おっさん流人生論~メイドさんを添えて その5
おっさん 5
私は仕事を辞めていた。
壊れた心を自覚してしまった以上、元の生活は続けられない。続ければその先にあるのは死だからだ。いや、死ぬのはこの際どうでも良い。もはや無為な人生など続ける価値もない。
だが、彼女を泣かせてはならない。彼女は、私の心を救ってくれた。おそらく、仮に彼女に出会わずに天寿を全うしたとしても、ここまで清々しい気持ちで旅立つことは出来なかっただろう。
人間はいつか死ぬ。ならば、最期は幸福な気分に包まれて旅立つべきではなかろうか。
私はこの気持ちを抱いて旅立ちたい。その時がすぐなのか、何年も先なのか、それはまだわからない。
だから、私は彼女に一つお願いをしていた。
旅立つときは・・・思い出とともに。
メイドさん 5
私はおじさんが好きだった。
いや、別に男性としてとかでは全く無くて。実際そういう関係にもならなかったし、おじさんもそんなことは求めなかった。
でも、私たちは心で繋がっていたんだって、心の底から思う。
彼はもう、きっとこの世にいない。
あれからしばらくの間、多分おじさんの心が癒されて、おじさんが経済的な死を迎えるまで私たちの関係は続いた。困窮な生より、満ち足りた死を迎えたい。それがおじさんの願いだった。
私は止めなかった。だって、それは苦しみから選ばされた道じゃなくて、おじさん自身が選び取った道だから。彼はきっと、救われていた。
あの子は救えなかったけど、おじさんの心はきっと救えた、と思う。
私の人生は無価値じゃなかった。それはおじさんが保証してくれる。
おじさんは、私に色んなことを教えてくれた。
私はバカだったけど、おじさんが教えてくれることは不思議と頭に入った。授業料払おうか、なんて言ったこともあったけど、おじさんは断った。ホント、バカだよね。
そうそう、随分前に、おじさんは私に一つお願いをしていた。
当時の気持ちで、思い出を書き綴ろうって。書いたのは、おじさんが5つ、私が4つだ。
私たちはそれを4部ずつ作って、お互いに2部持つことにした。
旅立つときは思い出とともに。そして、旅立った後、私たちの思いが誰かに届くように。
おじさんはきっともう、旅立った。おじさんの思い出は、誰かに届くのかな。
私はまだ生きている。おじさんが、生き方を教えてくれたから。おじさんは、心はバカだったけど、頭は良かった。それに、おじさんは私が生きることを望んでいたようだから。
一緒に死のうって言われたら受け入れたかもしれないのにね。ホント、バカだ。
だってさ、先に旅立ったら、私の気持ちを綴ったこの5つめ、おじさんは見られないんだから。なんてバカなんだろう。
どこまで生きられるかわからないけど、私は私の人生を全うしようと思う。そして、旅立つときは、彼の思い出とともに。
ありがとう。いつか会いに行くよ。
我慢を貯め込む人を見た時、思い出してあげて下さい。