青くなっていく。
本来ならば早急な手当と治癒が必要なのだが、それをさせてくれるほど眼前の敵は甘くなかった。
(さすがに限界が近い、ここで勝負を決める)
(このままじゃ無様な失血死ね、次で仕留めないと)
互いが自身を劣勢と判断し、決断を下す。
気力を振り絞って立ち上がり、必殺を期するべく力を練り上げてゆく。
今、ここでお前を倒す。決意を込めて両者は叫んだ。
「終わりだ‼‼」
「終わりよ‼‼」
全身全霊の大技がぶつかり合い、わずかな均衡をもたらす。
しかし長くは続くことはなかった。
数舜のち、耳をつんざく轟音と共に大きな爆発が起こり両者を弾き飛ばす。
双方共に、受け身を取ることもままならずに慣性に従って床を転がっていった。
「くそったれ……」
エニグマは立ち上がることも叶わず、床に伏せていた。
先程の一撃で力を使い果たし、最早四肢に力は入らない。
骨は折れ、臓器は傷つき、筋肉は言うことを聞かない。
幸い思考はまだ明瞭で、なんとか眼球を動かして霞む視界を多少広げるのがやっとだった。
その端に、近づいてくる一つの影が映る。
「兄さん、生きてる?」
彼の傍らで立ち止まったその少女は、エニグマ唯一の肉親だった。
読んで頂きありがとうございました。
4話くらいまでは早めに投稿していきます。
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